13 人生がもう

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/22(月) 23:08

13 人生がもう
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/22(月) 23:11
改札口から人が溢れてくる。
なんだかみんな疲れているみたいに見える。
娘に入ってなかったら私もこうしてOLでもしていたかも知れない。
そんな事をふと思った。
目深に帽子を被った私の横を人が行過ぎてゆく。私に気付く人も居た。
でもこんなところに後藤真希が立っているとは思わないみたいだ。

人波に市井ちゃんが紛れていないか探すけどどうやら居ないみたいだ。
「市井ちゃんおっせー。ってこれじゃあごまっとうの逆だよね」
私はついついすっかり忘れかけていたユニットの曲を思い出してしまった。

待ち合わせ時間を22分15秒過ぎたのにまだ来ない。
さっきから何度も市井ちゃんの携帯に電話しているけど全然繋がらない。
何かあったんじゃないかと心配になる。
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/22(月) 23:12
オロオロしているとピロリンピロリンと携帯が鳴った。
携帯を覗き込むと『市井ちゃん』の文字が光っていた。
ほっとして頬が緩む。息を整えて電話に出ると笑い声が聞こえた。
「後藤?あたし。元気そうじゃん」
市井ちゃんの声だ。
きょろきょろと周りを見渡すが市井ちゃんらしき人は居ない。
久しぶりに会うけど市井ちゃんを見過ごす事なんて無い。
「市井ちゃんどこ?」
「車。白の背の高いワンボックスの」

車?駅前のロータリーを見渡す。
タクシーの列に紛れてワンボックスの車があった。あれか?
「ごとー。早く早く」
車の窓が開いて市井ちゃんが手招きしていた。
私は全速力で駆け寄った。
4 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/22(月) 23:12
「ごめーん。道迷っちゃって。ほらほら早く乗って」
私はあたふたと助手席に乗り込んだ。
車には市井ちゃんしか乗っていなかった。
って事は市井ちゃんが運転してきたんだ。
「へえ。市井ちゃん免許とったんだ。すごいね」
「うん。まあね。いいでしょ。じゃあ行くよ出発進行!」

車がじっくりと前に進む。当たり前だけどなんか感激した。
大人になると車を運転出来るのだ。
なんか凄く市井ちゃんと差をつけられた気がした。

結婚。赤ちゃん。運転免許。全部いつかは欲しいものだった。
市井ちゃんと比べたら自分がなんだか子供に思えた。
5 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/22(月) 23:13
「ねえ。市井ちゃん」
「何?出来たらあんまり喋らないで・・・あ」
車の左後方でガガガと音が鳴って車に振動が伝わる。
ガードレールをかすったのだ。寄せすぎだ。
「い、市井ちゃん?もしかして?」
「まだ乗りなれてないから。だから黙ってて」

私は黙った。変に音を立ててもヤバそうなので
バッグの中に手を突っ込んで慌てて携帯の電源も切った。
マネージャーから仕事の電話があるかも知れないけど
せっかく市井ちゃんと過ごすんだから邪魔されたくない。

市井ちゃんと喋りたい事はいっぱいあったけど
私は横目で市井ちゃんを見ながら借りてきた猫のようにじっとしていた。
6 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/22(月) 23:14
都内の狭い道から大きな道に出たらやっと余裕が出たのか
市井ちゃんのほうから話してきた。
「後藤。電話でも言ったけど海に行こうよ。良いとこ知ってるんだ」
「いいねえ行こう行こう。今年まだと行ってないし」
正直どこでも良かった。海でも山でもなんでも良かった。
それにしても市井ちゃんとドライブなんて夢にも思わなかった。

☆ ☆ ☆

「へえ。赤ちゃんもう歩いてるんだ。凄いね。あれ?今日は?」
「旦那に任せてきた。どーせいつも家に居るし。あの甲斐性なし」
笑っていいのか分からなかったけど市井ちゃんが笑ったので私も笑った。
旦那・・・・そうだよね。市井ちゃんは結婚したんだよ。
でもこうして喋っていると昔の娘の時代に戻ったような気がしてくる。
市井ちゃんが教育係で私が色々教えて貰って。
なんか面白かった。娘。が大ブレイクしていく最中だったし。
圭ちゃんのライブ中の顔も面白かったし。何もかも楽しかった。
7 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/22(月) 23:15
でももう私はソロだし。市井ちゃんは市井ちゃんじゃないし。
「市井ちゃん。なんか結婚したのに市井ちゃんって呼ぶのおかしくない?」
「そう?別に市井ちゃんでいいけど。後藤もそのほうが呼び慣れてるでしょ?
ところで娘のみんなは元気?」
「うん。この前よっすぃと遊びに行ったよ。あいぼんとカラオケも行ったし」
そう言いながら遊びに行ったのってこの前でも無いなあ。なんて思い直した。

「圭ちゃんは?」
「え?最近あんま知らないけど白子でも食べてるんじゃない?」
「なっちは?裕ちゃんは?」
「みんな元気だよ。裕ちゃんはもういい歳だけど。結婚しなきゃ」
市井ちゃんはみんな時々テレビで見るよ。懐かしいね。と言った。

本当に懐かしい。あの頃に戻りたい。
私は目を閉じて色々あった事を思い出した。


そのうち寝てしまっていた。
8 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/22(月) 23:17
「ほら後藤。もうすぐ海だよ」
「ん・・・・あ?海?ごめん寝ちゃってた」
市井ちゃんに身体を揺り動かされて目が覚めた。
よだれがいっぱい垂れていたで慌てて拭いた。

まだ空は暗い。そんなに時間は過ぎていないみたいだ。
眠っているうちに目的地についてしまったのだ。
車の窓を開けた。潮の匂いがする。ホントにもうすぐ着くみたいだ。
外をじーっと見ていると海が見えてきた。
「きれーなんかキラキラしてる」
私が喜ぶと市井ちゃんは嬉しそうに笑った。
9 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/22(月) 23:18
車を道沿いに止めた。車を出てガードレールと車の隙間をすり抜ける。
車を寄せきれないので楽に降りれた。
海から潮風がほのかに吹いている。心地よかった。

眼下には切り立った崖の下に海が広がっている。
吸い込まれそうだ。

「で、何するのサーフィン?ここにあるし」
「後藤それスキー板だから」
「え?そうなの」
車の上に平べったい板がのっていたからてっきりサーフボードと思っていた。
ちゃんとふたり分あるし。

「ちょっと下までいこっか?」
「うん」
急なコンクリート剥き出しの階段を下りる。
先導する市井ちゃんと手を繋いで降りる。
落ちる時は一緒だ。痛そうだから落ちたくないけど。
10 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/22(月) 23:20
砂浜を裸足で歩いた。とっくに砂は冷え切っていた。
さくさくとした足の裏の感覚が面白くてついつい歩き回ってしまう。
繰り返す波の音が心地良い。なんだかまた眠くなる。
「海っていいね」
「そうだね」
私たちは飽きるまで半笑いで無駄に歩き回った。

☆ ☆ ☆

「ふう。なんか疲れちゃったね」
ごろりと寝転ぶと星がたくさん見えた。
名前はよく覚えてないけどオリオン座かなんかだったと思う。
「ねえ市井ちゃん・・・・娘。って星みたいじゃない?」
「なんで?」
「だってひとりひとりは普通だけど集まったら凄いし。合体っていうかね」
「よくわかんない。なに合体って?」
「私もよくわかんない」
「なにそれ」
11 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/22(月) 23:22
市井ちゃんは三角座りしたまま黙っている。
「疲れたの?市井ちゃんも裕ちゃん並みに年だね」
冗談のつもりで言ったけど市井ちゃんは笑わなかった。

「疲れちゃった。人生に疲れちゃった。もういや」
市井ちゃんは頭をくしゃくしゃにしてうつむいた。
明らかにさっきまでの市井ちゃんと違った。
まるでカメラが回ってない時のナイナイの岡村さんみたいだ。
ぼそぼそと喋るのも嫌そうな感じだ。

「市井ちゃん・・・・どうしたの?」
「離婚しよっかなあって思ってるの」
「・・・・・仲悪いの?」
市井ちゃんは首を横に振った。
「仲は普通だけどそのほうが生活保護受けやすいから。
母子家庭だとなにかと有利みたいだし」
じゃあまた市井ちゃんに戻るんだあ。なんて冗談は言えなかった。
そういう事は詳しくないけどピンときた。

多分、市井ちゃんは今お金がないんだ。貧乏なんだ。
旦那の稼ぎも無いみたいだし。
12 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/22(月) 23:23
「これから子供の養育費も居るし娘の時の貯金はないし。
冗談抜きで生活保護して貰わないと」
養育費。生活保護。私は呟いてみた。
なんか口癖になりそうなほどインパクトがあった。
あいぼんと遊びに行ったら養育費いっぱい必要だよ。
生活保護しなきゃ心配だし。
ん?なんか違うな。どう使ったらいいんだろう?

「聞いて後藤。結局私は全部中途半端。
娘だって英会話だって運転免許だって旦那もソロ活動も
どれも中途半端にしか出来てない。後藤は凄いよでも私も本当は凄いんだから。
たくさんのファンが市井紗耶香の復活を待っているんだから」
「ねえ市井ちゃんあのね・・・・」
市井ちゃんが早口で話し始めた何を言いたいのかよくわからない。
「私と後藤でプッチモニ再結成しようよ。
圭ちゃんが居てもミリオンだからふたりだけならもっと売れるよ」

冗談か本気かわからなかった。
とりあえず市井ちゃんの目が血走ってるのがわかった。
鬼気迫るような視線が恐かった
13 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/22(月) 23:25
「私の人生はこれからだから。後藤だって知ってるでしょ?
私が居たから娘はミリオン連発したんだから。後藤選挙に出ようよ。
環境大臣程度なら簡単になれると思わない後藤」
「もう止めて!」
大声で叫ぶと市井ちゃんは黙った。
「今日市井ちゃんに会えて嬉しかった。
でも今の市井ちゃんを見たらなんか悲しくなった。帰る!」

歩きながらどんどん涙が出てきた。
過去の栄光と思い上がりと勘違い。
こんな市井ちゃん見たくなかった。
こんな市井ちゃんファンの人も見たくないだろう。
もう市井ちゃんは復帰しなくてもいいんだ。

「待って!後藤待って!待たないと殺すよ」
殺すよ。
恐る恐る振り返ると市井ちゃんの手元で月の光が反射して光った。

ナイフだ。私は逃げた。一目散に逃げた。
14 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/22(月) 23:27
市井ちゃんが叫びながら追いかけてくる。
「私とプッチモニをして当面の生活資金を稼ごうよ!後藤待ちな!」
髪を振り乱し目の色を変えて髪を振り乱し
追いかけてくる市井ちゃんが恐かった。まるで悪鬼のようだった。
プッチモニは終わったんだ。マコっちゃんがメンバーになった時点で。

私は走った。階段を駆け上がる。息が乱れる。苦しい。
これくらい真面目に走ったら運動会でも簡単に1位になれただろう。
とにかく誰か人が居るところまで逃げよう。

エンジン音が聞こえる。誰だ?市井ちゃんだ。
そこら中がテールランプが赤く染まる。私は血を連想した。
マジやばい。もうUターンした。今度はヘッドライトが私を照らす。
もう振り返ってる余裕は無い。

ガガガガガとガードレールに当てながら追いかけてくる。
殺される。市井ちゃんは狂っている。
私は今までにないくらい必死に逃げた。
15 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/22(月) 23:28
でもすぐに限界がきた。脚が痙攣している。
もっとフットサルの練習に参加しておけば良かった。

光のかたまりが襲ってくる。
車のヘッドライトが眩しくて何も見えない。

市井ちゃんはまたこんな風に照明を浴びたかったのかも知れない。
でももう市井ちゃんの復帰はないのだ。
市井ちゃんの芸能人としての人生はもう終わったのだ。

私は目を閉じた。


目の前が真っ暗になった。
16 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/22(月) 23:29
私の後ろで轟音が鳴った。そして爆発音。
市井ちゃんの乗った白いワンボックスの車は
ガードレールを突き破り崖の下へ落ちて爆発した。

白の車は赤い炎と黒い煙に包まれていた。
私はしばらく何も出来ないでそれを見ていた。
市井ちゃんはどうなったのだろう。
私は消防車を呼ぶべきか救急車を呼ぶべき
それともマネージャーを呼ぶべきか分からなかったけど
とにかく携帯を手にとって電源を入れた。

電源を入れた瞬間に電話が鳴った。市井ちゃんからだった。
電話はしつこく鳴り続けた。
車から市井ちゃんはまだ出てきていない。
私はしばらく考えて携帯の電源を切った。

もう全ては終わってしまったのだ。
火が消えてしまうまで私はぼんやり海を眺めていた。
17 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/22(月) 23:29
18 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/22(月) 23:29
わり

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