04 哀塚

1 名前:04 哀塚 投稿日:2006/08/10(木) 20:12
04 哀塚
2 名前:04 哀塚 投稿日:2006/08/10(木) 20:13
祭りの後、哀塚で怪現象を目撃したのは、6歳の少女であった。
少女は祭りの途中で家族とはぐれ、行方不明となっていた。
少女が遊びに夢中で迷いこんでしまったのが
神社の後ろに、いくつかある塚のうちの一つ、哀塚である。

夏にしては肌寒い日だった。哀塚で、少女は声のようなものを聞いたという。
その声に誘われるように、夢見心地で迷い込んだ先で、少女は奇妙な光景を目にする。
木ばかりで先の見通せないところを歩いていたはずの少女は
いつのまにか野のように開けているところに出ていた。
そこが一面、赤い花で染まっていたのである。
暗いはずの塚の中にぼうっ、と浮かび上がった無数の花が
見渡せないほど遠くまで、ずっと続いていた。
そこで少女の記憶は途切れる。
後に大人がいくら探しても、赤い花は見つからない。
そもそも、少女の言うほど広い空間がこの塚には存在しなかった。

家に帰ってから数日後、少女は夜になると赤い光が見えるようになった。
柱の前に浮かび上がっていることもあったし、
寝ているとき、枕元に光が立っていることもあった。
少女は、なにか不吉なものを感じ、光が見えた翌日は決まって学校を休んだ。
しかし、少女の周りで不幸なことは何も起こらなかった。

心霊現象は不幸のサインと思っていたが、どうやらそればかりでもないらしい。
少女は考えなおした。きっと赤い光は、私を見守る幸運の印なのだと。
それからは学校も休まなかった。しばらくすると光を見ることもなくなった。

それから数年後、少女は青い光を目撃したのである。
青い光など見たことなかった。赤い光は幸運を表すのだとしたら
今回の青い光は何を意味するのか。
少女は夜中であるのも構わず、泣いて訴えた。家族の皆を起こして回った。

そして、家の中で祖母が死んでいるのを発見したのである。
3 名前:04 哀塚 投稿日:2006/08/10(木) 20:13


先日、私が常駐している心霊夜行会の掲示板に、同行者募集の書き込みがあった。
募集しているのは「れいな」という人物。私の知らないハンドルだ。
目的地は「哀塚」と書いてあるのだが、私はこんなところを知らない。
待ち合わせの駅を見ると私の家から列車で一時間。
この位置で私が知らないとしたらよほどの穴場スポットか、あるいはガセか。

この情報の信憑性を確かめたくて、私は書き込みを凝視した。
書き込みは改行が少なくて読みづらい。
また、この掲示板のローカルルールに反して
募集人数や募集期間も書き込まれていなかった。
この人物は明らかに書き込みに慣れていない。
つまりここの住人ではないのだろう。というか、やっぱりいたずらだろうか。

私は「哀塚」と検索をかけてみる。すると確かにそう呼ばれている地があるらしい。
場所を確認して今度は地図サイトで調べてみる。すると
ほぼ同じ場所に「度宇手塚」という、読み方のよくわからない地名を発見した。
これが地図上の名なのだろうか。

無視しようかと思い、一度はページを閉じたのだが
その後、どうしても気になって私は再び掲示板を開いてしまった。
書き込みにはまだレスがついていない。
やっぱり、気になる。
この距離ならば空振りに終わってもそんなに悔しくないだろう。
疲れたら明日は学校をサボればいい。どうせいつもサボってるし。
私は応募することに決めた。
早速メールをしてみよう。
この「れいな」なる人物の元へ。
4 名前:04 哀塚 投稿日:2006/08/10(木) 20:13
待ち合わせ当日。
れいなからのメールに書かれていた時間よりも一本早い列車で
私は待ち合わせの駅に到着した。

各駅停車しか停まらない寂れた駅。ただ小さな改札があるのみだった。
周囲には店のようなものもなく異様なほど暗い。
明るいのはただ私の立っているホームだけ。
風景から、駅だけが明るく浮かび上がっている。
その白い灯りにつつまれて、私はすでに異空間に来てしまったように錯覚した。

私は立って、ホームを見るとはなしに眺めていた。ここには霊も人間もいない。
私はそのまま待つことにした。さっき降りたのは私一人だった。
れいなは次の列車でやってくる。
小さな駅なので降りてくる人を見張っていれば、確実に合流できるだろう。
はじめて会うため顔はわからなかったが、
心霊夜行なんかを好むような人間は匂いでわかる。私は感覚が人一倍鋭い。

私は立ったまま、れいなの到着を待った。
15分ほど経ったとき、次の列車がやってきた。
列車は静かにホームに停まる。見ていると扉は1つだけ開いた。
そしてそこから1人の女の子が降りてきた。

―――あれが?

あまりの意外さにあっけにとられてしまった。

「れいなちゃん?」

まだ遠くにいたが、私が声をかけると向こうは「はい」と言って
小走りに私の所に近づいてくる。すぐ近くまで来ると今度は向こうが私の名を聞いた。

「柊さんですか?」
「え、ええ……」
5 名前:04 哀塚 投稿日:2006/08/10(木) 20:14
私は一応返事をしたが、戸惑いがそのまま声に表れてしまった。
私は改めて、目の前に立ったれいなを見下ろした。

背中にはペシャンコのリュックサックを背負っている。
あれじゃ中には何も入っていないだろうと思ったら、底が破れて穴が開いていた。
それだけでもかなり異様だが、正面に抱えているものはもっと奇妙だった。
彼女は正面に大きな木の箱を抱えていた。
彼女のリュックにぎりぎり入らないといったサイズ。
おそらく、あれをリュックに無理やりいれたら破れてしまい
しかたなく手で抱えているのだろう。
しかしただの夜行に、あんな大きな箱、何に使うつもりだろう。

ただし、そういうおかしな姿よりもなによりも、
彼女自身の存在が、あまりに予想外だった。

「ね、ねぇ」
「はい?」
「君、いくつ?」
「……」

れいなは
小学校低学年にしか見えなかった。あまりに小さい。

「年なんてどうでもええやん」
「よくないわよ」
「柊さんって本名ですか?」
「は?」
「にせの名前ですか?本名ですか?」
「なによいきなり、関係ないでしょう?」
「やけん、れいなの年も関係なか!」

小学生は、思いのほか声がでかかった。生意気なやつ。
6 名前:04 哀塚 投稿日:2006/08/10(木) 20:14
「わ、わかったわよ。柊は本名」
「下の名前?」
「そ、下の名前。さあ答えたわよ。れいなちゃんはいくつ?」

れいなは上目遣いに私を見ると
箱を地面においてから両手の指で年を表した。

「八歳?」
「うん」

口で言えばいいのにわざわざ箱をおいて
小さな手をかざした姿。かわいくって思わず吹き出してしまった。

「子どもが夜行なんてまずいんじゃないの?」
「連れてってくれるって約束したやん!」
「そ、そうだけど、やっぱりダメよ。私責任とれないもん」
「責任なんて取らんでいいっちゃね」

私はれいなの肩に手をかけてなだめようとした。

「そういうわけには……」

しかし
そこで言葉が止まってしまった。

「……れいな」
「何ね?」

れいなは、相変わらず強気に私を見上げている。
私は、一つ唾を飲み込んでから言った。

「きみ、取り憑かれてる」
7 名前:04 哀塚 投稿日:2006/08/10(木) 20:14
「え……柊さん、見える人なんですか?」
「う、うん」

私には見えた。れいなの周囲だけ、不気味に薄く光っている。
駅の灯りとは異質の、青白くはかなげな光。
私でも目を凝らさないと気づかないほど、弱い光が
この子の周りをゆったりと回っていた。

「幽霊?幽霊がれいなに憑いとると?」
「憑いてる……しかも、強烈なのが」
「ええ?」

れいなは戸惑ったように目を忙しく動かした。
ほとんど泣きそうになっている。

「や、やっぱりれいな、取り憑かれと……」
「やっぱりって……れいなにもわかるの?」

れいなはぶるぶると小さな首を振った。

「れいなには見えんけん。声が聞こえるっちゃ」
「声?」

私は目を凝らした。まずいかも知れない。
れいなに死相が出ている、というわけではなさそうだが
一般人に声が聞こえるというのは、相当強い霊に憑かれているということだ。
こいつはれいなに何をするつもりなのだろう。

「声……何て言ってるの?」
「哀塚に行けって」
8 名前:04 哀塚 投稿日:2006/08/10(木) 20:14
私は目を閉じて感覚を研ぎ澄ませた。
れいなに聞こえる声なら、霊感の強い私に聞こえないはずはない。

―――あなたは……誰?

 哀塚に……

―――え?

 連れてってください

それだけ聞こえて、幽霊は沈黙した。

「そっか……それで、夜行の同行者を募集したの?」
「うん」
「一人じゃ怖いから?」
「……うん」

さっきまで生意気に見えたれいなが、今はしゅんと小さくなって泣きそうだった。
ただの小学生にこの霊は重すぎる。

―――この子に危害は加えないでしょうね?

 連れてって……連れてって……

私はため息をついた。連れてかなかったら、れいなに何するかわからない。
見るとれいなはとうとう泣き出してしまった。私が不安な顔をしていたせいだ。

「ひ、柊さん……」

私は思わず、れいなの身体を抱き寄せていた。頭を撫でてやる。

「わかった……、行こう」
9 名前:04 哀塚 投稿日:2006/08/10(木) 20:15
さらに奥まで進む。

「段々騒がしくなってきたわ」
「え?何が?」
「幽霊たち……結構いる」

れいなが私の手を強く引いて、身体を引き寄せてきた。
私は手を離してれいなの肩を抱いた。しばらくさすってまた手を握る。

―――どこまで行けばいいの?

 もっと……もっと……

急斜面を登って行く。斜面の頂上には、複数の幽霊が見えた。
その霊たちが一斉に、私たちの方に向かって来た。

―――何?

そのとき、霊たちの声が聞こえた。声は「れいな」と言った。

―――今、何て?

すると再び、霊たちは声を揃えて「れいな」と言った。

―――待て!この子は関係ない!幽霊を連れて来ただけよ!

しかし霊たちの声は止まない。「れいな、れいな」と誘い込むような声がずっと響く。
わたしはれいなを見た。れいなには何も聞こえていないのか、ぽかんとしていた。
10 名前:04 哀塚 投稿日:2006/08/10(木) 20:18
霊たちはどんどんこちらに近づいてくる。ずっと「れいな、れいな」と叫びながら……

「……れいな」

私はれいなの手を強く握った。

「逃げるよ!」

私たちは来た斜面を滑り降りるように走りだした。
霊たちが甲高い声を上げながら追いかけて来る。
私は、両腕でれいなを抱き上げる。
れいなは私の首筋にしがみついた。私は全力で走った。
視界が効かないため、なんどもつまづきそうになる。
息が切れていたが夢中に足だけは動かしていた。どこを走っているか、自覚はなかった。
ただ塚から離れようと、斜面を下へ下へと走っていった。

ようやく、アスファルトが見え塚から出ることができた。
私は肩で息をしながられいなを下ろしてやった。

「は、箱が……」

れいなの両肩を持ち、その表情を覗き込む。あどけない顔は相変わらずだったが
今のれいなは顔色がいい。明らかにさっきとは違う。

「れいな、幽霊がいなくなった」
「え?」
「れいなに取り憑いてたやつが、いなくなった!やった、いなくなったよ!」

私は笑った。れいなから霊が落ちた。
これでもう、この子は怖い思いをしないですむ。
私はれいなの顔を覗き込んだ。出会って初めて、れいなの笑顔が見られると思った。
11 名前:04 哀塚 投稿日:2006/08/10(木) 20:19
しかし、れいなは下を向いたまま言った。

「箱を、取りに行かないと」
「え?何言ってるの?れいなもう助かったんだよ!」
「取りに行く!」
「ダメ!絶対に行かないからね。あんなにたくさん幽霊がいるところなんか……」

しかも、その霊は「れいな」と言っていたのだ。
そんなところに、戻れるわけがない。しかしれいなは

「もういい!れいなは行く!!」

そう言って私の手を振り解くと、一人で塚の中へと走って行ってしまった。

「あ、待て!」

私も後を追って走りだした。
しかしさっきの逃走で体力を使い果たしてしまった私はうまく足を運ぶことができない。
まして登り道である。いつの間にか、れいなの姿を見失ってしまった。
それでも足を必死に前に進めて塚を登って行った。さっき来た道を戻るように。

「あれは?」

道の先に、私は木箱を見つけた。れいなが持っていた例の箱だ。
するとどこかでれいなを追い抜いてしまったか、あるいはれいなが道に迷ったか
それともれいなはもう……

私は木箱に駆け寄ると、そのまま箱を開けた。中には壺が一つ入っていた。
布で口が覆われていた。それを取り払い、私は中を見た。

「こ、これは……」
12 名前:04 哀塚 投稿日:2006/08/10(木) 20:19
中には、石灰石のような塊がいくつか入っている。
その一つを取り出して見た。塊には何箇所か、こげたような跡。

―――骨?

そうだ。これは誰かの骨だ。私は戦慄した。
なんで幼い少女がこんなものを大事に持っているのだ。
あのれいなという少女は、いったい何者なのだ?
一瞬、あの少女自身が幽霊だったのでは、という考えが頭を掠めたがすぐさま打ち消した。
そんなはずはない。この私が幽霊と人間を見間違えるわけがなかった。
では、なぜ人間の骨を持ち歩いているのか。なぜ霊たちはれいなの名を呼んだのか。
私は首を振った。わからなかった。何もわからなかった。あの子は何者なのだ?

そのとき私の耳に、れいなの声が聞こえてきた。

「ひっく……ひっく……」

れいなが泣いている。私ははっとなった。何者であるにせよ、あの子はまだ子どもだ。
放って置いていいわけがない。こんな幽霊ばかりの暗い塚で一人いるのだ。

「れいなー?どこー?」

私は声を上げて歩き出した。声はここよりも下から聞こえてくる。
来た道を引き返すように、れいなの名を呼びながら私は歩いていった。
れいなは、木のかげにいた。しゃがみこんで、顔を覆ってしゃくりあげていた。

「れいな……」

れいなは泣きはらした目で私を見た。私はれいなの前にしゃがみこんだ。

「れいな、あの骨は何?」
13 名前:04 哀塚 投稿日:2006/08/10(木) 20:19
れいなは、私から目をそらして下を向くと、小さな声で言った。

「あれは……おばあちゃんの骨」
「おばあちゃん?れいなの?」
「うん。れいなのおばあちゃん、ずっと言ってたの。
 死んだら哀塚という所に埋めてくれって。
 それなのにパパたちはお墓におばあちゃんを埋めちゃった。
 それから、れいなは夜に、おばあちゃんの声を聞くようになったと」
「それが……れいなの連れてきた幽霊?」

れいなはこくりとうなづいた。あれは、あの霊は、れいなのおばあちゃんだったのか。

「おばあちゃんが死ぬとき、れいなは青い光を見たんだよ。
 れいな、パパに何度も言った。なのに聞いてくれんかった」
「それで、お墓から遺骨を持ち出して?」

そんなこと、幼い少女にできるだろうか。墓石をどかして骨壷を取り出してくる。
骨壷はれいなにも抱えられる重さだったが、墓石の方は……。
いや、まてよ。ずらそうとすると確かに大変かもしれないが、押し倒すだけなら
この子にもできるかも知れない。ただしその場合、元には戻せないけど。
まさか、倒したまま放置して来たのだろうか。
いずれにしても、今頃れいなの家では大騒ぎになっているだろう。
子どもが遺骨を持ち出して行方不明になってしまったのだから。

「ねぇれいな。おばあちゃんの幽霊いなくなったよ。
 きっとれいなが連れてきてくれたから、もう満足したんだよ。
 だから、骨は持って帰ろう。勝手に持ち出しちゃまずいよ」
「でも……哀塚に埋めてくれって言ってた」
「だけどダメ。そんなことしたら大変なことになるんだよ」

私はれいなを立たせた。骨壷を拾って、もう帰ったほうがいい。
14 名前:04 哀塚 投稿日:2006/08/10(木) 20:19
れいなの手を引っ張って、骨壷のところまで行く。

「誰かおる!」

れいなが言った。目を凝らしてみる。骨壷の前に一人の老婆がしゃがみこんでいた。
人間だった。れいなにも見えたのだから間違いない。老婆は骨壷に手を伸ばしていた。

「ちょっと、何してるんですか?」

私が言うと、老婆はようやく気がついたのか、こちらを見た。

「青い花たちが咲いている」
「は?」
「青い花が一斉に、この塚に集まって来た。彼女を……」

老婆は「彼女を」のところで骨壷を見やった。

「送り出したい思いが、青い花を咲かせたのだ」
「花なんて、どこにも見えないけど……」
「ついて来なさい」

老婆はそう言うと、骨壷を持って立ち上がった。

「ん?その子は……」

老婆が言うとれいなが自分の名を答えた。

「れいな……そっか。おばあちゃんにそっくりじゃな」

老婆はれいなの頭を大事そうになでながら何度もうなづいていた。

「れいなのおばあちゃんを、知っているんですか?」
15 名前:04 哀塚 投稿日:2006/08/10(木) 20:19
「私の名は愛と言います」

老婆は聞いてもいないのに自己紹介をした。若いころからマイペースな人だったのかな
などと、どうでもいいことを考えてしまった。
愛と名乗った老婆は、私たちの方をまっすぐに見据えてきた。
顔はしわだらけであったが、ぱっちりと大きな目ははっきりとわかる。
その目にはこっちが落ち着かなくなるほど、強い眼力が宿っている。
人を魅了する美しい目だった。

「この子のおばあちゃんは田中麗奈と言いました」
「れいなと、同じ名前」
「メンバーになるとき、彼女は名をひらがなに直した。
 もう、何十年もひらがなの名で暮らしておった。
 自分が華やかだったころの名を、孫にもつけてやったと聞いとる。
 だから孫もれいなという名になった」

老婆は私たちに背中を向けて歩き出した。私たちもそれに続く。
正面を向いていたときは、その目に威圧されたが
こうして背を向けている老婆の小さな身体はとても頼りなく、また寂しそうでもあった。

「私たちが若かったころ、みんなから愛されておった。
 いつのまにか、みんなバラバラになってしまったけれど。
 今はこうして、またこの塚にみんな集まって来とる」
「そういえば、この塚、幽霊がたくさんいますよね」
「みんな、突然の別れに、寂しい思いをしてきた霊たちじゃ。
 仲間に会うまで、ずっとここにおるつもりかも知れない」

そこで愛のトーンが突然、暗くなった。
相変わらず、愛の背中は小さかった。せつなさを訴えるような背中だった。
この老婆も、突然の別れをいくつも経験しているのだ、と私は直感で思った。
16 名前:04 哀塚 投稿日:2006/08/10(木) 20:20
老婆に続いて歩いていく。するとそこに一つ、大きな石が置いてあった。
暗くて目を凝らさないと分からなかったが手前に小さな穴が開いていた。複数。

「田中、田中……えーっと、あ、あった。ここじゃ」

老婆はそういうと、一つの穴を指差し、その中に骨壷を投げ入れる。

「ちょっと、何するんですか?」

私は駆け寄ろうとした。しかしその手を
れいなが力を込めて引っ張って、私を行かせまいとしている。
私は動けなかった。別に子ども一人の力で、私は引き止められたわけではない。
しかし
れいなの表情は、こちらが動けなくなるほど真剣だった。とても子どもとは思えないほど。
だから私は、動けなかった。れいなの顔に圧倒されて。

老婆はすでに穴を埋め終え、石に向かって手を合わせているところだった。
それを確認したれいなはゆっくりと、老婆に歩み寄っていく。
私もれいなに引かれながら、老婆のところまで歩いていった。
老婆は手を合わせるのを止め、立ち上がってこちらを向いた。
再び存在感のある目が向いた。私ではなく、愛の目はれいなを見ていた。

「おばあちゃんの、死因は?」
「しいん、って?」
「どうして、死んじゃったの?」
「病気で」
「どんな?」
「……」

れいなは答えられなかった。教えられていないのだろう。
17 名前:04 哀塚 投稿日:2006/08/10(木) 20:20
大人は子どもに、死因のすべてを説明しないことが多いから。
どう説明していいかわからないのだ。突然やってきた死別というものを
どう子どもに理解させてやればいいか、わからないのだ。
自分たちだって、なぜ死んだか、なぜ家族と別れなければならないか
完全には納得いっていないことだってある。

それでも老婆はわかったというようにやさしくうなづいて言った。

「もっとも、私たちくらいになると、いつ死んでも不思議はないからな」

その目からふっ、と光が遠のいたように感じられた。
死を思う老婆には力がまるで宿っていなかった。

「おばあさん……」
「ん?」

愛は私の方を見ずに反応した。が、私は構わずに質問をした。

「本当は、そう思っていないでしょう?」
「え?」
「いつ死んでも不思議はないなんて……」
「あんた、名は?」
「柊です」
「あんた、鋭いんだねぇ。確かにそうじゃな。
 いつか来るものとはわかっていたが、実際に仲間が死んでいくのは
 本当に嫌なもの。どんな理由を聞いても納得できるもんじゃない。
 それは、私たちを愛してくれた人々も同じであろ。
 だからこうして……」

老婆は周囲を見渡した。

「花たちが集まってくる」
18 名前:04 哀塚 投稿日:2006/08/10(木) 20:20
私は目を疑った。さっきまで狭い空間だったのに
いつのまにか周囲は広い野原になっていた。
そこに、数え切れないほどの青い花。

「もう逝ってしまった人たちが多いが、
 その魂たちがこうして今、見送りに来ているんだよ。
 みんなの思いが、一面の花になる」

花が、見渡す限りの青い花が、れいなのおばあちゃんを送りに来ている。
それはすごい数だった。れいなのおばあちゃんの死を
これだけの数の人々が、悲しんでいる。
青い花は、みずからぼうっ、と光を放っているようにも見える。
そのせいで夜とは思えないほど明るい。
私はそれを、ただただ圧倒されながら眺めていた。

すると
れいなが唐突に言った。

「これ……前は赤い花やった……」
「え?れいな、赤い花も見たの?」

れいなはうなづく。愛が驚いたように言った。

「藤本さんのときに迷い込んで来とった子どもはあんただったか……。
 他人の子がたどり着くわけないと思っていたが」
「以前にも、誰か?」
「我々の仲間が亡くなると、花たちは必ず色をつける」

老婆は、空を仰いだ。

「仲間が……」
19 名前:04 哀塚 投稿日:2006/08/10(木) 20:20
そのとき、花とは別の光が私たちの頭上を飛び越えていくのが見えた。
一つ、二つ、三つ……

「集まって来ましたね」
「あんた、見えるか?」
「はい」
「仲間たちが、やって来おった」

幽霊たちだ。
その中央には、れいなのおばあちゃんの霊。迎えに来たのだろうか。

「ずいぶんと……」

私はその光景を見ながら、不思議と心が温まっていくのを感じていた。

「明るい幽霊ですね」

「あんた。声まで聞こえるのか?」
「はい」
「そうか……」

愛は、地面に目を落とし何かを考えている風だった。

「れいな、おばあちゃんがどんな人だったか、
 あんたに見せてやりたいんだが。見たい?」
「うん、見たい」
20 名前:04 哀塚 投稿日:2006/08/10(木) 20:21
「柊さん、あんた、霊たちと話はできるか?伝えて欲しいんだが」
「なんでしょう?」
「懐かしい光景を見せてくれって、そう伝えてください」
「わかりました」

私は、目を閉じて霊に向けて送信をした。

―――懐かしい光景を、

霊たちが、一斉に私の方を向くのがわかった。

―――懐かしい光景を見せて

霊たちがざわつく。
私が送信を終えて目を開けると、石の周辺が異様に明るくなっていた。
眩しい。昼間よりもずっとずっと、強い明かりが照らしていた。

その光の中央に、一人の女の子が立っている。
みると、れいなにそっくりだった。れいなよりも年齢は上だったが顔立ちは瓜二つだ。
これが、れいなのおばあちゃんの少女時代。

青い花をいとおしそうに見回しながら、目からは涙が流れている。
なにかしゃべろうとするが、そのたびに顔がゆがんで中々しゃべることができない。

「れいなのおばあちゃんはね……」

愛の手が、れいなの肩に置かれていた。れいなは無心に、光の中をじっと見つめている。
21 名前:04 哀塚 投稿日:2006/08/10(木) 20:21
「自分の卒業式でも絶対に泣かないっ、て言ってたのにね。
 もう一曲目からぼろぼろになって、大変だった……。
 最後まで、強がりで負けず嫌いな人だったよ」

愛の目は、どこか遠く、遠い過去を見ているように細くなっていた。
楽しそうに懐かしそうに、温かくれいなの少女時代を見守っている。

「前向きな理由がある卒業だし、笑顔でみんな見送ろうって決めてたのに……
 やっぱり……嫌だったなぁ……」

光の中の少女は、マイクを持って歌っていた。
その歌声が、直に私の胸に響いて来た。

少女は、恋を歌い、笑顔の素晴らしさを歌っていた。

お別れだけどおしまいじゃない。夢が始まっただけ。

そう訴えていた。全力で。

夢が
始まっただけ。

れいなのおばあちゃんは、今ここに来たばかり。
この塚で、再び一緒になった仲間たちと
どんな夢を見るのだろう。

「ここに来ればもう、お別れはないからね……」

私は愛を見た。その目からは涙が一筋、流れていた。

「まさか、私が見送ることになるなんてね……」
22 名前:04 哀塚 投稿日:2006/08/10(木) 20:21
「夢か。ようやく、みんなと一緒になれたね。でも……」

愛は、青い花を見回して、ふっと息をついた。

「夢のために、花たちがたくさん涙を流した」

花たちが一斉になびいた。二度、三度。リズムをとるように何度も何度も
光の中の少女の方へなびいていた。

愛の声が震えている。誰に訴えるでもなく、ただ地面に向けて語っていた。

「なんで、お別れなんてあるんだろう……」

私の耳には花たちの、涙や叫びが感じ取れた。
突然の死を悲しみ、別れを嘆く声。
死を決定する運命というものに怒り、苦しむ声。

「誰もお別れなんてしたくないのに、どうしてうちらは
 お別ればっかりしていたんだろう……」

別れはつらい。どんな理由を説明されたって、そのつらさに変わりはない。
その別れを呪う声から、耳をそむけてはならないのだ。
耳をそむけ、なかったことにしたりするから
無念は霊となりこの世をうろつきまわる。
それらの声を少しでも聞いてやらなくてはならない。
霊の未練を少しでも軽くしてやらなくてはならない。

「それが、成長することだって、信じてたんだよね。うちら……」

私は、自分の使命を今はっきりと感じ取った。
彼らの叫びを聞き、それを伝えていこう。
23 名前:04 哀塚 投稿日:2006/08/10(木) 20:22
愛の目からは、涙が流れ続けた。
れいなを見ると、れいなも泣いていた。光の中のおばあちゃんにつられたのかもしれない。

やがて、光景はうすくなっていく。青い花の光も段々と弱く。
景色はフェードアウトして、ゆっくりゆっくり
やがて、元いた塚の風景へと戻っていった。暗く狭い哀塚に戻ってきた。

「さ、戻りましょうか」
「おばあさん?」
「私も別に山姥ってわけじゃない。青い光が見えたから来てみただけで
 普通に生活してますから……」
「そうですか」

私たちは三人並んで、塚を降りていった。

道中で、愛が聞いてきた。

「柊さん。私にはどうしても、あんたが他人とは思えない」
「え?」
「私よりもはっきり、メンバーの姿が見えるなんて。
 あんたのおばあちゃんも、もしかして……」
「……」

愛は立ち止まった。身体の向きを変えて、私の方を見た。

「おばあちゃんの名前は何といいますか?」
「ごめんなさい、覚えていません」

そう答えると、愛は悲しそうにうなづいた。
24 名前:04 哀塚 投稿日:2006/08/10(木) 20:22
塚をさらに降りていく。
もう塚の外に出ようというとき、愛がぼそっと言った。

「柊……十月の花ですね」
「あ!」

その言葉で思い出した。
私が小さいころ、母親から聞いたことがある。
おばあちゃんも、十月に関する名前で、だから私も十月を表す名をもらったのだ、と。
その名前とは、本格的に冬になる直前の暖かな時期を指した言葉。
冬の前、ちょっとだけ訪れる、穏やかな時期、「小春」。
私は、うちの家系の伝統に倣い、十月に咲く花、「柊」の名をもらったのだ。

そのことを告げると、愛はくしゃくしゃの笑顔になった。

「そうかそうか……。
 おばあちゃん、元気ですか?」
「一緒に暮らしてはいませんけど、まだ元気みたいです」
「そう。あの子、入ったときから元気だったもんねぇ」
「じゃあ、私もやっぱり」
「はい、私とあんたのおばあちゃんは仲間どうし。
 死んだら私と一緒、となりの塚に入ることになりますね」
「縁起でもないこと言わないでくださいよ」

私は笑って、愛の肩に手を置いていた。
25 名前:04 哀塚 投稿日:2006/08/10(木) 20:22
三人で駅まで歩いていった。
哀塚は後方に遠ざかっていく。
私は、愛に向かって言う。

「私、帰ったら聞いてみます。私のおばあちゃんのことを」
「れいなも」

それを聞くと愛はうれしそうにうなづいた。

「それがいい。それがいい。
 そうしてやれば、おばあちゃんたちも喜ぶであろ。
 柊さんは、直接話をすることも……」
「もちろん、できます」
「聞いてやるといい。誰にでもできる仕事ではなかったから」

私にはたくさんやることができた。
おばあちゃんの話を聞こう。
おばあちゃんのために流された、涙たちの物語を聞こう。
そして、
おばあちゃんの歌った夢を、私も教えてもらおう。
駅につくと電車がちょうど来るところだった。
愛は、ここでお別れだと言う。

私はれいなの手を取って、言った。

「さ、帰ろう。明日も学校あるしね」
「うん」

2人は手をつないで、家に帰る列車に乗り込んでいった。
26 名前:04 哀塚 投稿日:2006/08/10(木) 20:22
終わり
27 名前:04 哀塚 投稿日:2006/08/10(木) 20:22
 
28 名前:04 哀塚 投稿日:2006/08/10(木) 20:22
 

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