29 かわいそうな雪の妖精の話

1 名前:29 かわいそうな雪の妖精の話 投稿日:2006/01/07(土) 18:23
29 かわいそうな雪の妖精の話
2 名前:29 かわいそうな雪の妖精の話 投稿日:2006/01/07(土) 18:24
「うー寒い寒い」
と、寒風吹きすさぶ冬の黄昏ロードを並んで歩く辻ちゃんと加護ちゃん。
お家がお隣さんな二人は幼いときからいつも一緒。
今日も同じお仕事先から連れ立ってのご帰宅です。

「それにしても今年の冬は雪が降らないね」
「そうだね」
そうなのです。辻ちゃんと加護ちゃんの言うとおり、今年はまだハロープ・ロジェクト国には
雪が一粒も降っていないのでした。
いつものことならば、せっせせっせと雪かきに忙しいこの時期、まるで神様が雪という存在の
ことをすっかり忘れてしまったかのように、まったく全然降りやがらないのです。

「雪が降らないんだったら寒いのもなくなっちゃえばいいのにね」
「そうだね」
ちなみに、話を振っているのが加護ちゃんで、ただ相槌を打っているだけなのが辻ちゃんです。
3 名前:29 かわいそうな雪の妖精の話 投稿日:2006/01/07(土) 18:25
寒い寒い真冬の夕闇を歩く二人の目に、お互いのお家が見えてきました。
二人はお母さんがつくってくれる暖かいシチューと暖炉の赤々とした火を思い浮かべて、
自然と早足になってゆきます。
身体は冷えて、おなかはぺこぺこ。
早くお家へ帰らないと氷の彫像にでもなってしまいそうです。

と、そこへ――
「もし、もし、そこのお二人」
道の脇から二人を呼び止める甲高い声が。
辻ちゃんと加護ちゃんは、はたと足を止め、声の方にぐりんと首を回します。
見るとそこには、天使様のようにキラキラと光り輝く真っ白な服を身にまとった、
褐色の肌の女の人がいました。
4 名前:29 かわいそうな雪の妖精の話 投稿日:2006/01/07(土) 18:25
「あなたはどなた? なんのご用?」
加護ちゃんが言います。

「私は雪の妖精リカ」
白と黒の独りオセロみたいな人の返事を聞いて、二人はびっくりしました。

「雪の妖精さんですって?」
「はい。そうです」
「黒っ!」
「嘘くさっ!」
「ええっ!?」
無邪気な二人のなんともひどい言葉を投げつけられた雪の妖精は、泣きそうな顔に
なってしまいます。

「やばいね。あれは人攫いかもしれないね」
「詐欺師かもしれないね。何か売りつけられないように気をつけないとね」
と、辻ちゃん加護ちゃんは、雪の妖精に微妙に聞こえるくらいの声でひそひそ話。
5 名前:29 かわいそうな雪の妖精の話 投稿日:2006/01/07(土) 18:26
「あ、あの……」
「あっ、まだしつこく話しかけようとしてるよ」
「注意しとかないとね」

「私の話を聞いてもらえますか……」
二人は目を合わせ、ひとつこくんと肯き合います。
「どうぞ、どうぞ」
「どんなお話ですか?」
快い返答とは真逆の力強い疑いのまなざしを向けられた雪の妖精は、とてもやりづらそうに、
おろおろとうろたえた様子で、目を泳がせ、ごくんと唾を飲み込み、緊張をあらわにしています。
そんなものですから、続けた言葉で、「あ、あのぉっ――」と声をうわずらせてしまいました。

辻ちゃんと加護ちゃんは失笑です。
雪の妖精に冷ややかな視線を送りながら、「ふっ」と鼻で笑っています。
6 名前:29 かわいそうな雪の妖精の話 投稿日:2006/01/07(土) 18:26
雪の妖精はもう本当に泣きそうになってしまいました。
いっそのこともう泣いてしまいたいと思いました。
でも、がんばりました。
「あの……私……ううっ……」
ああ、だけどやっぱり泣いちゃいそうです。
雪の妖精は目に涙が浮かびそうになるのをぐっとこらえ、『リカ、ここで泣いちゃダメよ』と
自分自身に言い聞かせ、呼吸を整え、ほんのひと時の悲しみにさよならを告げ、顎を上げ、
前を向きました。

「私は雪の妖精リカ」
どうやら一からやり直すみたいです。
7 名前:29 かわいそうな雪の妖精の話 投稿日:2006/01/07(土) 18:27
「寒いから早くして」
と、せっかく奮い立たせた心を折るようなきっついお言葉にも、
「はい!」
と元気よく返事して、雪の妖精はしっかり二人を見据えます。

「あなたたち二人は疑問に思ったはずです。雪の妖精であるはずの私の肌の色がなぜ
黒いのか。そして、今年の冬はなぜ雪が降らないのか」
「うん、思った」
「それはすべて、私が悪い魔法使いに呪いをかけられてしまったからなのです!」
「へー」

えっ、ええええええええ!?
ものすごく力を込めて話したのに、予想以上に薄いリアクションをされて、雪の妖精はあせりました。
目の前の二人の関心のなさっぷりは、まるで新日本プロレス1・4ドーム大会の観客のようです。
8 名前:29 かわいそうな雪の妖精の話 投稿日:2006/01/07(土) 18:27
「えーと、あの、それで、悪い魔法使いに呪いをかけられて、私はこの国に雪を降らせる力を
奪われて、真っ白だった肌も黒くされて、その、現在に至ります……」
ものすごく話が下手なことを自覚している雪の妖精ですから、一度否定的な顔をされると
話し方も投げやりで平坦になってしまいます。
あまりにも思い通りに事が進まないことで、またもや落ち込んでうつむき、せっかく上げた
テンションが、がっくりガタ落ちです。ただでさえ、呪いをかけられて、怖くて不安で情緒が
不安定になっているのに。

「ふーん」
「で?」
「話すなら早く全部話して」
「手短に」
二人の言葉が悪魔の槍のように雪の妖精の胸に突き刺さります。
まったく、辻ちゃんと加護ちゃんの冷たさといったら、冬の風も真っ青です。

「はい……」
もういい。もう帰りたい。そうは思いながらも、けなげに話を続ける雪の妖精。
これはとってもとっても大切なお話なのです。
「それで、私にかけられた呪いを解くためには、あるものが必要で……」
9 名前:29 かわいそうな雪の妖精の話 投稿日:2006/01/07(土) 18:27
「あるものって何? まわりくどい言い方しないでスパッと言ってよ」
辻ちゃんが言います。
「ねえねえ、ちょっと、あの人泣きそうじゃない。なんかかわいそうになってきたからさ、
そういう言い方やめようよ」
加護ちゃんが言います。

「嘘泣きかもしんないじゃん」
「ああ、そっか。本当は嘘つきの悪い人かもしれないんだもんね」
加護ちゃんはあっさりと辻ちゃんの言葉に納得してしまいました。

「だいたいさ、雪が降らなくても困らなくない?」
「そうだね。困らないね」
「むしろ迷惑じゃない?」
「でも、ホワイトクリスマスとかいい感じだよ」
「ああ、そうだね。いい感じだね」
あははははー。二人はなごやかに笑い合います。
10 名前:29 かわいそうな雪の妖精の話 投稿日:2006/01/07(土) 18:28
と――
ひっくひっくとすすり泣く声が。
「もういい……ひっく……もう帰る……」
すっかり蚊帳の外に追い出されていた雪の妖精が、とうとうこらえきれずに涙を流して
泣いているのでした。
「もう他の人に頼むからいい! うわーん、ばかー!」
雪の妖精はわんわん泣きながら二人に背を向けると、ぴゅーっと空を飛んですぐに消えて
見えなくなってしまいました。

「うわー、ひくわー」
「なんだったんだろうね、あの人」
「ばかー、だってさ」
「ひどいね」
「あれ、本当に妖精だったとしても、絶対悪い妖精だよ」
「黒かったしね」
「そうだね」
「うー、冷える〜。あの人のせいでめちゃめちゃ寒いよぉ」
「あっ、もしかしたらあの人、うちらのことこのまま凍らせるつもりだったんじゃないのかな」
「あるあるー。注意しといてよかったね。やっぱり悪い人だったんだ」
「黒かったしね」
「そうだね」
「さっ、帰ろ、帰ろ」
「シチュー、シチュー」
11 名前:29 かわいそうな雪の妖精の話 投稿日:2006/01/07(土) 18:29


がんばれリカちゃん。負けるなリカちゃん。呪いの解けるその日まで。



・おしまい・
12 名前:29 かわいそうな雪の妖精の話 投稿日:2006/01/07(土) 18:29
 
13 名前:29 かわいそうな雪の妖精の話 投稿日:2006/01/07(土) 18:29
 
14 名前:29 かわいそうな雪の妖精の話 投稿日:2006/01/07(土) 18:29
 

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