24 屋上

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 22:10
24 屋上
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 22:12



「ねえ、ミキちゃん」


それまで黙って白い息を吐き出していたごっちんが急にそんなことを言ったので。
私は咄嗟に返事を返すことができず、ただ顔だけで隣を振り返った。
目深に被った帽子の毛玉を気にするように指で一度ころりと転がした彼女は、
直後ぷちんと断ち切ってしまう。
それからふいにこちらを向いて、にっと歯を見せながら言った。


「東京ってさあ、広いよねえ」


新年を祝うライトアップがキラキラと輝く中、
その光に照らされた顔は何も考えていないようで、何かを考えているような。
そんな顔で。
私はごっちんが口にしたそんな当たり前の言葉を受けて、
返事をする前に長細い息をフーッと吐き出すと、輝くように白かった。
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 22:12

「……バカヤロ」

そうして私が溜めに溜めた声をふと発してやると、
今までただ遠くを見つめていた目を一瞬の内にくりっと丸めて、
「ええー」とごっちんが困ったように笑う。
そんな彼女を見て、私はさらに言葉を続けた。


「東京より北海道の方が広いっつうの」

一息でそう言い切ってから、隣の方に視線を向ける。
隣に座るごっちんは「そらそうだ」と納得してから、一人で吹き出すみたいに笑った。


街は真夜中だった。
「眠らない街」という表現は東京によく当てられているけれど、
正にその通りだなと、こうしてみてから初めて実感した。
街中を輝かせるライトに、走り回る自動車、少し出遅れたクリスマスソング。
そのどれもがこの東京から「眠り」を吸い取っていて、
人々は何をするでもなく、しかしそれでも飽きもせずにそこら中を彷徨っている。
4 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 22:13



「やっぱ広いよ、東京は」


しばらく黙ってその光景を見つめていると、もう一度ごっちんがそう呟いた。
なんとなく今度は否定する気にもなれずに「そうだね」と同意をすると、
彼女はちらりと私を振り返ってから、嬉しそうに笑う。


「こんだけ広いとさ」


うん、と目だけで相づちを打つ。
今度は着込んだコートの毛玉を指で転がし、そしてやはり断ち切った後で。
ごっちんが私を見ているようで見ていない目で見てから、
一切の譲歩も油断も冗談も何もない顔で。続けた。


「なんでもできちゃいそうだよね」


少しでもコートでより多く暖を取ろうと身を丸めていた私にそう言ってから、
どこかを切り換えるみたいに突然いたずらっぽく笑った彼女は、
それから目下に広がる東京のライトを見下ろす。
私はそんなごっちんの照らされた横顔をニ、三秒間だけじっと見て、
ふと自分の帽子にも毛玉がついていたことに気がついた。
5 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 22:13
「ミキのにもあった」

そう思わず呟くと、「うつったか」とごっちんが白い息を吐き出しながら笑って、
私の方に身を乗り出してきた。
何かと思って少しだけ顎を引くと、彼女は気にする風でもなくただそっと慎重に。
まるで大切なものでもあるかのように、その毛玉を包み込む。

ふわりと風に吹かれごっちんの指先から飛び立った毛玉は、
キラキラと煌めきながら、どこか遠いところへと旅立っていった。


「……できるよ」


帽子にもう何もついていないことを確認してから、
私はそれを被り直しながらそう呟いた。
毛玉の行方をいつまでも見送っていたごっちんが、その声でこちらを向く。


「できるよ、なんでも」


6 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 22:14
念を押すように、ごっちんに向けて再度そう言い切ってやると、
少しの間きょとんとした顔で黙っていた彼女は、
ふいにくしゃりと顔を緩ませて笑った。

そういえば、彼女がこんなにも笑うところを見るのは初めてだ。
今さらながらにそんなことを考えた後で、私もつられるように笑う。


「じゃあさ、ミキちゃん」
「このまま二人だけで遠い所、いけるかな」


強い風が吹き、ごっちんの髪が綺麗になびく。
真直ぐ前を見据えた彼女の瞳は、
向かい合っているわけでもないのに私の目を捕らえたまま離さない。
凛とした声。
心地良い。


「いけるよ」

そう言ってから、私は少し目を細める。
ごっちんがこちらに顔を向けて、すっと自然に微笑んだ。
7 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 22:14


「ごとーね」
「うん」
「ミキちゃんのこと、キライじゃないよ」
「好きでもないんでしょ」

私がそう足下の小石をつま先で転がしながら言うと、
彼女は全く悪びれもせずに「うん」と言って頷いた。
私はさっきまでの彼女に習うように目の前いっぱいに広がる東京の街を見て、
それから少し間を空けた後、「ミキも」と言う。

ごっちんがまた、嬉しそうに笑った。


「あたしらホントなんなんだろうね」
「友達、じゃないか」
「友達以下だよ」
「ワガママだもんね」
「どっちが?」
「どっちも」
「言えてる」



8 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 22:14

すっく、と。
どちらからともなく立ち上がる。
ごっちんが私を見て笑ったので、私もごっちんを見て口角を上げておいた。


「ミキちゃん」

ごっちんが言う。
初めて会ってからもうずいぶんと長い時間が立つけれど。
私は彼女の声の中で、この声が一番好きだなと思った。
彼女は、続けた。



「飛べるかな」



私は返事をする代わりに、ごっちんの手をぎゅっと握った。

雲のかかった星空の下に広がる東京の街が、
私たち二人を受け入れるようにキラキラと輝いていた。


9 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 22:23


雪が、降っていた。

10 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 22:24
11 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 22:24
12 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 22:24

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