01 HAPPYandSAD

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/24(土) 00:10
01 HAPPYandSAD
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/25(日) 22:50
ぽう、って淡い光が呼んでるんです。
こっちだよ、こっちにおいで、って。




3 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/25(日) 22:50
「妖精さんが来るんです」
「はぁ?」

楽屋での少ない待ち時間に惰眠を貪っていた美貴を、小春が囁き声と身体を揺することで起こす。
眠りを妨げられたのと、突拍子もない言葉に、美貴は不機嫌な声を漏らした。

「えっと、だから藤本さんの願いをひとつ叶えます!」
「この殺人的スケジュールどうにかしてくんないかな。死にそう」

娘。での活動と、松浦亜弥とのユニット「GAM」での仕事で美貴は忙殺されていた。
この楽屋での昼寝も日頃の睡眠不足を解消するためである。ついでに、春は眠い。
オヤスミ、と軽く手を振って、再び睡眠体勢に入った美貴に小春がくいつく。
都内の公園の名前を口にして、小春が言う。

「そこの湖の底に妖精さんの国があって、そこから派遣されてきた妖精さんが願いを叶えてくれるって」
「なんでそんな話を美貴にするわけ?」
「んー、藤本さんが好きだから。あ、変な意味じゃないですよ」

怪訝な顔つきをしてみせた美貴に、顔の前で手を振って違う違うとジェスチャーする。
4 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/25(日) 22:51
ふたりきりの楽屋。
他のメンバーは収録やお手洗いに出払っていて、偶然、ふたりだけの密室。
とっておきの内緒話だと、小春は言った。
5 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/25(日) 22:51
「スケジュールは無理かもしれないですけど、もっと小さな願いごととか」
「よーせーさんの力で叶えてくれるって?」
「はい」

大真面目な表情で頷く小春に、天井を仰いで嘆息すると、美貴は言った。
廊下から、がやがやと声が近づいてくる。内緒話の時間は終わりだろうか。

「自分のために使いなよ」
「最後に別の人のために願いを叶えるよ、って妖精さんが」
「その前に、妖精さんとか信じらんねー」
「そうですよね」

あっさりと引き下がった小春に若干の違和感を覚えつつ、楽屋にメンバーが数人戻ってきて、
収録が美貴の番だと告げられてから美貴は腰を上げた。

「ほんと、忙しいですよね」
「まあね」

肩をすくめてみせて、舌を出した。
一瞬、小春の後ろになにか光が見えた気がした。
6 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/25(日) 22:51
■□■

GAMのコンサートツアーのリハーサルのために、タクシーを降りて走ってスタジオに向かった。
10分の遅刻。寝坊してしまった。亜弥は怒っているだろうかと思いながらエレベーターに乗り込む。

指定されていたレッスンスタジオは無人だった。

「……あれ?」

慌てて美貴はスケジュール帳を確認する。間違っていない。確かにこのスタジオのはずなのに。
携帯電話を取り出してマネージャーにコールした。すぐに繋がる。

「今日のGAMのリハってどうかなったんですか?」
「ぎゃむ? ガムのCMなんて入ってないぞ?」
「ガムじゃなくて、ぎゃむですよ。亜弥ちゃんになんかあったんですか?」
「あや? 友達か? 悪いが、そこまで詳しく友人関係は把握してないのだが……」
「松浦亜弥ですよ。ほら、『まつうらあやで〜す』っていう」

モノマネまでしてみたが、マネージャーには話が通じない。
松浦亜弥って誰だ、の一点張りで、今日は藤本はオフだろう、と言う。
釈然としない気持ちで、とりあえず他のマネージャーに尋ねるために通話を切った。
娘。には複数人のマネージャーがいて、しかし誰がどのメンバーの担当とははっきりと決まっていない。
連絡ミスだろうと、思った。
7 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/25(日) 22:52
マネージャー全員、果ては事務所の事務員にまで訊いても、芳しい情報は得られなかった。

亜弥がいなくなっている。

娘。のメンバーにも電話をかけてみた。
繋がったら、「松浦亜弥って知ってる?」と尋ね、留守電なら同じことを吹き込んだ。
連絡が取れたうち誰一人として、亜弥のことを知らなかった。
最後の一人の小春にかけるべく、携帯電話のボタンをいじった。
躊躇ったのち、決定ボタンを押してコールする。

「……着信拒否かよ」

無機質な音声に苛立ちをかくせず、美貴は乱暴にバッグに携帯電話を放り込んだ。
地団駄を踏んで、再び携帯電話を手にする。
もう一度事務所に電話をして、小春の住所を問う。
藤本美貴であることの確認に手間取ったが、なんとか知り合いの事務員に教えてもらうことができた。
それを書き留めて、美貴はスタジオから出てタクシーに乗り込んだ。
8 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/25(日) 22:52
タクシーの中で手帳サイズのアルバムを開く。
亜弥が写っていたはずの部分が空白になり、ツーショットだった写真がワンショットになっている。

「……徹底的だな」

美貴は呟いた。
窓から見える町並みがくすんでいるような気がする。

マンションのエントランスで来訪を告げると、部屋に通じるインターフォンに出た小春は少々驚いた声を出した。

「あがってください」

エレベーターから降り、久住家の前で息を整えて、玄関のインターフォンを押す。
すぐに小春が出てきて、美貴を中に通した。
小春の自室はほどよく生活感があった。クッションを敷いて美貴が地べたに座り、小春はベッドに腰掛けた。
前置きなしに美貴は話し出す。

「妖精さんってなんでも叶えられるの?」
「さあ、細かいことまでは知りません」

小春は首を振った。美貴が首肯する。

「例えば、誰かを消したりできるのかな?」
「さあ……」

歯切れが悪くなった小春に、美貴が切り出した。

「松浦亜弥を知ってる、ね?」

数秒間の沈黙ののち、小春は頷いた。

「確かに亜弥ちゃんがいなくなれば美貴の仕事は楽になるかもしれない。
 でも、そんなこと望んじゃいないよ。亜弥ちゃんはどこ? それとみんなの記憶は」
「一晩、待ってください。帰ってきます。藤本さんは……妖精さんを見たんですね」

楽屋で瞬間だけ見た光を思い出す。曖昧に美貴は頷いた。

「その願いを叶える妖精さんを見たら、私と同じように記憶を保てます。妖精さんも、たくさんいるんですけど」
「妖精さんとやらが亜弥ちゃんとそれにまつわるものを消したの?」
「はい」

美貴が長く息を吐く。
9 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/25(日) 22:52
「軽蔑、しましたか」

小春が美貴に問うた。美貴は首を振る。

「いいや、実はまだ夢じゃないかと思ってる」
「夢だったと思ってください。明日すべてが元に戻ります」

もう、美貴には話すことはなかった。
早々に久住家を辞して、美貴はマンションの前の街路から空を見上げる。
からりと乾燥して晴れた空にぽかんと浮かぶ太陽が眩しかった。

「……妖精ねえ」

その呟きは、誰にも聞こえない。
10 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/25(日) 22:52
■□■

翌日、目を覚ました美貴は真っ先に亜弥に電話をかけて、「まだ寝てたのに」と文句を言われた。
ほっとして雑談を交わして、仕事場に向かう準備をする。

なぜ亜弥に電話をかける気になったのだろう?
美貴には、それがわかっていない。なぜ、ほっとしたのかも。


それから、数日。
11 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/25(日) 22:52
■□■

仕事を終えて、帰宅しテレビをつけた。母親がカレーを作っている香りがする。
幼児向けだろうか、やたらと目の大きな少女のアニメが放送されている。
チャンネルを変えるのも億劫なくらい疲れ果てていた美貴は、ソファに寝そべりその番組を観た。
一般人の主人公らしき少女が、アイドルを目指すという宣言をしたところでエンディングに入る。
確か、この主人公の声優は他事務所の新人アイドルがやっていたのではなかったか。
インターフォンが鳴り、美貴は立ち上がって来訪者を迎えた。
やってきたのは、先日からお泊りの約束をしていた亜弥だった。

「ん、今日カレーだね。いいにおーい」
「いらっしゃい」

リビングに亜弥を通すと、テレビではちょうどさっきのアニメの次回予告があっていた。

「あ、小春ちゃんだね」
「こはる?」
「ああ、いやいや」

失言した、というような表情で亜弥は、「なんでもない」ととりなした。
12 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/25(日) 22:53
食事を終え、リビングでごろごろして、一緒に風呂に入り、美貴の自室のベッドの上でふたりは横になった。

「たん、あのさー」
「うん」

今日の亜弥は随分と不明瞭な物言いをする。
訝って美貴は訊いた。

「亜弥ちゃん、なんか悩んでるの?」
「まぁね」

枕を抱いて亜弥がごろごろと転がる。
ダブルベッドだが、これ以上転がると落ちてしまいそうなくらいに。

「久住小春って、知ってる?」
「誰?」
「そか」

亜弥はそれきり口を閉ざした。
言いたくないのなら無理に言わせようとも思わず、美貴は黙って背を向けている亜弥の背中を見た。

「迎えに行ってあげなよ」
「ん?」
「小春ちゃん、待ってるよ」
「だからこはるって……」
「わかってる。あたししか知らないんだよね。そうなってるみたいだもん」
13 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/25(日) 22:53
わけのわからないことを言う亜弥に美貴はちょっと困った顔をした。
亜弥が美貴のほうを向く。表情は真剣だった。

「あんね、小春ちゃんはきっと、責任感じて自分で消えちゃったの」

いつもとは違う亜弥に気圧されて、美貴は発言できない。

「みきたんが迎えに来てくれるのを待ってると思う」

亜弥は都内の公園の名前を告げた。

「妖精さん……あの、妖精って言い出したのあたしじゃないからね。まあ、妖精さんは夜によく見えるから」
「その公園に美貴が行けばなにかあるの?」
「小春ちゃんはみきたんの仲間。あたしの仲間でもあるしね。帰ってこなくちゃいけないよ、あの子は」
「そのこはるって子を迎えに行けばいいわけね」
「小春ちゃんはみきたんのことすっごく心配してた。大事に思ってた。あの子を、失くしちゃいけない」

さあ行けと亜弥が促した。
冗談を言っているとは思えなかったから、美貴は着替えて上着を羽織り、マンションをあとにした。
14 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/25(日) 22:53
こはる、こはる、こはる。
君は、だれ?
15 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/25(日) 22:54
タクシーを公園の入り口で止めてもらい、公園内に入る。
「妖精は湖の底に国を作る」と亜弥は言っていた。
といっても、「って小春ちゃんが言ってた」という伝聞形だが。

ひとけのない公園の真ん中に湖があった。
ぽう、と淡い光がその周りを飛んでいる。

「……蛍?」

季節的にありえない。まさかこれが妖精とやらか、と美貴は思い、一歩、湖に近づく。
光は逃げるように、暗闇にまぎれるように、光をさらに淡くする。

「待って!」

叫び声に驚いたのか、光は旋回する。
願いを叶える妖精。
その願いを叶えた妖精を見ると、その願いごとにまつわる記憶は消えないと亜弥は言った。
そして亜弥は、「小春ちゃんが願いを言うのを見た」と。

「こはるを返して!」

ただ闇雲に叫んだ。そうしないと、大事なものを失うと亜弥に言われたから。
こはるというのが美貴にとって、どれくらい大事なのかはわからなかったけれど、失くしてはいけないから。

淡かった光が明滅する。
フラッシュのように光が瞬いて、美貴は意識を失った。
意識を手放す一瞬前、パラパラ漫画のように小春の笑顔、困った顔、泣き顔も全部思い出して美貴は倒れる。
16 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/25(日) 22:54
「藤本さん、藤本さん」

身体を揺すられて、薄く目を開けた。美貴は、硬いものに横たわっているようだ。

「ああ、小春……」
「妖精さんは人の記憶を消します。だから」
「消えようと、思ったんだね」

公園のベンチに倒れていた身体を起こし、立っている小春に言った。
片手で目元をこすって小春が頷く。
湖のほうを見た。もう、光は見えない。

「ちゃんと思い出したよ、小春」
「うわああん」

涙はあふれるままに、小春は美貴にしがみついた。
美貴が小春の頭を撫でる。

「いなくなったりしなくていいんだよ」
「ごめんなさい、ごめんなさい」

小春が泣き止むまで、美貴は辛抱強く待った。
遠くの空で、日が昇り始めている。今まで見たどんな朝焼けより、滲んだ赤い空だった。

「……おかえり」
17 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/25(日) 22:54
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18 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/25(日) 22:54
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19 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/25(日) 22:54
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