02 好きな先輩

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/15(月) 00:45
02 好きな先輩
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/15(月) 00:46

強く――
腕を、引いたのです。

生放送の歌番組、ささやくような台詞、流れるイントロ、冒頭のダンス、立ち位置を一度崩し、そして一列に揃う。その直前。

――違う。
彼女の、しげさんの向かう方向が違いました。
とっさに腕をつかんで、引っ張りました。彼女の立つべき位置へ、導くために。
一瞬空気が乱れて、しかし、すぐに私たちは何事も無かったかのようにフラメンコ風のダンスをはじめます。前に続く道があるのだと音楽は止まらないと、歌うのです。
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/15(月) 00:48
「…すみませんでした。」
収録が終わった後の彼女は気の毒なほど沈み込んでいて。
けれど吉澤さんとマネージャーさんからだいぶお説教をされた後、頑張って私にそう言ってきたのですが。
私は、うまく何か言えればいいのだけれど、そういうことがやっぱり得意じゃなくて。
「…うん、気にしなくていいよ。でも次からはちゃんと、しようね。」
そう言って、微笑むぐらいしか出来ませんでした。

みんなと別れて、家に向かいます。

もうすっかり夜は更けています。
なんとなく空を見上げます。
やはり東京では、星は見えません。
4 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/15(月) 00:49
思うのです。

きっとしげさんはいま、大変なのだろうと。
新メンの教育係という、やったことのない私には想像がつかないけれど、きっと大変な仕事を任せられて。
まだ、自分でもはっきりとどうすればいいのか分からないのに、新しい子の指導をしなくちゃいけなくて。
それでも自分の役目はちゃんと果たすことを求められて。

そして私は思い出します。

私が、突然大きな責任を負わされた、あの日のことを。
5 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/15(月) 00:50

強く――
あの人の視線を背中に感じました。

ミュージカルの練習。
どんなに家で練習をしてきても、やっぱりうまくできない私を、相手役であるあの人はじっと後ろから見つめていました。
それは、最初、とてもとても怖くて。
だって、あの人は私にとってずっと憧れの人で雲の上の人で、はじめて会ったとき「本物だ、目に焼きつけておこう」と思ったほどなのですから。

怒ってるのかな、呆れているのかな。

そう思うと、ますます体は動かず声は出なくて。
それはもう、怖かったのです。
6 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/15(月) 00:52
けれど。

すぐにそれは間違いだと気づいたのです。
その強さゆえに、あの人の視線は言葉以上に雄弁でした。
少しずつ、少しずつ、失敗が減っていく私を見つめるあの人の視線は、相手役をつとめる自分の負担が減るというようなものではなく、本当にほっとしたという感じだったのです。

それに気づいてから私は、あの人の視線を感じることが怖くなくなりました。
むしろ、それを感じることで安心できたのです。

きっとそれは、あの人、後藤さんなりの目に見えない力をくれる、愛のこもったエールだったのでしょう。
7 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/15(月) 00:53
強く――
電話を手につかまされました。

まこっちゃんとささいなことで喧嘩して、口をきかなくなっていた時のこと。
ミュージカルの後、少し、ほんの少しですがお話しするようになっていた私たちが、テレビ局の喫茶コーナーでなんとなく二人並んで座っていたときのことです。
「…紺野さ。」
いつも、自分から口を開くことの少ない、後藤さんがつぶやきました。
「はい?」
「小川と最近しゃべらないんだって?」
「え…」
「梨華ちゃんから、きーた。」
あまりおいしくない自動販売機の紅茶を飲んで、また後藤さんは言葉を続けます。
「いいけどさ、なんか話さないと話さないだけ、ほんとに話しづらくなってくよ。…顔みて話しづらいならさ、電話とかで、さ。」
8 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/15(月) 00:54
確かにそうでした、でも私はまだたいしたことじゃないのに怒ったまこっちゃんに大して面白くない気持ちが残っていて。
「あ、でも…今携帯持ってないからので…」
つまらない言い訳をしたのです。そしたら後藤さんは、
「じゃ、ごとーの貸してあげる。」
そう言って、私に、自分の携帯を握らせました。
思いのほか真剣なあの人の視線に、私はうなずいてまこっちゃんに電話をかけて、結局仲直りしたのです。

そのときの、電話を切って、お礼を言ったときの、
「よかったね。…ホント、話さないとさ、話さないだけほんとに話しづらくなってく、からさ。」
同じ言葉を繰り返す後藤さんの、遠くを見つけるような瞳が印象的でした。
9 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/15(月) 00:55
…あとで聞いた話では、まこっちゃんもそのとき石川さんに同じようなことを言われて電話の前でもじもじしていたそうです。

うまくはめられたと言えばいいのでしょうか。
今では先輩たちに感謝感謝の、笑い話です。
10 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/15(月) 00:57
もう一度、空を見上げます。
やはり星は見えません。

いつのことだったか。

強く――
強く――
何も見えない空に向かって、手を伸ばしていたあの人。

「星は見えなくたって、そこにあるんだよ。」
「誰になんて言われたって笑われたって、自分が信じる星をつかめばいい。」
ごとーはそう教えてもらったし、そうするつもりだよ。

そう言って、後藤さんは笑いました。
誰に教えてもらったのかは、教えてくれませんでしたけれど。
11 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/15(月) 00:58
私が伝えてもらったことを、私はきちんと伝えているだろうか。

正直、自信がありません。
私よりずっと先を走る、あの人の凛々しい姿。
私は、あの人に追いつくどころか、見失わないようにするので必死なのですから。
今日だって――

首を振ってループする思考を振り切りました。
立ち止まり、目をつぶり、瞼の裏に、天に向かい手を上げるあの人の姿を浮かび上がらせます。
そして、同じように、天に向かって手を上げるのです。

強く――
強く――

そうすれば、私も後藤さんのように強くなれる気がして。
12 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/15(月) 01:00
めいっぱい開いた手のひらを、閉じてぐっと握ります。

つかめたはず、私だけの星。
今はまだだけれど、いつかいつか。
あの人のように。
あの人のように。
強く――
強く――
なるための、星。
13 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/15(月) 01:01
あした、しげさんとちゃんと話してみようと思います。
決してうまくは言えないけれど、うまくは伝えられないかもしれないけれど、私が後藤さんから教わったことを、後藤さんが誰かから教わったことを、話してみようと思うのです。

そう思って、私はもう一度、歩き始めるための一歩を踏み出しました。
目を開いて、前を見すえて、
ぐっと地面を踏みます。

強く――
いつか、あの人に追いついて、一緒に歩くための一歩を。
14 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/15(月) 01:02

待っててください。

「……頑張ります、先輩。」
15 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/15(月) 01:04
            ――了。
16 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/15(月) 01:05
――
17 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/15(月) 01:05
―…
18 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/15(月) 01:05
……

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