19 あったかい
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 10:21
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19 あったかい
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 10:21
- 半ば無理矢理乗せられたタクシーの中で、彼女は言った。
「連絡してないんだよねぇ。帰ること」
外はまだまだ明るくて、どんよりと曇っている。
肌をぴりぴり刺激するような冷たい風は吹いているけれど
なぜか雪は降ってこない。そんな、東京、高速道路の上。
「え、それめっちゃ迷惑じゃないですか」
「まぁ大丈夫でしょ」
突然思い立った、地元への帰省。
なぜか自分は、それに付き合わされている。
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 10:22
- 目が覚めると、そこは雪国だった。
横を見ると、お菓子のごみをビニール袋に
入れながら周りの荷物をまとめている、同期の先輩。
寝ぼけた頭でそれを眺めていると、ぺしっと頭をはたかれた。
「ほら、降りるよれいな」
「あ、はい」
自分、ここでなにしているんだろう。
流れで彼女に付いて来てしまったのはいいけれど。
降り立った駅の看板を見つめ、れいなは首を捻るしかなかった。
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 10:22
- へぇ、ここが滝………と言いかけた言葉は、ちらっという
視線に押し留められ、別の言葉へと変化した。
「ここが、藤本さんの故郷ですか」
「そうだよ。北海道のまんなから辺」
へぇ、ともう一度感心したように声を上げた後、れいなは
思い出したように「寒いですね」と声をかけた。
「まぁ、零度以上にならないから。この季節」
「え、そうなんですか」
「まだここ、駅の中だから。あんまり寒くない」
「れな、もう限界なんですけど」
最後のれいなの言葉を聞いたのか聞いてないのか
鞄を肩にかけ直すと、すたすたと歩いて先へ進む美貴。
れいなも慌てて足元の鞄を掴んで、美貴の後を追った。
- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 10:22
- 北海道、行くよ
午前中で仕事が終わり、よし明日から3日間のオフ。解散!
という時に、何の前触れもなしに彼女の口から飛び出した
その言葉。楽屋にはまだ大勢メンバーが残っていたというのに
美貴は何故かれいなにだけ視線を向けて、そう言った。
「ちょっと藤本さん!」
お土産よろしくぅなんて、のんきな言葉をかけてくるメンバー
たちには目もくれずに、美貴はれいなの手を引っ張って歩く。
外には、いつの間に待機させていたのか一台のタクシー。
「羽田空港まで」
その言葉を聞いた時、事情は分からないけれど、この人が本気
なんだという事だけは、十分に理解できた。
- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 10:23
- 「わ、すごい!」
駅を出てすぐ。れいなの視界に入ったのは一面の雪景色。
元々人通りが少ないからだろうか、まだ足跡一つない真っ白な
世界が、どこまでも続いている。
「れいな」
その、まだあまり踏み荒らされていない駅前広場をサクサクと
踏みしめていたれいなを美貴は呼んだ。れいなは些か興奮した
面持ちで美貴の方を見る。その頬は、ほんのり赤い。
「雪なんて、家で嫌ってほど見せてあげるから」
「もっとすごいんですか、藤本さんの実家は」
「多分、除雪作業とかしてないだろうし」
- 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 10:23
- タクシーに乗り込んだのはいいものの、途中で降りようと美貴
が言いだし、れいなは再び極寒の中に放り出された。
上着を何枚も重ね着しているのにもかかわらず、肌が痛い。
「何で降りるんですかぁ」
「ん、なんとなく」
大体、なぜ美貴が自分を連れてきたのかも、よく分からない。
親しいメンバーなら吉澤や、娘。ではないけれど後藤や松浦な
ど、連れてくる相手はいくらでもいただろうに。
それとなくそう口走ると、美貴はれいなを振り返り小さく笑う。
それを見たれいなは、そういえば、東京を出てから美貴が
笑ったのは、これが初めてだと思った。
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 10:23
- 「れいな、こっち」
「え、入らないんですか?」
藤本、と書かれた表札を通り抜け、美貴は右に曲がりながら
れいなに手招きをする。庭。てっきり家に入るのだと思って
いたれいなは、美貴の行動にただ首を捻るばかりだった。
駅前と同じように真っ白の雪に覆われた庭。
後ろを見ても美貴とれいな、二人分の足跡だけ。
窓が見えるけれどカーテンが閉まっているから中は分からな
いけれど、なんとなく居間なのかなという気がした。
「さて、問題です」
「いやあの、寒いんですけど………」
- 9 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 10:24
- れいなの言葉を無視するかのように、美貴は右手を上げ人差し
指を上に向ける。
「美貴が、れいなをここに連れてきた理由はなんでしょう」
「いきなり難問ですか」
思わず眉間に皺を寄せると、美貴はまた笑い、ジャジャンッと
自分で効果音を口ずさんだ。
「答え、なんとなく」
「え」
「いや冗談だけどさ」
「なんですかそれ」
- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 10:24
- まったく意味が分からない。
れいなは胡散臭そうな視線を美貴に向ける。が、美貴は大して
気にした風もなく傍らにおいてあったスコップを掴んでれい
なに差し出した。
「はい、これ」
「いや『はい』って………」
「雪かき」
「はい?」
「なんだよ雪かきも知らないのー?」と美貴は呆れた声を出し
つつ「こーやるんだよ」とこまめに雪を掬っては一箇所にまと
めていく。ふーんと納得して、れいなも見よう見まねで作業に
加わった。
- 11 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 10:24
- 「ん、こんなもんかな」
しばらくして手を止めた美貴は「うんうん」と頷きながら
雪の小山を見つめた。
「この雪、どうなるんですか」
「あとで業者が取りに来る」
それ貸してと、美貴はれいなのスコップを受け取って雪山に
突き刺した。さくっという小気味よい音が耳に入る。
「じゃあ、れいな。インターホン鳴らして」
「はい?」
「美貴、ここで待ってるから」
- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 10:24
- ほら早くと背中を押され、れいなは渋々表に回り、玄関の戸口
の前に立つ。誰かの家を訪問するというのはあまり好きではな
い。ことに自分の先輩にあたるような人の家は特に。
「はーい」
インターホンを押してすぐ。ぱたぱたという音と鍵の開く音。
れいなの心臓がばくばくと一気に早鐘を打ったようになる。
「……………あら?」
ドアを開け、動きが止まるのは互いに一緒。
美貴の母親はれいなをじっと見つめると、周りをきょろきょろ
見渡しながら
「モーニング娘。の子、よね」
「あ、はい。田中れいなです」
- 13 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 10:24
- 母親はしばらくして「美貴は?」と声をかける。
何と答えていいのか戸惑い、れいなが曖昧な笑みを浮べると
母親はにっこり笑い「寒かったでしょ、どうぞ」と
れいなを家の中へ招き入れた。
その笑顔が、何となく美貴に似ているとれいなは思った。
「東京からわざわざこんな所にねぇ」
母親はそう言いながら、ソファーに座ったれいなの前に紅茶を
出す。ゆらゆらと湯気が立ち、その色が雪に似てるなぁなんて
れいなはぼんやりと考えていた。
「れいなちゃんは……高校生?」
「あ、はい。一年生です」
何か言われるかと思っていたけれど、母親は頷いただけで何も
言わず、れいなはカップを手に取って口をつけた。
- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 10:25
- おいしいです、と声を出すと母親は嬉しそうに微笑み
その仕草に、あぁやっぱり藤本さんだと思ってしまう。
今、彼女は一体何をしているんだろう。
れいなが今いる部屋があのさっきまでいた庭に面しているこ
とはすぐに分かったけれど、カーテンが閉まっているせいで
外を見ることはできない。
トントントントン、
音が聞こえ、その方を振り返ると
そこは台所で、母親が何かを切っているようだった。
もしかして、ご飯時に来ちゃったのかな。だとしたらちょっと
迷惑なことをしたと、れいなはちらりと考える。
- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 10:25
- 「あのー…………」
「美貴、なにか言ってた?」
れいなの言葉を遮り、母親が言う。その口元には微笑み。
「いえ……特に何も」
「そう……………れいなちゃん」
はい、と返事をすると手招きをされ、れいなは母親の方へ
近付く。手を出してといわれて差し出すと、母親は広げた掌
に数種類の野菜を切ったものを置いた。
そして、引き出しから割り箸を二つ取り出し、それも乗せる。
一瞬だけ触れた掌が、すごく温かかった。
- 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 10:25
- 「あの、これ………」
「美貴に持って行ってあげてくれる?」
はぁとれいなが頷くと、母親は「よろしくね」と言って
再び作業に戻っていく。母親の背中越しに、鍋がくつくつと
音を立てていた。
「あの子、よく貰いに来たのよ。こうやって」
「野菜を…ですか?」
「そう。特にニンジンをね」
何に使うのだろう。見れば、野菜といっても先っぽなど、料理
ではあまり使われない部分ばかり。うさぎの餌かなと思いつつ、
れいなは余った片手で器用に上着を羽織、片方ずつゆっくりと
手袋をしてから再び外へ出た。
- 17 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 10:25
- 玄関を出て、庭へ。
そこでは美貴がれいなに背を向ける格好でしゃがみ込んでい
て。何かを作っているのか、時折手が動く。
「藤本さん」
「ん、おせーよ。バカ」
バカとは心外な、と唇を尖らせながら、れいなは母親から
預かったものを美貴に見せた。美貴の動きが一瞬止まる
でもその表情は笑顔で。れいなの手からそれらを受け取った
美貴は割り箸を割ったりしてやけに嬉しそうだった。
「あの、藤本さん?」
再び後ろを向いた美貴の背中越しに向こう側を覗き込んだ
れいなは、あっと息を呑んだ。
- 18 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 10:25
- ゆきだるま。
小さなゆきだるまが、2つ並んでちょこんと座っている。
美貴はそれに野菜をくっ付けながら「顔だ」と楽しそうに
言った。
「じゃあ、割り箸は」
「これ?うん、手」
ちょっとバランス悪いけどねぇと美貴は笑う。
「美貴と、れいな」
「れいな……ですか」
あんまり似てないですねと言うと、美貴は笑ったまま
片手で雪を掴み、れいなに向かって投げる。
- 19 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 10:26
- 「ヒットぉ」
「不意打ちですか!」
負けじとれいなもやり返し、そのまま二人できゃきゃあと
雪を投げ合う。先に息が切れたのは、れいなの方だった。
「はぁはぁ……ちょっと休憩しましょうよぉ」
「なんだ、もう疲れたの?」
じゃぁちょっと休憩っと美貴はその場にしゃがむ。
お尻が濡れないかなと思いつつも、れいなも同じ体勢を取った。
「ありがとね」
「はい?」
「こんな所まで付き合ってもらって」
- 20 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 10:26
- 不意に言われた感謝の言葉に、小さく首を振ると、美貴は
右手を伸ばし、そっとれいなの頭を撫でた。
美貴の手袋に付いた雪がれいなに触れて溶け、雫になる。
「藤本さん」
「ん?」
聞きたいことは色々もあったけど。
なんで自分を連れてきたのかとか、どうして
突然、北海道に行くなんて言いだしたのか、とか。
でもそれらの言葉より先に口から飛び出したのは
「暖かいですね、ここ」
いつの間にか、また雪が降り始めているし
手や足の先はじんじんと痛くなったりしているけど。
- 21 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 10:26
- 「ここは、暖かいです。とっても」
「………そっか。よかった」
れいなの言葉の意味が分かったのかは知らないけれど
美貴が照れたように笑ったから、きっとそれでいいんだと思う。
「似てますよね」
「なにが」
「藤本さんと、お母さん」
「………親子だからな」
そのときの表情がやっぱり美貴の母親にそっくりで。
れいなはなんとなく、自分の母親が恋しくなった。
- 22 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 10:26
- 「さ、入ろっか」
「そろそろおなかもすいたしなぁ」と立ち上がる美貴。
れいなも同じように立ち上がり、少しだけついた雪を
ぱんぱんっと払った。「野菜スープがいいなぁ」なんて
言いながら足元に置きっぱなしになっていた鞄を美貴が
肩にかけたとき。からからと庭に面したドアが開いて
顔を出した母親は、
「ごはんできたわよ。美貴の好きな野菜スープ」
やったぁと小さく言って、玄関の方へ回る美貴。
その背中を見つめていると、母親が「れいなちゃんも」と
声をかけた。
- 23 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 10:26
- ありがとうございます、と言いながられいなも玄関へ回り
家の中へ入った。手袋や上着をすべて取りハンガーにかけた後
美貴の小さな歌声が聞こえる洗面所に入る。
手を洗う美貴を鏡越しに見つめながら、れいなはなんとなく
今度、福岡に帰ったら野菜スープを作ってもらおうかと考えた。
美貴からタオルを受け取り、蛇口をひねる。
微かに湯気の立つその流れの中に手を入れようとして
れいなはその動きを一旦止めた。
両手を広げ、もう一度握る。
赤くなった手からは、微かに野菜の匂いがした。
- 24 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 10:27
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- 25 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 10:27
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- 26 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 10:27
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