りんごに乗ってどこまでも
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/23(土) 16:53
- りんごに乗ってどこまでも
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/23(土) 16:54
- 「ありがとう」と、みきたんは言った。
「さようなら」とは言わなかった。
あたしのシコウカイロは意味を理解できなくて。
ぷつんっ。
張り詰めていた糸が切れるような音を出して、みきたんは止まってしまった。
長い空白。
だけど一瞬の空白。
その後で、みきたんは再起動した。
瞳の色が非現実的に輝いていて、あたしは驚いた。
その色は赤い星のかけらのようだった。
みきたんは歌い出した。
たちまち、岩の周りは瞳の色にのみこまれてしまった。
森が燃えていた。
街も燃えていた。
真っ赤な色に。
夕陽の色に。
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/23(土) 16:54
- おもちゃの街は遠すぎる。
なのに。
悲鳴が、聞こえた。
みきたんが歌う。
あたしは拍手を忘れていた。
みきたんが歌う。
誰かが泣いている。
月が、泣いている。
あたしの代わりに、森ではぜる木々たちが。
パチパチ、パチパチ。
拍手を上げて、燃えていた。
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/23(土) 16:54
- □■□□■□
- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/23(土) 16:55
- 「博士はね、みきのこと愛してたんだ」
みきたんの体とみきたんの口で、みきたんとは違う声がそう言って話し始めた。
だけどそれ以上にね、博士はニンゲンが嫌いだった。
ううん、憎んでた。
だから博士はね、ワタシを造ったんだと思う。
最初はみきがそうなるはずだった。
けど、博士はみきにそんなことさせたくなかった。
そんなことっていうのはまぁ、今ワタシがやったようなことだけど。
「どうして、博士は人間を憎んでたの?」
力の入らない頭に浮かんだ疑問をそのまま口に出してみると、
誰かの声はゆっくり、言いにくそうに答えた。
みきたんの顔がまたこわばってしまって、あたしは質問したことを少し後悔した。
……シコメっていうのはね、『コジキ』って古い本の中に出てくる黄泉の世界のオニのことなんだ。
"醜い女"って書いて"シコメ"。
だけどね、醜いっていうのはこないだアナタが使ってたような意味じゃないんだ。
"しこ"っていうのは"強い"って意味。
ホラ、お相撲さんの「しこな」ってのと同じだよ。
博士はね、強すぎたんだ。色々と。
- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/23(土) 16:55
- 博士はニンゲンにはない力をたくさん持ってた。
博士はニンゲンとは違った。
博士はニンゲンじゃなかったんだ。
星のかけらの赤い隕石に乗って落ちてきた、どこか遠くのロボットだった。
違う世界のロボットだった。
だから、みんなに怖がられた。
だから、みんなに嫌われた。
だから、"シコメ"なんて呼ばれて、追い払われた。
そして、博士はみきを造った。
原理はとっても簡単なんだ。
あらゆるモノはみんな歌を持ってる。
歌の使い方次第でそれをみんな自由にできるんだ。
癒すことも。燃やすことも。壊すことも。殺すことも。
歌ロボットの歌がみんなの歌を巻き込んで、ニンゲンなんて簡単に。
だけどみきが最初に目覚めた時、博士は迷ってしまった。
みきの瞳に映った醜いかおをみて、そんな自分が造ってしまった、なのにキレイなみきの顔をみて。
- 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/23(土) 16:56
- ある日、みきは博士に「好きです」って言った。
博士は泣いてしまった。
寂しくて。悲しくて。
博士はみきのこと、一方的に愛してた。
そう思ってたから、みきのコトバは自分が言わせてると思ってしまったんだ。
ロボットにだって愛はあるのに。
博士は自分が1番それを知ってたはずなのにね。
それで、みきに歌わせるのをやめた。
みきが自分みたいに醜くなるなんてイヤだったんだ。
けど、ニンゲンが憎いのは相変わらずで。
だから病を得た時、「自分でやろう」とココロに決めた。
もうみきの中にある歌を取り出して自分に移すのは無理だったけど。
方法は他にもあった。
簡単だよ。
自分のAIをみきの中に埋め込めばいいんだから。
『何があろうと、二十二時間を経過したら充電器に入りなさい。遅くても早くてもいけない。守れるね? 大丈夫。誰も邪魔はしないのだから』
寿命っていうのはニンゲンの寿命。
みきが停止した時が、ニンゲンの最期。
博士……ワタシが出てきて、ニンゲンを終わらせる時。
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/23(土) 16:56
-
そこまで言って、博士の声は一息ついた。
「ワタシはね、みきのこと愛してたんだ」
博士の声は確認するようにもう一度いった。
つぃ、と赤い視線をあたしに向けて持ち上げて、上手く反応できないあたしを眺めた。
そして晴れるようなみきたんの笑顔の後、博士の声は負けないくらい晴れやかな声で言った。
「だけど、アナタにあげることにしたから」
きっとそれを、みきも望んでる。
これからどうしようか、とかぼんやり考えていたあたしのシコウカイロはまた上手く反応できない。
森の拍手はとっくにやんでいた。
周囲にはくらいやみが満ちている。
街もすごいスピードで燃え尽きてしまったらしい。
聞こえた悲鳴はむかし孤児院からあたしを買ったお父さんのものだったかと考えると、なぜだか少し喉の奥がしんと痛かった。
- 9 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/23(土) 16:57
- □■□□■□
- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/23(土) 16:57
- 「みきをよろしくね」
博士の潤んだ声は最期にそう言った。
やっぱりあたしのシコウカイロは意味を理解できないでいた。
ぷつんっ。
張り詰めていた糸が切れるような音を出して、またみきたんは止まってしまった。
長い空白。
だけど一瞬の空白。
その後で、みきたんはまた再起動した。
「アヤ……?」
不思議そうな声を出して、腕の中のみきたんは黒い瞳をあたしに向けた。
周りの闇と同じ色。
この闇はなぜだか少し安心できる、落ち着いた色だった。
- 11 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/23(土) 16:58
- けど、今度は足元が赤い光に包まれた。
見ると、大岩がさっきまでのみきたんの瞳の色で輝いている。
甘いりんごの色で輝いている。
ふわっ、と一瞬、あたしとみきたんは体重を失った。
赤い大岩は飛んでいた。
一度目を瞬くと、あたしたちは星の海を泳いでいる。
大きな月は満月だった。
「どこ、行くんだろう」
「えっ、なっ、はぁ?」
戸惑うみきたんにあたしの疑問に答える余裕はないらしい。
特に気にもしていないから構わないのだけれど。
きっと、星のかけらはかけた星へと帰りたがってる。
それならそれで構わなかった。
- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/23(土) 16:58
- 今度はあたしがシコメと呼ばれてしまうのかとか、不安ではあるのだけれど。
みきたんと一緒に居られるのなら構わなかった。
振り返ると、青い星はところどころが真っ赤に燃えていた。
もうきっと帰れない。
それが少しだけ寂しかった。
でも、赤い星にもきっとりんごくらいはあるだろう。
りんごとみきたんと、あとは歌。
歌ロボットはエコロジーだし、それだけあれば十分なのだ。
だから、今は。
「ねぇみきたん」
「いや、なに落ち着いてんの!? てかあたしは何で――」
「歌おっか」
「え?」
- 13 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/23(土) 16:58
- だから今は、歌を歌おう、夜明けまで。
せっかく今夜はお客さんがいっぱい。
無数に散らばるお星さんたち。
拍手の代わりにパチパチ瞬く。
「ね? 歌おう」
「……うんっ」
あたしたちは歌ロボット。
だから、歌い続ける。夜明けまで。
心に、決めた。
- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/23(土) 16:59
- お
- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/23(土) 16:59
- わ
- 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/23(土) 16:59
- り
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