23 スノー・プリズン
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 16:11
- 23 スノー・プリズン
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 16:12
- (絶対ここから出てやる……)
矢口真里はそう固く心に決めていた。
万引き、引ったくり、カツアゲ、援交、自分は使ったことはないがクスリの売買など殺人以外の犯罪を繰り返した末に、
今日この刑務所に連れてこられたのだ。
好き勝手生きて何が悪い。
頼まれて生まれたわけではない。
ましては産んでくれと頼んだわけではない。
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 16:13
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勝手に自分を産んだ挙句、自分を育てることを放棄した親を見限って家を出たのが十四歳の頃だった。
夜中、家中の現金(たいした金額ではなかったが)を持った真里は、
行きがけの駄賃とばかりにリビングの椅子で寝ている両親を滅多打ちにして家を出た。
街を放浪していた時、十七、八歳の少年に声をかけられた。
自分と同じ境遇だというその少年の話を聞いた真里は、心を開き体を預けた。
だが目を覚ました時には、真里が持っていた現金と共に少年は姿を消していた。
騙されたことに気付いた真里は、しばらく泣いていたが、これから先、絶対に騙されないことを誓った
(しばらくして、この少年を見つけた真里は、ボコボコにして少年の持っていた現金を全ていただいた)。
そして、他人に利用されるくらいなら、利用してやるとも誓った。
それから数年がたった冬のある日、真里がねぐら代わりに使っている部屋――その部屋の持ち主は真里より年下の、
ちょうど真里を騙したあの少年と同じ歳の少年だった――にいた時、警察が踏み込んできた。
逃げようとする真里より先に警官達は真里を押さえ込んだ。
当然真里は抵抗したが、警官の一人に殴られた拍子に気を失った。
そして、目が覚めた時には、すでにこの独房の中だった。
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 16:13
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ふと寒さを感じた真里は独房内の窓を見上げた。日は落ちているのか、暗い窓の外には雪がちらついていた。
(ちっ、雪か……)
うちっぱなしのコンクリートの壁についている窓には鉄格子が嵌められており、飛びついて窓ガラスを割ってもとても通れる隙間はなかった。
「あれ……?」
ふと思った。真里がいた街は冬でもあまり雪は降らない。天気予報でも雪が降るとは言っていなかった。
(どこなんだ、ここ……?)
詳しい見当は付けられなかったが、漠然と北の方だとはわかった。思っていたよりも気を失っていたのだろう。
「あ!」
真里は自分の服を見た。捕まっていたときに着ていたトレーナーとジーンズのままだった。ジーンズの中に手を入れる。
(やられてない…かな、たぶん)
そのことに安心した真里は、足下がやけに冷えていることに気がついた。部屋の中で捕まったため、靴下履きのせいだった。
「靴くらい一緒に持って来いよ!」
そう毒づくと、独房の扉の窓から廊下にいるだろう看守に向かって叫んだ。
「ねえ、靴くらい持ってきてよ! あと、毛布も! 寒くて、死んじゃうよ!」
しかし、廊下からの返事は一切なかった。
「くそ! 囚人だからって、凍え死んでもいいのかよ!」
悔し紛れに扉を蹴ったが、靴を履いていない上に寒さでかじかんでいる為、思いのほか痛みが走った。
「いった〜〜〜ぁいッ!」
涙をこらえながら右足を両手で押さえていると、ギィという音が聞こえた。
- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 16:14
- 「?」
音のした方を見ると、独房の扉がかすかに開いていた。看守が靴と毛布を持ってきたのかと思ったが、一向にその気配はない。
不思議に思った真里はゆっくりと押すと、扉は何の抵抗もなく開いた。
恐る恐る顔を出して廊下を覗いたが誰もいなかった。
「なに? 刑務所のクセに、鍵かけてなかったの?」
廊下に出た真里は他の囚人に話を聞こうと隣の独房の扉を開けたが、誰もいなかった。
たまたまこの独房には囚人が収容されていなかったのだろうと思った真里はさらに隣の独房の扉を開けた。しかし、そこも同じだった。
真里は、他のいくつかの独房の扉も開けてみたが、やはり誰もいなかった。
廊下に出て天井を見たが、監視カメラは一台もなかった。隠しカメラで監視しているのかと思って辺りをくまなく探してみたが、それらしいのもなかった。
「お――いッ! 誰か、いないの――――――――ッ!!」
真里の叫びは廊下の壁にかすかに反響したが、それに答える声はまったく聞こえなかった。
「なんなの、この刑務所?」
そう呟いたが、答えはわからない。他の階には誰かいるだろうと思った真里は走り出した。が、
「あ!」
靴下履きにリノリウムの廊下は大変滑りやすく、真里は思いっきり転倒してしまった。
「あ〜〜、くそっ!」
寒さのために痺れるような痛みをこらえながら、今度は転ばないように歩き始めた。
- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 16:15
-
「やっぱおかしいよ、この刑務所」
真里は温かいコーヒーが入ったマグカップで両手を暖めながら呟いた。
頭の中にかすかにあった疑問――ここには自分以外誰もいないんじゃないか――が当たっていたのだ。
他の階で誰も見つけられなかった真里は足からの冷えにどうにも我慢ができなくなり、何よりも先に靴を探すことにした。
そこで、どの刑務所にもあるであろう『看守室』を探すことにした。
一階を歩いていると、独房のとは違う扉を見つけた。ドアノブを回してみると、やはり鍵がかかっていないらしくあっさりと開いた。
中を覗くと、ガスコンロに流し、冷蔵庫やロッカーや椅子やテーブルや戸棚などはあったが、監視モニターの類はなかった。
中に入った真里は水とガスが来ていることを確認すると、コンロの側においてあったやかんに水を入れて火にかけた。
そして、戸棚の中からマグカップとインスタントコーヒーのビンと砂糖とミルクを出した。
お湯が沸くまでの間、ロッカールームの中を見ると、防寒コートに防寒ズボン、そして防寒靴が置いてあった。
しかも、どれも真里のために用意されたかのようにサイズがぴったりだった。
- 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 16:15
- やかんが鳴き、インスタントコーヒーと砂糖とミルクを入れておいたマグカップにお湯を注ぐ。
息を吹きかけて少し冷ましてから一口飲むと、体中にコーヒーの温かさが広がった。
「電気と水とガスが来てるくせに、誰もいないしカメラもない。
囚人と看守がいるから刑務所なんだ。こんなの、刑務所として成立してない」
マグカップをテーブルに置くと、すぐ側の黒い物体を見る。それは、防寒着と一緒にロッカーの中で見つけたリボルバー銃だった。
引鉄に触らないようにしながらいじって弾倉を外に出す。
「弾が一発しか入ってないリボルバー」
弾倉を戻してテーブルの上に置くと、冷蔵庫の中を見た。
「…………なんで、カロリーメイトが冷蔵庫の中に入ってんの?」
なぜか冷蔵庫の中に入っていた十箱のカロリーメイトをテーブルの上に出した。
「とりあえず、外を見てくるかな」
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 16:16
-
看守室を出ると、廊下を少し歩いて外に続く扉を開けた。外はまだ雪が降っており、地面には二十センチほど積もっていた。
手袋が見つからなかったためコートのポケットに両手を入れて正門に向かって歩くが、
防寒着とコーヒーのお陰でほとんど寒さを感じなかった。
正門に着くと、真里は正門を思いっきり押してみたがびくともしなかった。
「ここは鍵がかかってるのか……」
真里は辺りを見回すと、塀の側に大きな木があるのを見つけた。刑務所から漏れる明かりを頼りに近づくと、その木は塀の高さをはるかに超えていた。
見上げると、枝も太くしっかりしていそうで、塀の方にも何本か伸びていた。
「使えるものがあるか探さないと!」
真里は急いで刑務所の中に戻った。
看守室をあさったが、見つかったのは毛布とリュックサックと大き目の魔法瓶の水筒と食器類だけだった。
「そういえば、この部屋の外に用具入れみたいのがあったな」
看守室の外にある用具入れの中から、長い梯子を見つけた。
「これで、ここから出られるぞ」
- 9 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 16:17
- 真里は看守室に戻ると、またやかんに水を入れて火にかけて、水筒の中にインスタントコーヒーと砂糖とミルクを入れた。
そして今度はコートを脱いだ。
毛布を自分の背中の幅くらいになるように畳んで背中に当てると、ジーンズから外したベルトでしっかりと固定した。
そしてまたコートを着る。
しばらくしてやかんが鳴ると、お湯を水筒の中に注いだ。
漏れないようにしっかりと蓋をして、中のコーヒーと砂糖が溶けるようにと少し振ってから、カロリーメイトと一緒にリュックの中に入れた。
リボルバーをコートのポケットの中に入れ、リュックを背負うと、真里は梯子を担いで木に向かって歩き出した。
「絶対にここから出てやる。そして、警察だろうがヤクザだろうが、誰にも文句を言わせたり邪魔されないようなってやる!」
決意を固めた真里は、木の幹に梯子を立てかけると、梯子の下の雪を踏んで梯子を固定した。そしてゆっくりと一段一段上っていく。
てっぺんまで来たとき、真里は焦った。
- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 16:17
- 「ゆ、指が……あと、もうちょっとで届くっていうのに…枝に、届かない…………!!」
枝まで数十センチというところで真里の指は宙をかいていた。
(こんな小さい体に産むから――!)
真里は両親に対する憎しみを思ったが、どんなに憎もうが背は伸びない。
(こうなったら、やるしかない!)
一瞬下を見たが、意を決した真里は梯子を蹴って枝に向かって跳びあがった。梯子は反動で音を立てて倒れた。
真里は、かじかむ両手でかろうじて枝を掴んでいた。
「ハア、ハア、ハア、ハア……」
呼吸を荒げながら何とか枝に登った真里は、リュックサックを背中から前に持ってきた。そして枝の先に向かって慎重に移動し始めた。
(落ち着け、落ち着くんだ)
真里のいる枝は塀よりも少し高い位置にあるが、塀の上にはしっかりと鉄条網が張り巡らされている。
真里はまた跳んだ。塀を越えると、背中を下にして顎を引いた。ボフッという音がした。真里は雪の中にめり込んでいた。
背中に当てていた毛布と雪がクッションになったお陰で、衝撃はほとんどなかった。
- 11 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 16:19
- 脱獄に成功した真里は嬉しくなり、雪から這い上がると喜びの叫びをあげる。
「やった――――ッ! これで自……」
そこで言葉が止まった。脱出することに夢中で気がつかなかったが、予想もしていなかった光景が目の前にあった。
自分のいる場所――そこはまったく明かりのない一面の大雪原だった。唯一の明かりは刑務所から漏れる明かりだけだった。
「どこなんだ、ここは――――――――――ァァァァッ!!」
真里の叫びは暗闇の中に吸い込まれるだけだった。
(十箱しかないから、すぐにカロリーメイトはなくなる。砂糖やミルクもそうだ。
いくら毛布や防寒着があっても、そのうち凍える…ここは、刑務所なんかじゃない!
ここは、自分たちの手を汚さない、処刑場だったんだ!)
真里の右手が、不意にコートのポケットに当たった。震える手でコートの中からリボルバーを取り出す。
(そして、この銃は……自分で処刑するためのものなのか……!?)
真里は、震える手でリボルバーの銃口を自分の顔に向けた。そして、引鉄に指をかけようとしたとき、
「うわああああああ――――ッ!!」
思いっきり塀に向かって投げつけた。リボルバーは塀にぶつかると、そのまま雪の中に隠れた。
「こんなもので、おいらが自殺すると思ってたのか!」
真里はリュックを背中に背負いなおした。
「絶対戻ってやる! 必ず這い上がって、誰にも文句を言わせないようになってやる!!」
そして、真里は大雪原の中に向かって歩き始めた。
- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 16:19
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雪は静かに降り続いている。
- 13 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 16:20
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- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 16:20
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- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 16:20
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