14 もうとりあえず前だけ向いて
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/22(月) 23:11
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14 もうとりあえず前だけ向いて
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/22(月) 23:15
- 「いやぁ〜、今日も外めっちゃ暑いねぇ。」
いつもとは違う雰囲気に部屋が呑まれていくのを感じて、28℃に設定されて
いるのに私は手で扇ぎながらわざと気を遣って明るい口調で言った。
それは息も詰まるような重苦しい空気というより、今の季節外に出れば味わえる
体にまとわりつくような暑さに似た感じだった。
拭いたいけどどうしょうもなくて苛立ってきそうな不快感を漂わせている。
ここは自分の家だというのになぜか居心地が悪くて、その原因と思われる目の前の
奴はさっきからずっと暗い顔をして俯いている。
「何か飲む?って言っても選択肢は麦茶しかないけどさ。」
だから少しでも空気を変えたくて私はなるべく普通な感じで話し掛けてみた。
「えっ?いや、飲み物とかは・・・・・いいや。」
けれど相手には全く心の余裕がないらしく顔を上げると申し訳なさそうに
断ってからまた俯いてしまう。
そして本日何回目かの深いため息を再び吐き出してからまた難しそうな顔をする。
「あっ、そう。」
きっと顔は微妙に引き攣ってるんだろうなと思いながらその場は軽く受け流した。
目の前の奴はさっきからため息を吐き出してばかりで、こっちだって平静を装って
いるだけでため息つきたい気分は同じだった。
つまり今あまり良い気分じゃないのはお互い様で、ただ相手を気遣える余裕が
子どものあいつにはまだ足りないだけだ。
今までした恋愛で何度か経験しているから相手が何を言おうとしているのか、
暗い顔してドアの前に立っていたときから分かっていた。
きっと間違いなく私達は今日で終わる。
そのとき走馬灯というのか二人が初めて会ったときのことを不意に思い出した。
でもそれじゃまるでこの後死ぬみたいだなと思って、何だかそれが面白くて一人で
少し笑った。
急に笑い出したことを不思議に思ったらしく、目の前の奴はいつもみたく口を開けて
呆けた顔して私を見上げていた。
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/22(月) 23:16
- 「ねぇ、ヨッスィー行かない?」
「パス」
「ちょっとまだ何も言ってないじゃない!」
「どうせ合コンでしょ?」
「まぁ、そうなんだけど・・・・ダメ?人数足りなくてさ、だって女子は半額だし
帰りの電車賃出すから久しぶりに出てよ。」
いつも誘ってくれる同期の梨華ちゃんが相変わらず懲りずに只でさえ甘ったるくて
しつこい声で誘ってきて、それで何か断るのが面倒くさかったし半額と帰りの
電車賃代という言葉に惹かれて参加するかという気持ちになった。
「まぁ、そういう条件なら行ってもいいかな。」
「やったぁ!それじゃ駅で6時に待ち合わせってことで。」
「はいはい、じゃぁまたね。」
私がOKを出すと梨華ちゃんは超音波出てるんじゃないかってくらいの高音で
叫ぶと、本当に嬉しいらしく満面の笑みでスキップしながら行ってしまった。
「合コンねぇ・・・・・。」
行くと言ったものの改めて考えると物に釣られて少し早まったかなと思って、
ため息混じりの口調で苦笑しながら独り言を呟いた。
大学に入った頃とかは合コンが目新しくて何だか面白そうな事に思えて
よく参加していたけど、最近はその同じような展開に飽きてきたから
いつも断っていた。
でも最近行ってなかったし飲み会の雰囲気自体は別に嫌いじゃなかった。
そして大学近くの駅に集まったメンツは私、梨華ちゃんとその親友だと公言されて
いる柴田あゆみとなぜかいつもいる松浦という、最後に参加したときと全く変わっていない顔ぶれだった。
だけど最初から期待してなかったとはいえ参加したのは間違いだったと気づくのに
5分も時間はいらなかった。
合コンの相手というのが梨華ちゃんのバイト先の人達で、石川は始まる前に
「保田さんって人に手を出したらダメだから」と真顔で釘を刺された。
どうやら私達は只の噛ませ犬って役らしい。
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/22(月) 23:17
- 気分が一気に萎えたけどどうせご飯食べるためだけに来たんだしと私は割り切り、
柴田や松浦も少し不服そうだったけどすぐに気持ちを切り替えていた。
そして始まると梨華ちゃんは宣言通りに見た目落ち着いた大人という感じの
保田さんって社員の人に猛アタックしだして、最初は保田さんも引いてたけれど
時間が経つにつれて満更じゃなさそうだった。
柴田は奇抜な色と髪型をした大谷さんって人が気に入ったらしくてさっきから
二人で盛り上がっている。
確かに良い人そうだけどそんな髪でバイトやっていいのかよと言いたくなる。
松浦はいつもなら相手が言い寄ってくるのを軽くあしらっているのに、今日は珍しく自分から近づいていった。
藤本さんってちょっとヤンキー臭のする人、っていうかヤンキーだと思われる人に
露骨に迷惑な顔をされながらもめげずに話している。
っていうかこの人達が働いている店にはすごく興味が湧いた。
私は部屋の隅で適当にご飯を摘みながら酒を飲んでそれなりにやっていた。
でも不意に誰かが近づいてくる感じがして顔を向けるとカシス系の飲み物を片手に
合コン相手の中で一番若い感じの子が苦笑しながら声を掛けてきた。
夏休みだから羽目を外したといった感じの眩しい金色に少し大人びた顔立ち、
でも服装は意外と普通にジーパンにTシャツというラフな格好をしている。
「吉澤さんですよね?何かウチらあぶれたって感じですよねぇ、初めての合コン
だからちょっと期待したのになぁ。」
心底残念そうな表情を浮かべるとため息を吐き出してこちらに同意を求めてくる。
「えっと・・・・誰だっけ?」
同意を求められたことと心当たりがない子に突然話しかけられて戸惑いながら
失礼だとは思ったけど逆に質問する。
「えっ、覚えてないんですか?小川ですよ、小川麻琴!若さ溢れる高校2年生!
ってさっき一応自己紹介したじゃないですか。」
最初は大げさに驚いた顔をしたけれどすぐにそれは笑顔に変わって、ピース
サインを前に突き出しながら明るい調子で答えた。
第一印象の大人びた感じは微塵もなくて目の前にいるのは無邪気で少しバカな
子どもそのものだった。
- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/22(月) 23:18
- 「そうだっけ?やっぱ覚えてないや。」
私はスクリュードライバーを一口飲んでから悪びれた様子もなく冷淡に言い返す。
大概はこういう言葉で落ち込む様子かその場を引くかのどちらかだけど、そんな
様子もなく逆にこちらとの距離を縮めてくる。
「ひっどいなぁ・・・・・。あっ、そうだ。あの隣に座ってもいいですか?」
ふて腐れたように言ってから突然腰を曲げて顔を近づけてくると、人懐っこそうな
柔らかな笑みを浮かべて聞いてくる。
「小川さんだっけ?別にいいけど?」
いつもは冷たい態度で断るところだけど変な下心もなさそうだし、感じの良い子
だから私は壁側に寄って席を一人分空けた。
「あっ、年下なんでさん付けとかいらないですから!本当に!普通に呼び捨てて
全然いいですよ!」
小川は軽く一礼してから横に腰を下ろすと不意に何かに気がついた表情をして、
少し慌てた様子で捲くし立てるように言った。
「それじゃ小川でいい?いきなり下の名前とか呼べないしさ。」
「はい!全然いいですよ。あ、そうだ。吉澤さんって大学生なんですよね?
志望校決めるとき迷いませんでした?」
「へっ?あぁ、いや、私は専攻が決まってたからある程度は絞れたし。」
「それならいいですよねぇ。こっちは2年になったばっかなのにいきなり決めろとか言われてて、本当マジで困ってんですよねぇ。」
二人の会話は大体が進学の相談とか世間話が殆どだった。
合コンの席で私がこんなに長く人と話したのはこのときが初めてだった。
小川はお酒に酔っているせいなのか、それとも元々饒舌なだけなのか終わりの
時間が来るまで殆ど一人でしゃべっていた。
でも私はあまり話し好きではないからただ聞きながら笑っていて、だけど適当に
相槌を打ちながらも聞かれたことにはちゃんと答えていた。
そして久しぶりに参加したせいなのか宴の終わりを告げられたとき素直に
今日は楽しかったなと思った。
- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/22(月) 23:21
- お開きになって初めて私達以外の全員がカップルになったのを知って驚きつつ、
ちょっと置いて行かれたみたいで軽くショックだった。
カップルは皆して各個人で二次会に行くようだったけれど、とりあえず一度駅まで
帰る人を見送ろうってことになった。
そして別れる直前になって小川が緊張した面持ちで「メール交換しませんか?」と
言ってきたので、少し迷ったけれど害はなさそうなので教えることにした。
合コンだと大体聞かれるのが相場だけどいつも素っ気無い態度で断っていた。
だって教えて得することなんて一つもなさそうだし、教えてくれるだろうって
確信持った顔で聞いてくるところも嫌だった。
でも小川は遠慮気味に聞いてきてくれたのと今日話した感じではメールの内容も
普通そうだったから良いかなと思った。
実際高2だから仕方ないのかもしれないけど、黙っていれば大人ぽっいのに
話し出すと子どもというところが面白かった。
そういう人は周りにいなかったから私にとっては新鮮だったし好印象だった。
メール交換終えて本気で喜んでいる小川を見ていたとき何だか不意に微笑ましい
気持ちになった。
でもそれは多分実家にいる弟とその姿がちょっと重なったんだと思う。
恋愛感情は全くなかったしそういう対象には絶対ならないと思っていた。
だから友達というか相談相手として付き合っていくだろうな、そう勝手に自分の
中では決まっていた。
それから私達はメル友から始まり、個人的に何度か会うようになって普通に
友達となり、でも出会ってから3ケ月後に小川から告白されて恋人になった。
- 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/22(月) 23:22
- これが最後の恋だとか思ったことなんて一度もない。
年下の子とは今まで付き合ったことなかったから試しにって感じだった。
いずれ終わるのは分かっていた、付き合ったときから多少勢いに任せたところも
あったから長くはないと思っていた。
今月で半年と少し過ぎたけどそれだけ続いただけで十分。
だから別れのときがきても恋愛なんてこんなものだと受け流せる自信があった。
私は元々自分からあまり多くは話さないし、いつもは話す担当の小川が今日は
黙っているために部屋は気まずい沈黙が続いていた。
でも突然意を決したように顔を上げるといつもは開きっぱなしの口を強く結んで、
目は逸らされることなくまっすぐこちらに向ける。
そして最後に軽く息を吐き出してから麻琴は今まで重く閉ざしていた口を開いた。
「ひとみさん・・・・・・多分今から言うことはひどく傷つけるかもしれません。」
「うん。」
「いきなり勝手なこと言うなよってきっと思うと思います。」
「うん。」
「もし殴りたくなったら殴ってもいいです。」
「うん。」
搾り出すようにゆっくりと吐き出される久しぶりに聞く敬語を懐かしみながら、
私は軽く頷きながら一言で全て受け流す。
別に話を聞いてないわけじゃなくてそれ以上口にする必要がないから余計な事を
言わずに一言で済ませていた。
「他に好きな子ができたんで・・・・・別れてくれませんか?」
「・・・・う、うん。」
でも絶対言われると分かっていた別れの言葉が現実に麻琴の口から発せられると、
平然と聞き流せると思っていたのに実際の声は微かに震えていた。
そのことがすごく悔しいと思ったけど同時に少し悲しいなとも思った。
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/22(月) 23:24
- 「えっ?いや、あ、あの、本当にいいんですか?」
「だってもう心が決まってるっていうなら何言っても仕方ないしね。」
麻琴はあっさりと一言で片付いた別れが予想外だったらしく露骨にうろたえながら
問いかけてくる、私はここで困惑したら自分も相手も気持ちが迷うだろうな
と思ったから即答するくらいの早さで言葉を返した。
すると麻琴はその言葉に少し垂れ気味の瞳を悲しそうに伏せて気落ちしたように
頭を下げる。
「あ、あの!だったら友達に戻るってのはダメ?」
けれど突然思い立ったように勢いよく顔を上げると、目が既に潤んでいて今にも
泣き出しそうな声で言った。
優しくて純粋な麻琴らしいその言葉は嬉しかったし、「態度が普通逆だろうが」
と頭を撫でながら穏やかに言ってあげたい衝動にも駆られた。
でも今はそういうことをしてはいけないと思ったから何とかして堪えた。
「ふぅ・・・・・ゴメン、それ無理。」
私は自分を鎮めるのと間合いを空けるために深い息を吐き出した、そしてなるべく
声の抑揚を抑えると冷たく聞こえるように言った。
そう言われた瞬間、麻琴は大きく目を見開いてその後とても傷ついた表情をした。
それから顔を俯けると肩が小刻みに震えだした、すぐに小さく嗚咽が聞こえてきて
泣いているのは一目瞭然だった。
でも突然下に引っ張られたかと思ったら麻琴が服の袖端を強く握り締めていた。
そしてしゃくり上げて不確かな呼吸なために震える声を何とか抑えて呟く。
「・・ひっどい・・人だな・・・・・・。」
そう言われたとき一瞬握られて皺くちゃになった服と一緒に心まで掴まれたのかと
思った。
- 9 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/22(月) 23:25
- 友達という言葉は精神的にも関係性を表すにもとても楽だと思う。
でもそれだときっと私達はダメになる、友達から始まったからこそ余計に
その言葉に甘えてしまいそうな気がする。
だから冷たく突き放して思い切り傷つけて恋人は最悪な奴だと思ってほしかった、
そして新しい子に優しく慰めてもらえば麻琴の心の負荷が少なくて済む。
この考え方に根拠はないし自分の思い込みだけど、私は関係をはっきりと切った
ほうが互いに良いと思った。
「ひどくて結構。っうかさ、あんまり優しくないの知ってるでしょ?」
私は自分の感情を強引に押さえ込むと小馬鹿にするように鼻で軽く笑ってから
嫌味ったらしく言った。
でも好意を持っている人に嫌われるのはこんなに辛いとは思わなかった。
麻琴は深く息を吐き出すと顔を上げて姿勢を正す、でもすぐに体を半回転させて
こちらに背を向ける。
「知ってましたよ・・・・・そんなこと。」
と鼻をすすりながら先程よりは多少滑舌の良くなった口調で答える。
そしてそのまま玄関のほうへ歩き出すのを引き止める資格なんてない私は黙って
ただ見つめていた。
ドアノブに手が掛けられてゆっくりと扉が開いて半身が外へと出たかと思うと、
嫌味の一つでも言おうと思ったか突然体を振り向かせる。
鼻水は垂れてるし目から涙が流れ続けているのに顔はすごく晴れやかな笑顔だった。
「本当はすごく優しいのに不器用だからそれが上手く表現できないところ
くらい知ってるってぇの!っうかそこに一番惚れてました!!」
と私の方をまっすぐ指差してから麻琴は宣言するみたいに叫ぶと、最後に頭が膝に
付くくらい下げてからドアを静かに閉めた。
- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/22(月) 23:26
- 閉まる音を聞いたと同時に私は途端に力が抜けてその場にへたり込んだ。
それから少しの間は何だか頭が上手く働かなくて放心状態みたいな感じだった。
でも急に目の前の景色が歪んでぼやけてから頬に熱い雫が伝っていく、それを手で
触って初めて自分が泣いていることを自覚した。
「えっ?何?泣いてんの?ダサいなぁ・・・・・もうっ。」
私は今の状況に呆れて笑いながらそう呟くと手で何度も目元を拭った。
けれど涙は瞳から止め処なく溢れてきて頬を伝い顎から落ちて床を濡らしていく。
痛くて悲しくて苛立って頭も心も色んな想いが混ざり合って訳が分からなかった。
「あぁ、クソ!なんで・・止まらないんだよぉ・・・・・。」
でも何かに当って発散しないと自分が潰れてしまいそうで私は床を拳で
叩いてから噛み締めるように呟いた。
泣くと何か惨めな気分になるから嫌だと思っていたのに、さっきの麻琴みたいに
いつの間にかしゃくり上げていた。
振られるのはかなり予想外だったけどいつか別れることは付き合う前から
分かっていた。
それに自分は恋愛で泣くとかいう女々しさなんてないと思っていた。
だって過去の恋愛で振られたときには泣いたりしなかった、だから恋愛に関しては
泣くことなんて一生ないとさえ思っていた。
けれど涙は次から次へと溢れて止まらないし手が湿っているのが現実だった。
泣き止んだ頃には窓から夕日が差し込んでいて、何を思うでもなくそれを見ながら
自分が思っていた以上に麻琴のことが好きだった事に気が付いた。
- 11 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/22(月) 23:28
- そして麻琴に振られてから初めての日曜日が来た。
することがなくて急に暇になったから飲料水と食料を大量に買い込んで、
今まで見たかったビデオを一気に借りて真夜中まで見ていた。
でもどれもこれも見たかったはずなのに全く頭の中に話が入ってこない。
「・・・・そういえばこの話今度続編やるんだっけ。」
と私は欠伸を噛み締めながらあまり内容を覚えてない映画のエンドロールを
眺めていた、そして大して興味のなさそうに一人呟くとリモコンで電源を切る。
そして軽くため息を吐き出してからソファーの背もたれに寄り掛かった。
一ヶ月前くらいには麻琴と一緒に雑誌を見ながら行きたいとか話してたのに、
きっと他の子と見るんだろうなとそのとき不意に思った。
でもこれから自分じゃない誰かが隣にいて、私達がしていたように普通に遊びに
行ったり食事に行ったりして同じ時間を共有する。
そして笑ったり励ましたり喜んだりして、私はしなかったけどその子は一緒に
泣いたり優しく抱きしめたりするかもしれない。
そうして麻琴は私にしか見せなかった少年のような無邪気で柔らかな笑みを
知らない誰かに向ける。
「あぁ〜、もう何だよぉ・・・・。」
と自分じゃないみたいな情けない声を出しながらソファーに頭を埋めると、一人で
勝手に都合の悪い想像して少し凹んだ。
こんなに未練がましい奴だとは思ってなかったからその事実にもまた凹んだ。
そしてそのまま眠ってしまったらしく目を覚ますと窓の外は水色に染まっていて、
壁掛け時計を見て確認するとちょうど明け方の時間だった。
もう一度寝ようとしたけれど不意に誰かと話したいと思って携帯を手に取った。
こういうときよく麻琴に電話しては寝惚けながら意味不明な言葉を返してくる
からよく笑っていた。
でもどんな遅くにかけてもちゃんと出でくれるのが嬉しかった。
友達ならまだ出来たかもしれないことだけど縁を切った私にはもうできない。
また思い出に浸っている自分にため息を吐きながら、でもこのまま二度寝する
気にもならなくて着信履歴からある奴を探してリダイヤルした。
- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/22(月) 23:30
- かなり長めに呼び出しして諦めて切ろうかと思ったと瞬間に相手が電話に出た。
「・・・・・ん?どうしたのこんな時間に?」
いつもと変わらず甲高くて甘ったるい声が眠そうなせいで余計に強調される。
「何か誰かに電話したくなっちゃってさ。あっ、ひょっとして寝てた?」
「うんん、ちょうど熟睡する一歩手前だった。」
声的にはとても優しい感じだけど本当は相当怒ってるという雰囲気が携帯越しに
でも伝わってくる。
「・・・・・ゴメン。でも梨華ちゃんなら許してくれるかなって。」
さすがに自分の方が圧倒的に悪いので引き攣った笑い声を出しながら素直に謝る。
「でもいいよ、今日は特別に気が済むまで聞いてあげる。いつもは石川って呼ぶ
ヨッスィーが梨華ちゃんって言うときは大抵何かあったときだから。」
「そうだったけ?」
「いや、そうだったらいいなぁって妄想なんだけどね。」
「何だよそれ。でもさ、ありがと。」
こんな明け方に電話をかけてくるなんて何かあったくらいは分かるだろうし、
そういう少し気が引ける真面目な場面で梨華ちゃんがとぼけたのはわざと思う。
そんな優しい気遣いが嬉しくて照れ隠しにわざと素っ気無い口調でお礼を言った。
「どういたしまして。それじゃ面白い話してあげよっか?その方がいいでしょ?」
すると梨華ちゃんは至って普通に話の話題を自分から作る、でも最後に本当に
優しい声で言うから胸が熱くなって泣きそうになった。
でももう泣くのは別れたあの日で十分だから拳を痛いくらい強く握って堪える。
「うん!めっちゃ面白いの頼むよ!」
と私はかなり無理して明るく聞こえるような声を出して言葉を返した。
「・・・・・それじゃとっておきのやつを話してあげる。」
「うん。」
とっておきの話は当然のようにとてもじゃないけど口に出すのも恐ろしいくらい
寒くてクソつまらなかった。
でも何も聞かずにいてくれたのはすごく嬉しくて、こいつと友達で良かったって
そのとき心から思った。
- 13 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/22(月) 23:33
- それから一週間が過ぎて、あの朝方の電話でよく分からないうちに梨華ちゃんと
出掛けることに決まっていたので私は10時に起床した。
そして軽く朝食食べてからシャワーを浴びて、髪を乾かしながらあんまり興味ない
ニュースとかを適当に見た。
そして鏡台の前に座って軽く化粧をする、とはいってもファンデーションを薄く
つけてから口紅を塗っておしまいという本当に簡単な化粧だった。
それでも前までは口紅なんてつけないでリップクリームで済ませていたんだけど、
塗るようになったのは麻琴がうるさかったから。
そういうの柄じゃないだろって感じなのに口紅だけはいやに拘っていて、あれは
デートでたまたまデパートに入ったときだったと思う。
たまたま化粧品売り場の前を通りかかったら、麻琴は何かを見つけたらしく
急にひらめいたような顔して服の袖を引っ張って立ち止まらせる。
「あぁ、ちょ、ちょっと待った!ひとみさん、これ絶対似合うって!」
麻琴は嬉しそうに声を弾ませながら口紅が売っている所に私を引き摺っていく。
「ゴメン、そういうの全然興味ないから。」
「何言ってるかなぁ、せっかく綺麗な顔してるんだから勿体ないっての!」
本人が拒否の姿勢だというのに全く聞く耳持たずで麻琴は止まってくれない、
そして首だけ後ろに向けると短く息を吐き出してから少しふて腐れた顔で言った。
その言葉に上手く乗せられたというか、そこまではっきり言われてしまうと何か
もう反論できなかった。
というかあまりに真っ直ぐすぎて私は耳たぶが熱く火照っててくるのを感じた。
「いや、あぁ・・・・そう・・かな?」
と髪を撫でるふりをして耳を隠しながら珍しく狼狽した声で答えた。
絶対計算とかできないタイプだから感じたまま言ってるんだろうけど、時々突然
こういうことを言われると慣れなくて照れる。
「だからそうだって言ってんじゃん!あっ、これこれ。この色はひとみさんに
似合うから塗ってみなよ。」
けれど麻琴はそんな私の心境には全く気づく様子はなく、目的の口紅を探し出すと
楽しそうな笑いながら目の前にそれを差し出す。
- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/22(月) 23:34
- それから試しに勧められたやつを塗ってみると店員さんもどこまで本気かは
知らないけど「この色はお客様にとてもお似合いですよ」と言ってくれた。
この色が新作だとかグロスが入ってとか説明されてけど全く惹かれないし、
買いたいとも正直思わなかった。
鏡で一応見たけど変とは思わないにしても、似合ってると言われても実感が
湧かないというのが感想だった。
「麻琴も似合ってると思う?」
自分ではいまいちよく分からないので勧めた本人に聞いてみることにした。
「うん、あまりに綺麗過ぎてまた惚れそうになった。」
すると麻琴は大きく頷いてからまだあどけなさの残る少年のような笑顔で言った。
それを見た瞬間に胸が大きく高鳴ってしばらく治まってくれなかった。
その少年のような笑顔を見るたびに本人には言ってないけど、私は呆れるほど
いつだってときめいていた。
口紅を塗り終えると鏡の中の私は目の端に涙が浮かんでいてそれを軽く指で
拭うと、一回だけ深呼吸してから膝を両手で叩いて立ち上がった。
「よしっ!早く行かないと遅刻しちゃうし行くかな。」
と自分を元気づけるようにわざと明るい声で叫ぶと最後に髪を軽く整えてから、
バックを持ってちゃんと忘れ物確認をして家を出た。
外に出ると夏の日差しが眩しくて私は手で軽く遮りながら目を強く瞑った。
- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/22(月) 23:39
- でも梨華ちゃんと待ち合わせの場所に集合したのはいいけれど、二人して何も決めずに
勢いだけだったためにすぐにどこに行くかで困った。
「ガイドブック系の本見て決めてきてこなかったの?」
「そんなのお互い様じゃん。もういいよ、適当にその辺ぶらつけばいいって。」
「うーん・・・・・仕方ないよね、それじゃその方向で。」
あまり行くところを決めて出掛けるのは好きじゃないから自分では普通のつもり
だったけど、変に几帳面な梨華ちゃんにはそれが少し不満らしい。
でも今から本屋探してそういう本買って場所を決める、なんて気は起きないらしく
私の意見をしょうがないといった感じで受け入れてくれた。
「それじゃとりあえずお茶にする?話したいことあるだろうし、色々とね。」
「うん、それでいい・・・・・。」
私は苦笑いしながら梨華ちゃんの提案に従おうと返事をしようとしたとき、
あり得ない偶然を目にして思わず言葉が途切れた。
麻琴が見知らぬ子と肩を並べて楽しそうに笑いながら目の前を通っていったから。
「どうしたの?」
「いや、その・・・・何か今麻琴が目の前を通ったような気がして。」
急にその場に立ち止った私を怪訝そうに見つめている梨華ちゃんに私は頭を
掻きながら理由を説明した。
「えぇっ!!本当に?!本当に麻琴だったの?」
「分からないよ、チラっとだったし。もしかしたら他人の空似ってやつかも。」
「今から探し出して久しぶりって声掛ければ?」
「例え本当に麻琴だとしてもだよ?彼女ぽっい子と一緒だったからさ、さすがに
それはちょっとね。」
梨華ちゃんは突然真剣な顔になってこちらに詰め寄って聞いてくる、その迫力に
押されながら私は小首を傾げながら自信なさげに答えた。
麻琴に会いたいって思わないわけじゃないけど私達はさよならをしたから、
そしてがんばった自分にも私はさよならした。
だから後ろに振り向いたりしたらいけないと思った。
- 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/22(月) 23:42
- 「えぇー、だからこそ今の幸せこじらせばいいのにぃ。」
「あの・・・・麻琴って梨華ちゃんのバイト仲間っていうか後輩なんだよね?」
と梨華ちゃんは心底残念そうに言いながらため息を吐き出す、その言葉に私は思わず
知っていた二人の関係を再度確認してしまった。
「まぁ、それはそれ。これはこれで別物だから。」
と梨華ちゃんはとても穏やかな微笑みを浮かべながら平然とそう答える。
「別物じゃない気が激しくするんですけど・・・・・・っていうかさ、ゴメン。
普通に今ドン引きした。」
私は腕を組んで顔を顰めながら素直に心から思ったことを本人に告げた。
「・・・・いや、や、ヤダなぁ、ヨッスィー!今のは軽いジョークだってば。」
すると梨華ちゃんの顔が急に青黒くなって爽やかな笑いながらかなり無理矢理だけど
誤魔化そうとする。
「まぁ、そういうことにしといてあげるからケーキバイキング行かない?あっ、
もちろん肌も心も黒い石川さんの奢りで。」」
「うっ!もう分かった、分かりました!!今日だけは特別奢ってあげる。」
「そうこなくっちゃ!この近くにいいホテルバイキングのお店があるんだ。」
私は意地悪なことを言ってからかって笑いながらも気持ちは少し虚しかった。
すると梨華ちゃんは何を思ったのか分からないけど突然笑顔で思い切り人の
背中を叩いてくる。
それが後ろを振り向いたらいけないよってことなのか、それとも奢らされる
腹いせにやったかは分からないけど、まっすぐ前を向いて今日を精一杯楽しもうと
そのとき強く思った。
END
- 17 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/22(月) 23:42
-
- 18 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/22(月) 23:42
-
- 19 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/22(月) 23:42
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