12 中の見えない、抱えた袋
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/22(月) 20:17
- 12 中の見えない、抱えた袋
- 2 名前:中の見えない、抱えた袋 投稿日:2005/08/22(月) 20:19
- 今日も、みきたんは優しかった。
…………と。
快調に走らせていたペン先が止まる。
視線の先は、たった今、自分が書いた文字。
今日も、みきたんは優しかった。
ここ数日。
締めくくりには、毎日同じ事ばかり書いている気がする。
最初にそのフレーズを書いたのは、二週間前。
「もうすぐ、三周年だね」
カレンダーを見ながら呟いた美貴に、嬉しさがこみ上げた。
「よかった。覚えててくれたんだ?」
「当然でしょ」
目を細め、優しい視線で亜弥を見つめてくれた美貴。
すごく、シアワセだった。
- 3 名前:中の見えない、抱えた袋 投稿日:2005/08/22(月) 20:20
- でも…
今日も、みきたんは優しかった。
最初は、喜びと幸せ以外の何者でもなかったこの一文も
あまり続くと、不安になってくる。
けれど、別にその一文が原因ではない事は
亜弥自身が、一番分かっていた。
亜弥の手が、数日前のページを開いた所で、ぴたりと止まる。
そこには、いつもの言葉の下に、もう一文、続いていた。
みきたん。今でも本当に、私のこと、好き?
美貴と恋人になって初めて。
初めて抱いた、この不安。
- 4 名前:中の見えない、抱えた袋 投稿日:2005/08/22(月) 20:22
- あれは、全くの偶然だった。
日曜日。
午前中、学校の用事で出かけていた亜弥。
その用事も昼前に終わり、美貴に「遊びに行こう」と
メールを送ったところ「今日は用事があるからゴメン」と返され
仕方なく、一人でぶらぶらと街まで行き
適当にショップを見て帰ってきた、夕方の事。
前方に、仲良く並んで見える亜弥と美貴の家。
その、美貴の家から、何か少し慌てた様子で美貴が出てきた。
「あ、みきたん………」
声をかけようとした亜弥。
けれども、その声はすぐに驚きに変わる。
「………誰?」
美貴の後ろから出てきたのは、見たことのない少女。
幼馴染の所以で、美貴の友達なら大体把握しているつもりの
亜弥だけど、本当に、初めて見る子。
歳は多分、亜弥より年下で、雰囲気がどことなく
美貴に似ている気がする。
- 5 名前:中の見えない、抱えた袋 投稿日:2005/08/22(月) 20:23
- しばらく動けずに立ち止まっていると
不意に美貴と目が合った。
―――亜弥ちゃん
美貴が、そう呟いたように亜弥には見えた。
けれどすぐに我に返ったように、美貴とその少女は
家のすぐ前の道を曲がって行ってしまった。
その一瞬。
美貴がバツの悪そうな顔をして
すっと亜弥から視線を逸らした。
その時からだった。
亜弥が美貴の部屋に行くのも。
美貴が亜弥の部屋に来るのも。
一緒にどこかに遊びに行くのも。
以前と何も変わらない。
- 6 名前:中の見えない、抱えた袋 投稿日:2005/08/22(月) 20:24
- 美貴も亜弥も、極力あの日の事には触れずに
何事もなかったのように過ごしていた。
けれど、何かがおかしい。
美貴が亜弥に優しく、亜弥が美貴に甘えるのも
いつもの事なのだけれど、そこに、妙な「よそよそしさ」がある
と亜弥は思っていた。
数日前までの美貴の「優しさ」と、今の美貴の「優しさ」は
微妙に違う。
機嫌取り、と言っては語弊があるかもしれないけれど
亜弥には美貴が、自分を窺っているように感じられた。
だから。
「今日も、みきたんは優しかった」
そんな文を見ていると、不安になる。
―――この優しさが、いつまで続くのだろう…って。
- 7 名前:中の見えない、抱えた袋 投稿日:2005/08/22(月) 20:25
- 可愛らしい、亜弥お気に入りのカレンダーには、明日の部分に
ピンクのハートが散りばめられ
「3周年!みきたんとデート!」と書かれている。
確か、美貴の部屋のカレンダーには
「亜弥ちゃんの誕生日」と書いてあったか。
さっき、メールで明日の予定は確認した。
本当なら今頃、浮かれすぎて家族に不審がられるのだけれど
どうしても、はしゃぐ気分になれない。
それどころか、ある、一つの疑問が浮かび上がってきた。
「もし明日、ドタキャンしたら…みきたん、なんて言うのかな」
そんな事をする勇気もないくせに、と
亜弥はたった今浮かんだ考えに、自嘲的に笑う。
きっと自分は、明日もいつも通り、美貴に甘えるのだろう。
はしゃいで、笑って、時には拗ねてみたりして。
―――そこに、奇妙なわだかまりを感じながら。
- 8 名前:中の見えない、抱えた袋 投稿日:2005/08/22(月) 20:27
- 次の日。
みきたんは「誕生日、おめでとう」と
いつもと変わらない笑顔で言ってくれた。
凄く嬉しかったけれど、亜弥はどうしても素直になれず
ただ小さく「ありがと…」と返すに留まった。
その時、美貴が悲しそうな、寂しそうな瞳を自分に向けたのは
分かっていたけれど、上手い言葉が見つからず
気まずい雰囲気を抱えたまま、当初の予定だった
デート、もとい『一緒にショッピング』へと向かった。
「ねぇ……亜弥ちゃん…」
昼時に入ったレストランで。
亜弥と向き合う形で座り、ジュースを啜っていた美貴が
ふと口を開いた。
「あのさ…この後、ちょっとどっか文房具売ってそうな所
行ってもいいかな」
「……何か買うの?」
「うん……新しい、日記帳。
今の、もうすぐ、終わりそうだから…」
- 9 名前:中の見えない、抱えた袋 投稿日:2005/08/22(月) 20:28
- 日記帳。
その言葉に、亜弥は自分のそれを思い出す。
去年の同じ日。
「派手じゃない?」という美貴に「愛の色だからいいの」
と言って返し、結局、二人で買った、お揃いの日記帳。
同じものなのだから、毎日書けば同じ日に終わるはず。
そう思って、二人で約束した。
『来年も、お揃いでこの日記帳買おうね』
これは愛の色だから。
永遠に、二人の絆が途切れないように。
確かに、自分の日記も、もうすぐ終わりだ。
そう思った亜弥は、美貴に「いいよ。私も買わなくちゃ」
と言い、その返事に美貴は
どこかほっとしたような笑みを浮べた。
- 10 名前:中の見えない、抱えた袋 投稿日:2005/08/22(月) 20:29
- 空の写真を表紙にしたもの
可愛らしいうさぎの絵が描かれたもの
ポップなデザインのもの
色とりどりに並ぶ日記の中に、それはあった。
何となく手に取り、見つめる。
店に入った直後から、美貴とは別行動になっていた。
そう広くない店内。美貴がレジに並んでいるのが見えたけれど
手元は見えず、彼女がどんな物を買ったのかは分からないまま。
もし、違うやつだったら…
もし、あの日記じゃなかったら…
そう考えるだけで、涙が出そうだった。
本当に、美貴が違う日記を買っていたとして。
自分はどうすればいいのだろう。
- 11 名前:中の見えない、抱えた袋 投稿日:2005/08/22(月) 20:30
- 笑って、自分も別の日記を手に取る事など、できるのだろうか。
多分、できない。
だって。
自分は、美貴が好きだから。
美貴が、レジを済ませて戻ってくる。
亜弥は手の中のそれを慌てて棚に戻し「終わった?」と言った。
「うん………亜弥ちゃんは?」
まだ、と小さく答えると、みきたんは「待ってるよ」と
手にした買ったばかりの日記の入った紙袋を抱えた。
あの紙袋が透ければいいのに。
そうすれば、口に出して確かめなくても済んでしまうのに…
「ねぇ、みきたん……」
でも、どんなに美貴の腕の中の袋を見つめた所で
中身が見えるわけもなく。
- 12 名前:中の見えない、抱えた袋 投稿日:2005/08/22(月) 20:31
- 「新しい日記、さ……どんなの買ったの………?」
最後の賭けだ、と思った。
「え?」
じわじわと涙が溢れてくる。
亜弥は、それが流れないように、美貴に気付かれないように
目を擦りながら、床の方へ視線を落とした。
見たくない。
逃げたい。
そう思いつつも、足は動かなくて。
心とは裏腹に、身体は美貴の行動を待っているようだった。
しばらくして聞こえてきた、紙袋の擦れる音。
- 13 名前:中の見えない、抱えた袋 投稿日:2005/08/22(月) 20:35
- 目の前に出された新しい日記帳。
「去年、約束したでしょ?」
思わず顔を上げると、不安げな顔をした美貴と目が合った。
「それと……あの子、美貴の従妹なんだ…ごめんね、黙ってて。
あの時、戚が入院してて、結構危ない状態だって連絡入った
から、遊びに来てた従妹と急いで家出たところで……」
あぁ、なんだ。
自分は完全に勘違いをしていたんじゃないか。
一人で勝手に悩んで、不安になってた。
そう思うと情けなくて、ほっとして。
「ごめんね、みきたん」
そう言うと、美貴はゆっくりと首を横に振り
あの、前のような優しい笑顔で言ってくれた。
「誕生日、おめでとう。亜弥ちゃん」
もう、涙は止まらなかった―――
- 14 名前:中の見えない、抱えた袋 投稿日:2005/08/22(月) 20:35
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- 15 名前:中の見えない、抱えた袋 投稿日:2005/08/22(月) 20:35
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- 16 名前:中の見えない、抱えた袋 投稿日:2005/08/22(月) 20:35
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