08 ごっこ姉妹ごっこ
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/04(水) 17:26
- 08 ごっこ姉妹ごっこ
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/04(水) 17:26
- 「私ちょっと行って来るから」
仕事で訪れた地方のホテルで、愛と同室だった里沙が、それだけ言って
部屋を出て行った。
「愛ちゃん……あの……」
しばらくして、さゆみがやって来た。
沈んだ声、沈んだ表情。
愛は、何も言わずにさゆみを部屋へ招き入れた。
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/04(水) 17:27
- 昼間に、絵里とれいなが、楽屋でちょっとした諍いを起こした。
現場に居合わせたのは、里沙、さゆみ、小春の三人。
れいなは頭に血がのぼり喚き散らす。絵里はそれに、冷酷に毒のある言葉を返した。
さゆみが口を挟んで何とか落ち着かせようとしたが、関係無いから黙っていろ、と、
興奮したれいなに小突かれた。
勿論小柄なれいなにそうされた程度で、よりしっかりした体つきのさゆみには、
さほどダメージは無い。
しかし、れいなのその鋭い眼光は、臆したさゆみを退けさせた。
それで逆に火が点いたのは絵里だ。
無言でれいなの肩を突き飛ばし、よろけた上半身が、少し距離を取っていた
さゆみに当たる。
思わずさゆみは、そのままれいなを自分の方に引き寄せて彼女を庇った。
里沙は沈黙していたが、彼女の陰に隠れていた小春が鼻を鳴らしたので、
悟って前へ出た。これ以上は話し合いで解決しろ、と。
「周り巻き込んで怪我させたらどうすんの。責任取れる?」
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/04(水) 17:27
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- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/04(水) 17:28
- 「そっか、それでガキさん出て行ったんだ。今さゆの部屋に三人居るんだね」
「はい。さゆみも居たかったんですけど、新垣さんが任せといてって。
愛ちゃんの部屋で待っててって……」
「一言言ってくれればいいのに、水臭いなあ」
何も言わずに出て行っちゃったからさ、と愛は言った。
そうなんですか、さゆみは抑揚の無い相槌を打った。
もしかしたら迷惑だっただろうか、とさゆみは思ったが、色々と気が重く、
その疑問を口にする事は出来なかった。
「あー、雪が降って来たねえ」
ソファに座って呆然としていたさゆみの耳に、愛の声が届く。
見ると、窓の前に立っていた愛がカーテンを開け、こちらを向いていた。
言う通り窓の奥では、黒い背景に白いものが上から下へ。
「早くないですか?」
「ん?」
「雪、落ちるの早くないですか?」
「そう? もともとこんくらいのスピードじゃない?」
「あんまりちゃんと雪降ってるの見た事なくて。テレビとかでしか……」
「ああ、あのねもしかしたら、多く降ってるから早く落ちてるように見えるのかも」
ほんとかどうか知らんけど、と愛は付け足した。
そうなんですか、さゆみは少し笑っていた。
- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/04(水) 17:28
- 三十分後。
「……戻って来ないな」
「来ないですね」
突然、愛はクローゼットから自分の旅行鞄を引っ張り出して来て、
自分のベッドの上に置き、それを開けて中身を物色し始める。
「さゆ本とか読む? ゲームもあるけどRPGしか無いや」
「あ、良いですよそんな、退屈とかしてません」
「いやその、落ち着かないじゃない?」
「今なら読書しててもゲームやってても落ち着きません」
「それもそうか」
「愛ちゃんの方が落ち着いてない」
様子を見ていたさゆみは、とうとうそう言ってしまった。
図星を突かれたのか、相手はベッドに腰掛けたままぎくりとして、ぎこちなく笑う。
「いやあだって、あたし詳しく知らないじゃない?
その場にいたわけじゃないしさ、でもさ、今更聞けないし。
ガキさんに任せるしかないんだけど心配でさあ。あの子せっかちなとこあるし」
早口で言い訳する彼女の口から里沙の名前が出た時、さゆみの胸の奥に、
チリッと一瞬火花の様な不快な感覚が走った。
よりによって、今一番先輩として、姉として慕っている愛が、自分以外の誰かの事を
心配している。
構われたがりで甘えたがりのさゆみには、充分過ぎるほど不愉快なのだった。
「大丈夫ですよ、新垣さんなら」
投げやりにそう返すと、そうかな、という独り言の様な返事が返って来た。
- 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/04(水) 17:29
- 更に数十分後。
「ケータイ……いやいや駄目だ」
妹の気持ちを他所に、とうとう姉は露骨に里沙の心配をしだした。
部屋を出る際に携帯電話を持って行ったので、メールを打つべきか否か、
と逡巡している。
言葉では否定しているが、一度手にした携帯電話をずっと握り締めていた。
さゆみはついに、訪問してからずっと座りっぱなしだったソファから腰をあげた。
わざとらしく伸びをしながら窓の前に立つ。カーテンを開ける。
幸運な事に、雪はまだ降り続いていた。
天気の話ほど自然に興味を逸らせる話題は無い。
「まだじゃんじゃん降ってますよ。もしかして実家も降ってるのかな」
「……山口って積もる?」
かかった。
さゆみは心の中で、コントでしかやったことの無い『悪魔ちゃんピース』を
してみたりする。
「全然。だからさゆみ夢なんです。かまくら作って中でお餅食べるのが」
「あーいいねえ、おいしそうだねえ」
「ちっちゃい頃実家でお姉ちゃんとそれの真似みたいのした事あるんです。
暖房消して押入れの布団出して載せてって、真ん中に空洞作って、二人で入って」
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/04(水) 17:29
- 「それ崩れないの?」
「崩れなかったんです。で、」
「うん」
「トースターで焼いたお餅一個ずつ持ってって、中で食べて」
「えーっ!?」
愛は驚きと笑いの混ざった奇妙な声をあげた。
完全に今の彼女は、自分の話に夢中になっている。
至福の瞬間に、思わず口角がつり上がった。
心の中の悪魔が、あともう一押しだ、と言う。
「楽しかったけど、やっぱり本物のかまくらが良いです。お餅で火傷したし」
「布団だしね」
「……やってみますか?」
「? 何を?」
カーテンを閉め、まだ皺一つ無い方のベッド脇に立った。
里沙が使うはずのベッドだが、戻って来ても、謝ればきっと許してくれるだろう。
隣のベッドでは、愛が傍らに腰掛けたまま、怪訝な顔で自分を見ている。
さゆみは勢いよくシーツを剥いで、
「かまくらごっこ。愛ちゃんはお姉ちゃん役やって下さい」
と言った。
- 9 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/04(水) 17:30
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- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/04(水) 17:30
- 「ねえ、何か変だねえ。
見てごらん鏡。学芸会のお化けみたい、アッハ」
ベッドの上に座り込んで、シーツを被ったさゆみの懐の中で愛が笑った。
そう言われて布から顔を出して壁面の大きな鏡を見たところ、外見はどう見ても、
ただ白い布が背を丸めた自分の形を覆っているだけにしか見えない。
ホテルの照明は白熱灯なので、柔らかいオレンジの光の下では余計だ。
思い描くかまくらの丸いフォルムには程遠く、いびつなこの形は正直、可愛くない。
「まあ、ごっこだから気分で」
「あっ、逃げたなあ」
「お布団なら完璧なのに」
「まあ家じゃないからね」
「うち、そうだ今度愛ちゃ……お姉ちゃん家に遊びに行きたい」
「いいよ、でもうちん中きちゃないけど」
「お布団たくさん出しといてね」
「うひゃ、するんだ、かまくら」
「でもお餅は火傷しちゃうから要らない」
「お餅で火傷も冬っぽいけどね。あ、じゃあお汁粉作ってあげるよ。
……ガキさん戻って来ないねえ」
「……もう眠いから戻って来なくても」
「眠い?」
「疲れたし……動きたくない」
「え、ちょっと、待ってって」
「もう全部明日でいい……」
「……さゆ?」
「…………」
「うそ、寝た……?」
- 11 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/04(水) 17:31
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顔をあげると、そこは一面白銀の世界。
山口でも東京でも見た事が無い光景の中に佇んでいた。
夢みたいだ、さゆみはとても嬉しくなって、顔から雪の地面に倒れ込む。
全身で触れた雪はとても柔らかかった。
「うひゃあ!」
……雪が叫んだ。
「こらぁ、起きれっ」
まさか、そんな、雪が喋るなんて。
……耳の錯覚だろう。気のせいだ。
さゆみは目を閉じた。
それにしても、雪とはこんなに暖かいものだったろうか?
あまりの心地良さに、堪えがたい眠気に襲われる。
雪山で遭難した者が眠くなりはじめると、仲間から『寝たら死ぬぞ』と言われて、
頬を叩かれているシーンをテレビで見たことがあるが…………
- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/04(水) 17:32
- 「やー、さゆみ死んじゃう……?」
完全にベッドに突っ伏したさゆみが寝言らしきことを言って、
共倒れになっていた愛に縋り付いて来た。
「死ん……な馬鹿な」
言ってから、寝言に返事はあかんかったっけ、と冷やりとする。
様子を伺おうとしても、上に覆い被さっている状態だと、顔を見ることも出来ない。
まして体格はさゆみの方が大きいので(ごっこ遊びで懐に入ると、見事にすっぽり
収まってしまった程だ)、これはもうさゆみの方から動いてくれるのを待つしか
なさそうだ。
「そういやこの子、どこでも寝れるのが特技やったわ……」
思わず渇いた笑いが漏れた。
- 13 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/04(水) 17:32
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- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/04(水) 17:33
- それから、どのくらいの時間が経過しただろうか。
うとうとしかけていた愛の額に、コツン、と何かが当たる感触がして、
ゆっくりと重たい瞼を持ち上げる。
向こうのベッド脇に、無表情で足を組んで座っている里沙が居た。
……その雰囲気には、鬼か何かを見てしまったかの様な恐怖を覚えた。
思わず息を呑んだ愛の目の前に、ずい、と携帯電話の液晶画面が翳される。
[何してんの?寝てんの?こっちはもう解決したよ!■]
里沙はどうやら眠っているらしい二人を見、機転を利かせて、メール作成画面に
文章を打ち込んだものを読ませることで筆談の代わりとしているのだ。
愛は思わず声で返事しそうになったが、いつの間にかベッドからはみ出ていた右手に、
里沙が携帯を握らせた。打って返事しろと言う事らしい。
[かまくらごっこしてたらさゆがそのまま寝てしまったよ…(T_T)■]
[顔文字とかいいから。てかこれどうなってんの■]
[動けないー■]
[ベッド縦なのに体が真横になってる。さゆみん足はみ出てるし愛ちゃん足ドコ?■]
[膝折ってるから中。さゆ起きないから出られないんだよお タスケテ■]
- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/04(水) 17:33
- 返事を読んだ里沙は、やれやれといった雰囲気で、ベッドの反対側に回る。
少し経つと、それまで寝息を立てていたさゆみが、小さく唸りながら身を捩った。
シーツの中はよくわからないが、とにかくさゆみが体勢を変えたので、愛も少しだけ
体を動かす事が出来た。
それで気付いたが、腰にしっかりさゆみの両腕が回っている。
結局抜け出せず、頭を枕側に動かす事しか出来なかった。
「起きないね。シーツん中に顔埋まっちゃったけど苦しくないのかね」
里沙が戻って来た。呆れた顔をしている。
気を遣って携帯にメッセージを打つのも諦めた様だ。
- 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/04(水) 17:33
- 「ガキさん何したの?」
「足の裏くすぐってみた」
「おお、そうか……でも駄目なんだ」
「私とりあえずこっちで寝るわ」
「ああうん、ごめんな。ところで絵里とれいなは?」
「だーいじょーぶ。もう仲直りしたから。小春ちゃんにも謝らせたし」
「マジで? おめでとう」
「何だそりゃ」
「センパイ流石や」
「おっ、何だよ、照れるぜ」
「ハ、ばーか」
「褒めたら褒めたままにしとけよ。ったく愛ちゃんはー」
「はいはいおやすみ」
「まーたそうやって。あーもういいや、おやすみ」
「…………お疲れ様でした」
- 17 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/04(水) 17:34
- 心の底から労いの言葉をかけたつもりだったが、里沙は答えなかった。
ただ、困った様に微笑んでいる。つられて、愛も笑う。
そのまま物言わず二人が見詰め合っていると、
腰に回されていたさゆみの両腕に、グッと力が込められた。
「うお」
思わず愛が声をあげた。
里沙は妙な声を出した彼女を訝ったが、愛はなんでもない、
と必死に首を振った。
この時さゆみが起きていたのかどうかは、……きっと誰にも分からない。
- 18 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/04(水) 17:34
-
从*・ 。.・) 川*’ー’)
- 19 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/04(水) 17:34
-
从*・ 。.・) 川*’ー’)
- 20 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/04(水) 17:35
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从*・ 。.・)Σ 川*’ー’)e・)
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