14 雪が降るまで

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/05(木) 23:44
14 雪が降るまで
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/05(木) 23:45
「うわあ」

改札を出たら、一面が銀世界だった。
それはまるで彼女と約束を交わしたあの日のようで。
あたしの決意を祝福してくれてるって、良い方に解釈する。
そうでもしないと一歩を踏み出せないから。

あたしは今日、三年ぶりに彼女に会いに行く。
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/05(木) 23:45
「絶対ビッグになってやる」

そんな宣言をして住み慣れた街を出たあたし。
優しい家族も大好きな仲間も、そして大切な彼女も、なにもかも捨てて。
あの頃は本気で信じてたんだ。
強く願えば何でもかなえられるって。
あたしにはその力があるんだって。

あの日、泣き虫で甘えん坊の彼女は、泣き腫らした目を隠して、健気に笑顔をくれた。

「頑張ってね。絶対戻ってくるんだからね。待ってるからね」

あたしは彼女を抱きしめて、誓いの言葉を口にした。

「絶対戻ってくるよ。約束だよ」

この街にしては珍しく大雪が降った翌日で、世界は銀色に光ってた。
そう、ちょうど今日みたいに。
4 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/05(木) 23:45
新しい街での生活が始まってすぐ、彼女からハガキが送られてきた。
真っ白い雪の写真のハガキ。

『すごい雪だったね〜。
 今度雪が降ったときも、二人で一緒にいたいなあ。
 雪が降るまでって口実でもいいから、いちーちゃんの彼女でいたい。
 また手紙書くね』

その約束を証明するかのように、彼女はマメに手紙を送ってきた。
携帯を持っていたのに電話もメールもしなかったのは、彼女なりの気遣いだったのだろう。

あたしはあたしなりに頑張ったと思う。
だけど、あまりにも世間を知らな過ぎたんだ。
自分の無力さを思い知らされてから、彼女の手紙を煩わしく感じるようになり、返事すら
返さなくなった。
それでも、彼女は手紙を書き続けてくれた。
5 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/05(木) 23:45
街を出てからちょうど一年後の冬、彼女から届いたのは手紙ではなくハガキ。
去年と同じ、真っ白い雪の写真のハガキ。

『今年は雪が降らなかったよ。
 ごとー、まだいちーちゃんの彼女でいていいよね?』

あたしは返事を書けなかった。
自分自身が情けなくて悔しくて、彼女に見合うだけの人間になりたいと思った。
6 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/05(木) 23:46
少しずつ、歯車がうまく回り始めた。
信頼できる人にも巡り合えたし、あたしに期待をしてくれる人にも出会えた。
そして、彼女も手紙を書き続けてくれた。

二年後の冬、彼女から届いたのはやっぱりハガキ。
三枚目の、真っ白い雪の写真のハガキ。

『今年も雪は降らなかったんだ。
 良かった、まだいちーちゃんの彼女でいられるね』

あたしはやっぱり返事を書けなかった。
もう少し、もう少しだから、待ってて。
7 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/05(木) 23:46
そして、ついにあたしは夢をかなえることが出来た。
まだ駆け出しではあるけれど、着実に実力をつけて人気も出てきた。
ようやく、胸を張って彼女に会いに行けると思った。

だけど、三年後の冬、彼女から届いた毎年恒例のハガキには。
見慣れた、真っ白い雪の写真のハガキには。

『雪、降っちゃったよ。
 ごめんね、いちーちゃん。
 バイバイ』

あたしはそのまま家を飛び出した。
8 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/05(木) 23:47
あの頃、目を瞑っても歩けるくらい通い慣れたこの道。
今でも迷うことなく彼女の家へと辿り着いた自分を少しだけ誇りに思う。
なんて言ったら、たぶん彼女は怒るだろう。
こんなあたしを信じて、三年も待ち続けてくれたんだから。

家の前。
ここまで来て踏み込めない、やっぱり情けないあたし。
子供の頃からそうだった。
引っ込み思案で自信がなくて、後ろを振り返ってばかりで。

うつむいたあたしの目に、左手に握りしめた四枚のハガキが映った。
目の前の雪景色とハガキの中の写真が重なる。
9 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/05(木) 23:47
ああ、そうだね。
そんなあたしに自信をくれたのは、勇気をくれたのは、いつだって彼女だった。
彼女と出会って、その圧倒的なその輝きに嫉妬して、それ以上に惹きつけられた。
追いつきたいと追い抜きたいとあがくうちに、いつの間にか少しずつ強くなった。
今のあたしがいるのは、全部彼女のおかげなんだ。

あたしは、それを伝えるためにここに来たんだ。
ただ、それだけを伝えるために。

『雪が降るまでって口実でもいいから、いちーちゃんの彼女でいたい』

たぶん、それを口実にしてたのはあたしの方。
雪が降るまでは彼女はそばにいてくれるって縛り付けてたんだ。
彼女が約束を破れるような子じゃないってわかって、安心してたんだ。
返事を返さなくても、何もしなくても、雪が降るまでは平気だって。
10 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/05(木) 23:47
インターホンを鳴らそうとした時、懐かしい声が聞こえた。

「…!」

少しだけ大人っぽくなっているけど、聞き間違えることなんてない、彼女の声。
胸が熱くなる。

「もう、ごっちんたら」

そしてもう一人、聞いたことのない高い声。
発せられたセリフとは裏腹に、その声はどこか甘いもので。

「好きだよ、梨華ちゃん」

返されたその言葉は、まぎれもなく彼女のものだった。

『好きだよ、いちーちゃん』

重なる思い出。

ああ、後藤。
遅すぎたね、あたし。
もう、伝えることさえ許されないみたい。
11 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/05(木) 23:48
あたしはカバンの中から一枚の真新しいハガキを取り出した。
ここに来る前、駅のそばの小さな売店で売っていたハガキ。
彼女のくれたものと同じ雪の写真なんだけど、彼女のくれたものよりもどこか寂しい。
それが、彼女との思いの差なのかも知れない。

あたしはそのハガキを郵便受けに入れて、たった今歩いてきた道を引き返した。
目を瞑っても歩けるくらい通い慣れたこの道を。
そして、もう二度と歩くことのないこの道を。
12 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/05(木) 23:48
ねえ、後藤。
こんなこと言えた義理じゃないけどさ、どうか幸せになってね。
あたしはあたしで頑張ってみようと思う。
後藤のことをちゃんと思い出として語れるくらいに。
勝手だけど、約束するよ。
あたしはもっともっとビッグになって、胸を張ってこの街に帰ってくる。

そう、次の雪が降るまでに、きっと。
13 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/05(木) 23:49
14 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/05(木) 23:50
15 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/05(木) 23:50

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