30 ポン・デ・フィクション

1 名前:30 ポン・デ・フィクション 投稿日:2006/01/07(土) 18:34
30 ポン・デ・フィクション
2 名前:30 ポン・デ・フィクション 投稿日:2006/01/07(土) 18:36
 
 一面の、銀世界。
 視界を奪って、音を消して、あたしの頭を空っぽにする。

「……ごとーさん、今なに考えてたんですか」
「ん? 紺野以外のこと」

 あたしはそう言って、横にあったほっぺたをつついて、悪戯っぽく笑った。
 
3 名前:30 ポン・デ・フィクション 投稿日:2006/01/07(土) 18:37
 雪の地平線の向こうには、なにがあるのか。
 そういう事を考える人はいない。
 雪の向こうにはやっぱり雪が広がっていると、
 みんな知っているからだ。

 葉が剥がれ落ち骨ばった木々は、雪に包まれて樹氷となる。
 オバケみたいなその姿に、小さい頃のあたしはおびえていた。
 大きくなってからは、木々のかたどる怪しい風景よりも、
 人の命を無惨に奪ってしまうような、寒さ、吹雪、
 といった自然の脅威のほうにおびえている。
4 名前:30 ポン・デ・フィクション 投稿日:2006/01/07(土) 18:39
 雪国に生まれて得したといえば、スキーが人より上手い、ことぐらい。
 小学校の体育でスキーに行くから、いやでも滑れるようになる。
 東京に住んで、都会でできた友達とスキーに行けば、すごい、と誉められた。
 
 スキーはレベルの違う人と一緒に行くと、お互いに楽しめない。
 うまい人が初心者に合わせてゆるいゲレンデですべるのは面白くないし、
 初心者が急斜面に行くことはできない。

 だから、紺野と二人でスキーに来ることに、そんなに乗り気になれなかったんだ。
 絶対に別々に滑るわけにはいかない。
 あたしが緩いゲレンデで、ボーゲンの紺野に教えることになる。
 覚悟は、できてるさ。
5 名前:30 ポン・デ・フィクション 投稿日:2006/01/07(土) 18:41
 「……ごとーさん、曲がれないです」
 「かたっぽの足に、体重かけて」
 「……よっ……う、うにゃあ!!」
 
 ――ドシャ!

 紺野は変な声を出して、キラキラ輝く白いゲレンデへすっころがった。 
 あたしは紺野の横へスーッと滑っていって、手をさしのべる。
 紺野は、すいません、と両手で掴まったけど、あたしはその手をひっぺがした。

 「え?!」

 ――ドシャー!

 「……なんで、また、倒すんですか……」

 ゲレンデに手をついて、しなだれる格好で聞く紺野。かわいーな。

 「倒れ慣れたほうがいいんだって」
 
 あたしがにーっと笑うと、いじわるです、と紺野がふくれた。
6 名前:30 ポン・デ・フィクション 投稿日:2006/01/07(土) 18:41
 白馬へ来たのはあたしも初めて。
 高速バスに二人並んで座って揺られて、
 紺野がいっぱい持ってきたお菓子を横からつまんで、
 北も南もスキー場、というこの村に着いた。
 白馬、とつけた人はなかなかいいセンスしてるな。
 白く広がる景色が、幻想的に見えるよ。

 白馬マップを見て、初心者が滑りやすそうなスキー場を、あたしなりに選んだつもり。
 ペンションはその近くの、こじんまりした可愛いところにした。
 予約を取ったら、最後の一部屋だった。ぎりぎりセーフ。
7 名前:30 ポン・デ・フィクション 投稿日:2006/01/07(土) 18:42
 おやつ時になって吹雪いてきたので、早めにペンションにひっこむことにした。
 疲れているときに視界が悪いのは、危ないんでね。
 紺野も、がんばってたし。疲れたろうし。
 紺野の生命線、スキーウェアのポケットに入れてた、おやつのストック切れてたし。

 外観のイメージそのままに、あたしたちの部屋も可愛いつくりになっていた。
 淡い色調でまとめられたインテリア。おとぎの国みたい。
 二つのベッドの間にサイドボード。小さな引き出しがある。

 「だいたい聖書入ってんだよね」

 とあたしは言いながら、引き出しを開ける。
 聖書ではなかった。茶色い皮表紙のノート。

 紺野があたしの横から覗き込む。

 「……泊まった人の思い出帳、ですかね」
 
 あたしはぱらっと表紙をめくる。一ページ目、無地の真ん中に大きく、

[ Pon de Fiction ]

 とあった。
8 名前:30 ポン・デ・フィクション 投稿日:2006/01/07(土) 18:43
 次のページ。
 ――これは、このペンションで起こった悲しい物語。
   一組の幸せなカップルが、ペンションにやってきました。
   泊まった部屋は、2階、メイプルの間。

 「ここじゃん」

 とあたしは思わず言葉を漏らす。
 自分のベッドにどっかり座りこんで、読み始めた。
 紺野が覗き込もうとするので、表紙を向けてガード。

 「……見せてくださいよお……」
 「だーめ」
9 名前:30 ポン・デ・フィクション 投稿日:2006/01/07(土) 18:44
 ふくれる紺野をほっぽって、あたしはどんどん物語を読みすすめる。
 童話のような、せつないストーリ。
 幸せなカップルは、その付き合いを、女性の両親から反対されていた。
 両親はあらゆる手を使って、二人を別れさせようと考える。
 二人の後をつけ、ペンションまでやってきて――

 「……ひとりじゃ、つまんないです」

 紺野の声で現実に引き戻された。ノートを置いて紺野の目を見る。
 ちょっと泣きそう。

 「わかったってー、大丈夫。ごめんね」

 あたしは適当によさそうな言葉を並べて、紺野の隣に座った。
 よしよしと頭を撫でる。
 しばらく撫でていると、機嫌がなおったみたいだった。
10 名前:30 ポン・デ・フィクション 投稿日:2006/01/07(土) 18:45
 物語の続きが気になったけど、紺野が持ってきたトランプで二人で遊んだ。
 紺野は動きはとろいけど、記憶力はいい。
 スピード、はあたしが余裕で勝ったけど、神経衰弱は余裕で負けた。
 
 「トランプ占いしましょう」
 
 と紺野が、ピラミッド型にトランプを並べ始めた。
 綺麗に並んだ、9層のピラミッド。残りは使わないらしい。
 紺野が右端、あたしが左端のカードをめくる。

 「上か横どちらかのカードをめくっていって、頂上までいけたらいいんです。
  ただし、同じ数か同じマークだと進めません」

 ふーん。あたしはひょいひょいとトランプをめくっていく。
 上いったり横いったり。
 もうすぐてっぺん、てところで詰まってしまった。もう動けない。
 気がつくと、紺野はもうてっぺんで待っていた。
11 名前:30 ポン・デ・フィクション 投稿日:2006/01/07(土) 18:46
 「……もう少しでしたね」

 紺野の顔がほんのわずか曇った。
 これが相性占いだってことぐらい、聞かなくたってわかる。
 あたしはさっと、詰まったカードと別のカードを取り替えて、
 てっぺんまで辿り着いた。

 「あーよく見たらいけた」

 紺野が笑った。

 「ごとーさん、ずるいですよ」
 「見間違いには気をつけないとねーうん」

 お互いの目をみる。
 甘い雰囲気。
 紺野の頬を両手で包んで、あたしの顔に近づけようとしたそのとき、
 ペンション内の放送が鳴った。

 「――お食事の用意ができました。
    1階、ダイニングまでお越しください」

 「ちぇ」
 「ご飯、いきましょっか」
 「そだね」
12 名前:30 ポン・デ・フィクション 投稿日:2006/01/07(土) 18:47
 トントン、と階段を下りていくと、
 大きな木を切り出したテーブルに、本格的な料理が並んでいる。
 ペンションの旦那さんは、昔ホテルでシェフをやっていたらしい。本格的だ。
 あたしと紺野は隣同士に腰掛け、他のお客さんも座る。
 ナイフとフォークで慣れない手つきで料理をいただく。
 うまく肉がとれない! もーう。

 「すいませーん、箸ください」

 紺野がちょっと笑った。 

 「ごとーさん、いいんですか」
 「いいのいいの、あたし日本人だし」
 
 紺野はそんなあたしを横目に、ナイフとフォークで上手に料理をいただいてる。
 この子、できるな。
 あたしは、箸でご飯に肉をのせ、かきこむ。
 料理がほんとに美味しい。
 こういうとこに来て料理が美味しくないと、それだけで台無しだから、ほんとよかった。
 周りのお客も、おいしーい、とか言ってる。
 料理が評判のペンションだったんだけど、予想を超えて美味しかった。
 幸せな夕食のひととき。
13 名前:30 ポン・デ・フィクション 投稿日:2006/01/07(土) 18:48
 そんなペンションのダイニングにすぐつながる、小さな玄関に、
 鬼気迫る様子の中年男女の姿があるのに、あたしは気付いた。
 猛吹雪のなか佇む、二人の様子は尋常じゃない。
 他のお客も玄関の異変に気付いて、ざわつきだす。
 
 紺野も玄関を見る。

 「え……」

 紺野の目がまあるく開かれ、手からフォークが外れてカーペットに落ちた。

 「……うそ……どうして」

 そこには――
 
 
 
14 名前:30 ポン・デ・フィクション 投稿日:2006/01/07(土) 18:51
 
15 名前:30 ポン・デ・フィクション 投稿日:2006/01/07(土) 18:53
 
 
紺野が、原稿用紙の束から目を離す。

あたしは、こたつに両手両足を突っ込んだまま、
読み終わるのを待っていた。

「まだ途中だけど、どんなもんかね?」

と、おそるおそる紺野に聞いてみる。
自分の書いた小説を読んでもらってるのだ。不安にもなる。
どういう評価かな。ドキドキする。

「では、正直に」
「はい」
「こないだのより良くなってると思います」
「やった」

あたしはこたつで温めていた両手を出して、みかんを取る。
雑にみかんの皮をむしりとって、三日月を一つ、口に放り込んだ。
紺野の部屋にはこたつがあるから、こたつみかん、つう完璧タッグもできちゃう。
久しぶりに来た紺野の部屋を、なんとなく見回した。
16 名前:30 ポン・デ・フィクション 投稿日:2006/01/07(土) 18:55
紺野は原稿用紙の束を、トントン、とそろえて脇に置く。
みかんを取って丁寧に皮を剥くと、薄皮も綺麗にはがして食べた。

「ペンションが舞台の、甘い恋愛劇って感じですけど」
「うん」
「これ、後藤さんのスタイルではないと思います」
「ありゃ」
「読み手に受けがいいから、とか考えませんでしたか」
「うん考えた」
「書きたいものを書いたほうが、良さがもっと出ると思いますよ」
「はーい」
「でもこれから面白くなりそうで期待しちゃいます」
「よーし、頑張って早めに書こー」

あたしはこたつに入ったまま背を伸ばす。

「あともう一つ」
「はいな」
「私、スキー得意ですよ」
「ありゃ、そうなんだ」
17 名前:30 ポン・デ・フィクション 投稿日:2006/01/07(土) 18:56
冷たいすきま風が、あたしの背中を通っていった。

「うーさみいさみい。こんな寒くてスキーなんて行ってられないね〜」
「後藤さん、インドア派ですもんね」
「紺野もね」
「そうですね」

あたしはこたつに太ももを入れたまま寝そべり、
手を伸ばして、テレビの前にあるゲーム機の電源を入れた。

「カルドやろカルド」

あたしは寝そべったままコントローラーをいじくって、
紺野はこたつにきちんと脚を入れたまま、コントローラーを持つ。
同じゲーム画面を、二人が違う角度で見てる。
18 名前:30 ポン・デ・フィクション 投稿日:2006/01/07(土) 18:57
「ねえねえ紺野」
「なんです」
「あたし、才能ないかなあ」
「そんなことないです。後藤さんの書く文章、好きですよ」

ゲームの手番は紺野で、あたしは紺野がゲーム内の土地をゲットするのを眺めている。

「ねえ紺野」
「なんでしょう」
「あたしらって、付き合ってんだっけ?」

あたしの頭の向こう、
紺野が、少し微笑んだ、気がした。

「どうでしたっけ。私も忘れました」
19 名前:30 ポン・デ・フィクション 投稿日:2006/01/07(土) 18:57
いつもより冷える夜。
あたしはコタツに深くもぐりこんだ。
オリーブ色のカーテンの向こう、窓の外には、雪が降っているのかもしれない。
いちいちカーテンを開けて見たりはしない。
どんな世界が広がっているか、明日の朝のお楽しみだ。
20 名前:30 ポン・デ・フィクション 投稿日:2006/01/07(土) 18:58
21 名前:30 ポン・デ・フィクション 投稿日:2006/01/07(土) 18:58
22 名前:30 ポン・デ・フィクション 投稿日:2006/01/07(土) 18:58

Converted by dat2html.pl v0.2