35 また、一緒に
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/07(土) 23:04
- 35 また、一緒に
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/07(土) 23:15
- 「あ、雪」という誰かの声につられて窓の外に目をやった。
ひらひらと舞い落ちるそれに、持つ感想は人それぞれで。
「今日寒いもんなぁ」「積もるかなぁ、これ」
そんな会話が耳に入る。
「なーに見とれてんの。雪にはしゃぐ年齢でもないでしょ?」
「別にはしゃいでないよ」
コーヒー片手に笑う同僚に言葉を返し、私は止まっていた
作業を再開させる。カタカタというキーボードを叩く音と共
に浮かび上がってくる文字を目で追っていたら、ふと思い出
したことがあった。「ねぇ」同僚に声をかける。
首を傾げた彼女に、私は言った。
「雪女に会ったことがあるって言ったら、笑う?」
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/07(土) 23:16
-
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/07(土) 23:17
- 『歌手になる!!』
そう啖呵を切って家を飛び出して一ヶ月。私は早くも自分の
限界を感じ始めていた。いや、最初から気が付いていた。
別にプロダクションにあてがあったわけでもないし、自分の
歌に自惚れていたわけでもない。
わかってた。自分には無理なことくらい。
ただ親に反対されてムキになって、半ば自暴自棄のように家を
出た。アパートを借りようにもお金がない。仕方なく友人の
家を渡り歩いているけれど、いつまでもこんな生活をして
いけるわけがない。それでもなにかしなくちゃと、アルバイト
をしつつ駅前で歌っていた。誰かに聞いてもらおうとしていた
わけじゃない。自分の夢との決別のつもりで、ただの自己満足
だけで歌い続けていた。
- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/07(土) 23:17
- 粉雪がちらつく、寒い夜だった。
私はギターを抱え、いつものように自作の歌を歌っていた。
元々人通りの多くない駅だけど、誰一人として立ち止まって
くれる人はいない。一通りの曲を歌い終え、少し早いけれど
帰ろうかと、荷物をまとめ始めた時だった。
「今日は、もう終わり?」
いつの間にいたのだろう。私の目の前には同い年くらいの少女。
膝を三角に追ってしゃがみ、今まさにふたを閉めようとしてい
たギターケースを覗き込む。
- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/07(土) 23:17
- 「あー…え、と…………」
「私、エリっていうの。あなたは?」
「あ、れいな。田中、れいな」
慌てて名前を告げると、エリは嬉しそうに笑い
「れいな、れいな」と私の名前を繰り返した。
「今度はいつやるの?」
「明後日、かな。多分。この時間だよ」
そっかーとエリは納得したように頷いて立ち上がり、私を
見下ろす格好になってから、もう一度笑った。
「またね、れいな。風邪ひかないようにね」
そう言うと、エリはパタパタと駅の方へ走って行ってしまった。
その背中を見送りながら、私は自分の胸がいつもより高鳴って
いるのを感じていた。
- 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/07(土) 23:18
- 次の日は、朝からずっとアルバイトで。
「いらっしゃいませぇ」なんて性に合わない笑顔を浮かべ
なが、ら私はレジに立って、淡々と仕事をこなしていた。
ちょっとでも時間が空くと考えてしまうのは、昨日のこと。
エリは、私にとって始めての『お客さん』だった。
交わした会話は少なかったけれど、それは私にとって記念日
そのもので。たった今、自分が相手をした客が出て行った
ガラス張りのドア越しに降る雪をぼんやりと眺めつつ、明日は
晴れるといいなぁなんて考えていた。
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/07(土) 23:18
- 「れーなっ」
エリが姿を見せたのは、日が沈み、辺りが暗くなった頃だった。
相変わらず雪が降っている。
積もるほどではない。手に乗ればすぐに消えてしまうような
ちいさな粉雪。
「おー。エリ」
「ねぇねぇ、なんか歌って?」
よっしゃとエリの希望に応えて、歌ったのは自作の歌。
歌っている間、エリはこっちが照れてしまうくらいに目を
輝かせながら、じっと聞いてくれた。
歌い終わると「この歌、好き!」と言いながら、いつまでも
ずっと拍手をしてくれた。
- 9 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/07(土) 23:18
- 一緒に歌おう、と声をかけたのは気まぐれだった。
もしかしたら心の奥底ではずっと決めていたことなのかも
しれないけれど。とにかく、エリが満面の笑みで頷いてくれた
ことだけが、すごく嬉しかった。
私と絵里が歌う日は、何故かいつも雪が降っていて。
そのせいなのかやっぱり立ち止まってくれる人はいなかったけ
れど、それでもエリと歌えることがすごく楽しかった。
「ねぇ、エリ?」
ただ、一つだけ気になることがあった。
「いつもそんな格好してるけど、寒くないの?」
- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/07(土) 23:18
- 私自身は、ジーパンにトレーナを着て、さらにコートを
羽織っている。それでも結構寒いと感じるのに、エリは
半そでのTシャツの上に薄いジャンパーとスカートという
春先のような服装。
空からは舞い落ちる雪。絶対に寒いだろうと思っていた。
「うーん、別に寒くないよ?」
でもエリは平気な顔でそうやって答える。最初は違和感を感じ
ていたけれど、体感温度は人それぞれだと納得して、次第に
気にならなくなっていった。
一緒に練習なんてしたことがないのだから、私たちの歌は
あまり上手とは言えなかったけれど、とにかく二人でいれる
だけでよかった。
- 11 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/07(土) 23:19
- 絵里が来なくなったのは、突然だった。
ある日突然、いつもの時間になってもエリは来なかった。
自分が歌っていない日も、バイトの合間を縫って駅前でエリの
姿を探したけれど、彼女を見つけることはできず。
コートが要らなくなり、自分を含め、街を行く人々の服装が
明るい暖色系の暖かな色に変わった季節のことだった。
それから。
私は歌をやめていた。両親に半ば無理矢理に家に引っ張られ、
新学期に合わせて学校に戻されたから。
ギターは取り上げられた。家を出た時に退学届けを出して
行かなかったことを、私はすごく後悔した。
- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/07(土) 23:19
- 欠席期間が長かったとかで、1年遅れの高校1年生。
それはとてもつまらなくて、私は授業中はいつもエリと歌った
毎日のことを考えては、思い出に耽っていた。
久々にギターに触れたのは、夏休みだった。
どこからどういう経路で聞きつけたのか知らないが、私が前に
ストリートライブをやっていたということを知った軽音部の
友人に夏祭りの時にバンドの助っ人として出てくれと頼まれた。
特に依存はない。
わかったと了解を出し、そのお礼の代わりにと私が作った曲を
セットリストに加えてもらった。
- 13 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/07(土) 23:19
- なんとなく、私は信じていた。エリが来てくれることを。
根拠のない自信だけが、そこにあった。
夏祭り、当日。
中高生のバンドがそれぞれの日ごろの活動の成果を競い合う
サマーライブには、たくさんの観客がいた。
クラスメイトやバイト仲間など、知った顔をたくさん見つけた
中で、私は、エリを探していた。
けれど、ライブが始まっても彼女の姿はなく。
自分たちのバンドの一つ前が発表しているとき、舞台裏で
順番を待ちながら袖から外を覗いて見たけれど、やっぱり
彼女の姿を見つけることは、できなかった。
- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/07(土) 23:20
- 順番が回ってきて、演奏が始まる。
曲は3曲。私の曲は一番最後。
1曲目。
激しいロック調の曲に盛り上がりつつも、ちらりちらりと
観客席を見回す。
2曲目。
1曲目とは違い、どちらかといえばバラードに近い曲調に
さっきよりもじっくりとその姿を探すが、やはりいない。
- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/07(土) 23:20
- やはり、来ないのだろうか。
次は自分の曲だというのにあまり演奏する気分にならなかった
けれど、まさか演奏しないわけにもいかないから、ピックを
持ち直してから、勢いよく弦を弾いた。
3曲目。
エリが「好き」と言ってくれた曲。
エリが拍手を送ってくれた曲。
エリと一緒に歌った曲。
エリとの想い出が、たくさん詰まった曲。
- 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/07(土) 23:21
- そろそろ曲も終わりに近付いてきた時だった。
観客席から少し離れた、時計の柱に寄りかかって。
一瞬視界に入ったその姿に驚いて、思わず音を外しそうになる。
それをなんとか持ち直してから、私はさっき自分が見た方向に
もう一度、視線を向けた。
―――エリ!
ずっと探していた人物が、そこにいた。
私と視線が合うと、にっこり微笑んで。
その唇が『久しぶり』と動いた気がした。
- 17 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/07(土) 23:21
- 曲が終わり、メンバー全員で袖へと戻る。
感動したのか興奮したのか、互いの肩を抱き合う仲間たちの
輪からコッソリ抜けて、私はさっきエリを見た場所に走った。
「エリ!!」
そこには、すでに彼女はいなかった。
あまり時間は経っていない。まだ近くにいる。
そう確信して、周りを見渡したり人ごみの中を走って
彼女の姿を探したけれど、どこにも見当たらなかった。
- 18 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/07(土) 23:22
- 諦めた私は、少し気落ちした感じでさっきエリを見かけた
場所まで戻って―――――気が付いた。
足元にあった、小さな水溜り。
そしてそのすぐ側の時計の柱には、この季節には似合わない
ちいさなちいさな雪だるまが、まるで彼女の代わりのように
ちょこんとその場に居座っていた。
「エリ…………」
まさかね、と思いつつもどこか納得している自分がいた。
- 19 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/07(土) 23:22
- 思い返してみれば、エリといるときはいつも雪が降っていた。
天気予報で晴れだと出ていたのに、雪が降ったときもあった。
エリがいたときはいつも。必ず『雪』が一緒だった。
そしてエリは………
雪解けのニュースと共に、姿を消した。
「エリ…………」
ゆきだるまに向かって、小さくそう呟いてみる。
当然、返事なんてあるわけなくて。
私は泣いた。
次第に溶け始め、ゆきだるまが不恰好になっても
涙は止まらなかった。
- 20 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/07(土) 23:23
-
- 21 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/07(土) 23:23
- 「結局、それから会ってないの?その子と」
もう大分冷めてしまっただろうコーヒーを啜って、同僚が言う。
私は頷いて、手元にあったペットボトルのキャップを開けた。
「多分、あの夜に消えちゃったのかなぁって思うよ。
どこに行ったのかはわからない」
「でも、私本で読んだことあるよ。
一度消えた雪女は、何年かすれば、また戻ってくるって」
「本の中の話でしょ、それ」
こくん、とペットボトルの中身を喉に通す。
ほぼなくなりかけていたそのお茶は、ひどく苦く感じられて、
私は思わず咽こんだ。
粉雪は、いつのまにか大粒のぼたん雪に変わっていて
向かいのビルの屋上が白く染まっているのが、目に映った。
- 22 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/07(土) 23:23
- 押入れの中をきちんと整理して置けばよかったと少し後悔した。
苦労して取り出したギターケースはホコリまみれで白、という
よりも茶色に近い色になってしまっていた。
それは、少しでも手を触れると、くっきりと手形が残るほど。
けれどギターはあの頃のまま、何一つ変わらずにケースの中に
納まっていた。
『聞いてみたいな。れいなの歌。歌ってよ、今度の新年会で』
なんとなく頷いて、やるハメになってしまった懐かしい曲。
メロディも歌詞も、今でも鮮明に思い出せる。
ピックは、当時からの癖が抜けないまま、机の引き出しに
しっかりと保管されていた。
- 23 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/07(土) 23:24
- 音出しをして、それなりにいける状態であることを確認して
私は一度深呼吸をしてから、ピックを持った指を動かした。
一気に懐かしさがこみ上げてくる。
10年前もこうやって、たった一人でギターを抱えていたのだと
想い出に酔いしれながら、私は歌った。
―――――エリに会いたい。
私の歌は、こんこんという窓ガラスを叩く音で遮られた。
誰だろうと立ち上がり、窓の側に近寄って………
「エリ……………」
- 24 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/07(土) 23:24
- そこには。
あの時と同じ、ちっちゃなゆきだるまが
私の部屋の中を覗き込むような格好で
ちょこんと窓枠に座っていた。
「れーなっ」
懐かしい声がする。
ずっと望んでいた声。ずっと待っていた声。
「エリ……………」
―――また一緒に、歌おう?
- 25 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/07(土) 23:24
-
外は雪。
積もるほどではないけれど。
静かにしんしんと降り続くのは、粉雪。
- 26 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/07(土) 23:25
- お
- 27 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/07(土) 23:25
- わ
- 28 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/07(土) 23:25
- り
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