39 回覧板
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/07(土) 23:57
- 39 回覧板
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/07(土) 23:57
- 39 回覧板
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/07(土) 23:58
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家の門をくぐって現実に戻ったひとみは、ねっとりと重みを増したスーツに気付いて顔を歪め、数メートル先にあるドアに鍵をさした。玄関灯はついていない。梨華が気晴らしに実家に帰って一週間になる。
「あの、回覧板なんですけど」
控えているようだが全てが無遠慮といった声色で、垣根ごしになっちが顔を出していた。関係性の中で好印象を持つこともできるし、軽蔑することもできる、いい感じに不愉快な女だった。
ひとみがその姿をみとめると、今年の夏は暑いわねえ、となっちが足早にやって来た。この20代半ばのぶりっ子は、未だに自分のことをなっちだと思っていて、昼間はけっこうな音量で「あの頃の夢は どこに行ってしまったんだろう」なんて中学生がノートの切れ端に書きそうな詞を情感たっぷりに歌いこんでいるらしい。隣に住んでるってだけで世間に死刑を宣告されても文句言えないよ、わたしたち、梨華が吐き棄てるように言っていた。
「昼間は誰もいらっしゃらないようでしたので」
どこかたわんだイントネーションで話すなっちの顔は、根拠のなさそうな自信に満ちている。
「ところで、奥さんは最近……」
取り合わず、ありがとうございますと回覧板を受け取ってドアを開けると、ひどい臭いが鼻を刺した。どろどろに腐って発酵した有機物の苦味とえぐみを抽出したような破壊的な匂いで、人を焼いてもこうはならないだろうとひとみは思った。
「昼間にも入ってみたんですけどね、その時はここまでじゃなかったわ」
なっちは不自然でしかない自然な動作で鼻を押さえ、顔を顰めている。
「ところで、奥さんは」
梨華は、ひとみ達の価値観でいえば恥でしかない、なっちの独善的なプライドに何ウンザリしただけだ。スーパーや美容院やちょっとした近所付き合いでも、日常になっちがある梨華は表には出さなかったが苛立っていた。
「まだお若いでしょう? 家賃を払うのも大変じゃないかっていつも圭織と話してるのよ」
ひとみは心の中でなっちを三度殺した。東京のマンションと同じ家賃を基準にして不動産屋に作らせたリストの中に、この家があっただけだ。大きな庭と小さな家庭菜園が、東京や横須賀ではありえないと梨華の気に入った。
「それにしてもすごい臭いね。夏は痛みが激しいから」
青白い暗がりに、何が楽しいのか笑っているなっちの細い目がエロく浮き上がっている。
「手伝ってさしあげましょうか?」
何が腐ったのだろうか。家の中で腐りそうなものを思い浮かべていった。まっさきに思いついた。昨夜食べたイカの内臓だろう。
女はまだわけのわからないことを話し続けている。それにしても大変よね、このあたりって家賃高いでしょう? 七万七千円だもんね、なっちはさ、大丈夫なんだ、節約上手だし、冷蔵庫のあまりものでもお料理できるから家計にも優しい女の子だから、圭織もね、暑さに弱くてすぐに倒れちゃうんだけど、なっちのお料理で夏バテ知らずなんだよ!
ひとみは思う、この女は雪のちらつく真冬に何を勘違いしているのだろう。白いTシャツにアップリケを付けたエプロンを着たなっちを見て、自分が今どこにいるのかわからなくなった。
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/07(土) 23:58
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- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/07(土) 23:58
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- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/07(土) 23:58
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