15 溶けるレプリカ
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 00:16
- 15 溶けるレプリカ
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 00:17
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アパートの部屋のテレビで雪が降るという天気予報を見て、田中は携帯電話を手に取った。ダイヤルする番号は決まっていた。最新の履歴からコールすると、ツーコール目で相手が出た。
「もしもし。れなっちゃけど」
「うん」
「部屋、来る?」
「行くよ」
「夜、れな、夜学のあとバイトあるから、三時くらいになるけど」
「わかった。そのくらいに行くね」
電話はプッツリと切れた。いつも電話を切るのは向こうのほうからだ。このプツッという音を聞くのは、田中は好きではなかった。
携帯電話を置くと、田中は窓際まで歩き、中途半端に閉まっているカーテンの隙間から外を覗く。
はっきりしない鈍色の空が広がっていた。
もうすぐ、雪が降るらしい。
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 00:17
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鍵で教室のドアを開けた。
職員室で渡されたまま鍵は返していない。催促されないので、すでに亀井の私物となっている。
教室に足を踏み入れると、つんと異臭が鼻をついた。
薬品の匂いがこれでもかと染みこんだ化学実験室の独特の刺激臭には、もう慣れた。いくら窓を開けても、この匂いはとれないに違いない。
教卓の上に鎮座している顕微鏡はもう亀井専用のものになってしまっていた。
教卓の下にある木製の椅子を取り出して座ると、教卓の下にある冷蔵庫から、前々日、ここに来たときに準備をしておいたものを取り出す。
二酸化エチレンとホルンバールを混ぜたレプリカ液を雪に垂らして作った結晶のレプリカがスライドガラスに乗っていた。完全に冷えきったガラスが指先を冷やす。
雪は前々日に採取したもので、それからレプリカをつくり、約一日、0℃以下で保存することによって完成する。
亀井はスライドガラスを見つめる。その口端はつりあがっている。
肉眼で見えるはずはない。
しかし、このスライドガラスを見るだけで、どんな結晶なんだろうと思いを馳せて、胸が高鳴るのだ。
特に今日の結晶には期待していた。
雪の結晶には様々な種類がある。亀井の観察の対象は主に六花結晶だ。
雪を採取した前々日は冷え込みが厳しく、気温が極端に低かった。樹枝状六花結晶が見れるかもしれない。この種類の結晶を亀井は見たことがない。
スライドガラスを顕微鏡のステージに乗せると、レンズを覗く。
色々な結晶が混じっている。
六本の枝が伸びただけの星状六花結晶や単に六角形の角板結晶などがちりばめられている。その中には六本の枝に葉がついて成長した形の樹枝状六花結晶があった。
図鑑で見たことはあるが、やはり実物は綺麗だと亀井は思う。
単純に形が繊細で、儚くて、美しい。
化学実験室の窓には常に遮光カーテンが掛けられている。亀井がそうしている。もともとあんまり使わなっていないこの実験室は今では亀井くらいしか使わないのだ。
薄い布越しに淡い光が差し込む部屋にぼんやりと亀井の姿が浮かび上がる。
亀井はガラスの上の雪の結晶に没頭した。
何度も角度を変えて、その結晶を見つめる。どれだけ眺めていても飽きない。
結晶の形はどれだけ見つめていても変わらない。
儚いのに、決して消えないそのアンバランスさは少しだけ認めたくはないが、雪の結晶の美しさに変わりはないのだ。
じっと見つめていると、意識が自分から乖離していくのがわかる。
現実世界で結晶を見つめていた意識が身体から引き剥がされて、浮遊する。
樹枝状六花結晶の向こう側に、ぼんやりとした輪郭が映る。
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 00:18
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白磁のような肌を撫でながら、亀井は田中の首筋にキスを落とす。
「は……あっ」
田中が熱い息を洩らした。今度は唇を奪い、その吐息をも奪う。
テーブルには薬品やシリンダーなどを詰め込んだ学校指定の鞄が置いてある。学校のグラウンドで降り始めたばかりの雪を採取して作ったレプリカを、化学実験室の冷凍庫に保存してきた帰りだ。
「れいな」
呼びかけると、田中はほんのりと紅潮した顔を亀井に向ける。
「とっても綺麗だよ」
亀井は再び、田中の首筋に唇を落とした。
雪のようにまっさらな肌はその内側に熱を持っている。
生きているからこそ、美しい。
雪はすぐに溶けてしまう。だからレプリカでないと観察できない。すぐに溶けてしまう、そのままの雪を観察することは出来ない。
手にしてもすぐに水になり、やがては気化してしまう雪は儚い。
儚さゆえに美しい。
人も同じだ。
生きているからこそ、美しい。
雪と違って、田中はこの手で抱いても溶けてなくなりはしない。自分のものだ。
狭いアパートの一室で抱き合うことで、亀井はそれを確認する。
半分だけ開いたカーテンから見える外は、雪が降っていた。採取したときよりも勢いは強い。真っ白い結晶たちが空から舞い降りている。
亀井は田中のわき腹の辺りをすっと撫でた。滑らかな手触りだ。
「っ」
田中は声にならない声を漏らして、腰を浮かせた。
「れいな、綺麗だよ」
亀井は囁いた。
- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 00:18
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夜学の教室には人種、性別、年齢を問わない多彩な面子が揃っている。
いつものように五分前に教室のドアを開けた田中は、やはりいつも通り窓際をキープしている道重のもとへ歩いていった。
「おっす」
「あ、れいな」
手鏡で自分の顔を見つめながら、道重は軽く返事をする。田中は隣の席に座った。
道重は田中にとってこの夜学に限らず、東京に来てから初めて出来た友達だった。
道重はバイトもしておらず、働いてもいない。特に経済的な事情があって夜学に通っているわけではない、不可思議な存在だ。昼間の学校に馴染めなかったそうだ。
なんとなくわかる気がする。夜学ではそうでもないが、昼間のクラスでは確実に異質な存在だろう。
田中は金がないからバイトをしながら通える夜学を選んだ、典型的な夜学の生徒だ。離婚した親のごく僅かな援助は学費に充てているが、それでも足りないし、一人暮らしの生活費も必要なので、バイトはライフラインだ。
まだ、教室に人はまばらだ。いつも一分前に駆け込んでくるクラスメイトはやはり五分前の今はいない。
鞄から教科書を取り出していると、相変わらず鏡を見ていた道重がちらりと田中を見た。
「気付いてないの」
「え、なんか付いちょっと?」
「首のところ。蚊に噛まれたの?」
かっと顔が一気に熱くなった。
慌てて抑えながら、周りを見回す。誰も自分のほうを見ていないことを確認して、長い息をついた。
昨日は目を覚ましたのは七時前で、亀井が部屋を出て行く前だった。亀井は相変わらず抱いているとき以外は淡白で、何にも教えてくれなかった。
すぐにバイトでちゃんと確認する暇などなかった。だとしたら、バイト仲間にも見られていたかもしれない。
「ねえ、聞いていい?」
やはり鏡を見ながら、道重がぽつりと呟くように言った。
「なん?」
「その人、高校生?」
「うん」
「昼間の?」
「うん」
「そう」
道重はそう呟くと、ちらりと田中を見た。
「なんなん?」
「お盛んだね」
「あ、アホ!なん言っとうと!」
田中は首を隠しながら、赤い顔で叫ぶ。
ドアが開く音がして、一分前に駆け込んでくる藤本が珍しく三分前に入ってきた。そのまま教室を横切って、田中たちの席の前に座った。
「みきねえ、珍しかね」
話題を変えようと少し上ずった声で話しかける。
「美貴だってたまには早く来るの。っていうか、なんで首押さえてんの?」
「な、何でもなか!」
上ずった声が教室に響いた。
- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 00:19
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いつものように薬品臭に迎えられて、化学実験室を鍵を開ける。
うっすらと夕暮れの橙が遮光カーテンの向こうからふんわりと教室を覆っている。亀井は指定席の教卓の椅子に座ると、すぐ下にある小型冷凍庫の取っ手を引いた。
雪の結晶には様々な種類がある。
主なものは六角形だが、六角形の中にもさらに樹皮状、角板、星状などの種類に分類されて、それぞれ形が違う。
とある学者の作ったダイヤグラムによれば、水の対する水蒸気の飽和度と気温の相関で雪の結晶の形は決定するらしい。
小学校の頃、教育テレビでやっていた雪の結晶の特番を見てすっかり虜になった。それ以来、中学でも高校でもずっと雪の結晶のレプリカを作り、観察してきた。
雪の結晶のレプリカは半永久的に保存できる。亀井の結晶のコレクションは随分な数になる。
より美しい結晶が見たい。それだけだった。
亀井は美しく、儚い雪の結晶に憧れを抱いている。
コレクションの中から一週間ほど前の、樹枝状六花結晶のスライドガラスを取り出す。
東京の雪は形が整っていない。雨に近く、結晶にならないものが多い。だからグラウンドで採取したこの樹皮状六花結晶は割と珍しい。
亀井のコレクションの半分は小遣いで行ける範囲まで足を伸ばした降雪地域で採取したものだ。
この日の雪はとても綺麗だったことを覚えている。白い雪はさらさらとしていて、とても滑らかだった。
そこで、亀井はふと田中のことを思い出した。
部屋の窓から見た白い雪と、田中の白い肌を重ね合わせる。
田中はとても美しい。
肌は白く、絹のように滑らかだ。
だから、亀井はいつも抱くときには、綺麗だと囁く。
熱っぽく潤んだ瞳で見上げてくる視線や、いつの間にか背中に回っている小さな手や、唇から漏れる吐息も、全てが亀井の頭に焼きついている。
儚くて、怖くなる。だから、抱いて確認するのかもしれない。その腕に抱いても雪のように溶けてしまわないように確認する。
もはや、それは儀式だ。
片隅に残る、田中の瞳を思い浮かべながら、レンズを覗く。
樹枝状六花結晶はとても美しい。
- 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 00:19
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「じゃあ今日はここまでな」
胡散臭い関西弁の数学教師が教室を出て行く。解散の合図だ。教室が開放感と喧騒に包まれる中、田中が教科書を鞄に詰め込んでいると、前の席の藤本が振り向いた。
「今日時間ある?」
「え?」
「実はさあ、友達と飲み会あるんだけどー、久々にどうよ?バイトばっかじゃつまんないでしょ?」
「あー、でも、バイトあるし……」
亀井は唐突だから、いつ連絡が来るかわからない。あまりそういう機会を逃したくはない。しかし、藤本は眉にしわを寄せてすごむ。
「いいから来いって。大体あんた付き合い悪すぎ。友達出来ないよ、そんなんじゃ」
曖昧に笑っていると、横から、鏡を見ていた道重が口を挟んできた。
「れいなは仕方ないじゃないですかあ?気まぐれなカノジョがいるらしいし」
「な……!」
「へえ、ふうん、そうなんだあ……」
かっと赤くなっても遅い。すでに目の前では、藤本が意地悪そうに顔をにやけさせていた。
「で?どうなの?可愛いの?っつうかあんたそっちのケあったんだ?」
田中は真っ赤な顔で俯く。
「上手くいってんの?」
「えっ」
「付き合ってんでしょ?「好き好き愛してるう」とか言い合う仲なんでしょ?このお」
「藤本さんキショイです」
「うっさい、この変態ナルシスト」
二人のやり取りを聞き流しながら、田中の脳裏に亀井の顔が浮かび上がる。
笑顔など数えるほどしか見たことがない。「綺麗」とは言うけれど、「好き」といわれたこともない。普通の恋人としては、おかしいのかもしれない。
会うのも向こうからの連絡が多く、そんなときは大体、バイト終わりの深夜に部屋に来て、自分を抱いて朝には気付いたらいなくなっている。
本当に、絵里はれなのこと、愛してる?
田中の表情に影が落ちる。薄々と感じていた不安が、一気に膨らんできた。
「なに、なんかあんの?あー!もしかしてエッチしてないとかー?不安だよねー、それ」
首を振っても、心を侵食していく闇は広がるばかりだ。堪えきれず、立ち上がった。
「れ、れなもう帰りますっ」
「えー、飲み会はー?」
そんな言葉を聞き流して、鞄を掴んで、教室の外に走る。
「じゃあ、飲み会、私行きます」
「お前、来ても鏡見てるだけだろ」
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 00:20
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化学実験室のドアが開く音にレンズから顔を上げると、科学教師の平家が立っていた。
「そろそろ帰りいよ。遅なったら親御さん心配するから」
それだけ言うと、平家は窓まで歩き、戸締りの確認を始めた。
もう九時を回っている。グラウンドは真っ暗だ。
仕方なく亀井はスライドガラスを冷凍庫にしまい、レンズを取り外して、専用のケースに戻した。顕微鏡はそのままだが、レンズは放っておくと埃がついてしまう。
「しかし、あんた、変わっとるね。こんな遅うまで」
「好きなんです。雪」
「ふうん……。やっぱ、変わってるわ」
亀井は教卓に置いていた鞄を掴み、「失礼します」と教室を出た。
外はやっぱり闇に包まれていた。冷え込みが厳しい夜の空気がスカートから露出している足と鼻に吹き付けてくる。亀井はマフラーをずりあげて鼻と口を隠した。
閑静な住宅街を歩く足音が声高に響く。ちょうど自宅の門まで数メートルというところで、鞄に入れていた携帯電話がピリリ、ピリリリ、と無機質音を立てた。
相手は誰だかわかっている。
ディスプレイを見ることなく、そのまま通話ボタンを押した。
「もしもし?」
「絵里?」
田中の声はどこか不安げだった。
「なに?」
「あいたい」
「今から?」
「うん」
ちらりと目の前の自宅を見て、けれども答えは既に決まっていた。
「わかった。行くね」
それだけ返事をして、電話を切った。プツッという音を聞くのが嫌だから、いつもこうして自分の方から切っている。
少し駆け足で、来た道を戻った。
田中のアパートまでは十分ほどだ。走ると、向かい風で顔も足も手袋をつけている手も冷たくなっていく。見慣れた灰色のアパートが見えると、急いでいた足を少し遅めて、二階建てのアパートの階段を静かに上った。
部屋の前に立つと、ドアノブを捻る。立て付けの悪いドアが珍しくすんなり開いた。
ユニットバスとキッチンスペースと六畳の部屋との間にある仕切り戸が閉まっていて、田中のいるだろう部屋の様子は見えない。
ローファーを脱いで、踏むたびに軋む床板を静かに歩く。
戸を引くと、部屋は電気がついていなかった。突然の暗闇に驚き、目は何も映さない。とりあえず鞄を置いて、歩いていく。
「れいな?」
「絵里」
暗闇から声がして、正面から田中が抱きついてきた。よろけそうになりながら、受け止める。
しかし、やけに手触りが滑らかだ。触れているのは素肌で、田中が下着だけしか身に着けていないのだとすぐにわかった。
「れいな、なんで?」
「……エッチしよ、絵里」
- 9 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 00:20
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亀井は優しく田中の髪を撫で、ベッドへと押し倒した。
亀井の姿は見えない。互いに触れ合っている体の感覚だけが田中を支配していた。
「れいな」
声が届く。耳慣れた声だ。
亀井の口から発せられる自分の名前はとても心地よい響きで、田中は耳にするたびにそれに酔う。しかし、今日はなんでだろう、泣きたくなる。
「綺麗だよ」
身体のあちこちに印を残しながら、亀井は囁く。
田中は声を堪えながら、亀井の感触を求める。
亀井の体は冷たかった。
見えない。
真っ暗だった。
「綺麗だよ」
まるでそれは儀式のように繰り返される。
違う。聞きたいのはそんな言葉じゃない。
亀井は自分をどう見ているんだろう。いつもはなんとなく伝わってくるのに、全然わからない。
それが怖くて、田中は必死に亀井に口付けた。必死に抱きしめた。
いつも、亀井に抱かれているときはとても静かな気持ちになるのに、今日はなんだか胸が痛い。
どうすればいいのかわからない。
息が出来なくて、苦しい。
もう何もかもわからなかった。
自分が泣いているのを、絵里は知っているだろうか。
抱かれているのに、抱きしめられているのに、こんなに苦しいのは初めてだった。
いつもはじんわりと満ち足りていく気持ちは、どんどん空っぽになっていく。
自分の一部がなくなっていくようだった。
涙はどんどん溢れてきた。
もう、これで絵里に抱かれるのは最後だと思った。
- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 00:20
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教室を出た途端、暖房で温もった身体は、冷気に晒されて急激に冷えていく。
やたらと込んでいるロビーをすり抜けて、三人の足は駅のほうへと向かっていく。駅に向かう大通りはまだ賑やかで、ネオンサインが目にうるさい。
クリスマスイブの夜は街に灯りが溢れている。
「なに、れいな、今日バイトないの?」
「久々に休みもらっとう。イブだし」
「よっしゃ、じゃあ今日は焼肉行こう。よし、ゴー!」
イブにも関わらず、藤本は予定がないらしく、もはや自棄になったように無理やり盛り上がる。その姿はどこか痛々しい。
田中にも過ごすはずだった未定の予定もなくなり、異論はなかった。
先に行く藤本のあとを、道重と並んで歩く。道重は相変わらず手鏡を見つめている。
「別れたの?」
「うん」
「そう」
道重はそれだけ言うと、それ以上は何も聞かなかった。一人で先を歩いていた藤本がぐいっと振り返り、田中の肩を掴む。
「れいな、振られたんだ。そっかそっか。よし!イブなのに予定がない寂しいもん同士、盛り上がってこーぜ!」
「てゆーか美貴姉、なんかあった?」
「なんもないよ!むしろないから…!何がイブだ!イブなんかどっか行け!美貴は全然楽しいもんね!」
藤本は周りのカップルたちに向かって叫ぶと、今度は道重のほうへ寄っていった。
田中はふと空を見上げる。
今夜は雲が多く、月が隠れている。空全体が少し紫の混じった不思議な色になっている。そういえば天気予報で雪が降るかもしれないと言っていた。
「あ、雪」
道重が呟いた。
すぐに、カップルたちの嬌声やら歓声やらが起こる。
空からちらほらの雪が舞い落ちてくる。賑やかな夜の街に白い粉雪が降ってくる。手のひらに一粒の雪が舞い降りた。
すぐに溶けてなくなってしまう。
儚いと思った。
「くそー!ホワイトクリスマスイブなんてクソ食らえー!」
藤本の叫びが響いた。
田中は手のひらで溶けた雪を優しく包み込むように握り締めた。
- 11 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 00:21
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レンズ越しに樹枝状六花結晶を見つめていた。
六つの枝が伸び、成長して葉が付いた、とても整った美しい形の結晶だ。
見つめているだけでいつまでも飽きなかったのに、頭の中で蘇るのは、田中の匂い、身体の感触、滑らかな肌触りだった。集中など出来るはずがなかった。思わずレンズから目を離して、血が上った頭を抑える。
教室のドアが開き、平家が入ってきた。
「お疲れさん」
と、窓の戸締り確認を始める。
亀井はいつになく空虚な気持ちでスライドガラスをしまい、レンズをケースに収める。結晶を見つめていて、こんな気持ちになったのは初めてだった。
自分の一部がなくなったような感じだ。
「おー、雪やん。ホワイトクリスマスイブってか」
弾んだような声で平家が言った。
亀井はぱっと顔を上げた。窓の外には粉雪が舞っていた。瞬間、まるで何かに導かれるように、身体が勝手に動き出していた。
広い無人のグラウンドに飛び出した。
雪が舞い落ちてくる。
亀井はそっと両腕を広げる。舞雪が亀井の体を撫でる。赤紫の空から真っ白な雪が落ちてくる。
手のひらに落ちた粉雪が、溶けた。
れいなも、この空を見ているのかなあ。
れいな。
田中の温もりが腕の中に蘇った。
とても儚くて、とても愛しい温もりが蘇り、パッと散った。
やっぱり嫌だよ。
「好きなんだよ、れいな」
視界がぼやける。目を閉じると、頬に涙が伝った。
亀井は走り出していた。
いつまでも、白い雪が降っていた。
- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 00:21
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- 13 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 00:21
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- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 00:22
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- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 00:22
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