09 雪が融ける時
- 1 名前:09 雪が融ける時 投稿日:2006/01/04(水) 21:08
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09 雪が融ける時
- 2 名前:09 雪が融ける時 投稿日:2006/01/04(水) 21:08
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ちらちらと雪が舞う日だった。
学校の帰り、ふと公園の中に目をやった私が見たのは。
頭に雪をかぶり、ベンチでうずくまっていた一人の女の子。
- 3 名前:09 雪が融ける時 投稿日:2006/01/04(水) 21:09
- 「ちょ、ちょっとあんた、どげんしたと!?」
ただ事ではないと直感し、急いで女の子のもとに駆け寄る。
ゆっくりと顔を上げた女の子の顔は驚くほど白く、目はどこか虚ろだった。
「…えりね……もう…お家帰れないの……」
「帰れないって…どういう意味?」
「えりね…お家帰れないんだぁ……」
「と、とりあえず寒いっちゃろ?れいなの家、すぐそこやけん、行こ?」
えり、というらしい子の真っ白な手を掴む。―――冷たい。ただ冷たいなんてものじゃない。手がヒリヒリするくらいの冷たさだった。
- 4 名前:09 雪が融ける時 投稿日:2006/01/04(水) 21:09
- えりを家に連れて行き、ストーブの火力をかなり強めにして、まずは自己紹介。
えりは「亀井絵里」という名前で、私より1つ年上だとわかった。
「それで…家に帰れないっていうのはどういう意味?」
「絵里ね……学校でも家でもいじめられてたの。それで耐えきれなくなって家を飛び出して、ずっとずっと外にいて……気が付いたら…………」
絵里はゆっくりとストーブの前に歩いていき―――――熱くなっているはずの部分に、手を触れた。
「な、何しとーと!!」
慌てて絵里の手をストーブから離し、手のひらを見る。
火傷一つしていない。手のひらは雪のように真っ白なままだった。
「…気が付いたら、熱いって感覚がなくなってたの。雪とか風の冷たさは感じるのに、どんな熱いものに触っても何も感じなくて……」
- 5 名前:09 雪が融ける時 投稿日:2006/01/04(水) 21:10
- とりあえず、絵里に温かいご飯と温かい味噌汁を食べさせ、いつもより熱めのお風呂に入らせた。
それでもやはり、温かさは全く感じないと言う。
その日は絵里を家に泊め、翌日の土曜日に病院で診てもらっても、体に異常はないらしかった。
- 6 名前:09 雪が融ける時 投稿日:2006/01/04(水) 21:10
- 病院に行った帰り道。
「…ごめんね、絵里がずっといたら迷惑でしょ?出ていくね。」
「出ていくって…他に行く場所はあると?」
「それは………」
「れいな的には、全然迷惑なんかじゃなかよ?一人暮らしして初めて知ったけど、家に帰って誰もいないのって結構寂しいけん、絵里がいてくれれば嬉しい。」
「……いいの?」
笑顔で大きく肯いて見せると、絵里もはにかんだような笑顔になって、小さく「…ありがとう。」と言われた。
その笑顔に少しドキッとすると同時に、何としてでも絵里に『温かい』という感覚を取り戻させてあげたい、という使命感を覚えた。
- 7 名前:09 雪が融ける時 投稿日:2006/01/04(水) 21:11
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- 8 名前:09 雪が融ける時 投稿日:2006/01/04(水) 21:11
- 「ただいま。」
「あ、おかえりー。」
ありふれていても、私にとっては新鮮なやりとり。
今までは誰もいなかったせいで「ただいま」も言わなかったけれど、「ただいま」と言えば絵里がふにゃふにゃした笑顔で「おかえり」と言ってくれる。たったそれだけのことが、とても嬉しかった。
「絵里、家にいて退屈せん?」
そう。手も顔も、体全体の皮膚が真っ白な上に氷のように冷たい絵里は、外に出たら目立ってしまう。
「へーきだよ。掃除とか洗濯ってけっこう楽しいし、帽子で顔隠してすぐそこを散歩したりしてるもん。」
「なら良かった。」
真っ白な絵里の手をそっと掴んでみる。……やはり氷のように冷たい。
「れいなの手の温かさ、わかると?」
絵里は悲しそうに首を振るだけ。
「そっか……」
「でもね。」
すぐ笑顔に戻った絵里は、こう続けた。
「れーなの手、柔らかくて好きだよ。」
- 9 名前:09 雪が融ける時 投稿日:2006/01/04(水) 21:12
- 今日の夕食はご飯、豆腐の味噌汁、野菜と肉の炒め物。冬だからというのもあるけれど、絵里に『温かい』感覚を取り戻してほしくて、最近の献立は温かいものばかり。
いただきます、と2人一緒に手を合わせ、食べ始める。
絵里はまず、もくもくと湯気の出ている味噌汁を一口飲んだ。
「どう…?熱くなかと?」
「熱いのはわからない……でも、おいしいよ?」
「そっか。」
表面的には笑顔をつくったけれど、内心では落胆した。
相変わらず、絵里にとって味噌汁はぬるいまま。
- 10 名前:09 雪が融ける時 投稿日:2006/01/04(水) 21:12
- それから一週間、毎日同じことの繰り返しだった。
食事の度に温かさを感じるか訊ね、学校から帰ってすぐ絵里の手に触れ、お風呂から出た絵里にお湯が熱く感じなかったか訊ねる。そして毎回、絵里の答えに落胆する。その繰り返し。
一番辛いのは絵里本人のはずなのに、絵里はいつも笑顔を浮かべてくれていた。でもそれは、どこか悲しそうな笑顔で。
絵里の心からの笑顔を見たい。そんな想いは日に日に強くなっていった。
心から笑った絵里は、きっと最高に輝くだろうから。
- 11 名前:09 雪が融ける時 投稿日:2006/01/04(水) 21:13
- 数日後の夜だった。
絵里がお風呂に入っている浴室の前を通った時。微かに聞こえてきたのは、鼻をすする音。
思わず、その場で固まってしまった。
私の前ではいつでも笑顔だった絵里が、1人でこっそり泣いている。胸が締めつけられる思いだった。
- 12 名前:09 雪が融ける時 投稿日:2006/01/04(水) 21:13
- お風呂から出てきた絵里は、何事もなかったかのように「さっぱりしたー」なんて笑顔で言っている。ただのぬるま湯にしか感じないお風呂で、さっぱりなんてできるはずがないのに。
私の前では絶対に泣かない絵里。健気で、優しくて、だけれど痛々しい。
急激に、こみ上げてくるものがあった。
- 13 名前:09 雪が融ける時 投稿日:2006/01/04(水) 21:13
- 大急ぎで自分の部屋に駆け込んでドアを閉め、床に座り込んで顔全体を手で覆った。
涙が後から後から溢れてくる。嗚咽が漏れる。
絵里に何もしてあげられない悔しさ。絵里はもう二度と『温かい』感覚を取り戻せないのではないかと、頭の片隅で考えてしまう自分に対する不甲斐なさ。
もうこれ以上、絵里の悲しそうな笑顔は見たくない。
- 14 名前:09 雪が融ける時 投稿日:2006/01/04(水) 21:14
- 「れーな……?」
絵里が部屋に入ってきた。
「どうしたの……?」
何でもない。そう言いたいのに、嗚咽で言葉が出てこない。
「絵里のせいで泣いてるんだよね。ごめんね…?」
抱きしめられて、体全体が絵里に包まれる。絵里の体は冷たいのに、不思議と寒さは感じなかった。
- 15 名前:09 雪が融ける時 投稿日:2006/01/04(水) 21:14
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- 16 名前:09 雪が融ける時 投稿日:2006/01/04(水) 21:15
- 物音がして、はっと気がついた。
私はベッドの上にいて、窓からは朝日が差し込んでいる。
どうやらあれから、泣き疲れて眠ってしまったようだった。
- 17 名前:09 雪が融ける時 投稿日:2006/01/04(水) 21:15
- 物音は、玄関のドアが閉まる音のように聞こえた。絵里がどこかに出かけたのだろうか。
「絵里?」
居間にも絵里はいない。―――ただ、テーブルの上に紙切れが置いてあった。
『これ以上れいなに迷惑をかけたり泣かせたりしたくないので、出ていくことにします。短い間だったけど、お世話になりました。本当にありがとう。』
考える前に体が動いていた。裸足にサンダルをつっかけ、パジャマ姿のままで外に飛び出した。
絵里と出会った日と同じように、外は雪が降っている。パジャマしか着ていない私にとっては凍えそうな寒さだったけれども、そんなのは関係ない。ただただ走った。
- 18 名前:09 雪が融ける時 投稿日:2006/01/04(水) 21:16
- いた。最初に会った公園の近くをとぼとぼ歩いているのは、間違いなく絵里。
「絵里!!」
ゆっくり振り向いた絵里は、私の姿を見て―――逃げ出した。急いで追いかける。
「待って、絵里!!」
飛びつくようにして、ようやく捕まえた。また逃げ出さないように強く抱きしめる。
「れい…な……何で……」
ポロポロと涙をこぼし始めた絵里に、息を切らしながら言う。
「れいなにとっては…絵里に……勝手にいなくなられるほうが……よっぽど……迷惑たい…。心配…かけるんじゃなか……。」
絵里はしゃくり上げながら「ごめんなさい」とか「ありがとう」とか、言っていた。
「バーカ…。」
私に迷惑をかけまいとして、逆に心配かけて。
絵里はとんでもなく優しくて、とんでもなくバカだ。
- 19 名前:09 雪が融ける時 投稿日:2006/01/04(水) 21:16
- もらい泣きしそうなのを上を向いて堪えていると、絵里の震えた声が聞こえた。
「れーな……れーなの体……温かい……。」
「…えっ?」
耳を疑った。そして、絵里を見て目を疑った。
雪のように真っ白だった絵里の肌が、私の肌と同じような普通の肌色になっている。
「絵里……温かいの…わかると…?」
「うん…。れーな……すごく温かいよ……。」
もうダメだった。涙を堪えきれない。
抱き合って、2人でわけがわからないくらい泣いた。泣きながら、2人でわけがわからないくらい笑った。
絵里をずっと覆っていた『雪』が、融けた瞬間。
降っていた雪も、いつしか止んでいた。
- 20 名前:09 雪が融ける時 投稿日:2006/01/04(水) 21:16
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- 21 名前:09 雪が融ける時 投稿日:2006/01/04(水) 21:17
- 「はい、お茶。熱いけん気をつけるっちゃよ?」
「はぁー、暖まるー。…ね、せっかくの日曜日だし遊びに行かない?」
「よかよ。外めちゃくちゃ寒いけん、厚着してね?」
「うん!」
今年の冬は、暖かいかもしれない。
- 22 名前:09 雪が融ける時 投稿日:2006/01/04(水) 21:17
- お
- 23 名前:09 雪が融ける時 投稿日:2006/01/04(水) 21:17
- わ
- 24 名前:09 雪が融ける時 投稿日:2006/01/04(水) 21:18
- り
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