20 STEP
- 1 名前:20 STEP 投稿日:2006/08/20(日) 21:17
- 20 STEP
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/20(日) 21:18
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「パ・イ・ナ・ツ・プ・ル」
ポンポンポンとリズミカルに階段を上っていく後姿。
「ツ」のところをやけに強調して言うのは、いつものこと。
「じゃーんけん、ポン」
れいなはチョキ。私はパー。
「チ・ヨ・コ・レ・イ・ト」
「イ」のところで一番上までたどり着いたれいなは、「ト」と同時に満面の笑顔で振り返った。
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/20(日) 21:18
- 「れいなの勝ち!」
「あーもう少しで追いつけたのにー」
なんていいながら、私は階段を一段ずつ上がってれいなに追いつく。
松葉杖っていうものはすっごく不便だった。
余りに面倒なので、最初はケンケンで上がろうとしたら看護師さんにみつかって怒られたりした。
そんな私を待ち構えて、れいなはもう一度「勝ったー」と言った。
「強くなったねぇ」
私は言う。
じゃんけんに強いも弱いも無いんだけど。
そう、じゃんけんに勝つ方法なんて、小さな頃から山のように教えられてきているけど、正しいものなんて無い。
手と手を握り合わせてその隙間を覗いてみたり。
アイコの後は心理学的に、自分がアイコになった時に出していた手に勝つ手を出しやすいとか。
更には、出す瞬間の相手の指の開き具合から判断するといった神業的なことまで。
どれもこれも絶対に勝てる方法であるわけがない。
逆に考えると、こうして広く物事を決める際にじゃんけんなんてものが使われるのは、それが完全に公平だと誰もがわかっているからじゃないのかな。
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/20(日) 21:18
- とはいえ、階段じゃんけんにおいては、れいなに絶対に勝つ方法はきちんと存在していた。
れいなはチョキとパーしか出さないんだ。
チョキで勝てば「チヨコレイト」の6歩。
パーで勝てば「パイナツプル」の6歩。
だけど、グーで勝っても「グリコ」の3歩しか進めない。
だから、れいなは決してグーを出さないんだった。
え、そこまでわかってて、どうしてれいなに負けているって?
私もそこまで大人気なくは無い。
知らない振りしてそれとなくいい勝負して、勝ったり負けたりしていれば、れいなはすごく喜んでくれるんだ。
- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/20(日) 21:18
- 階段を上りきって屋上にでる。
べっとりした空気とは正反対に、雲ひとつ無い夏の青空が広がっていた。
「よいしょっと」
ベンチに腰掛ける。
これだけ暑いと真昼間に屋上へと出てくる人はいなかった。
私とれいなの二人だけだったから。
松葉杖を脇に立てかけ、私たちはベンチにそれぞれ寝転んだ。
夏の日差しがまぶしくて、額に手を当てた。
「後藤さん」
「ん?」
頭の向こうから声がする。
「いつごろ退院ですか?」
「んーと、来週くらいかな」
「来週ですか……そうですか」
どことなくれいなの声のトーンが下がった。
確かに、私もれいなと別れるのは嫌だけど。
だからって、退院してしまえばそれっきりになるつもりはない。
私が退院しても、れいなに会いに来ることができるんだから。
- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/20(日) 21:19
- そういえば……
ふっと思い出す。
れいながどうして入院しているか、ちゃんと聞いたこと無かったっけ。
出会った始めのころは、そういうことは聞きにくかった。
明らかに怪我をして、車椅子と松葉杖を併用して生活している自分と違って。
れいなは見た目には全く元気なのだから。
そう、だから少し前に話の流れで聞いたことがあったんだけど、そのときはなんとなく話を流されていたっけ。
「れいなは?」
上半身を起こして、れいなを見下ろして言う。
目だけ、すっと私の顔に動かしたれいなは「え?」と言った。。
「れいなはいつごろ退院するの?」
私から視線が逸れる。
空を一度見た視線は、数秒後に私の方への戻ってくる。
「れいなはまだまだですよ」
「そっか」
何の病気?とは聞けなかった。
聞いてはいけないような気がした。
「大丈夫。退院してもお見舞いにくるから」
れいなはもう一度空に視線を移してから「約束ですよ」と言った。
- 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/20(日) 21:19
- ◇
病室へ戻る途中。
よく見た後姿が廊下を歩いていた。
「よっすぃ」
「あ、ごっちん。今からリハビリ?」
「んー、ある意味今終わったとこかな」
間違いは無い。
10階立てのこの病院の階段を、遊びながらとはいえ一番下から一番上まで上がってるんだから。
「れいなちゃん?」
「ん、そうそう」
れいなのことはよっすぃには話している。
だけど、よっすぃはまだ会ったことは無いはず。
れいなは、本当は出歩いちゃいけないらしい。
だから、階段じゃんけんが終われば、さっと階段を下りて帰ってしまうし。
私を誘う時も、私が病室に一人でいるときにしかやってこない。
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/20(日) 21:19
- 何の病気なんだろうか。
改めて不思議に思う。
割と長くここにいるみたいな感じだけど。
顔色が少し悪いかなぁというくらいで、全く元気だから。
時々、病人であることすら忘れてしまうくらい。
だから、元気をもらっているのかなとも思うんだけど。
「無事に、勝ち進んでいるから」
「……あぁ」
一瞬なんのことかわからなかったけど。
よっすぃがここに来るのはその時しかないよね。
「ごっちんの場所、ずっと空けてるからね」
「いいよ。他に頑張ってる子いるでしょ?」
「よくないよ。この夏で最後なんだから。うちもごっちんも」
ポンと軽く足を叩かれた。
ちょっとした接触プレーでいとも簡単に切れてしまった私の靭帯。
もう入院して2週間になる。
- 9 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/20(日) 21:19
- そして、コートを去った私と入れ違うように始まったフットサルの大会。
私とよっすぃの所属するチーム、ガッタスは順調に予選を勝ち進んでいるらしい。
らしいというのは、私が一度も見ていないから。
こうして、試合があった翌日にやってくるよっすぃから結果を聞いているだけだから。
この夏が終われば、私とよっすぃはガッタスを去ることになる。
よっすぃは家庭の事情で遠くに引っ越してしまうし。
私だって仕事で東京に出なければいけない。
だから、この大会が最後の公式戦だった。
夏休みを利用して、日本全国、それぞれの地方大会から全国大会までつながるフットサル大会。
今は地区予選の終わりの方。
私のリハビリはそれには間に合わない。
ぎりぎり、全国大会に間に合うかといったところだから。
私としては勝ち続けて欲しいとは思うけれども。
地区予選を勝ち進んだ後に、急に全国大会から私が入るなんて事も、それはそれでやりにくいんだから。
だけど、それでもリハビリを必死にしている自分が、何か滑稽だなと思う。
- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/20(日) 21:20
- 沈黙が流れる。
私とよっすぃは向き合ったまま。
余りの気まずさに、私はよっすぃに冷蔵庫からジュースを取ってもらうように頼んだ。
「コーラ」
「ダメ。炭酸は骨がとけるから」
「骨折してるんじゃないから」
「ダメ」
手渡されたのはオレンジジュース。
誰のお見舞いだったか忘れたけど、100%じゃないのが嫌だったから飲まずに冷蔵庫の奥に押しこんでいたものだ。
「私ももらうよ」
そう言ってよっすぃが出したのはコーラ。
カンという小気味良い音を立ててプルタブが開かれた。
「うーわ、最低」
「私は健康だもん」
- 11 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/20(日) 21:20
- 「そういえばさ、れいなちゃんって何で入院してるの?」
「さぁ?」
「さぁ?って、毎日のように遊んでるんでしょ?」
「毎日はいい過ぎだけどね」
でも、実際のところどうなんだろうか。
内緒で出てきているらしいから、看護師さんにも聞けないし。
そもそも、あれだけ元気な病人がいるんだろうかと思うときもある。
「もしかしてさ……幽霊だったりして」
「まさか。ちゃんと足があって階段を上ってるんだから」
「嘘嘘、冗談冗談」
「縁起でも無いこと言わないで」
けれど、あながち冗談でも無いかもと、心のどこかでは思ってしまった。
だから……
私は聞いてみたんだ。
その日の食事の時に看護師さんに。
「田中れいなって女の子、入院していませんか?」って。
看護師さんは言った。
「よく病室を抜け出す子だから、知ってるなら教えてね」って。
- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/20(日) 21:20
- ◇
「ごとーさん」
今日もれいなはやってきた。
病室の扉を少しだけ開け、顔だけちょこんと見せて。
「よーし、今日は負けないからね」
松葉杖を手にとって、ベッドから起き上がる。
心の中で、看護師さんにごめんなさいを言いながら。
- 13 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/20(日) 21:21
- おしまい
- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/20(日) 21:21
- じゃん
- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/20(日) 21:21
- けん
- 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/20(日) 21:21
- ポン
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