26 決心
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/20(日) 23:44
- 26 決心
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/20(日) 23:46
- 小川麻琴は祖母の家でくつろいでいた。
実家はそれなりに街だが、祖母の家はかなり山にちかい。
自然の中にいるのもいいもんだなーと祖母の家の縁側に寝っ転がっていた。
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/20(日) 23:46
- ゆーったりと青い空を眺めていたのに、
「毎日ごろごろして。まったくこの子は」
掃除をしている母親に箒で掃き出された。
「太るよ。散歩でも行って来なさい」
胡坐をかいて座っていると、麦わら帽子とペットボトルのお茶を渡された。
子供じゃないんだからと少し苦笑いする。
少し伸びをして、近所の神社にでも行こうと思い立った。
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/20(日) 23:46
- 緑の木々に囲まれた神社は、延々と続くかと思われる石段の先にある。
「ぷぇー。あっちぃなー」
3分の2ほど石段を登って下界を見ると遠くの家まで見通せた。
足元をみると石段が吸い込まれそうなほど急に見える。
上を見るとあと少し。
苔むした石段がしばらく上で切れている。
あそこが境内の入り口だ。
「さー。いくかー」
残りの石段を登っていく。
- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/20(日) 23:47
- 「よっこらしょっと」
最後の石段を登りきり、あまり若々しくない掛け声が出た。
(いやー。こんな時ほかにもっとかっこよく言う言葉ないっけなー)
そう思いながら振り返ると遠くの山との間に家々が見えた。
空は青く、雲は白い。
ぼーっと見とれてしまってわれに返った。
(こんな日向に居たら焦げる焦げるー)
見回すと境内には神楽舞を踊る舞台があった。
そこには屋根がある。
「お邪魔しまーす」
小さい声で言って、板の間に座る。
母親に持たされたお茶を飲む。
- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/20(日) 23:47
- しばらく影で涼んでいると汗もひいた。
あたりの木々から蝉の声がする。
(こんなに小さかったっけなー)
小さい頃に遊びに何回か来た覚えがある。
走り回ったあの頃はもっともっと大きかった気がするのに。
- 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/20(日) 23:48
- ふと気がついて、まだ神社にお参りしていない事を思い出した。
財布も持ってきていない事に気付いた。
「あちゃー」
つい声が出た。
しょうがないので、鈴みたいなのを鳴らして心の中で、
(お賽銭もってこなくてごめんなさい)
と謝った。
ついでに
(これからの人生悔いがなく生きれますように)
ありえない事をお祈りしてみたりもした。
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/20(日) 23:49
- 子供の頃の思い出を確かめるように神社の周りをまわってみた。
いくつかの小さな社があり、奥へ向かう道があった。
その小さな社全部にお賽銭はないながらも御参りしていると、
ふと、祭囃子が聞こえたような気がした。
すべての小さな社に御参りを終えると耳をすましてみた。
道の奥の方から聞こえてくる。
ふと気付けばあたりは夕方のように少し暗く空は赤く。
(そんなに時間たっちゃったかなー)
少し道を奥に行くと、いか焼きか焼きとうもろこしか、
醤油の焦げる香ばしい香りがしてきた。
- 9 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/20(日) 23:49
- ついつられてもっと奥に行くと、木々が開けて、広場になった。
元はゲートボールでもするのか、ところどころ四角いロープが地面に見える。
こんなにたくさんいる人たちになぜ気付かなかったのかと思うくらい、
人で賑わっていた。
広場は屋台で囲まれていた。
一番奥には祭壇があり、お供えものがしてある。
綿菓子を食べる子供、肩車をしている若いお父さん。
浴衣で笑いあってる女の子のグループ。
みんな笑顔でお祭りを楽しんでいる。
- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/20(日) 23:49
-
入り口で口をあけたままぼーっとしていると、
みんなの世話を焼いている神主さんらしき服装の人に話しかけられた。
「一人かね」
「はい」
「そんなところでぼーっとしてるより楽しんだらどうじゃ?」
「そうですね。でもお財布忘れちゃって」
そう、呆然として忘れていたけど、財布を忘れていたのだ。
「んー。なんか欲しいものはあるか。わしが顔パスでもらってこよう」
「いえ、いいえ。いいですよぅ。悪いです」
「わしは毎年この祭が楽しみなんじゃ。みんなが楽しんでくれる事が嬉しくてのぅ」
神主さんは目を細めてみんなを見ている。
「だから遠慮せずに欲しいものを言うたらええんじゃ」
いか焼き、りんご飴、焼きとうもろこし。
欲しいものはいっぱいあったけど、やっぱり悪い気がして言えなかった。
神主さんは今度は目を細めてこっちを見ている。
「そうか。ま。あんたは食べないほうがいいんかもしれんのう」
え?と思う間もなく神主さんは人ごみのほうに歩いていってしまった。
(怒ったのかなー)
そう思って神主さんの方を見ると遠くでニコニコしながら頷いていた。
- 11 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/20(日) 23:50
- 財布を忘れたあたしは、とりあえず雰囲気を楽しむべく屋台を見て歩いた。
射的なんかがあって若いカップルとかがキャーキャー言いながら遊んでた。
金魚すくいは子供に人気で入れないほど子供が群がっている。
みんなの楽しい気分が伝染してきたかのように幸せな気分になった。
- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/20(日) 23:50
- どれくらい見て回っただろう。
ふと気付くとみんなが奥にある祭壇にろうそくを供えはじめた。
祭壇のところで神主さんが配っている。
こんなに幸せな気分にしてもらった御礼の意味を込めて、
ろうそくぐらいはお供えしたいなと思って列の後ろに並んだ。
祭壇はみんなのお供えしたろうそくで輝いている。
- 13 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/20(日) 23:50
- ろうそくに火をつけ、お供えした。
しかし、風が吹いて消えてしまった。
もう一度火をつけて、お供えしなおした。
また風が吹いて消えてしまう。
ほかのろうそくは消える事ないのに。
3度目につけたろうそくが消えたとき、あせってあたりを見回した。
- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/20(日) 23:51
- すると、笑顔だったみんながこっちを見ていた。
その広場にいる全員がこっちを見ていた。
笑顔は消え去り、みんな能面のような表情だった。
神主さんさえ。
無表情で首を振っていた。
- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/20(日) 23:52
- いつの間にか屋台の電気は消え、電気のための発電機の音も消えていた。
祭壇のろうそくと、それが照らせる範囲の人々の無表情。
ふっと、祭壇のろうそくがすべて消えた。
- 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/20(日) 23:52
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- 17 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/20(日) 23:53
- はっと気付くと境内の神楽舞の舞台の上で目が覚めた。
あたりは夕暮れ。空が赤い。
楽しかった気持ち、仲間はずれにされたような悲しい気持ち、
祭が終わってしまった寂しい気持ちがごっちゃになって涙が出てきた。
夢とは思えなかったが、神社の裏に確かめに行く勇気もなかった。
涙が止まらないまま、家に帰った。
泣きながら帰ったあたしを家族はすごく心配したようだった。
さっきまで寝てたはずなのに、体が疲れてすぐ眠りたかった。
大丈夫、事件とか事故とかそういうことは一切ないからと泣きながら、
布団に入り、眠った。
- 18 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/20(日) 23:53
- 朝起きると気分は楽になっていた。
寂しい気持ちは残っていたけれど。
起きてご飯を食べていると祖母に呼ばれた。
仏壇に手を合わせるように言い、それが終わると昨日のことを聞かれた。
信じてもらえないだろうと思いながら、昨日あったことを話した。
- 19 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/20(日) 23:54
- 「そうか。あの祭に参加したんか」
感慨深そうに頷いて、祖母は話し始めた。
もともとは、あの神社はもっと大きな神社の入り口に当たるところで、
本当は奥に神社があった。
人が少なくなり、奥まで参る人も少なくなり、
だんだん神社は寂れていった。
あたしが広場と思っていたところは、本殿のあったところで、
本当は広場なんてものはなく、朽ちかけた大きな神社があるだけだと。
祖母が子供の頃にはもう神社があったことは言い伝えのようになっていた。
だが、時々あるはずのない祭に迷い込む者がいて、たまに帰ってこない者もいた。
帰ってきた者に聞くと、ろうそくがつかないと言う。
どうしてもろうそくがつかなかったと。
それで、生者であることがばれ、追い返された。
しかし、みんな優しく、生きている人を憎んでいる様子はなかったと。
ただ、ここに居るべき人じゃないから追い返されたのだろうと言ったと言う。
- 20 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/20(日) 23:54
- それを聞いてただ涙が出た。
神主さんの嬉しそうな顔と、楽しそうなみんなの笑顔。
この世のものじゃないけれど。
- 21 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/20(日) 23:54
- あの時、神楽舞の舞台で目覚めたとき。
泣きながらずっと何かに似てると思っていた。
この気持ち。
楽しかったのに終わってしまった寂しさと仲間はずれにされたような悲しさ。
一年前に味わったあの気持ちに似ている。
モーニング娘。を卒業したときのあの気持ちに。
- 22 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/20(日) 23:55
- もうそろそろ前を向いて歩いていかないといけない。
寂しくても、つらくても、
生きているならありもしない楽しさを追い続けてはいけない。
- 23 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/20(日) 23:55
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もしかして、神社でのあのお祈りは届いていたのかと、
そう思った。
- 24 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/20(日) 23:55
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- 25 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/20(日) 23:55
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- 26 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/20(日) 23:55
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