11 星屑バス

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/16(水) 23:44

11 星屑バス
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/16(水) 23:44







ガタン、とタイヤが跳ねる音で目が覚めた。

何かを考えるよりも先に欠伸が出る。
ただ今の時刻、午前二時四十五分。
良い頃合だ。
むくりと上半身を起こして、ぼりぼりと頭を掻きながら辺りを見回す。
別にそんなことをしなくても。
轟々と音を立てて走るバスの中に、後にも先にも、
乗っているのは私自身だけだということはいい加減分かっているのだけど。

「おはようございます」
「おはようございます」

私が言った台詞をそのままオウム返しにして、
運転手はほんの少し歯を見せて笑った。
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/16(水) 23:45
「これで四十八回目の走行ですね」
「そうですね」

軽く頷きながら、わざわざ数えていたのか。そんなことに感動する。
マメだな、と思うよりも前に、
それくらいのことしかすることがないのだからと思い直した。

揺れるバスの中席を立ち、運転手の斜め後ろの席に腰を下ろし直すと、
ミラー越しに笑う彼女の顔がよく見えた。
後藤と書かれたネームプレートが蛍光灯の光を反射してキラリと光る。
ふうん。思った。
後藤という名前なのか。
四十八回も真夜中の走行に付き合っておいて
非常に今さらな知識であるけれど、知らなかったのだから仕方がない。


「柴田さんって、物好きですよね」

赤暗かった長いトンネルを抜けて、
また星空を写し始めた窓の方をしばらくぼうっと眺めていると、
前の方からふいに後藤がそんなことを言った。
いつもは始点から終点まで、向こうから無闇に話しかけてくることはないのに。
珍しい。
私はえ、とだけ呟き、バスのミラーを振り返る。
4 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/16(水) 23:45
「だって、気味が悪いじゃない」
「……」
「このバス」

運転してる私が言うのもなんだけど、と後藤は少し肩を揺らして苦笑した。
私はその言葉への上手い返答が見つからなくて、
それでも取りあえずの否定はしておこうとできるだけ大きく首を振る。

そんな私をミラー越しに確かめた彼女は、
またほんの少しだけ歯を見せて笑って。
ハンドルを握ったままくるりと顔だけでこちらを振り返り、
何か面白がるような目で私の方をじっと見つめる。
そして尋ねた。

「どうして何度もこのバスに乗っているの?」

ぐっ、と、応えに詰まる。
すぐに話すと声が掠れるような気がして、
私は返事をする前に一度窓の外に広がる夜空を静かに見上げた。
今日もきらきらと輝く、満天の星空だ。

小さな深呼吸で喉の調子を確かめてから、
私は改めて運転席へと顔を向け直した。
5 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/16(水) 23:45
「信じてるから」
「何を?」
「このバスに四十九回乗れば、死んだ人に会えるっていうこと」

恐る恐る向けた視線の先にいた後藤の顔は、
そんな私の返答を聞いて、少し満足げに微笑んだような気がした。
てっきりバカにでもされるのだろうと思っていたこちらからしてみれば、
その反応は意外極まりなくて。

「……あくまで、噂、ですけど」

自分で言ったことであるのに、
なんとなく言い訳を付け加えないことには落ち着かなくて、
私がぼそりとそんなことを呟くと、後藤は「そうですか」と言って、
また何も無かったかのようにハンドルへと向き直った。

そうしてその場に流れるのは、間持ちのしない沈黙。

何か話すべきかとしばらく私はしどろもどろに口を開閉していたが、
バスを走らせる後藤が何も言おうとはしないので、
結局また窓の外を見ることに意識を集中させることにした。


6 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/16(水) 23:46


後藤が言うように、このバスはどこか無気味だ。

こんな深夜に、田舎と田舎を繋ぐ夜行バス。
人口の少ない場所で少ない時間に走っているものだから、
ほとんど自分以外の乗客が乗っているところを見たことがない。

それでも走り続けるこのバスをネタにして、
周りの人々は好き勝手に怪談話に花を咲かせた。
私が聞いたこの噂も、ただ単にその中の一つであるかもしれない。
不安を抱かなかったかといえば嘘になる。
けれども、その不安以上に。

この美しい星空の下で、もう一度あの人に会えたなら、
それ以上の幸せはないだろうと。





7 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/16(水) 23:46



柴田さん。
柴田さん。


「柴田さん」

どこかふわふわと浮かぶような夢見心地の中で、
後藤の高くも低くもない芯の通った声を聞き。
いつの間にかまた落ちてしまったらしい瞼をこじ開けると、
三時五十分を突き刺した時計の針が目に入った。

おかしいな。
確か終点への到着予定は五時丁度であったはず。

外がまだ暗いことを確認してから私がゆっくり体を起こすと、
ミラーに写った後藤の口元がふいにゆるゆると笑いを含んで。

「着きましたよ」

あなただけの終点に。
その声はそう続ける。
8 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/16(水) 23:47
窓の外を覗き込むと、そこはいつもと違う景色がどこまでも広がっていた。
どこを見ても満天の星、星、星ばかり。
少し開いた向かい側の窓からゆるやかで涼やかな風が吹き込んでくる。
ふわりと私の頬をくすぐったその風に、私はあの人の存在を感じとった。

「…めぐちゃん」

呟くと、彼女の細くて長い指が私の頬を包み込んだような気がした。
いつの間にか目の前に立っていた後藤が、
白い手袋をした手に一枚の乗車券をひらひらと風に舞わせながらおもむろに口を開く。
少し長いくらいの栗色の髪は、さらさら揺れた。


「四十九回目の終点は、あの世です」

乗車しますか?

にこりと。
そう、少しイタズラっぽく細められた大きな猫のような目に私は少し深呼吸をする。
数えてもキリがないような数の星が、
バスの中にたった二人きりの私と後藤を見下ろすように瞬いて。
9 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/16(水) 23:47

私は何かを迷うことなく、
ただ自分でも驚くほどはっきりとした声で、応えた。

「はい」


後藤が、笑った。彼女はとても満足そうに笑って私に乗車券を手渡した。
頬を包み込んでいためぐちゃんの手が、
少し名残惜しそうに私からゆっくりと離れていく。

再度またエンジンがかけられ直したバスの中でガタンゴトンと揺られながら、
私はこれから向かう遠い場所のことを思った。


この星屑の空の向こうに、
果たして君はいてくれるのだろうか。



10 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/16(水) 23:47
11 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/16(水) 23:48
12 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/16(水) 23:48

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