7 夢見る少女じゃいられない
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/16(火) 20:39
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7 夢見る少女じゃいられない
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/16(火) 20:40
- 声高らかに叫ぶ時計。高貴とは程遠い電子音は目的通り耳につく。
子音を唸りながら目覚ましを止める。意識は一気に覚醒。
今日は梨華ちゃんと原宿に買い物しに行く約束をしているのだ。
昔はよく行っていたが最近は滅多にプライベートで会うことはない気がする。
ファッションセンスは正反対だし、同じ年齢だけど性格には向こうの方が年上だし。
まぁ関係ないか。
朝食、歯磨き、朝シャン、着替え、さぁ出発。おっと鍵閉めなくちゃ。
しかしまぁ原宿ってところは人が仰山いるもんで約束した場所にいても見つけられるかどうか。
みんなもっと別の場所で待ち合わせすりゃいいのに、とみんなが思っている。
人にバレないように、でも見つかるように、見つけられるように周囲を見回しているとケータイが鳴った。
「後ろにいま、す?」
メールを小声を読み終わり後ろに振り向くと笑顔でアタシを見る梨華ちゃんがいた。
「私より早く来るなんて偉いねぇ」
「ちょっと何様のつもり? アタシだって早く来る時は早く来るんです!」
「まぁいいじゃんいいじゃん。それより早く行こ」
色んな店を見てまわる。アタシの範疇にないようなセンスの店もあった。
それはそれとして一種のアミューズメントと思うのも悪くはない。
互いに紙袋を一つずつ持ち雑踏の中を歩いていると、ふと先ほどの仕返しがしたくなった。
仕返しを終えたすぐ横で梨華ちゃんのケータイが鳴る。
「楽しいですね? なにこれぇ」
「さぁね」
「横にいるなら言えばいいじゃんかぁ」
「いいのいいの」
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/16(火) 20:40
- 話題のラーメン屋も時間をずらして行ったから行列はなく待たずに食べることができた。
普段は一人で見に行く映画も二人で行くと意外と面白い。
映画そのものが面白かったっていうのもあるのだろうけど。
アタシの仕事が早いので暮れなずむ時間に梨華ちゃんと別れた。
梨華ちゃんは普段物静かに見られがちだがそれは違う。
彼女といると改めて自分が無口なのだと気付く、けどまぁ向こうが単におしゃべりなだけだろう。
電車を下りて自宅へ歩いているとまたケータイが鳴った。
メール。また梨華ちゃんだ。
「またくだらないメールかなんか――」
慣れた手つきでケータイを開きメールを見ようとした瞬間、閃光と厳音が轟いた。
音の方を見ると黒い車が猛スピードでアタシに迫っている。
ヘッドライトはやたらと眩しくアタシの視覚情報を混乱させる。
「あっ!!!」
歩行者信号を見ると突きつけられるかのような赤が嘲け笑っている。
そんなものを見てる場合じゃない。早く逃げなきゃ。
そう思っても足がすくんで一歩も動けない。
黒い鉄の塊はほぼアタシを捕らえている。
全てがゆっくりに見えた。
不気味に光るナンバープレート、通行人の驚愕の叫び、早くも舞台に上がっている数個の星。
車とアタシが奏でる鈍い音と少しは近づけたかもしれない一番星を見たのを最後に、意識がなくなった。
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/16(火) 20:41
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- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/16(火) 20:41
- 声高らかに叫ぶ時計。高貴とは程遠い電子音は目的通り耳につく。
子音を唸りながら目覚ましを止める。意識は一気に覚醒。
目覚ましを止めるでもなく上体を思い切り起こし辺りを見回す。
結構散らかったアタシの部屋。
「……夢?」
はっと目覚ましの存在に気付き頭を叩いて叫びを止める。
枕の横のケータイを開いて確認するは今日の日付。
梨華ちゃんと原宿で買い物をする日、その日だった。
ベッドから起き上がると体が重い。
尋常ではない量の寝汗をかいていた。
―――――
「夢?」
「そう。今日の正夢みたいな感じ、しかも最悪の」
梨華ちゃんはクスクスといった感じで笑っている。
客があまりいないとはいえラーメン屋で彼女の高い声はよく目立つ。
- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/16(火) 20:41
- 「どんな内容だったの?」
「最初とか途中は全然覚えてないんだけどたしかに梨華ちゃんと買い物してたんだよね。
それで梨華ちゃんと別れた後ケータイ見てたら横からガァーって黒い車が来てバァーンって」
「うわぁ……」
手でアクションをつけながら説明したせいでより想像しやすくしてしまったのか梨華ちゃんは眉間にしわを寄せる。
「たしか映画は見たような記憶が……」
「なに見たの?」
「なに見たってそんな……ん〜……アクションものだったような……」
脳内をほじくりまわしてみても思い出せないでいると梨華ちゃんが覗き込むようにしてアタシの顔を見てきた。
それに気付いて少し驚くとまたクスクス笑いながら、言った。
「たしかこれから見ようとしてた映画ってアクション系だったからさ、なんか縁起悪いし別の映画でも見ようよ」
「そう、だね。ホントに事故ったらヤバイし」
「ヤバイどころじゃないってばぁ」
そう言って顔を見合わせ、笑った。
- 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/16(火) 20:42
- 「面白かったぁ」
「そぉ? ラブロマンスなんて大して面白くないじゃん」
「面白いの」
結局梨華ちゃんが見たいと言っていた映画を見た。多少不本意ではあったが仕方ないだろう。
映画館を出るとすでに夕暮れ。
なんとなく胸騒ぎがしてきたけど、きっと大丈夫。夢とは違う日を送ったのだから。
梨華ちゃんと並んで駅まで歩く。
「今日は楽しかったね」
「うん」
なんてことない会話をしたと思った矢先、視界に飛び込んできたのはあの車。
耳を劈くドリフト音を響かせながらグングンこちらに向かってくる。
「キャー!!!」
隣で叫ぶ梨華ちゃんがどこか他人事のように思えた。
梨華ちゃんに視線を奪われていた間に黒い車は目前に迫ってきていた。
ダメだ。避けられない。
何でこんな目に―――
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/16(火) 20:42
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- 9 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/16(火) 20:42
- 声高らかに叫ぶ時計。高貴とは程遠い電子音は目的通り耳につく。
子音を唸りながら目覚ましを止める。意識は一気に覚醒。
飛び跳ねるようにして起きたアタシはとにかく状況の把握に努めた。
小汚いアタシの部屋、もみくちゃにされた掛け布団、滝のような寝汗。
「……はぁ……はぁ……夢」
恐る恐るケータイを手に取り画面に見入る。原宿に向かわなければならない日付。
アタシは何とかして今見ていた夢を思い出してみる。
どんなに頑張ってみても映画館のところまでしか思い出せなかった。
―――――
「ねぇ、映画館行くのやめない?」
梨華ちゃんはレンゲを使ってラーメンのスープを飲みながら怪訝な顔つきでアタシを見ている。
アタシは視線を落として、それでも何とかして上目遣いになりながら梨華ちゃんを視線を合わせた。
「どうしたの?」
「いや、なんかちょっと嫌な予感がして」
「映画が面白くなさそうだとか?」
「そうじゃないんだよね……なんか、こう、言い表せないんだけど嫌な感じがするんだ」
「ふ〜ん」
そう言ってレンゲで何かを探すようにスープをかき混ぜる梨華ちゃん。
夢で見た、なんて理由になると思っていない。
- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/16(火) 20:43
- 「わかった」
「えっ?」
「よっすぃがそんなに言うなら映画行くのやめよ。プリクラ撮りに行こうよ」
「あ、ありがとう梨華ちゃん」
ほとんどない湯気の向こうで梨華ちゃんが微笑んだ。
ラーメン代を払って店を出る。
少し傾いた日がビルの窓の反射して余計に眩しかった。
「え〜と、プリクラ撮るならこっちだよね」
そう言って梨華ちゃんは映画館とは別の方向を指差した。
刹那、背筋を走る闇の針金を感じた。
すでに歩き始めている梨華ちゃんから視線を散らすと、T字路のつき当たりを突き破るような勢いで
黒い車がとんでもない速さで走ってくる。
黒い車の進路にはガードレール、そしてアタシ。
「なっ!!」
黒い車が突っ込んでくる恐怖とは別に恐怖がアタシの足をすくませる。
「よっすぃ……キャー!!!」
振り返った梨華ちゃんが叫ぶ。
黒い車はガードレールを簡単に突き破る。
ふざけ―――
- 11 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/16(火) 20:43
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- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/16(火) 20:43
- 声高らかに叫ぶ時計。高貴とは程遠い電子音は目的通り耳につく。
子音を唸りながら目覚ましを止める。意識は一気に覚醒。
アタシはしばらく震えながらベッドの中にうずくまっていた。
「……夢……現実……どっちなんだよ!」
出てこいという目覚ましの説得に応じ、何とかベッドから抜け出てみたものの気分が悪い。
―――――
人がバカにみたいにごったがえす原宿。待ち合わせ場所。
湧き上がる不安を何とか抑えているアタシ、突如として鳴ったケータイの音にさえ驚く。
「後ろ……にいま……す」
フラッシュバックする夢の記憶。振り返りアタシを迎える天使の笑顔。
「うわぁー!!!」
アタシは恥も外聞もなく叫びその場から駆け出した。
形なき恐怖がアタシの足を加速させる。とにかく逃げなきゃ。
走りにくい人ごみを避けるために目の前のスペースに飛び出した瞬間、視界の端のアレが映った。
太陽を捻じ曲げ車体に映す黒い車。
通行人が叫ぶ。逃げられない。もう、逃げられない。
もういや―――
- 13 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/16(火) 20:43
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- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/16(火) 20:43
- 声高らかに叫ぶ時計。高貴とは程遠い電子音は目的通り耳につく。
子音を唸りながら目覚ましを止める。意識は一気に覚醒。
アタシは目覚ましをドアに放り投げ、音が止まったのを確認するとベッドに戻り掛け布団を強く握り締めていた。
「夢なら覚めて……お願い……」
ぶるぶる震え、涙を流し、体を強張らせる。
外に出るから事故に遭うんだ。家にいさえすれば……。
―――――
どれくらい経っただろうか。
一度もベッドから出ないままずっと恐怖から身を守っていた。
ケータイが鳴る。
「もしもし?」
「あっ、梨華ちゃん」
「ちょっとよっすぃ何してんの? 私ずっと待ってるんだけど」
「えっ……いや……」
梨華ちゃんと買い物する約束をしていたことさえ忘れていた。
時刻を確認するともう待ち合わせ時間から三十分も経っている。
だからといって今から家を出るつもりはない。
- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/16(火) 20:44
- 「ごめん、今日行けなくなった」
「えぇ!」
電話の向こうから甲高い声が聞こえる。
自分勝手だとはわかっているが仕方ないことだ。
「何で? 何でいきなり――」
「本当にごめん!」
「今どこ?」
「……家」
「ちょっ、なによ! いいかげんにしてよ! 今からいくからそれまでに用意しててよ!」
「えっ! ちょっと梨華ちゃん!」
電話が切れてしまった。
怒るのはごもっともだかこちらだって命がかかっている。
だからといって夢が理由だと説得できる自信はない。
家にいさえすれば助かるんだ。
- 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/16(火) 20:44
- ベルが鳴った。
渋々ベッドから出て対応する。梨華ちゃんだった。
「早く降りてきてよ」
「だから今日は行けないんだよ」
「何で? わけを説明してよ」
「えっ、いやそれは……」
黒い車に殺される夢を何度も見ました、こんなので納得できる人はいない。
アタシだって言われたら怒るに決まってる。
「それは……言えない」
「はぁ? バカにするのもいい加減にしてよ!」
「だからごめんって――」
「もう帰る! よっすぃなんて知らない!」
梨華ちゃんの怒りが尋常じゃないのは全てアタシのせいだ。
あそこまで怒らせると後が怖い。
だからといって今外に出るわけには……。
いやでも少しくらいなら……。
でも怖いし……。
いや、これからのことも考えたら梨華ちゃんのほうが怖いかも……。
- 17 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/16(火) 20:44
- アタシは着替えも化粧もしないまま、部屋を飛び出した。
階段を急いで降りると梨華ちゃんはまだ家から少ししか離れていないようだった。
玄関を開け叫ぶ。
「梨華ちゃん!」
「よ、よっすぃ」
怒りよりも驚きが凌駕した表情を浮かべる梨華ちゃん。
その顔を見てなんとなく安堵してしまったアタシは梨華ちゃんへと近づいていった。
「ごめん! わけを話すからとりあえず家に――」
「よっすぃ!」
梨華ちゃんの叫び声とほぼ同時にタイヤとアスファルトとの摩擦音が響く。
右から黒い車が明らかにアタシを狙って走ってくる。
「キャー!!!」
そんなバカな―――
- 18 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/16(火) 20:44
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- 19 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/16(火) 20:45
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- 20 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/16(火) 20:45
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- 21 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/16(火) 20:45
- まだ月の飛び回っている真夜中。
文字通り飛び起きて呼吸する。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
寝汗は髪の襟足まで濡らし心地悪さを倍増させる。
秒針の音がいやに大きい。
闇がありとあらゆる空間を支配しているようで気味が悪くなりベッドスタンドをつけてみるも
夢のせいで起こった有り得ないほど激しい動悸は治まりそうにない。
「はぁ……はぁ…………」
理性と冷静の欠片を頼りに夢を整理してみる。
最初から順を追って、時に目を伏せたくなることもあるけど懸命に。
「……ふぅ」
夢の整理が終わりかけた時、決して汗ではない液体が頬を伝った。
ぼんやり見える写真立ての一つ、いつか撮った二人の写真を眺める。
「あの時の……私のせいで事故に遭ったよっすぃの夢を見るなんて……」
- 22 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/16(火) 20:46
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- 23 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/16(火) 20:46
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- 24 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/16(火) 20:46
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