01. あるべき場所にない温もり

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/15(月) 00:06
01. あるべき場所にない温もり
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/15(月) 00:07

来てくれたというドキドキと来てしまったというドキドキがあって、変なドキドキだった。
しっかり寝てたと思うけど、心はずっとドキドキしていたから、寝てないのかもしれない。
体がすごく疲れていて、頭の中もすっきりとしない。
わたしのとなりで眠るみやは寝苦しいのか体を何度も入れかえている。
「お父さん、今どこ?」
みやを起こさないように、小さな声で聞いてみた。
起こしてしまったら、梨沙子はまわりを見れないと言われそうだからだ。
窓のそとは、高速道路のかべが白っぽい銀色に光ってる以外、まっくらで何も見えない。

「起きてたのか」
お父さんもわたしと同じくらい小さな声で言った。
わたしの横を、緑色の光がとけたみたいに流れた。
「今どこなの?」
「名古屋を過ぎたあたり」
「え?」
お父さんとの間に、座席が一列あいているせいで、聞こえなかった。
三列あるシートの一番うしろは、いつも弟がすわっている。
今日は弟がいないから、わたしとみやがすわっているのだ。
「名古屋。まだかかるから寝てなさい」

ここが名古屋なのか、と何度も来たことがあるけど新鮮に感じた。
影みたいに窓ガラスにうつるわたしを透かして見る名古屋は全然ちがう名古屋だった。
道路が山のすきまを通るようにあって、暗い緑が目のまえにせまってくるようだ。
ライブやイベントで行く場所とはちがって、ひっそりしている。
ぽつぽつとある建物がこわい話によく出てきそうだな、と思った。
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/15(月) 00:08
ううん、とみやが息をもらすようにして、また体を入れかえ──
あ、寝がえりだ、みやが寝がえりをうった。
8月に入ってから仕事ばかりで大変だったからだと思う。
わたしも、まだ頭がボーっとする。

休みの日があまりなくて、あったとしても夕方まで寝ていた。
いろんなことがあったけど、何もないまま夏休みのはんぶん以上がおわっていた。
こういうのを、いそがしいっていうんだろう。
今だって、いそがしかったからこんな夜中に車にのってるんだ。

今日は福岡でラジオの公開録音と握手のイベントがあって、夜の飛行機で羽田についた。
羽田ではわたしのお父さんが待っていて、そのまま車でおばあちゃんの家に向かっている。
本当は福岡から、おばあちゃんの家の近くの空港に行きたかったんだけど、ダメだった。
会社の人はゆうずうがきかない、とお母さんが怒っていた。
お母さんと弟は、わたしが札幌へ行った日に、先におばあちゃんの家に行った。

予定では、朝におばあちゃんの家について、一泊して、また東京にもどる。
それでまた、お母さんが怒っていた。
次の仕事は大阪でライブだから、おばあちゃんの家からでも行けるのだそうだ。
おばあちゃんの家の地名はわかるけど、それがどこなのかはよくわからない。
けど、おばあちゃんの家にはたこやきの機械があるし、関西弁だから大阪のほうだというのはわかる。
わたしもそのほうがおばあちゃんの家に長くいられるし、みやともたくさん遊べるのに、と思った。
でも、会社はゆうずうがきかない、のだそうだ。
4 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/15(月) 00:08
パチ、と小さくはじける音がした。
せまい車の中を見まわしたら、みやが目に入った。
おちついたのか、しずかに寝ている。
口が動いて、ほっぺの形がうき出てきた。
鼻のところから出ている、みやのほっぺの線を見るとなぜだか安心する。

お父さんが窓をちょっとだけ開けて、指を出した。
雨がふってきたみたいだ。
パチパチという音といっしょに、窓ガラスに水てきがふえていく。
車の中に風がぼうっと入ってきて、汗くさい、つんとするにおいが届いた。
「お父さん、ちゃんとおふろは入ってって言ってるでしょ」
汗のにおいは重くて、はきけがして、ファンの人を思い出すからきらいだ。
だからわたしは、しつこいくらいにお父さんにおふろに入ってと言う。
好きでいたいからだ。

お父さんは一生けんめい仕事してるんだから、とお母さんは言うけど、わたしだって同じだ。
わたしは汗くさいのがいやだから、どんなにつかれていてもちゃんとおふろに入る。
どうしてもがまんできない、きらいなものってあると思う。
「今日はいそがしかったんだ」
あいかわらずお父さんの声は小さくて、ほとんど風にかきけされてしまった。
本当なら、お父さんもお母さんたちと同じ日におばあちゃんの家に行くはずだった。
わたしのために予定をずらしてくれたのだ。
そう考えて、汗のにおいはがまんしようと思った。
5 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/15(月) 00:09
ふっと起き上がったみやが、眠たそうに半分目をとじたまま、つばを飲みこんで、
またストンとシートに顔をよせるようにして寝てしまった。
そういえば、みやはねぞうが悪かったんだ。
誰だったかな、佐紀ちゃんかももが言ってたんだけど、わたしは知らなかった。
前はわたしがみやのことを一番知ってると思ってたんだけど、今はそうでもないみたいだ。
みやは、佐紀ちゃんと一番仲がいいし、佐紀ちゃんといるほうが楽しそうにしてる。

いつからかみやは、わたしが話しかけると、たまに困ったみたいなにがい顔をするようになった。
それはみやが中学校に入ったときくらいからで、わたしよりも佐紀ちゃんやももを優先するようになった。
みやに甘えてわがまま言いすぎたから、きらわれちゃったのかなと思ったけど聞けないままだ。
でも、きらわれてはいないとは思う。
話してくれるし、遊んだりもしてくれるし、目が合ったら笑いかけてくれる。
でも、前とはどこかちがう。
それがいやだ。
どうにかしたいとは思うけど、できない。

たとえば、ゴメンってあやまったら、ゆるしてくれることなのかわからない。
それに、みやは佐紀ちゃんのほうが好きなだけで、わたしのわがままは関係ないかもしれない。
もし、わたしがあやまってみやがゆるしてくれたとしても、前みたいには甘えられないような気がする。
今はこうやって二人だけど、また仕事が始まったら、きっとみやは佐紀ちゃんと優先して遊ぶ。
そう考えると、すごくいやな気分になって、お腹がいたくなって、目がうるうると熱くなる。
6 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/15(月) 00:10
ぐっと風が強くなってそっちのほうを見ると、トラックが大きな音をたてて走っていた。
ちょうど橋を通っていたから、空気だけじゃなくて車もゆれた。
橋の下の道路ではオレンジ色の光がせまく並んでいて、それを切るようなコンビニのあかりがまぶしかった。
車がゆれたとき、いっしょに体もゆれたせいか、トイレに行きたくなった。
「お父さん、トイレ」
体を前にのりだして言った。
みやがまたねがえりをうちはじめて、起こしてしまうと思ったからだ。
「あと15分くらい我慢できる?」
あいかわらず、お父さんの声は小さい。
弱々しいというのかもしれない。
「うん」
お父さん、ちょっとやせたのかな。
でも聞かなかった。
もう半月くらい会ってなかったような気がする。
そういう話をするのは、ちょっとさみしい。

道路をそれて駐車場で止まると、みやは気配をかんじたのか起きた。
「トイレ行こう?」
わたしはみやを起こさなくてもすんだことに安心しながら言った。
みやはあくびを一つしてうなずくと、ドアをあけた。
わたしは逆のドアをあけた。

生ぬるい空気がむあっとはりついてきて、息をするのがすこしいやだった。
車の前のほうでみやと合流した。
うでをくっつけてみたら、手をつないでくれた。
「梨沙子のお父さん、来ないのかな」
みやが運転席を見て言った。
7 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/15(月) 00:11
「なんか怖いね」
わたしが言うと、みやも、ね、とうなずいた。
あまり大きくないサービスエリアで、トイレと自動販売機しかない。
わたしたちの車以外、何もとまってない。
山がすごく近くにあって、風がふくとガサガサ生きてるみたいに動いた。
トイレはうすい灰色のタイルが黒ずんでいて、ぬれてもいたのですごくきたなかった。
便器には黄色っぽい茶色のタバコのこげがあって、いやだね、とみやと言い合った。

車がすごいスピードで遠ざかる音と、自動販売機のブーンという音が耳につく。
みやが緑茶を買って、みどり茶、とつぶやいた。
ももは、緑茶をみどり茶とまちがえて言う。
直そうとしてたみたいだけど、あきらめたみたいだ。
最近は、みどり茶とまちがえたまま使っている。
「ねぇねぇ、みやぁ、みどり茶ってさー、緑茶じゃなくてみどり茶だよねぇ」
もものマネをして言ってみた。
みやがおどろいた顔をする。
「すごい梨沙子、似てるー」
「そう?」
「うん、似てる」
いっつもみやのマネを見てたから、自然とおぼえてしまった。

楽しくなってきた。
ちょっと気になっていたことを言ってみた。
「ここってさー、ピリリのメイキングの時に来たとこじゃない?」
「そうかな」
「そうだよ。ちながお腹いたいって言って、それでマネージャーさんに止めてもらったじゃん」
みやはあまりわたしの話を信用していないのか、まわりを見わたしては、首をかしげてる。
しょうがないことだと思う。
わたしはものを知らないから、まちがえることが多い。
「その日にハピネスの仮歌もらって、みやといっしょにMDできいた……」
とちゅうで自信がなくなってきて、声が小さくなっていってしまった。
「でも、全然方向ちがくない?」
「あ、そっか」

緑茶を飲みきったみやが、ぽーんと缶をほうり投げた。
「おしい!」
くやしそうに言って、地面に落ちた缶をひろおうとした。
その時、青い車が入ってきて、わたしはみやを止めて、車がきた、と言った。
あぶない人かもしれない。
お母さんにも、会社の人にも、せんぱいにも、気をつけなさいと言われている。
走って車にもどった。
暗くてよく見えなかったけど、うつむいているお父さんはやっぱり小さくなったように思う。
8 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/15(月) 00:11
車の中で、みやが聞いてきた。
「本当にわたしが来てよかったの?」
そう聞いてきたのは、数え始めてからでも3回目だった。
「来てくれてうれしい」
ちょっと甘えるように言うと、みやがホッと息をゆるめて笑った。

みやのおじいちゃんとおばあちゃんは、どっちも近いところに住んでるのだそうだ。
だから、いなかに行ったきおくがないらしい。
そのことを話していたとき、お母さんが近くにいて、
「八月の休みにおばあちゃんのとこに行くから、雅ちゃんも一緒に来る?」
とみやに言って、今度はみやのお母さんに言った。
「もし、よろしければ……」
みやのお母さんは「迷惑だから……」と言ったけど、わたしは大丈夫と言った。
「本当に行っていいの?」とみやがわたしに聞いて、うん、とうなずくと、「行きたい!」と言った。
わたしのお母さんが、こっちとしては雅ちゃんが来てくれるのはうれしい、みたいなことを言ったけど、
今すぐは決められない、とそれで話が終わってしまった。
先のばしになると話がダメになっちゃうと思っていたから、とても残念だった。
だから、少したってみやがいっしょにおばあちゃんの家に行くと決まったときは、うれしかった。
ちゃんとみやと仲良くできるかな、仲良くしてくれるかな、という不安はあったけど、本当にうれしかった。
9 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/15(月) 00:12
「そういえば今日梨沙子、しおらしいじゃない」
「しおらしい?」
「あ、おとなしい、ってこと」
「そんなことないよぉ」
なぜかムキになってしまった。
どこかでみやにえんりょする気持ちがあったのかもしれない。
「やっぱり、おとなしかったんじゃん」
ぜんぶ見すかしたような顔で、みやが言った。
わたしはもう笑うしかなくて、それがなんだかなつかしかった。

それよりさ、とみやが前おきした。
ん? と笑うのをやめた。
「梨沙子のおばあちゃんの田舎って、どんなとこなの?」
「晩ご飯はすきやき」
「うそだー、蝉じゃん」
そう歌詞のせりふだとつっこまれることはなんとなくわかってたけど、本当のことだ。
すきやきなんだけど、おばあちゃんはわたしがたこ焼きも食べたいことを知ってるから、
特別にたこ焼きの機械も用意してくれる。
わたしはおばあちゃんのとなりに座って、たことかバナナとかチーズとかを入れて焼いてもらう。

「じゃあさ、弟が蝉をとったりするの?」
「するよ。家の壁とかにセミはりついてるから」
みやが手をたたいて大笑いした。
「うそじゃないもん」
笑いすぎたのか、みやはちょっと涙をながしてる。
「楽しみになってきたわ」
「でしょ?」

話がとぎれると、急に汗のにおいを思い出した。
喉のおくが重くなって、おえっとなった。
そういう顔をしていたのか、ぐあい悪いの? とみやに聞かれた。
平気と言ったけど、みやは、つかれてるんだから寝なさい、とお姉ちゃんみたいに言った。
いろいろモヤモヤすることがあったけど、寝たら楽になるような気がして言うとおりにした。
10 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/15(月) 00:12
 
11 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/15(月) 00:14

ゆり起こされた。
わたしはみやのお腹の上に頭をのせていて、みやはシートからずれおちたみたいに座ってた。
「ついたの?」
寝転んだまま見える外はまだくらいままで、車もまだ高速道路を走っていた。
みやが、わたしの口に指をあて、声をひそめた。
 今、大阪のほうに向かってるんだよね──
目でうなずいた。
 おかしいよ、さっき見えたんだけど、神奈川のほうに向かってる──
体を起こそうとすると、おさえつけられた。
 携帯もなくなってるの──
みやはおびえたような目で、じっとわたしを見つめている。

「携帯なら、私が持ってますよ」
寝てすっきりしたせいか、はっきり聞こえた。
知らない声だった。
わたしから何か読みとったのか、みやがすっと無表情になった。
「もうバレているようなので話しますけど、聞いてくれますか?」
本当にお父さんじゃないのか確認しようと、起き上がった。
わたしをおさえていたみやの手が力なくたれた。
「何をしようってわけじゃありませんから」
前にのりだしてみても、運転席はよく見えない。
かといって、ひとつ前の座席に行こうとは思えなかった。
「今日、私は日帰りで出張だったんですよ。その帰り、羽田でみなさんを見つけて……」
「お父さんはどうしたの?」
「大丈夫ですよ、梨沙子ちゃん、お父さんは無事です。順を追って話しますので。羽田で
Berryz工房のみなさんを見つけて、そのときはそれだけだったんですよ。でも、駐車場で
お父さんの車に乗るお二人をまた見て、運命めいたものを感じましたよ。だって、一日に
二度も見るなんて、まずないことですよ?」
12 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/15(月) 00:16
みやが自分をだくようにして震えている。
「そして、車であとをつけさせて頂きました。何も考えてなかったんですけどね、そうし
なきゃいけないような気がして。富士川だったかな、そこのサービスエリアでお父さんだ
け出てきたんですよ。お二人は寝てたみたいで。気がついたら、トイレの個室でお父さん
の首を絞めてました」
目の前がまっしろになった。
みやの震えがひどくなった。
「殺してはいません。そうは見えないらしいんですけど、昔柔道をやっていたので。気絶
させただけです。上着だけ代えさせてもらって、お二人ともかなり疲れていたようで、
気付かなかったので今こうやって運転してるわけなんですけど、これからどうするかは
まだ決めていません。とりあえず、私の家のほうに向かってます。あ、でも、お二人に
危害を加えるような真似はしません。こう見えてもファンなんですよ、Berryz工房の」

「大丈夫だよ、みや。こんなことしたって警察につかまるだけだもん」
そう勇気づけようと思ったけど、みやは泣き出しそうな顔でふるえているだけだ。
「私もそう思います。捕まるでしょう。もしかしたら、次のインターで捕まってしまうかも
しれない。行き先を知るためお父さんに話しかけてしまったし、車だって富士川に
置きっぱなしだから私は必ず捕まる。それでも、人生を棒に振ってでも、お二人の乗る
車を運転できてよかった。さっきのおばあちゃんの家がどうのというやりとりを聞けて
よかった。この会話は、私とお二人しか知らない」
くくく、とこみあげてくる笑いをこらえているようだった。
みやが泣きながら前の座席に手をのばしてドアをあけた。
「開けるな! 危害を加えないと言っただろ」
叫び声に、みやがビクンとなってドアから手をはなした。
ガンッ、と鉄がつぶれるような音がして、ドアがひらききった。
ななめ後ろから、きゅうっとタイヤのこすれるのが聞こえた。
「閉めろ! 三人まとめて死ぬことになるぞ!」
わたしのほうにみやを引っぱって、体を入れかえた。
ものすごい量の風に、すぐに目がかわいた。
舌打ちが聞こえて、車がゆっくりになっていく。
ドアの持つところに手をかけて、思いきり引いた。
半ドアだったけど、しまった。
風も消えた。

おじさんは肩で息をして、おちつこうとしている。
「痛いことも嫌なこともしない、だから……」
そんなの信じられるわけない。
みやが泣き崩れた。
わたしのせいで、みやにこわい思いをさせてしまった。
これから、もっとひどい目にあうかもしれない。
「ごめんね、みや」
だから、あやまった。
ゆるしてもらえないかもしれないけど、あやまった。
みやの泣き声が大きくなって、だきついてきた。
わたしもこわかったけど、久しぶりに感じるみやの暖かみのほうが大事だった。
「みや、ほんとうにごめんね」
泣いているからうまく聞きとれなかったけど、梨沙子は悪くない、と言ってくれた。
そうか、わたしは悪くないのか。
そうかもしれない。
みやとずっといっしょにいたいだけだ。
だから、たとえば途中で運転手がお父さんじゃないことに気付いていたとしても、悪くない。
なにも知らないフリをして、みやといっしょに泣いた。

13 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/15(月) 00:16
 
14 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/15(月) 00:16
 
15 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/15(月) 00:16
 

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