26 雪女、バカンスへ
- 1 名前:26 雪女、バカンスへ 投稿日:2006/01/07(土) 06:24
- 26 雪女、バカンスへ
- 2 名前:26 雪女、バカンスへ 投稿日:2006/01/07(土) 06:26
- 「実はあたし雪女なんだ」
宴もたけなわ頭くらくら、史上最大級に調子に乗ったあたしは、ついとっておきの秘密を漏らしてしまった。
向かいでヘラヘラ笑ってた梨華ちゃんは、最初鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていたけれど、やおらプンスカ怒り出して呂律の回らない文句を言い出す。
「まあーたよっすぃーはそーやってあたしのこと騙そうとしれぇー、あれでしょあたしのことバカだと思ってるんれしょ? どーせあたしはヴゥァァアカですよぉーだ、しくしくしく」
しくしくとか自分で言っちゃうあたり、超弩級のバカである可能性を否定できないのだが、ここでそれを追求してしまうとネガティブ梨華ちゃんのエンドレスコンボが発動してしまうので、そこは抑えて無言でコップの中身を呷る。酒が妙に沁みた。
今日は85年組+あややという年齢の近い連中で新年会を開いていた。まあ新年会っつっても年齢柄ただの飲み会なのだが、酒が入っている分だけ自然とバカ丸出しの乱痴気騒ぎになる。
ふと梨華ちゃんの顔を見ると小麦色の肌が桜色に上気していてキショイ、じゃなかった割とカワイイなんて思ってしまうあたり、自分もそーとー酔ってるような気もするのだが、自然と笑みが浮かんでくるような浮ついた気分なのでえへらえへらと笑っていた。
- 3 名前:26 雪女、バカンスへ 投稿日:2006/01/07(土) 06:27
- ちなみに梨華ちゃんが飲んでるのはピーチフィズやらなにやらとにかくピンク色の酒ばっかりで、あたしはビールからワイン、ウィスキーなどちゃんぽんで片っ端から飲んでいた。
少し離れた一角ではごっちんが酒豪っぷりを発揮して日本酒をガバガバ呷っていたし、それにミキティも負けじと張り合い、その脇であややがコッソリ酒をかっくらっていた。
おいありゃウワバミじゃねえのか? と身を乗り出そうとしたところへ、梨華ちゃんは己を取り戻したのかちょっとはマシな返しをしてくる。
「だってよっすぃーって基本ラテン系だし、雪女みたいな清楚でたおやかな感じじゃないじゃない」
「いやそれは純血じゃないからっつーか、あたしだって可憐でおしとやかだっつーの!」
「えー嘘だあー、絶対あたしを騙そうとしてるぅー」
「んなことナイヨー。どう見てよこの白い肌、これこそが雪女の証明ってもんですよ」
「肌が白いだけで雪女になったら白人さんなんてみんなそうじゃない。よっすぃのはお母さん似なだけじゃないの?」
「うーん母さんはそんなには白くないかな……だとすると父親似、ハッ! 父さんは雪男だったのかっ!」
「だったのかって、もうやっぱりテキトーなこと言ってるんじゃない。よっすぃのいじわる」
「まあ梨華ちゃんが信じようと信じまいと、あたしが雪女ってのは事実だし、もしそれをほかの人にばらしたら……どうなるかわかってるよね?」
「ど、どうなるのよ?」
- 4 名前:26 雪女、バカンスへ 投稿日:2006/01/07(土) 06:27
- あたしは親指を立ててギィーと首の前をかっさばく振りをする。そして奇声。
「グエエエェェェェーーーー!!!」
「キャアアアアアァーーーー!!!」
あ、やべ、怖い顔作り過ぎちゃったかな。
前にののと暇すぎて変顔研究から派生して、怖い顔研究をした成果が予想以上の効果を上げてしまったらしい。
ていうか梨華ちゃんってホラーとか好きなんじゃなかったっけか?
酒で鈍くなった頭でうだうだ考えを巡らせていたら、いつのまにか周りでギャイギャイやってた奴らが一斉にあたしを攻撃してくる。
「ひーちゃん何また梨華ちゃん泣かしてんの?」
またとか言うなよ。
「誰よユキって? もーよっちゃんたらまた新しい女ひっかけてんだ〜」
だまれよデコティ。お前もまたとか言うなよ。
「よしこおおおおおおおっ!!」
酒豪のくせに酔ってんじゃねえよ。
そんな感じで新年一発目の飲み会はメタメタな感じで終わった。
- 5 名前:26 雪女、バカンスへ 投稿日:2006/01/07(土) 06:28
- 身を切るような風が今はとても気持ちがよかった。
ほろ酔いで寒い街中を歩くのは、酒を飲んだ時の楽しみの一つだ。
梨華ちゃんも薄ら笑いを浮かべながら、へらへらと楽しそうに歩いている。
今日の飲み会自体、一足早い成人式だのとりあえず新年会だの表向きの理由はいくらでもあったのだけれど、本当の目的は梨華ちゃんを励ますというか元気付けることにあった。
梨華ちゃんは娘。を卒業してからも在籍中と同じくらいのテンションで仕事を頑張っていたのだけれど、その結果としてはどうみても迷走していると言わざるを得ないものだった。
美勇伝やエコモニ、ラジオやハロモニなど仕事自体はあるものの、ソロとして活躍できているかというと正直微妙だったし、この間もどっか地方のスーパーで交通安全フェアをやったとかで結構凹んでいた。
それはアホ事務所が悪いというのも大いにあるけれど、梨華ちゃん自身の問題として、突っ込まれたり弄られたりしてナンボという所があるのだと思う。
あたしが言うのもなんだけれど、梨華ちゃんは娘。みたいな大人数のグループにいたほうが持ち味が出ると思うし、面倒見もいいので、ぶっちゃけ卒業はあまりプラスじゃなかったはずだ。というより、本当はリーダーだって梨華ちゃんの方が向いていると思うし、変わってほしいと思うことだってある。
- 6 名前:26 雪女、バカンスへ 投稿日:2006/01/07(土) 06:28
- でもそんなことを言ったところで何が変わるわけでもないし、あたしが梨華ちゃんに出来ることは大して無い。せいぜいこうやって飲み会を開いて憂さ晴らしをしてあげることくらいだ。
今日は結構成功したと思うけれど、やっぱりあたしは無力感に苛まされてしまい、タクシーに乗り込む梨華ちゃんについ余計なことを言ってしまう。
「何かあったらメールしてよ。あたしにできることなら何でもするからさ」
それを聞いた梨華ちゃんはありがと、と呟いてタクシーの中から小さく手を振ってくれた。
あたしにはその手がやけに小さく見えた。
- 7 名前:26 雪女、バカンスへ 投稿日:2006/01/07(土) 06:29
- それから仕事に忙殺される日々が続いて、東京でもちらほら雪が降ったりして極寒の時期を迎え、春が待ち遠しくなってきた頃、いきなり梨華ちゃんからメール爆撃された。
どのタイトルもすべてハイテンションで、ハートやらニコチャンマークやら装飾がテンコ盛りで、思わず全部削除しそうになったが、そこはオトナの対応でとりあえず中身を読んでみた。
多少の読解力と根気を必要としたが内容としては、梨華ちゃんが今度ゴールデンのバラエティに出演することが決まったらしい。しかも生放送らしく、梨華ちゃんは自身のアドリブ力が認められたとかなんとかでひどく舞い上がっていることが随所から読み取れる文面だった。
そういえば、梨華ちゃんはソロでゴールデンに出たことが無いって随分悩んでいたんだっけ。
あたしはアホ事務所も背のちっちゃいYさんに仕事を回さないという英断をたまにはするんだなと感心したものの、梨華ちゃんが果たして生放送に耐えられるかどうかは非常に疑問だった。
梨華ちゃんへの返信を考え考え打ち込んでいる時に、なんかYさんからのメールも来ていたみたいだけど、悪いけどそっちは読まずに捨てた。
- 8 名前:26 雪女、バカンスへ 投稿日:2006/01/07(土) 06:30
- そうこうして梨華ちゃんが出るバラエティ番組の放送当日、珍しく仕事のなかったあたしは気づくとテレビの前で正座をしていた。別にそこまでして見るような番組ではないのだが、悶々と考えていたらいつの間にかこうなっていたのだ。
そして開始早々、案の定梨華ちゃんは無茶苦茶寒い発言を連発して、辺りをデスブリザードの凍結地獄に陥れていった。あたしはあちゃあと天を仰ぐ。
初っ端がそんなだったせいか、それから梨華ちゃんの出番は少なく、やきもきしながらも番組は順調に進んでいった。
そして今度は逆に出番の少ないことに気になり始めた中盤、何かの罰ゲームを梨華ちゃんがやらされることになった。しょぼいルーレットが回転して、罰ゲームの内容を決める。
「秘密」でゲージが止まって、場内がお約束で無駄に盛り上がる。
「秘密」って何か特別なシークレットなのかよと思ったけれど、実のところ単に何かゲストが自分の秘密を一つバラすというだけのもののようだった。
あたしはそれ位なら、そんなにヒドイことにはならないだろうと、やや安心して成り行きを見守る。
そして、その時にそれは起こった。
「はーいじゃあ梨華ちゃんのとっておきの秘密を3、2、1、キュー!」
「しないよ……じゃなくって、実は……よっすぃは雪女なんですっ!!」
- 9 名前:26 雪女、バカンスへ 投稿日:2006/01/07(土) 06:30
- ああ、なんてバカな梨華ちゃん。
そんなに誇らしげにニコニコ笑っちゃってさあ。
あたしは鼻の奥がツンとなって視界がぼやけてくるのを止められなかった。
そして、ぐずぐずになった目をこすりこすりどうにか取り戻した視界には、まるで時を止めたかのようなテレビの中の光景。
それがいつものように梨華ちゃんの寒い台詞で止まっているだけならどんなにか幸せだったのに。
でもあたしは気づいていた。
あたしの雪女としての魔力がすべてを凍らせてしまったのだ、と。
- 10 名前:26 雪女、バカンスへ 投稿日:2006/01/07(土) 06:31
- 気がつくとあたしは氷の彫像と化した梨華ちゃんの前にひざまついて、嗚咽を漏らしていた。
どうやってここまでたどり着いたのか全く覚えていない。
そんなことよりも梨華ちゃんを抱きしめても冷たいとも何とも思わない体が恨めしかった。
梨華ちゃんだけじゃなくて、スタジオ中の巻き込んでしまった他の人達すべてにも申し訳なくて仕方がなかった。あの時酔っ払って梨華ちゃんに秘密を漏らしさえしなければこんなことにはならなかったのだ。
すべては自分の責任だった。
あたしさえいなければ……と自虐めいた独り言を呟いたときにハタと思い当たった。
雪女の魔力ですべてが凍ってしまったのだとしたら、その発生源がいなくなったらどうなる?
何の根拠も確証も無かったが、その考えにいてもたってもいられなくなり、あたしは屋上へ向かって走りだした。
- 11 名前:26 雪女、バカンスへ 投稿日:2006/01/07(土) 06:32
- スタジオ一つ丸ごと凍りついているのに、特に誰も騒いでおらず、辺りは不気味なほど静まり返っていた。
あたしはスタジオだけじゃなくて、建物全体までもが凍り付いてしまったのかといらぬ心配をしつつ、屋上の扉をこじ開けて外に出た。
眼下に広がるお台場の夜景に目を眩ませながら、あたしは空を見上げて深呼吸をする。
いつまでたっても昂ぶった心は落ち着きそうに無い。
それもそうか、とあたしは自嘲気味にぼやいた。
これから身投げしようというのに落ち着くもへったくれもあったものではない。
そうなると後は覚悟の問題となる。自分の意思で自分の体を宙に投じる覚悟ができさえすればいい。
何も考えないままフェンスによじ登った。
強風に吹かれ、髪がくしゃくしゃに巻き上げられる。
自らを犠牲にするとか贖罪とかそういった気持ちは全く無かった。
梨華ちゃんを救いたい。その気持ちだけがあたしの挫けそうな心を支えていた。
- 12 名前:26 雪女、バカンスへ 投稿日:2006/01/07(土) 06:32
- さあ飛べ。飛べるだろ。
アイキャンフライ、アイキャンフラーイ!
あたしは両腕を大きく広げて風を全身で受ける。
そしてそのままゆっくりと前に体重を移そうとしたとき、柔らかい声があたしを止めた。
驚いて振り返ったあたしは、そこに想像の範疇を超えた人物を確認して絶句する。
「母さん……」
- 13 名前:26 雪女、バカンスへ 投稿日:2006/01/07(土) 06:33
- あたしは成田空港のロビーでミキティを待っていた。
傷心旅行でも国外逃亡でもなかった。あたしの心は希望に満ち溢れていた。
母さんに教えてもらった雪女の秘密、それは雪女の魔力はその雪のような肌に宿るということ。
だからその白い肌さえどうにかしてしまえば、呪いは解けるのだそうだ。
なんでも昔、母さんも父さんを凍らせてしまって、それで必死に肌を焼きにグアムに行ったらしい。
あたしは聞きたくもない両親の過去のノロケ話に二時間以上も付き合って、どうにも我慢ができず途中で日焼けサロンに突撃しようかと思ったんだけど、何でも太陽の光でやらないとダメらしいということだった。
太陽はすべてお見通しさということらしい。意味わからん。
それに一大事件だとばかり思ってたスタジオ氷結状態に関しては、完璧にまるっと無問題なのだそうだ。
んなバカなとあたしも光速のツッコミを入れたのだが、雪女の魔力は物理的な凍結を呼び起こすだけではなく、精神的な凍結をも呼び起こすというのだ。
つまり、あたしが雪女であるということは知られてはいけない事柄だから、それにまつわる事象はすべて心理的なバイアスがかかって、記憶はしているけど呼び起こせない過去の出来事のような扱いになるらしい。
- 14 名前:26 雪女、バカンスへ 投稿日:2006/01/07(土) 06:34
- それにしても生放送だったのだから見ていた人の数や、凍結したスタジオにいる人やそこに居合わせなくても普段関わっている人の数たるや、考えたくもないような数になるはずなのだが、それらに対しても魔力が作用しているということなのだろうか。ちょっと雪女って最強最悪なんじゃねえの?
まあいつまでもグダグダ言っていても仕方がないから、ともかくあたしも梨華ちゃんみたいに真っ黒になるまでバカンスに行く覚悟を決めた。
覚悟を決めただけでは長期の休暇を取ることは難しいのだが、そこはミキティと協力してあること無いことを並べ立て、脅したりすかしたり宥めたりあらゆる手段をして交渉した結果、二週間の休暇を得ることができた。
あたしとミキティが休む理由は、公にはガッタス関連の特訓とかそんな感じになるみたいで、よく考えると娘。のリーダーとサブリーダーがいなくなるんだけどそこら辺はあまり重要視されてないらしい。
所詮リーダーとか飾りだもんなあと愚痴を漏らしながら、ミキティと旅行に行くことと、そういうわけで浮気じゃないから許してね、と氷像の梨華ちゃんに伝えたら誇らしげに固まったままだった表情の眉が少しひそめられたように見えたっけ。
- 15 名前:26 雪女、バカンスへ 投稿日:2006/01/07(土) 06:35
- 「おーよっちゃん早いねー」
「早いねーじゃないよ、ミキティが遅すぎなんだよ」
「いやーまあいいじゃん。それにしても今日は寒いねー」
「ミキティってそんな寒がりだったっけか? 冷え性?」
「いやーなんかさー最近亜弥ちゃんといると無性に冷えるんだよね。一緒に寝てるとさー最初は暖かいんだけどいつの間にか寒いっていうかなんかこう熱気を吸われてるっつーか、もしかして亜弥ちゃんってゆきおん……」
みなぎる冷気。ギョロ目のまま固まるミキティ。
ああ、どうやらあたしはあややとバカンスに行くことになりそうです。
ま、雪女二人がバカンスに行くなんて中々オツなものだよね。
しかも二人とも黄金色を通り越して褐色になるまで肌を焼くわけだし。
そうだアロハロでも出しちゃおうか、梨華ちゃんとさゆがやったみたいなコラボをあややと二人でさ。
あ、やべキタコレ、キタんじゃない?
ねえ、つんくさーんこれってロックちゃうん?
- 16 名前:26 雪女、バカンスへ 投稿日:2006/01/07(土) 06:36
- そんなこんなで帰国後かなり過激なアロハロが発売されて、しばらくして、第二次ヤマンバブームが来てしまったり、そんで梨華ちゃんの人気が上がって超売れっ子になったりするのはまた別の話。
最後に、呪いから解けた梨華ちゃんと再会した時のことを少しだけ。
すっかり真っ黒黒スケになったあたしは特別にめかしこんで梨華ちゃんの前に立ったんだ。
そしたらそれは梨華ちゃんには異国の変な王子様に見えたらしい。
あたしとしてはパイレーツオブカリビアンみたいな気分だったんだけどね。
梨華ちゃんは黒いあたしが珍しいのか、変なテンションでひとしきり、バカンスに行ったことを羨ましがったり、あややとのことを根掘り葉掘り聞いたりした後で、いたずらっぽい笑みを浮かべてそっと囁いてきた。
「ねえ、いつか二人でバカンスに行こうね」
それから恥ずかしそうにヘタクソなウインクをする梨華ちゃんを見て、ああ、あたしの心は既に梨華ちゃんに凍結されているのかもしれないと思ったのだった。
- 17 名前:26 雪女、バカンスへ 投稿日:2006/01/07(土) 06:36
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- 18 名前:26 雪女、バカンスへ 投稿日:2006/01/07(土) 06:37
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- 19 名前:26 雪女、バカンスへ 投稿日:2006/01/07(土) 06:37
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