27 雪が降る 山が色づく
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/07(土) 15:09
- 27 雪が降る 山が色づく
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/07(土) 15:10
- 雪が降ると里の向かいの山が色づく
それが白とは限らない
最初は青で 翌日は緑
次が黄色く やがては赤く
そして最期に 黒へと色づく
山の化粧は雪の色
青い 緑の 黄色い 赤い 雪の色
夜より黒い 雪の色
山の化粧は宴の証
飲めや歌えや宴の証
山の化粧は招待状
見えたのならば行ってごらん
見えぬのならば行ってはいけない
見えない者が万が一
見えた者の足跡を
追ったのならば戻れない
帰って来れない
返してくれない
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/07(土) 15:10
- *****
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/07(土) 15:10
-
最初にさゆが、
「あ、綺麗!」
って言ったんです。
そしたら絵里も、
「ホントだ! 綺麗!」
って。
あたしも二人が見ている方を見ました。
けど二人の視線の先には真っ白い雪をかぶった山があるだけで……。
あたしは聞きました。
「なにが綺麗なの?」
って。
そしたら二人は不思議そうな顔をして。
「だって綺麗じゃん。あんなに青くて」
「青? 空?」
「山だよ! ほら、あの山だけ雪が青くて」
真面目な顔して言うんです。
もちろん、絵里が指差す山は普通に真っ白ですよ。
でもさゆも絵里の言うことにうんうん頷いてて。
あたしはきっとからかわれてるんだって思って、この日は作業に戻りました。
作業に戻ってからも二人はずっと山のこと話してましたけど。
あ、作業っていうのは雪下ろしです。
この季節は毎日続けないと家がつぶれちゃうんで。
で、次の日ですよ。
前の日と同じように雪下ろしの休憩中なんですけど。
またさゆが、
「今日も綺麗!」
そしたら絵里が、
「おー、今日は緑だねえ」
って続けました。
あたしは「しつこいな」ってちょっと頭に来て、二人に怒鳴ろうとしたんですよ。
怒鳴ろうとして、驚きました。
ほんのちょっと、目を離してすらいないのに、まばたきしてる隙くらいの間に、二人はいなくなっちゃってたんです。
消えたんですよ。
この時はあたしも変だとは思ったんですけど、でも二人の足跡が例の山に向かって伸びてたんできっと遊びに行っちゃったんだと思って。
しょうがないなと思いながらあたしだけ作業に戻りました。
ええ、別にあの二人が仕事を放って遊びに行っちゃうなんて珍しいことじゃなかったんで。
- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/07(土) 15:11
- その次の日ですけど、二人はちゃんと雪下ろしにやって来ました。
結局あの後は二人とも戻ってこなかったんで、あたしは怒り気味に
「昨日はどこ行ってたの?」
って聞きました。
そしたら何か二人は妙に嬉しそうな顔で見つめ合って。
声を揃えて、
「「ひみつー」」
「でも楽しかったよねー?」
「うん、楽しかったー」
いつもの調子なんで放っときました。
この二人、あたしんことからかって遊ぶのが趣味みたいだったんですよ。
腹は立つんですけど、怒って見せると余計に二人が喜ぶんで、無視して作業してました。
で、今度は屋根の上での作業の途中に
「今日は黄色かー」
「ピンクがいいの」
って二人が言うのが聞こえて。
ハッとして顔を上げたら、もうそこに二人の姿はありませんでした。
また屋根の上から山の方まで二人分の足跡だけあったんですけど。
流石におかしいとは思ってたんですけど、やっぱり一人で作業に戻りました。
うちのお母さん二人のおばさんと違って厳しいんですよ。
次の日は雪下ろしはありませんでした。
珍しくもうここ三日ほど雪が降らない日が続いたんで。
で、いつも通り二人と遊んでました。
それでお昼くらいかな、前の日と同じくらいの時間に、
「今日は真っ赤」
「明日はピンク?」
って。
ええ、やっぱり次の瞬間には二人共いなくて、足跡だけ……。
- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/07(土) 15:11
- 最期の日も同じです。
二人と遊んでたら急に、
「わ、黒い」
「真っ黒」
で、二人は消えて。
なんか、怖かったんです。
その日に二人が見た色が黒だったってのもあると思うんですけど。
不吉じゃないですか、黒って。
ヤな予感がして、二人の足跡を追ってみたんです。
それで気づいたんですけど、あの山、かなり遠いんですよね。
夜になってもふもとまで辿り着けませんでした。
夜の山に入るのが危ないのは知ってましたし、もしかしたら二人は戻ってるかもって思って、里に引き返しました。
帰ったらもう真夜中で。
里に入ると灯りを持った大人たちに取り囲まれました。
最初にお母さんが駆けて来て思い切り頬をぶたれましたよ。
お母さんはそれから何か喚いてましたけど、横からさゆと絵里のおばさんが割って入ってあたしに聞くんです。
「さゆみは!?」
「絵里は!? 一緒じゃないの!?」
って。
二人は帰ってませんでした。
そしてそれから、帰って来ませんでした。
次の日も。その次の日も。次の冬も。その次の冬も。
十年経った未だに、帰って来ません。
- 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/07(土) 15:11
- *****
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/07(土) 15:12
- 話し終えてしばらく、れいなという女性は囲炉裏の火をボウ、と見つめていた。
「もしかして、二人が帰って来れないのはあたしがあの日、二人の跡を追ったりしたからじゃないかとも、思うんです」
「それはなぜ?」
「旅のお坊さんがこの話を聞いて謡ったんです。『見えない者が万が一 見えた者の足跡を 追ったのならば戻れない』という歌を。
戻れないっていうのは追った人間じゃなくて、追われた人間の方が戻れなくなるのかも、と」
彼女の声音にはどこか自分を責めるような調子が含まれていた。
「山の宴」
「え?」
「その現象の通称です。雪の多い地方では比較的に事例の多いものですから、その坊主が謡った歌もここに環境の似たどこかの里で生まれたんでしょう」
真希と名乗った旅人が淡々と告げる。
「我々の間では『ヌシの代理』と呼んでいます。冬の厳しい地域では山ヌシの力が極端に弱まりますから、その間だけヒトの力を借りて山を守るんです」
「その間、だけ……?」
「ええ通常は。ただその代理が山に気に入られてしまい、長いことそのままという事態もあるそうなんです。
記録にある中で最も長いものだと、20年もの間山にかどわかされたままだったという例も」
「じゃ、じゃあ、それじゃ、二人も……!?」
「はい。いつかはわかりませんが帰ってくると思いますよ。坊主の歌に関しては、まあ文面通り足跡を追ってそのまま遭難した人間がいるのではないかと。
なにせ冬の、特に夜の山は危険が多いですからね。
かどわかされている間、代理の者は楽しい宴の夢を見るといいます。
雪山版『浦島太郎』という所でしょうか。いずれにしろ、貴女が気に病むことではありませんよ」
「そう、ですか……。」
れいなの目から雫がこぼれる。
頬を下り顎先へと伝った雫は、囲炉裏へ落ちて溶け消えた。
- 9 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/07(土) 15:12
- *****
- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/07(土) 15:12
- 「ホントに良かったの? アレで」
翌日。
誰もいない雪道を一人で歩きながら、真希は宙へと語りかけた。
『はい。助かりました』
「でも―――」
『いいんです。それよりも、れいなが自分を責めていることの方が、私たちには辛いですから』
坊主の歌には続きがあった。
山の宴に呼ばれた者は
遅かれ早かれ帰り来る
だけれど誰も気づかない
見えぬ 聞こえぬ 触れない
山の宴に呼ばれた者は
雪が解ければ 溶け消える
溶けてもそこに いるけれど
見えぬ 聞こえぬ 触れない
山の宴は 山化粧
山の化粧は 雪の色
溶ければ消える 雪の色
見えぬ 聞こえぬ 触れない
呼ばれた者は 雪になる
溶ければ消える 雪になる
人に非ざる 雪になる
見えぬ 聞こえぬ 触れない
見えぬ 聞こえぬ 触れない
誰も気づかぬ
気づいてくれない
「気づき話すは蟲師だけ……と。
勝手に代理にされて、帰ってきたらもう人でなくなってるなんてヒドイ話だねぇ」
- 11 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/07(土) 15:13
- 『ふふ。でも、私はアレが見れて良かったと思ってるんですよ?』
知ってます?
山ヌシは代理を呼ぶ時、一度死ぬんです。
それで、まとった雪に色を映して振り返るんです。
青い化粧は冬の空。
緑の化粧は春の木々。
黄色い化粧は夏のお日様。
赤い化粧は秋の紅葉。
黒い化粧は年中同じ、夜の色。
振り返って、ああ良い人生だったなって感じ入るんですって。
嬉しいから宴を開くんですよ。
私とさゆはそれにお呼ばれしました。
楽しかったですよー?
たくさんのイノチの思い出が唄って踊るんです。
とても綺麗で。とてもあったかくて。
とっても、楽しかった。
『後悔はれいなのコトくらいですよ。蟲師さんもどうです?』
「あはっ、遠慮しとくよぉ。このお仕事できなくなっちゃうからねえ」
『そんなに楽しいんですか?』
「まあねえ。そういえば、さゆみちゃんってドコ行ったの?」
『さゆですか? さゆなら一足先に帰りましたよ。里に。ちゃんと、人間の姿でね』
「ふーん」
誰もいない雪道を歩き続ける。
振り返れば足跡が長く、出てきた里へと続く。
追いかけてくる少女はいない。
- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/07(土) 15:13
- *****
- 13 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/07(土) 15:13
-
しばらく経って、あのれいなという女性が子供を生んだと聞いた。
子供の名は小春。
やがて成長した小春は里の向かいの雪山を指差して言ったという。
「あ、綺麗なピンクー」
桃の化粧は、さゆみ色。
- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/07(土) 15:13
- お
- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/07(土) 15:14
- わ
- 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/07(土) 15:14
- り
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