07 死者に降り注ぐ
- 1 名前:07 死者に降り注ぐ 投稿日:2006/01/04(水) 16:21
- 07 死者に降り注ぐ
- 2 名前:07 死者に降り注ぐ 投稿日:2006/01/04(水) 16:22
- 雪が降ってきた時点で雪合戦を中断して戻るべきだった。
貸し別荘に戻る道は本降りの雪のせいで
懐中電灯を使っても1メートル先がおぼつかなくなっていた。
福岡ではこんな激しい雪を経験したことがない。
雪というのはこんなに疲れるものなのだろうか。
私は全身で息をしながら必死に前を目指していた。
「れいな、もうちょっと急いで」
「さゆ……もう無理っちゃね。れいな限界」
「でも小春ちゃん一人で行かせちゃだめだよ」
豪雪地帯出身の小春ちゃんは、慣れているのかひょいひょい進んでいく。
さゆもさっきから息を切らしているが小春ちゃんを放っておくわけにもいかないのだろう。
「小春ちゃーん!もうちょっとゆっくり歩いてくれるー?」
「えー?のんびりしてると風邪引いちゃいますよー」
恐ろしいマイペース娘だ。
「田中さん冷凍マグロになっちゃいますよ」
しかも意味不明な発言が多い。正直疲れる。
「マグロってなんね?」
「きゃはははっ、マグロマグロ」
「意味わかんないよ」
「ほら見て」
さゆが指差した方を見ると、空気があまりの寒さで白い煙のように漂っている。
「小春ちゃんはあれを見てスーパーのマグロ思い出したんだよ」
「さゆ、よくわかるね」
「教育係だもん」
今回の旅行にさゆがいてくれて本当に助かったと思う。
- 3 名前:07 死者に降り注ぐ 投稿日:2006/01/04(水) 16:23
- そもそも私と絵里とさゆ、3人で貸し別荘にお泊りしようという計画だった。
2月にちょうど連休が取れるからと、急いで立てた計画だった。
それをどこから聞きつけたのか
小春ちゃんが、行きたい行きたい、とさゆにすがったらしい。
あんまり押しが強いもんだからさすがのさゆも断りきれなかったのだ。
しかし連れてきたはいいけれど、小春ちゃんは意味不明だった。
謎の発言、謎の行動、謎のスキンシップ。
昼間には私と絵里が止めるのも聞かずに、林に入り込んで水溜りにはまり
びーびーと泣き出すという顛末があったというのに
今もまだ懲りずに、一人でずんずん進んでいってしまう。
そんな彼女を扱えるのは、教育係のさゆだけだ。
「小春ちゃん止まりなさい!この辺にはゾンビが出るんだよ」
「さゆ?何ゾンビって?」
「しーっ、こう言えば怖がって戻ってくるの」
「んなわけないやろ」
「青白い月光が降り注ぐ夜にはね
ゾンビがあちこちをうろうろするんだよ」
「月なんてないやん!この雪で月が見えるはずなか!」
しかし
「やだやだっ怖い!道重さぁ〜ん」
本当に戻ってきた。
「ほらね」
私は頭が痛くなってきて、絵里と歩こうと後ろを振り向いた。
- 4 名前:07 死者に降り注ぐ 投稿日:2006/01/04(水) 16:23
- 「あれ?」
「どうしたのれいな?」
「絵里がおらんと」
さっきまでついて来ていたはずの絵里が見えなくなっていた。
この視界の悪い中ではぐれてしまったのだろうか。
名前を呼んでみても返事がないので
私たち3人はもと来た道を引き返すことになった。
「絵里ーー、どこーー?」
雪はいよいよ強くなっていた。油断をしているとすぐ肩に積もってしまう。
そのまま10分くらい引き返したとき、ようやく絵里を見つけた。
絵里は、道端にうずくまって座っていた。
「絵里!大丈夫!?具合悪いの?」
絵里の唇は青ざめて小刻みに震えていた。
この寒い中、ずっと座っていたのだ。震えないほうがおかしい。
「絵里……ごめんね置いてったりして」
さゆがそう言うと絵里は震える声で小さく言った。
「あの……道間違えて、わかん、なくなっちゃ……って
だから戻ってきた。ご、……めん」
「私たちこそごめんね。絵里、歩ける?」
絵里はこくんと弱くうなづいた。
私は絵里の腰に手を回して絵里を支えてやる。
絵里の足取りは頼りなかったが、どうにか前には進んでいた。
- 5 名前:07 死者に降り注ぐ 投稿日:2006/01/04(水) 16:23
- さゆと交代で絵里を助けながら、ようやく別荘の近くまで来たというとき
「あ、あの……みんな」
絵里が白い顔を一層白くして言った。
「さっきの場所、戻ろう」
「え?何言ってんの?絵里は休まないと……」
「あの……実は…私……」
そう言う絵里のひざはガクガクと震えだしていた。
寒さとは明らかに違う。顔も泣きそうになっている。
これはただ事ではないと、さゆと私は絵里を覗き込んだ。
「どうしたの?話してごらん?」
「さっきね……」
絵里はごくんと唾を飲み込んでから言った。
「人が死んでたの」
「え!?」
私たちが目を丸くして勢いよく詰め寄ると
絵里は涙を浮かべながら続ける。
「男の人が……林の中で死んでた。
私、みんなに言わなきゃって。でも、怖くって……。
見間違いだったかも知れないって……。
ね、戻ろう。本当に死んでるなら誰かに知らせないと」
- 6 名前:07 死者に降り注ぐ 投稿日:2006/01/04(水) 16:24
- 絵里は泣きながら私の腕を強く握って顔を伏せてしまう。
「そんな……こんな山の中に死体なんて」
私もさゆも最初、絵里の言葉が信じられなかった。
絵里を疑うわけではないのだが
ちょっと休みに遊びに来た山で死体だなんて
どこか現実味を感じることができないでいたのだ。
しかし、絵里は泣きやむ様子はない。嘘をついているようには見えなかった。
「お願い……一緒に確かめに行って……」
ほとんどかすれ声でそう懇願されて、私は絵里の頭を一つなでながら言った。
「わかったよ。絵里もこのままじゃ不安だもんね。
ねぇさゆ、雪も弱くなってきたし、行こうよ」
「う、うん」
結局私たちは戻ることにした。絵里の指差す通りに進んで白樺林の中に入っていった。
林の中に入ると雪は完全に止んでいた。雲間からうっすらと月も見える。
雪に深く足を沈ませながら懐中電灯の明かりを頼りに進んでいった。
さゆがぼそっと言った。
「これって昼間遊びに来た林だよね?」
言われて見れば見覚えがあるようにも思える。
しかし昼と夜では全然景色が違うのでよくわからない。
- 7 名前:07 死者に降り注ぐ 投稿日:2006/01/04(水) 16:24
- 「この辺!この辺に倒れてたの」
絵里がそう言う。そこは、木々の間にできたちょっとした広場みたいな場所だった。
みんな一斉に懐中電灯を絵里の指した方へ向けた。
するとライトの先に、奇妙な光景が浮かんだ。
「……ウソ」
「なんで……?」
私たちは皆、狐につままれたような顔をしていた。
懐中電灯の照らされた箇所には、人型だけが残っていたのだ。
雪が人の形にへこんでいる。ここに人が倒れていたという証拠だ。
くぼみは私たちの足跡よりも深く、はっきりと人の形がわかった。
しかし
「いなくなってる」
肝心の死体が見当たらないのだった。
「ねぇ、絵里。確かにこの場所なの?どこか他の場所じゃない?」
「ううん。確かにここ」
場所を間違えていたなんてことがあるはずない。
だって跡はしっかり残っているのだ。
「どうして?」
- 8 名前:07 死者に降り注ぐ 投稿日:2006/01/04(水) 16:24
- 「誰かが見つけて運んだんやない?」
私はそう言った。しかし小春ちゃんが首を振った。
「小春は雪が止んですぐここに来ましたよ。誰もいなかったです」
「何で雪が止んでから運んだってわかるの?」
「人がきれいだからです」
「は?」
「つまり小春ちゃんが言いたいのは……」
さゆが間に入った。
「人型がきれいに残っている。ってことは雪が止んでから運んだってこと。
雪が降っている最中に運び出したとしたら、この人型はもっと薄くなっているはず」
絵里を探して歩く間、肩に積もるほどの勢いで雪が降っていた。
そのときに運ばれていたとしたら、この跡はとっくに消えているだろう。
なるほど小春ちゃんの言うとおり、
死体は雪が止んでから私たちが来るまでの間になくなったということか。
「そっか……じゃあ随分素早く運んだんだね。何人かいたのかも」
「れいな、そんなに大勢の人がいたのに私たち誰も気づかないなんてことある?」
「だって、そうとしか考えられないよ」
「田中さん、足は?」
小春ちゃんが私の肩に手をかけて言う。
「え?」
「足はどうしたの?」
- 9 名前:07 死者に降り注ぐ 投稿日:2006/01/04(水) 16:24
- さゆが小春ちゃんを覗き込んで聞く
「小春ちゃん、足って何?」
「雪の上に、人だけあって……運んだ人の足がないです」
「雪の上?足跡ってこと?」
さゆがそう言いうと小春ちゃんはうなづいた。
私は死体の跡の周りを懐中電灯でぐるし照らす。
確かに、周囲には足跡一つついていない。
あるのは私たち4人がここに来たときの足跡だけだった。
つまり、雪が止んでからは誰も死体に近づいていない。
「足跡がないのに……」
「何で死体だけ消えているの?」
「で、でも私。確かに見たの!」
絵里はほとんど叫んでいた。
「大丈夫。絵里を疑っているわけじゃない」
人型は確かに残っているのだ。
絵里が見たという死体はさっきまで確かにこの場所にあったはずだ。
それが消失してしまった。
「あ、ひょっとして」
私はぽんと手を打った。
- 10 名前:07 死者に降り注ぐ 投稿日:2006/01/04(水) 16:25
- 「まだ生きてたんやない?」
「え?」
絵里が私の袖を強く引いた。
「絵里が死んでるって勘違いしただけでまだ生きてたんだよ。
私たちが来る前に意識を取り戻して歩いて行ったんだ」
「田中さん違います。足がないのは幽霊さんだけですよ」
また意味不明の発言だ。私はため息をつきながら言った。
「お願い小春ちゃん、れいなバカやけん、わかるように説明して」
「小春ちゃんの言うとおり。
仮にその人が生きていて自分で歩いてったとしても
その人自身の足跡が残る。足跡が何もついてないのはおかしい」
「じゃあさゆ……、これをどう説明するの?
運ばれてもない。自分で歩いてもいない。なのに死体だけなくなってる」
「それは……」
小春ちゃんがじっと人型の跡を眺めている。
「月光が死者に降り注ぐ」
「それってまさか?」
「ゾンビ……」
- 11 名前:07 死者に降り注ぐ 投稿日:2006/01/04(水) 16:26
- 小春ちゃんの声を合図に、私たち4人は一斉に空を見上げた。
高くそびえる白樺の木々のはるか上空、
黒い雲にけぶる、青白い月が浮かんでいる。
私は嫌な想像をしてしまった。
あの冷たい光に当てられて死者が起き上がり
ふらふらと林の中を彷徨う。
ゾクゾクと背筋が寒くなった。
絵里をみると再び泣きそうになっている。
「ね……ねぇ」
絵里が震える声で言った。
「ゾンビって、足あるんじゃないの?」
「あっ……」
力が一気に抜けた。
「ちょっと小春ちゃーん。びっくりさせないで。ゾンビなわけないでしょう」
みんなの顔に笑みが戻っていく。
「じゃ、じゃあ幽霊さん?」
「幽霊は霊やから、身体はなくならないよ」
「じゃ、じゃあ……」
「もういいよー。それ以上ボケないで」
くすくす笑い声が白樺にこだまする。雪は止んだが周囲は冷え切っていた。
- 12 名前:07 死者に降り注ぐ 投稿日:2006/01/04(水) 16:26
- 「本当、どこに消えたんだろうね?」
私のその言葉で、笑いが途切れ沈黙になった。
「月に吸い込まれちゃったのかなー?」
小春ちゃんは口を開けたまま空の月を眺めていた。
死者が月に吸い寄せられる?私はまた嫌な想像をしてしまう。
月光が降り注いで死体が宙に浮かび上がり
そのまま空高く舞い上がって行く。
それが荒唐無稽な想像なのはわかっていた。
しかし
現実に目の前にある人の跡は、もっと現実離れしているように感じられた。
周囲の雪に何の跡も残さずに死体を消し去るとしたら
宙に持ち上げる以外にないように思える。
!?
「わかった!」
私はもう一度、手をぽんと打った。
「死体は持ち上げられたんだ!」
- 13 名前:07 死者に降り注ぐ 投稿日:2006/01/04(水) 16:26
- 「え?」
「クレーンを使って死体を上に持ち上げれば足跡は残らない」
「クレーンなんか使ったら私たちが気づくに決まっているでしょう?」
「だったら、クレーンじゃなくてもっと簡単な仕掛けだったら?」
「どういうこと?」
「犯人は2人組だったんだよ。
1人は木の枝に登って、もう1人がちょっと離れたところからロープを投げる。
枝の上の人がそのロープを受け取って先っちょに鉤をくくりつける。
そして死体の上にするすると鉤をおろして引っ掛けたところで
下の人に合図を送る。下の人は枝を滑車代わりにしてロープを引っ張って
死体を吊り上げ、上の人が死体を回収する」
私が一気に言い終えるとさゆが聞いた。
「死体を木の上で回収して、その後はどうするの?」
「今度は死体を担いで枝から枝に飛び移りながら逃げる。
こうすれば足跡が残らないからどこに逃げたかわからない」
「そんな軽業師みたいな真似が本当にできるかな?」
「できたってことやろ?現に足跡残ってないんだし」
すると小春ちゃんが口をへの字に曲げて
「意味わかんない!」
と言った。
- 14 名前:07 死者に降り注ぐ 投稿日:2006/01/04(水) 16:27
- 「雪が止んだら意味わかるけど、止まなきゃわかんない!」
「……」
私と絵里は小春ちゃんがキレるのを呆然と見ていた。
なぜキレられたのかわからなかった。
「そっか!そうだよれいな」
さゆが私の肩を揺すった。さゆには小春ちゃんの言っていることがわかったらしい。
「れいなさっき、どこに逃げたかを隠すために足跡を残さなかったって言ったでしょ?」
「う、うん」
「それって意味のないことなんだよ」
「なんで?」
「だって私たちがここに来たとき、たまたま雪が止んでただけじゃん。
ていうか、絵里が死体を発見したのは偶然でしょう?
ロープとかを準備して置くなんて、意味わからないよ」
「じゃあさ、本当は雪の中で逃げるはずだったのが止んじゃって
とっさにそこらへんのロープを使ったなら?」
「ロープはいいけど鉤なんて都合よく見つかる?無理あるよ」
「……」
さゆに押し切られて私は黙ってしまった。
- 15 名前:07 死者に降り注ぐ 投稿日:2006/01/04(水) 16:28
- その後、死体の行方はわからないまま一度引き返すことにした。
死体がどこに行ったにせよ、あの場所に人が倒れていたのを絵里は見たのだ。
だから誰かに知らせた方がいい、という話になった。
携帯は4人とも圏外だったため別荘に戻らざるを得ない。
その間も月が不気味に私たちを白く照らしている。
月で死者がよみがえったとか
月が死体を消し去ったとか、そういうバカげた話をした後だった。
バカな話だったけれど、未だ死体の行方はわからない。
背中から照らす月光になにか妖しいものを感じてしまう。
私はずっと背筋に寒さを感じながら歩いていた。
他のみんなも同じ気持ちだったのだろう。
4人はぴったりとくっついたまま歩き続けた。
- 16 名前:07 死者に降り注ぐ 投稿日:2006/01/04(水) 16:28
- 別荘が見えてきたとき、急に小春ちゃんが立ち止まった。
「どうしたの?」
「亀井さん……」
小春ちゃんが青い顔をして絵里を見た。
「亀井さん、足……ありますよね?」
「あたりまえでしょう!怖いこと言わないで!」
「なんで足跡がついてなかったんですか?」
またわけわからない話が始まった。
「小春ちゃん、絵里はちゃんと足跡つけて歩いてるよ。
ほら、ずっと続いてる」
私は、絵里の背後についている足跡を照らして見せた。
「そうじゃなくて……1回目の足跡がなかった」
「1回目って、死体を最初に見つけたときのこと?」
さゆが聞くと小春ちゃんはこくんとうなづく。
「そりゃ雪が降って足跡が消えたんだよ。
私たちが死体の場所に行くまでにたくさん降ったでしょう?」
「じゃあ……じゃあ……」
小春ちゃんは一つ息を吸い込んで、言った。
「死体が見えなくてあたりまえじゃないですか」
- 17 名前:07 死者に降り注ぐ 投稿日:2006/01/04(水) 16:29
- 「そんなの……」
さゆが、言いかけて止まった。じっと地面を睨んで何かを考えている。
私の頭も忙しく回転を始める。死体が見えなくてあたりまえ?
そりゃそうだ。あの雪で死体が埋もれてたら見えなくて当然だ。
でも私たちの誰も、死体が埋もれたとは考えなかった。
どうしてか
「人の跡が残ってたやん。死体は雪に埋もれたんじゃないよ」
「なんで?なんで跡が残るの?しかもあんなくっきり……」
小春ちゃんは両手でさゆの腕をつかんで必死に訴えかけてくる。
小春ちゃんの目は真剣そのものだった。
さゆは困惑して唸っている。小春ちゃんの発言がわからないのだ。
「跡が残って当然でしょう!人が倒れてたんだから」
「だって倒れただけなのに。足で踏んだわけじゃないのに。
重すぎるよ。その人、重すぎる……おかしい」
「小春ちゃん、お願い落ち着いて」
さゆは困ったように小春ちゃんの肩を抑えている。
すると突然、小春ちゃんの動きが止まった。
ぴたりと、呼吸さえも停止した。と思ったら
今度は急に、3人がすくみ上がるほど大声で叫んだ。
「あの人、小春とおんなじなんだ!」
- 18 名前:07 死者に降り注ぐ 投稿日:2006/01/04(水) 16:29
- 小春ちゃんはさゆの両手を振りほどいて来た道を走って戻っていく。
さゆは一瞬呆然としていたが、すぐに「そうか」と言った。
「小春ちゃんを追いかけよう」
「さゆ、一体……」
「走りながら説明する!小春ちゃーん、待ってー!」
さゆも小春ちゃんを追いかけて走り出したので
私と絵里も後を追って走った。
「ねぇさゆ、小春ちゃん何を言ってたの?踏んだわけじゃないとかなんとか」
「人型の跡は私たちの足跡よりも深かった。
勢いよく倒れても、普通は足跡より深くなるなんてことはない」
「なんで?」
「足で踏むのと違って全身で倒れるときは、圧力が分散されるから
そんなに深く跡は残らないもんなんだよ」
さゆがじっと進行方向を見つめてしゃべっている。
口調もいつもと違って、ものすごく早かった。言葉も難しいし別人みたい。
「つまりあの人型の跡は深すぎた。ただ倒れただけじゃああはならない」
「それが……どうしたっていうの?
それに、『小春とおんなじ』ってどういう意味?」
「ごめん……息……切れてきた。
後で説明する」
さゆはきっ、と前を睨むとペースを上げて走った。
私たちも続く。
- 19 名前:07 死者に降り注ぐ 投稿日:2006/01/04(水) 16:30
- 私たちが例の人型のところに到着すると
先に着いていた小春ちゃんがぜぇぜぇと肩で息をしていた。
さゆは小春ちゃんの肩をぽんと叩くと人型の前にしゃがみこんで
雪を掘りはじめた。
「さゆ?」
「れいな手伝って」
「わかった」
わけのわからないまま私もさゆの隣にしゃがんで雪を掘る。
しばらく掘ると、なにか雪とは違うものが手に触れるようになった。
「これ……布だ!さゆ、布!」
「こっちも何か……え?……きゃあ」
さゆが叫び声をあげて立ち上がる。
雪の中から、茶色い髪の毛が見える。私は髪の毛のあたりの雪を手で払いのける。
すると、人の後頭部が出てきた。血が流れていたのだろう。こめかみの辺りが黒ずんいる。
私は茶色いロングヘアーを引っ張って顔を覗き込んだ。
「うっ……。し、死んでる。絵里、この人やっぱり死んでる」
「け、警察を呼ばないと!」
・
・
・
- 20 名前:07 死者に降り注ぐ 投稿日:2006/01/04(水) 16:30
- その後、私たちが別荘まで引き返して連絡を入れると警察はすぐにやってきた。
パトカーで死体の場所まで案内をし、その後4人はいろいろと質問を受けた。
別荘に戻れたころにはもう日付が代わってしまっていた。
「あの場所は、昼間小春ちゃんがはまった水溜りとちょうど同じ所だったの。
それが『小春とおんなじ』の意味ね。
水溜りがあって窪んでいたから、跡が深く残ったんだよ」
「でも、絵里が最初見つけたときは?普通に倒れてたんでしょ?」
「う、うん」
「あそこは昼間は水溜りだった。それが夜に気温が下がって表面に氷が張ったんだよ。
その上に雪が降り積もって、水溜りを完全に隠してしまった。
そこにあの人は倒れた。それを絵里が発見したんだね。
絵里が私たちと合流している間も雪は死体に降り注いでいく。
だんだん雪が積もって重みに耐え切れなくなった氷が割れて
死体は水溜りの中にボチャン!雪に人型の穴が開く。
それでも雪はさらに背中に積もっていって完全に死体を隠してしまった」
「それで、私たちが行ったときには雪は止んで……」
「そう、異常に深い人型だけが見えたってわけ」
さゆがとんと手をひざの上に置いた。私と絵里は感嘆のため息をついていた。
「それを小春ちゃん、一人で考えたの?」
「はい」
「末恐ろしい子だ……」
「へへぇ……」
私が感心すると小春ちゃんはにへらぁと笑った。
- 21 名前:07 死者に降り注ぐ 投稿日:2006/01/04(水) 16:30
- 「それにしても……」
小春ちゃんは絵里を向いて言った。
「亀井さんよくわかりましたね」
「?」
また小春ちゃんは謎の発言をした。
「小春ちゃん疲れたでしょう。もう寝な」
さゆがそう言うと小春ちゃんは「え?」と表情を曇らせた。
「小春1人で寝るんですか?」
「怖い?」
「……」
それはそうだろう。あんな死体を見た後なのだ。
「じゃあさゆみの部屋へ行ってて。すぐ行くから」
「道重さん」
「ん?」
「すぐ来てくださいね。すぐですよ」
「うん、すぐ行く」
- 22 名前:07 死者に降り注ぐ 投稿日:2006/01/04(水) 16:30
- 小春ちゃんは何度もさゆに「すぐに」と念を押して部屋へ入った。
さゆは扉が閉まるのを確認して私たちのところに戻ってくる。
「小春ちゃん部屋に入った。絵里」
「何?」
「誰にも言わないから、正直に言ってほしいの」
さゆの言葉に絵里の表情が凍りついた。
「な、なにが?」
「小春ちゃん言っていた。
『亀井さんよくわかりましたね』って。
あれは、うつぶせの死体を見ただけでよくわかりましたねってことなの」
「さゆ!何言ってんの?あの人頭から血を流してたんだよ。
絵里がちょっと見ただけで死んでるって思っても不思議じゃないよ」
「違うの。小春ちゃんが言ってたのは、うつぶせの死体を見ただけで
よくそれが男の人ってわかったね、ってことなの」
「え?」
絵里は真っ青になって震えている。
「うつぶせに倒れていたのは茶髪のロングヘアーの人だった。
しかもコートを着ていた。何で男の人って断定できたの?」
「あ……あの……」
絵里の目には、いつのまにか涙が溜まっていた。
声がかすれて上手くしゃべれないようだった。
- 23 名前:07 死者に降り注ぐ 投稿日:2006/01/04(水) 16:31
- 「私……そんなつもりじゃ……私……」
「絵里、言いたくないならしゃべらんでも……」
「ダメ!そうやって1人で抱え込んじゃダメ!」
さゆは、私の言葉をぴしゃりとさえぎった。
「絵里。れいなと私なら安心でしょ?全部話して」
さゆは絵里の背中に手をかけて、ゆっくりと動かした。
「1人だけで悩まないで」
「あの……」
絵里は、さゆに促されて、しゃくりあげながら話し始めた。
「みんなとはぐれて……雪すごかったから前がよく見えなくて
誰かに手を引っ張られたの。手袋をしていたからよくわかんなくて
きっとさゆだろうって思ってついていったら知らない人だった」
絵里の目から大粒の涙が落ちた。
- 24 名前:07 死者に降り注ぐ 投稿日:2006/01/04(水) 16:31
- 「その人、ピストル持ってた。逃げようとすると腕を強く引っ張って
『俺なんか、この世にいない方がいいんだろ?』
って。うつろな目で聞いてきた。私怖くて、
『いやっ、どっか行って!』
って言っちゃった。そしたら、その人、持ってたピストルで自分の頭を……」
絵里は崩れるようにさゆの肩に顔をうずめて、後はずっと泣き続けた。
「私のせいであの人……私のせいで……」
「違う。絵里は悪くなんかないよ。絵里は悪くない」
さゆはぎゅっと絵里を抱きしめて頭を撫でた。
「絵里、怖かったんだね。自分を責めて、誰にも話せなかったんだね」
「ねぇさゆ。このこと言わなくて平気かな?」
「あの人、自殺だった。雪の中から銃が見つかるし硝煙反応も残ってる。
警察が調べれば自殺なのはすぐわかる。絵里がそこにいたことなんて
誰かに話す必要はないよ」
「そっか……」
- 25 名前:07 死者に降り注ぐ 投稿日:2006/01/04(水) 16:31
- 「れいな」
「ん?」
「今日、絵里と寝てくれる?私、小春ちゃんのとこ行かないと……」
「わかった」
私は絵里の手を取った。
さゆは私に「お願いね」と言って小春ちゃんの待つ部屋に入っていった。
私も絵里を自分の部屋に連れていった。
窓からは月明かりが白く射していた。すぐにカーテンを閉めた。
「絵里、お風呂どうする?」
「……いい」
「じゃあ、もう寝る?」
「うん」
絵里をベッドに入れて私もベッドに入った。
冷え切った布団に全身が竦んでしまった。
「なんかさゆ、頼もしくなったよね」
「教育係になって、変わったみたい」
「今回、さゆがいてくれてよかった」
「本当……」
「小春ちゃんもね」
「すごいね……あの子」
- 26 名前:07 死者に降り注ぐ 投稿日:2006/01/04(水) 16:32
- 絵里は布団の中で私の手を握ってきた。
「絵里、寝られそう?」
「あのね」
手を握る力を強めて、絵里はかすれ声でしゃべる。
「うん?」
「もし、れいなが先に寝たら起こしてもいい?」
私はくすっと笑った。
「いいよ。絵里が寝られるまで、れいな起きてるよ」
しかし、2人の体温で温まった布団はすぐに2人を優しく包み込んだ。
私は絵里が寝息を立てるのを確認してほどなく
自分もまどろみの中に、ゆっくりと落ちていった。
―終―
- 27 名前:07 死者に降り注ぐ 投稿日:2006/01/04(水) 16:32
- 6
- 28 名前:07 死者に降り注ぐ 投稿日:2006/01/04(水) 16:32
- 7
- 29 名前:07 死者に降り注ぐ 投稿日:2006/01/04(水) 16:32
- 期
- 30 名前:Max 投稿日:Over Max Thread
- このスレッドは最大記事数を超えました。
もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。
Converted by dat2html.pl v0.2