57 World's End で午後ティーをば
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/14(月) 23:41
- 57 World's End で午後ティーをば
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/14(月) 23:42
- 真っ白い世界。誰かへのプレゼントの箱の中みたいに上下左右真っ白。だけど箱のように閉ざされていなくて、横を見れば何処までも続く真っ白な地面、上を見れば空よりも高い真っ白い空、何処まで見渡しても白で敷き詰められた世界。そして他人もノイズも太陽すらない世界。
「ねぇカオリ。帰ったら何やりたい?」
ただし前を向けば、いつもの面子。
今日で、たぶん4日目になる。この世界に閉じ込められて。
閉じ込めらたという言葉が正しいのかどうかわからないけど、とりあえず私たちは4日間、この真っ白な世界の中にいる。
「ねぇーカオリ聞いてるの?」
「うん? なぁに」
「だからさぁー帰ったら何したいかって」
「ああー帰ったらねぇ」
矢口は目の前でハシャグ娘のメンバーを見ながらも未来に目を向けている。こんな状況なのに不思議なことに誰一人悲愴な顔つきをしている人間がいない。私だってそうだ。なぜだか、ちっとも不安も恐怖も淋しさもない。白い世界にポツンと置かれた白いソファーに凭れながら、目の前で走り回るメンバーを見て和んですらいる。なぜだろう。毎日顔を合わせているメンバーが一人残らずここにいるから? そういう感覚的なものすら、この真っ白な世界は麻痺させるのだろうか。わからない、だけど居心地はそれほど悪くない。そんなこんなで4日間だ。4日間、この世界に居て幾つかわかったことがある。
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/14(月) 23:42
- 1つ。この世界には時間がある。形式的な時間も物理的な時間も存在する。形式的な時間はみんなのケータイの時計表示が正常に動いていること(当然のように電波は圏外)、よっすいーの腕時計がきちんと時間を刻んでいたことでわかる。物理的な時間は私たちの髪が弱冠伸びていることで分かる。正しこの判断はさゆによるものだ。彼女は亀井が髪を切ったことに納得がいっていないらしく、亀井の髪が伸びることを毎日の楽しみにしている。そんな彼女がこの世界にいても「絵里の髪が伸びてる!」と言い切るのだから、きっと伸びているのだろう。当の亀井は、さゆが自分の髪を気にしていることが嬉しいらしく「うへへへ」と照れてニヤけている。
2つ。この世界に居るとお腹が減らない。いくら体を動かしても、いくら起きていても、いくら時間が経ってもちっともお腹が減らない。食欲をこっそり盗まれたみたいだ。モチロンこれは私だけでなく、あの紺野ですら「お腹が減ったぁ」とは一度も言ったことがない。紺野が紺野でないみたいだ、病気ではないかと逆に心配になった。ということは、私は紺野を「お腹が減ったぁ」の一言で認識していたのだろうか。いや、そんなことはない。紺野は努力をする子だ。……いけない。卒業が近いせいなのかな。最近、メンバー一人ひとりのことを悶々と考えてしまう。こんな時は大体、「飯田さん、顔怖い」とかなり酷いことをさらっと言われるので、なるべくみんなの前では自制している。
3つ。太陽もノイズも無い世界だけど、なぜか真っ白な円形のテーブルとそれを囲むように真っ白なソファが置かれている。そして私たちの時計が午後3時になると、ポツンと真っ白なティーカップが人数分テーブルの上に置かれる。置かれると言っても、誰かがカップを置いている姿を見たわけではないけれど、何時の間にかテーブルの上に現れるのだ。しかもその中身が様々でコーヒー、レモンティー、水、コーラ、イチゴジュース、ビール……最初は抵抗があったけど今じゃすっかりなれて3時になるとみんなで集まって軽いお茶会になる。飲み終わる時間はそれぞれバラバラで、若い子達は直ぐに飲み終えて遊びに行き、大人組み(…なんかこの分け方イヤ)は、お喋りしながらゆっくり飲み干す。そして、飲み終えたカップをテーブルに置いておくと誰かがいつの間にやら片付けてくれる。そして、若い子達は知らないことだけど夜10時ちょっと過ぎになるとこっそり誰かがもう一度ティーカップを置いてくれる。2度目のお茶会──というか、飲み会かな。夜は大人の時間らしくお酒が入っている。そして空になったティーカップを置いておくとまた誰かが片付けてくれる。そんな不思議な一時。
4つ、この世界には夜が来る。私たちの時計で午後10時になると、世界が真っ黒に染まる。丁寧に隅もかしこも真っ黒にしてくれる──あ、なぜかテーブルとソファーだけは白く輝いてる──ので、私たちはその時間になると眠りに着く。律儀にもまこっちゃんが『お休みタイム』と名づけている時間帯は、午前8時になると終わる。田中が早起きしてその瞬間を確かめた。ので、田中の言葉を信じるならば、きっちり10時間で世界は黒から白へと変わる。
つまり、私たちはそのような変化を4回体験している。だから、その回数を『4日』と言いなおした。現実的な時間の変化はわからない。でも、確かに私たちは4日間この真っ白で何も無い摩訶不思議な世界で、病気も怪我も驚くような冒険もしないで過ごしているのだ。
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/14(月) 23:43
- 「だからさカオリ聞いてるの!」
「あん?」
「もぉーだから帰ったら何するかって聞いてるの!!」
「あぁー帰ったねぇ」
そして私たちは──「STOP!」、矢口に両方の目蓋をがっちり指で開かれた。
「帰ったら、な・に・し・た・い?」
「な、鍋が食べたいかな…みんなで」
みんなの前では気丈に振舞っても矢口にはストレスが溜まってるみたいだ。
「ったく…かおりんと話してると特別ストレスたまるよ」
あ、私のせいみたい。ともかく、みんなストレスもためずに好き勝手に何もない世界を楽しんでいる。なんでみんな飽きないんだろう。よくよく考えると、実はこれは夢なのではないかと想う時もある。お腹が減らない、退屈しない、便意も催さない(カオリはアイドルだからしないけど)、だけど何も無い。こんなオカシナ話、現実にありえるわけない。だけどこれはきっと現実なの。この世界に来てから、気のせいかみんなの笑顔が柔らかくなった。日常の押し詰められたスケジュールから解放されて、みんなそれぞれの自由な時間を手に入れて自然に笑い合うことが多くなった気がする。何より、美貴があんなに5,6期のメンバーと楽しそうに遊んでいる姿にはビックリした。毎日顔を合わせているメンバーだけども、こんな風に誰にも邪魔されずにメンバーだけで過ごす時間が実は大切だったのかもしれない。何もない世界で初めてモーニング娘。だけの時間を手に入れたのかも。
- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/14(月) 23:43
- 「ねぇ裕ちゃん、全然カオリが話聞かないんだよ」
「そんなんいつものことやろ、ほっときいや」
「そうそう、そんなことより矢口もコイバナしない? 今さ、ケイちゃんが…ぷぷぷ」
「なっち! 笑わないって約束でしょ! だからイヤだったんだよ、なっちに言うの…」
と、なぜかモーニング娘。であってモーニング娘。でないメンバーまで一緒に居る。
「でさ、のんは思うわけだ。日本のホラー映画が海外でヒットした理由は───」
「もういいわぁーその話。いい加減飽きたわ」
「ちょっとあいぼん違うんだよ! 昨日寝てる時に思いついたの! だから昨日のとは違うんだって!」
「いやほんまどっちでもいいわ。まことさんどうにかして」
「あ? なになにごめん。今、吉澤さんのダンス見てたわ」
「おめえ、ちゃんと聞いてろよ! のんが今後の日本映画の未来──」
「うわあ!? よっちゃん何してん! アホちゃうん!」
「やばいっしょあれ! 亀ちゃんとさゆに乗せられて調子にノっちゃって、あんなんなってる」
「だからおい、お前ら! のんが今大事な─」
「ちょっと見に行こうよ! 止めなきゃマズいよ!」
「えぇー面白いのにー。まあいっか」
「……もういいもん」
そうです。そういうわけで、現・モーニング娘。+卒業おめでとう・モーニング娘。ハロプロメンバー揃っています(ちなみにごっちんはソファーの上で猫みたいに丸まって田中と寝ている)。なぜみんな揃っているのか。それよりも、なぜ私たちはこの世界にいるのか? そもそも私たちモーニング娘。は、この世界にどうやって閉じ込められたのか。それは4日前のこと、その日はハロモニの収録日で私の卒業SPの収録日だった。メンバーにちょっとしたドッキリを仕掛ける予定だったので、私と司会の裕ちゃんはメンバーよりも先にスタジオに入りみんなが来るのを待っていた。そしてメンバーがスタジオのドアを開けた瞬間。世界は一変して、この真っ白な世界に私たちは飛ばされていた。メンバーはその場で呆然と立ち止まり、私と裕ちゃんは白いソファーの上で口を開けて、ごっちんはやっぱり眠っていて、圭ちゃんは演歌を熱唱して、ダブルユーはお互いの胸倉を掴み合っていて、なっちは謝っていた。そして、みんな一斉に、
- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/14(月) 23:44
- 「ほわぁーいとっ!!!」
と、叫びました。…ぷっ! これどう? Whatとwhiteをかけてるの! ヤバイよね、ヤバい超ウケる! うん、それは面白すぎる冗談だとして、なぜか一瞬にしてこの世界に飛ばされちゃったの。ごっちんは楽屋で寝ていたらこの世界に来てしまって、圭ちゃんは一人でカラオケで歌ってたらこの世界に飛ばされて、ダブルユーは楽屋で新しいポーズを仲良く(二人が言うには)考えていたらこの世界に何時の間にかいて、なっちはお茶と青汁を間違えて(そんな間違いアリ?)運んでしまったらこの世界で謝っていたらしい。
何はともあれ一日目はみんなさすがに焦った。とりあえず圭ちゃんに「忙しいとか言いながら結構暇なんじゃん」と、なっちには「ダメだよ! 大人しく事務所か家にいなきゃ!」と面白ジョークを言っておいた。圭ちゃんは苦笑いして、なっちは凹んでたけども。それはともかく、気持ちを落ち着かせてこの世界から脱出するためにみんなで色々考えてた。考えて考えて考え抜いた結果、とりあえず4人組に別れてこの世界を歩き回りまった。だけど、それぞれがある程度離れてお互いの姿が見えなくなると、なぜかこのソファーとテーブルがある場所に一瞬にして戻ってきてしまうラビリンス。何度も何度も歩き回りまったけど結果は同じ。田中が瞳に薄っすら涙を浮かべながら下唇をかんで我慢していた。だけど、その涙が零れ落ちるよりも先に裕ちゃんが「よっしゃぁぁーーっ! これで仕事休みぃぃーーっ!」と叫んだので誰も文句を言えずに黙り込んだ。その時、ちょうど3時だったらしくテーブルの上には人数分のティーカップが置かれていた。裕ちゃんはティーカップに入っていたビールを見つけ、「昼間やん! ええの? ええの!?」と歓喜の雄たけびを上げながらそれを飲み干しみんなに絡んだ。
その日はそれを飲み終えた後、一日中歩き回った疲れからみんなソファーの上で一気に眠りについた。だけど私はリーダーなので、みんなが眠るまで起きていた。みんなが眠りについたのを確認してから私も眠ろうとしたとき世界が真っ黒に染まった。午後10時。一瞬怖かったけど、なんだか私はホっとした。みんなの恐怖や不安や疲れを全て隠してくれそうな気がして安心した。真っ暗な世界でも白く輝き続けるテーブルに肩肘をついて空…天上を眺めてみた。これで星でも輝いてくれれば言うことはないのになーと想いを馳せていたら、「なに? 彼氏のことでも考えてるん?」と言いながら、裕ちゃんが隣に座り込んだ。
- 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/14(月) 23:45
- 「違うよ。ただ…星が欲しいなぁって」
「ハッ、何やそれ。こんな状態でよくそんなこと思えるわ、カオリらしい」
「えぇーそう?」と私が言うと、裕ちゃんは鼻で笑って私と一緒に天井を見上げた。しばらく黙り込んで上を見上げた後、「お! またビールあるやん!」と、裕ちゃんはテーブルの上に置かれたティーカップを手にとって喜んだ。「あ、ほんとだ。こっちはワインだ」、私もそれを手にとってゆっくり口につけた。
「あ。それより裕ちゃん、さっきはありがとう」
「なにが?」
「みんなが不安な顔してた時、わざと大声出して明るいこと言ってくれて」
「あーん、あれ。ちゃうよ、本心やもん」
「あ、そう。それならそれでええわ」
「関西弁使うなべさ、リーダー」
「まぁもうちょっとの間だけどね」
「カオリは実際良くやってる」
「初代リーダーからそう言われると嬉しいね」
「ほんまやで。それに心配せんでも、みんなカオリのこと好きやし」
「ふふ、知ってる」
「そしてみんなしっかりしてる。今日、一緒に歩き回った新垣や道重見て思った」
「それも知ってる。ありがと」
そんなこと話してる間に何時の間にか私たちは眠りについていて、二日目の朝を迎えた。みんな昨日の不安は何処へやら、すっかり順応して若い子達が中心にそれぞれがそれぞれの方法でこの世界での楽しみ方を模索していた。若いメンバーのこういう楽観的というか前向きな姿勢は素晴らしいと常々思う。私も何か楽しみ方はないかなぁーと思考をめぐらせていたら、気付いたら午後3時になっていてみんなでお茶を飲んだ。そんな感じで午後10時になって世界は真っ黒に染まった。今日はみんな(ごっちん以外)起きていたので、世界の変化に「うぉーー!!!」とか「きゃーー!!!」とか「ちょ、ちょっ何すんだよ! 止めろよ!」とか「ええやないか、ええやないか」とか「怖くないもん! れいな全然怖くなかとよ!」とか色々な声が聞こえてきた。みんなが寝静まったのを見てからテーブルに頬杖ついて、みんなに楽しんでもらうためにダジャレを100個くらい考えていた。すると、「カオリー電波で外と通信してんのー?」、「違う、違う。たぶんダジャレ考えてるんだよ」と圭ちゃんと矢口(鋭い)が私の両横に座りった。
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/14(月) 23:45
- 「あれ二人とも寝ないの?」
「うーん、なんか矢口とくだらない話してたら目が冴えちゃって」
「ほんとさぁ、カオリ聞いてよ。圭ちゃんマジ、エロいの」
「違う! 矢口が先に言い出したんだろ!」
「下ネタキングだよ、下ネタキング! きゃはは!」
「圭ちゃーん、矢口飲んでっしょ」
「…うん、裕ちゃんに脅されて残してたビール、さっき飲んでた」
「マジでさ! カオリどうなのよ! えぇ! どうなんだっての!」
「……勘弁してよ、圭ちゃん」
「ごめん…ってなんで私が謝ってんだ?」
「カオリ! おいらカオリのこと大好き!」
「ありがと、ありがと…」
「ほんとだよ! ほんとに好きだよ!」
「うん、嬉しいよー良い子だねー」
頭を撫でてあげると矢口は体を丸めて私の膝の上に頭を乗せてきた。
「あとさーモーニング娘。も大好き!」
「うん、私も好き。大好き、大好き」
「ほんとにさ、カオリが好きなくらいモーニング娘。大好き!」
「うん?」
「ほんとに愛してるから、おいらもキチンと娘を愛してる」
「…うん」
「だからさ…あんまり心配しないでよ…おいら頑張るからさ…ほんと頑張るから……」
「…………寝ちゃった?」
「うん、寝たね」
圭ちゃんは自分が着ていた上着をそっと矢口の上にかけた。「別に寒くないじゃん?」と私が言うと、「野暮なことを言うな」と怒られた。
「あ、そうだ。飲む?」
「お! 酒あるんだ!」
「圭ちゃん、おっさん臭い」
「いいじゃん、いいじゃん! オレとカオリしかいないんだからさ!」
圭ちゃんは私の肩を組んで体を寄せてきた。
「みんなお酒好きだよねー」
「カオリだって嫌いじゃないでしょうよ」
「カオリはお酒飲んでも可愛いからいいの」
「なにそれ? 意味わからん」
「でも……ちょっと泣きそうになった」
「矢口ねー…矢口はあれで、結構一人で考えこむタイプだからね」
「うん、それでリーダーになって体壊しちゃわないか心配」
「そうだね……でも大丈夫。矢口はやる子だから」
「うん。矢口なら心から娘を愛してくれると思う」
「よっすぃーも気の効く子だし。大丈夫、今の娘も結構すっごいと思うよ、私は」
「あはは、昨日裕ちゃんも同じこと言ってたよ」
「あら、そう。…そうだよ、みんなついてるんだから大丈夫だよ」
「そうだね。ありがとう」
- 9 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/14(月) 23:46
- そして私たちはまた何時の間にか眠りについていた。3日目。昨日でこの世界での楽しみ方をそれぞれ掴んだのか、みんな様々なことをして遊んでる。亀ちゃんとさゆは睨めっこをしながら誰も近づくことの出来ない世界を創り上げて永遠と微笑み合っている。美貴は何やらよっすいーと二人でコソコソと打ち合わせ中。あの二人があの顔をした時は大概イタズラを考えている時だ。私なんて一度、二人に命令されたのんちゃんによる、ものごっついカンチョーによって気を失ったことがある。目を醒ますと私はベッドの上で、そんな私の手を握りながら涙で目を腫らしたのんちゃんと横で土下座をし続けるよっすいーと壁に寄りかかって寝ている美貴がいた。今日は誰が被害者になるのだろう。
圭ちゃんと裕ちゃんは何やら真剣な顔で話し合っている。矢口が二人にちょっかいを出しに行くと、「ガキは近寄んなや!」と修羅のような顔であの『やぎゅちぃ』を払いのける。矢口はとぼとぼと、何とか若い子達の輪に入ろうと四苦八苦している梨華ちゃんに後ろから抱きつき、お互いでお互いの傷を舐めあっていた。そんな哀しき被害者を生み出した二人はというと「ビールは喉越しやろ!」、「いーんや、コク」と完全に仕事終わりのサラリーマンの会話を身振り手振りを交えながら、何処までも熱く繰り広げていた。あの二人に勇気付けられた昨日のまでの出来事は即座にカオリの想い出アルバムにしまい込んだ。想い出はいつまで経っても綺麗なままなの。
梨華ちゃんを無視し続けた、のんちゃん、あいぼん、まこっちゃん、こんこんのタメグループはモノマネ合戦。あいぼんは松田聖子さんを、まことは吾郎さんを、のんちゃんは……誰? んで、こんこんは笑い役というポジションを手に入れて苦手なモノマネを何とかやらずに済んでいる。誰もお互いのモノマネを聞いちゃいないし、何ひとつ繋がりの見えない組み合わせなのに4人の顔は幸福で満たされている。『噛み合う』ってこういうことを言うんだなぁと思った横で、なっちがガキさんに命令して楽しんでいた。「ガキさんガキさん! 田尾監督のマノマネやって! 田尾田尾!」、「ええー無理ですよぉー! ムリムリぃー!」。傍から見たら完全に苛めっ子と虐められっ子(しかも二人とも自覚がない)なのに、ガキさんは何だかとても楽しそうなので見てみない振りをした。ガキさんは娘が大好きだし、なっちと二人きりで話せて嬉しいだろうし、うん、きっと楽しいだろうからこれでいいのだ。
そして、ごっちんは亜空間を見つめている。ソファーに座りながら斜め45℃上を見つめ続けている。何か見えるはず。宇宙と交信できるカオリなら出来るはず。だけどごっちんの視線を追ってもそこには何も見えず、私に見えるものと言えばごっちんの目の前をれいなが何度も何度も通り過ぎる姿だ。いじらしくて直ぐにでも抱きしめてあげたくなったけども、れいなの努力を無駄にするわけにもいかないので私は遠くから応援することしか出来ない。そんな私もいじらしい。
- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/14(月) 23:47
- 私はリーダーだから、わかってる。高橋は隅っこで体育座りをしながらみんなの様子を眺めて時折遠慮がちに笑顔を浮かべる。わかってる。隅っこなんてこの世界には存在しないこと。だけど高橋は確かに隅っこに居て、誰の輪の中にも入ろうとしない。梨華ちゃんの見苦しさのせいなのだろうか、「私はあんな風にはなりたくない!」なんて青春しているのだろうか。わかっている。人の幸せなんて千差万別。人の数だけあるんだから価値観の押し付けはいけない。それでも、わかっている。このままじゃきっといけないこと。もう少しで私は高橋の横で本を読めなくなるし、高橋の赤くなった耳をからかってあげられなくなる。だからこれで最後。私は高橋に伝えなきゃいけない、モーニング娘。のリーダーとして。一歩ずつ高橋に近づいてゆく、言葉を考えながら近づく。とりあえず第一声は「高橋───ぃいっ!?」。高橋に声をかけようとしたら、高橋が隅っこからいなくなってしまった。高橋はよっすぃーに抱え上げられ、「お待たせしました、お姫様」なんて言われながら、みんなの輪の中心にお姫様抱っこで運ばれて行った。高橋は耳どころか顔まで真っ赤にさせながら「は、はい!」となぜか元気良く返事した。それを見た美貴はお腹を抱えて大爆笑。よっすいーは「寂しくなかったかいベイビー」なんてホッペを赤くさせながら言って、みんなを笑わせていた。
爆笑するみんなの中で、矢口とよっすいーと美貴が目線を合わせて小さく頷く。きっと矢口がよっすぃーと美貴に高橋のことを頼んだのだろう。矢口は私よりも積極的だし思ったことを行動に移すタイプだ。圭ちゃんが私の肩を叩いて柔らかく微笑んだ。そうだね、圭ちゃん。モーニング娘。は大丈夫だ。私も笑いながら心の奥の方が暖かくなって少し寂しかった。
- 11 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/14(月) 23:48
- 今日は遊びつかれたせいか、11時にもなるとみんなぐっすり眠っている。私は色々考えすぎているせいか、いつまで経っても眠りに付くことができない。モーニング娘。は大丈夫。そんなことはわかっている。だって私が一番長く傍で彼女たちを見てきたんだから。みんな頼もしいし、良い子だし、可愛いし、言うことなんて…ちょっとしかない。それでもこの気持ちはなんだろう。マリッジブルー? みんなこんな気持ちになったのかな。裕ちゃんは矢口を抱きしめながら子供みたいな顔で眠ってる。圭ちゃんは石川の顔に足を乗せて眠っている。のんちゃんとあいぼんはお互い離れていても同じカッコで眠っている。なっちは私の横で両足を垂直にあげて眠っている。これか、これが矢口とごっちんの言ってた奇跡の寝相なんだ。あれ? そういえばごっちんは……いつのまにか私の前でティーカップを手に取り天上を眺めていた。
「星、あればいいのにね」
「……え!? なに?」
「なにその驚いた顔? 交信してた?」
ごっちんだけはホントわからない。全く予想の出来ない行動をとる。彼女はいつだって予想外を私たちに運んできた。金髪の女の子・でも13歳。いきなりセンター・LOVEマシーン大ヒット。そのままプッチモニも大ブレイク。その後のモーニング娘。の活躍全てが彼女の力だって言うわけじゃない。だけど、ごっちんが来て娘の中に何かが起きたのは間違いが無かった。この何も考えてなさそうな綺麗な顔した恥ずかしがり屋さんが私たちに何かを運んできてくれた。
「もしもしカオリ?」
「あ、うん、なんだっけ?」
「星、ほーし。あればいいなぁって」
ごっちんが天上を2,3度、ぴこん、ぴこんと指差す。
「はは…あははは!」
「な、なに!?」
「いやいや、なんでもない」
「もーなにさー」
ほっぺたふくらまして抗議してくるごっちん。
「私も思ってたよ。星あればいいなーって」
「でしょー! えがった、えがった」
うんうん、と一人頷くごっちん。ほんとわからない。ごっちんはクールなんて世間では言われてる。たぶんそれは彼女がシャイで口数が少ないからそう思われてるのだろう。だけど私たちの前では決してそんなことはなく、どこか甘えた感じで話しかけてくる。私はそれが嬉しい。ごっちんが私の前ではモーニング娘。の最年少に少しだけ戻ってくれるのが嬉しい。
- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/14(月) 23:48
- 「今日はずいぶんと夜更かしするのね」
「ん? んー、あー今日はなんか目が覚めちゃって」
「そう」
「ん。なんか寝れないんだよねー。まぁでも寝ようと思えば寝れるかも、たぶん」
「どっちだよ」
「わからん」
ごっちんと話してると時間がゆっくり進む気がする。こんな何も無い世界でも、変わらずにごっちんはごっちんで安心する。
「そうだ、ごっちんにさー…訊いてもいいかな」
「んーなぁーにー?」
「卒業する前ってどんな気分だった?」
「おっ! おおー」
「なんだよそれ」
「んー卒業する前ねー」
「やっぱ寂しかった?」
「私はー…寂しかったけども…なんだか信じられなかったなー。このメンバーと次の日から急に歌を一緒に唄わなくなったりー写真取らなくなったりー一緒の番組出なかったりーってのが信じられなかった。でも卒業スペシャルみたいのが増えていってーやっぱり卒業するんだって思ったかな」
「卒業スペシャルは確かに…そうだね」
「うん。まぁでも先のことも考えてたけどね」
「へー」
「後藤にしか出来ないことをやってやろうと思ってた」
さらっとごっちんはそんなことを言った。『飯田にしか出来ないことをやる』、今の私にそんなことは言えるかな。声を大にして言う自信がない。
「カオリ、卒業するの寂しい?」
「うーん…寂しい…うーん」
「不安?」
一瞬呼吸が止まった。それなのかもしれない。寂しさ、心配、未来、色々な物を含めて私の心を言い表しているのはその言葉なのかもしれない。
「うは。カオリ目でっかい」
「あ、怖い顔してた?」
「もう見慣れたよ」
「ふふ」
「ぬはは」
- 13 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/14(月) 23:49
- 「そうなんだ。私、本当は不安なんだよ」
なんだか笑えた。メンバーのこと心配した振りして私はそれを誤魔化そうとしてたんだ、弱虫だ。ごっちんみたいに何でも出来るわけじゃないし、強くなんてない。色々言い訳しても私は卒業が不安なんだ。
「私も不安だったよ」
「ほんとに!?」
「なにげに不安だった」
「でもごっちんは自信あったみたいじゃん。自分にしか出来ないことをやるなんて私には言えないよ」
「なんで?」
「なんでって…………なんでだろ?」
「カオリにしか出来ないことなんていっぱいあんじゃん」
「ある?」
「いっぱいあるよー。だってカオリほど個性的な人なんていないじゃん。歌が巧くてー絵も巧くてーポエムも書けてーすんごい綺麗な人なんて世界探してもいないよー」
「うわーごっちん抱きしめてもいい?」
「いいよ」
そう言うと、ごっちんは手を広げて私を待っている。私はごっちんの胸に飛び込んで抱きしめられた。
「っていうか逆だから」
「フッ」
ごっちんの腕の中は暖かい。ごっちんの笑顔みたいに温かい。
「卒業してね、みんなと離れるけどもカオリはモーニング娘。の仲間だよ」
「そうなの?」
「だって私も仲間でしょ?」
あ、ダメだ。泣く。そんな私に気付いたのかごっちんが私の頭の上に顎を置いた。
「卒業してもモーニング娘。が終わるわけじゃないし、消えることもない。みんな離れても、みんな傍にいるよ。後藤真希として一人でやって行くのはぶっちゃけ大変だけどさー私にはやっぱり娘がいて、負けちゃいけないなーとかガンバなきゃーとか勇気もらったり励まされたり…もっといっぱい、もっといっぱーいの色んなものもらってるよ。なんかうまく言えないけど、うん、そう思う」
「ごっちん…ありがとう、すんごい嬉しい。ごっちんの願い事カオリの出来る範囲で叶えてあげたいくらい嬉しい」
「ほんとに!? じゃあさーあのさ、今まで黙ってたけど……」
「な、なに?」
「お風呂入りたい」
「ぷっ…ははははは!!!」
「いやマジで。みんな言わないから我慢してたけども」
「ははは、そうだね、いい加減ここから出てみんなでお風呂入ろっか」
「いいーねー、みんなで温泉行こうよ!」
- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/14(月) 23:50
- そして私たちは眠りにつき、4日目を迎えている。メンバーは目の前で走り回っている。裕ちゃん、矢口、圭ちゃん、なっちは井戸端会議。ごっちんは夜更かししたせいか熟睡中。そうだ、ごっちんの願い事を叶えなきゃ。もう、ここにはいれない。みんなが一緒にいる世界は暖かくて居心地がいいけども、それだけじゃだめ。進むなきゃ。
「うぉっ! なにカオリ急に立ち上がって!」
矢口が慌てて裕ちゃんに飛びつく。
「やるべし!」
「はぁー?」
大人グループの呆れた顔。カオリ負けない。
「ここから出るよ!」
「え!? 出る方法わかったの?」
圭ちゃんが驚いた顔で私を見つめる。
「知らない」
裕ちゃんが小さく舌打ちした。カオにはちゃんと聞こえてる。
「こんなときだからメンバーの力を合わせなきゃダメなの! 紺野ーちょっとこっちきなさーい!」
私の声に走り回っていたメンバーが一斉に動きを止める。そこまで私って怖がられてたの? かなりショック。だけど今は立ち止まっている暇はない。紺野が怯えた表情で私の前まで来た。
「紺野……」
「はい…」
みんなが黙り込み、私の一挙一動に注目している。
「カオリってそんなに怖い? ねえそんなに怖い?」
「ちょっとカオリ! そんなこと聞くためにわざわざ呼んだの!?」
「そんなことってどういこと矢口! 私にとっては──ごめん、ちょっと取り乱した」
そう、今はそんなことを訊いている場合じゃない。そんなことはここから出た後に問い詰めればいい、今はそれよりもここから出る方法だ。
「こんこん、ここから出る方法を教えて?」
右手をグーにして頭にのせて、片目でウインクして、舌をちょっと出して訊いてみた。
「知りません」
キュート過ぎるポーズで私、停止。「そりゃそうだよ」と矢口と圭ちゃん。
「こんこん頭良いキャラじゃない、ほら、考えればわかるでしょ?」
それでも優しく語り掛ける私。
「わかりません」
言い切る紺野。
「はっ!? カオリが傍若無人にキレる! みんな非難して!!!」
矢口がみんなに警報を鳴らす。やめてよ…こんなことくらいじゃ怒らないよ…傍若無人ってなによ…ほんと…やめ──
「あ、私わかるかもしれませーん」
紺野!!!と大声を出しかけた間際、無邪気な抜けた声を出して意外な伏兵が現れた。
- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/14(月) 23:50
- こつこつと私たちの前に歩み寄る亀井。そしてこう話し出した。
「こんな実話があるんです。昔、幸せな夫婦と一人娘の三人家族がいました。夫婦は仲良く、一人娘の女の子は幸せに育っていました。しかし、その幸せは長くは続かずに夫婦は些細なことで言い争うようになりました。女の子は怖くて一人部屋に隠れて脅える日が続きました。しかしある日、女の子が部屋から出ると何時ものような言い争いが聞こえて来ません。そこには女の子のお母さんが呆然と立っているだけでした。女の子はお母さんに訊ねました。「どうしたの?」、お母さんは答えました。「お父さんが消えちゃった」。それからお父さんは三日間何の連絡もなく行方不明になりました。だけど三日後、お父さんは急に帰ってきました。お母さんは夫に泣いて抱きつきました。お父さんも娘と妻を抱きしめてこう言いました。「ごめんよ、お父さんが悪かった」。それから喧嘩は一切なくなり、一家は昔のように幸せに過ごしました。ちゃんちゃん」
亀井の話を押し黙って訊き続けた私たち。そしてお互いの顔を見合い思った。
「高橋、言ってやりなさい」
「はい。……で、っていう?」
「なんでですかー!」
「いや意味わかんない。みんなの顔見てみな、死んだ魚のような目をして亀井を見てるでしょ」
「なんですかその目はー! 絵里がせっかく教えてあげたのにー!」
「だから亀ちゃんは結局、何が言いたいの?」
矢口が呆れながらも訊く。
「だからぁーお父さんは娘さんの心の中に閉じ込められてたんですよー! だけどお父さんが心の中で娘さんと奥さんに対して後悔して反省して、その心の中から出ることが出来たんですよー!!!」
「つぅーか、それを言え!!!」
誰よりも早く、全員の心の中を総意を藤本が代言した。
「つまり、亀ちゃんはこう言いたいでしょ。私たちは誰かの心の中に閉じ込められてるかもしれないって」
「さすが紺野さんです! あったまいいー!」
照れて頭をかく紺野。理解者が現れて喜ぶ亀井。それを見たさゆが大声で言葉を続けた。
- 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/14(月) 23:51
- 「あー! それ、さゆも知ってます! ラップ現象とかポルターガイスト現象? よくわからないんですけど、そういうのは中学生から高校生くらいの間の思春期を迎えたりする感受性の強い女の子がいる家で起こることが多いらしいんですよ!」
「おおーシゲさんすごーい! 賢いねぇ」
よっすぃーに褒められてご満悦の道重。そしてニヤりと亀井に優越感に浸った顔を向ける。亀井がそれを睨み返す。それを見た田中が何かを言おうとして手を上げたが、何も浮かばなかったのか直ぐに手を引っ込めた。
「あー頭痛い……だけど、なんとなくわかった。思春期を迎える感受性の強い女の子がたくさんいるためにモーニング娘。は──心理的抑圧? よくわからないけど、何等かのプレシャッーなどから逃れるために誰かの心の中に飛ばされました…信じられないけど、現にこんなことになってるし……仮にね。まぁそれでいいとして、なんで娘を卒業した私や裕ちゃん、なっちにごっちん、辻、加護までここに飛ばされるのよ」
圭ちゃんが頭を抱えながら一気に捲し立てた。別に二人だけに言っているわけでもないのに、亀井と道重は顔を顰める。
「モーニング娘。だからじゃない?」
何時の間にか起きていたごっちんが真顔でそう言った。
「卒業してもモーニング娘。はモーニング娘。だよ。ね、カオリ?」
今度は昨夜みたいに笑いながら言う。
「ふふ、そうだね」
ごっちんは私の言葉に満足して、次に圭ちゃんに微笑みかける。それを見た圭ちゃんは「あんたには負ける」と両手を軽く挙げて笑った。
- 17 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/14(月) 23:51
- 「まーともかく、ここから出るにはどうしたらいいん?」
裕ちゃんが亀井と道重に優しく問いかける。だけど二人は先ほどの件で凹んでいるらしく言葉が出てこない。
「えーとですね、確かその心理的抑圧やプレッシャーから解放されればその世界から出ることができるんですよ」
石川が亀井と道重の肩に手を置いて言う。「これってマンガに描いてあったんだよね」と石川が二人に笑う。それに対して「でしゃばんなや」と裕ちゃんが茶化す。「てへ」と石川がおどける。それを見た亀井と道重が笑う。このやり取りを見て、自分がモーニング娘。で良かったと思った。
「じゃあ梨華ちゃんに質問。この場合の心理的抑圧からはどうすれば解放されるんですか?」
藤本が和んだ空気を切り裂く。
「そ…それは……」
「それは?」
石川は自分に期待がかかると無理やりにでも答えを出して見るも耐えない無残なことになってしまう人間だ。藤本はその危険を素早く察知し誰よりも的確なフォローができる人間だ。それでも追い詰めるということは、石川のお姉ちゃんヅラがよっぽど気に食わなかったのだろう。このやり取りを見てモーニング娘。は強くなると、自分に言い聞かせた。
「それは……マ──」
「あ、あぁーっ! お茶だ!!! 3時! 3時! ちょっと疲れちゃったよー休憩にしようぜ」
よっすぃーが全てを理解して石川の言葉を遮った。ナイスタイミング、よっすぃー。ナイスタイミング、午後ティー。そして石川は何を言う気だったのだろう……考えただけでおぞましい、鳥肌が立つ。
- 18 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/14(月) 23:52
- 私たちはテーブルを囲み、難しいことは一時忘れてリラックスしてお茶を飲んだ。だけど、それがいけなかった。脱出会議はきちんと再開されたのだけど、裕ちゃんは酔っ払って矢口に絡み、圭ちゃんはごっちんのさっきの言葉に嬉しくなったのかごっちんとよっすぃーとプッチモニの昔話で盛り上がっている。辻と加護は真剣な話に耐えられなくなって、会議に集中している5期メンバーのお尻を触ったりしながら楽しんでいる。亀井と道重と石川は何時の間にかマンガの話で熱くなり、そこに藤本までが参戦し、三人に集中砲火をくらい泣きそうな石川がいる。残ったメンバーは私となっちと田中。田中は正座をして私の眼をキリっと見つめ続けている。「れいなは飯田さんの話、ちゃんと聞きます!」、やっぱり抱きしめてあげようかしら、と思っていたら「田中ちゃん、田中ちゃん! ごっちんが田中ちゃんのこと呼んでるよ!」というなっちの声に素早く反応し、猫のような俊敏な動きでごっちんの元へと駆け寄っていってしまった。
目の前で繰り広げられる大騒ぎにキレるどころか泣いてしまいそう。「はははは!!!」、なっちが私を見てか、それとも目の前のモーニング娘。たちを見てなのかはわからないけどぶっ飛ばしたいくらいに大笑いしている。
「はは…なっち、楽しい?」
「うん! なっち超楽しい!」
「そう…それは良かったね」
「うん! なっち久しぶりにこんなに笑ってる!」
「そう…それは良かったね」
「うん! あ、そう言えばカオもう少しで卒業公演だね」
「そう…それは……あああっ!!!」
そうじゃん! もう少しで卒業公演じゃん、完全に忘れてた!!! 急いでケータイを取り出し日付を見た。……あと3日でツアー始る。
「どうしようなっち! ツアー始まっちゃうよ!」
「そうなんだーそっか、そっかー」
「なんであんたそんなに落ち着いてられんのよ!!!」
「えー? だってなっちさー…」
「あ」
「そうだもん…出れないもん」
「ごめん……」
「ううん、いいよいいよ! だってみんなと一緒にいるの楽しいじゃん!」
そうなんだ…なっちはこの2ヶ月間、メンバーと一緒にいる機会がなかった。一人で後悔して反省して謝り続けていた。メンバーと一緒に過ごせることが何より楽しいんだ。思えばなっちはここに来てからずっと笑っている。誰よりも楽しそうにこの世界を生きている。私の卒業公演が近いっていうのに、この無邪気すぎるところが腹に立つ……あ。
なるほど、そういうことね。
- 19 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/14(月) 23:52
- 「みんな、ちゅーもぉーーーくっ!!!」
「うわっなにカオ!? ついに狂った?」
なっちはストレートにこういう言葉を言える。たまに羨ましくなる。いや、ほんとたまに。
私が出した大声にみんながこちらを向く。
「みんなーここから出る方法がわかったよー! 大丈夫、心配しないでも明日にはここから出れると思う!」
「おおーほんとにー!? どうやって?」
矢口が裕ちゃんの体を振り払って私に訊ねる。
「ふふーん、矢口は甘いなぁーそれは『ヒミツ』です! わかる? 今のわかる? 甘いと蜜をかけてるの!」
「なんだよ、どうせ嘘だぜ。みんな考えよう」
私のダジャレに気持ちが冷めたみんなは脱出会議を真剣に再開した。ひどくない? まーいっか、私は出る方法わかってるしぃー。
「ねえ、なっち!」
「なにその甘えた顔、キモーい」
……私が震えた拳を押さえている間も脱出会議は続けられたが、結局『お休みタイム』になっても答えは出なかった。「みんな、また明日」という結論と共に会議は解散した。私は何時ものようにみんなが眠りに付いたのを確認してから、テーブルで待つ彼女に挨拶をする。
- 20 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/14(月) 23:53
- 「はぁーい彼女。今、暇してるー?」
「それ何年前のナンパ文句? カオもっと家から出た方がいいよ」
余計なお世話だ。家が一番落ち着くんだい。
「それよりなっちどうよ、この静まり返ったこの感じ。いい雰囲気じゃない?」
「そうそう! あのね思ったんだけど、これ、実家の夜に似てる!」
「あーそうなんだー」
「なっちの家さー…まぁ田舎じゃない? だからさみんな寝るの早くて10時になったらそこら中、真っ暗になっちゃうの。すんごい静かでさー空は真っ暗でさー地面だけが真っ白に輝いてるんだよねー、その感じに似てるんだー」
なるほど。この真っ白な風景は決して何もない空っぽな世界じゃなかったんだ。雪だ。私となっちが生まれたときからずっと見ていた真っ白な雪だったんだ。
「なんだか落ち着くー」
「だね。だから私もここに来て和んじゃったんだ」
「ずっとここにいてもいいなー」
「ダメだよ」
「え?」
私の声のトーンの変化になっちの顔も変わる。
「ここにずっといちゃダメ」
「だってさーメンバーといつまでも一緒にいれるしさー」
「ダメ」
「だってさーお腹も減らないしーみんな笑ってる──」
「ダメ」
「だってだって、なっちはカオリの卒業コンサート出れないし……」
「それでもダメなんだよ、なっち」
「……だってもうイヤなんだもん! みんながなっちに怖いこと言ってる! みんながなっちのこと変な目で見てる! 全部わかるもん! 知ってるもん!」
なっちがテーブルに泣き崩れる。崩壊したダムから言葉が一気に溢れ出した
「みんな怒ってる! 事務所の人だけじゃなくてハロプロのみんなだってなっちの悪口言ってる! カオだって怒ってるんでしょ! もういっぱい謝ったし反省した! それでも誰も許してくれない! もうイヤ戻りたくない! それにもうちょっとだけここにいればカオの卒業も延期されて間に合うじゃん! いいじゃん! もうちょっとだけならいいじゃん!」
そこまで言葉を一気に吐いた後、声に鳴らない声で嗚咽を撒き散らした。
- 21 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/14(月) 23:54
- 「怖くないよ、なっち」
なっちの小さな頭に私の手を置いたら、周りの世界が静かに崩れ始めた。
「ぜんぜん怖くないよ、なっち。ほら、顔上げて」
なっちは顔を両手で必死に押さえながら私の手に全てを委ねて顔を上げた。
「ほら、見てみな。みんな味方だよ」
声を漏らしながらゆっくり両手を顔から外してゆく。みんながなっちを見ている。
「ね、みんな見ているけどぜんぜん怖くないでしょ。みんななっちの味方だもん。今日、ごっちんが言ってたでしょ。卒業してもモーニング娘。はモーニング娘。なんだよ。だからみんな、なっちも含めてここにいるんだよ。私もこの何日間でみんなに力をもらった。そしてこれからも遠慮せずに貰い続けるつもり。だって私たちは娘だから。どんなに離れてても遠くても一人でも私たちは仲間なんだよ。たくさんの人がなっちを大好きだし、待ってるよ」
鼻水と涙を拭いながらなっちはみんなの顔を見る。
「なっちは何がしたい?」
「…うたが……うたいたい」
声を詰まらせながらなっちは言う。
「それでいいんだよ。下なんか向いてたら良い声はでないよ」
ハンカチを貸してあげると、なっちは一生懸命顔を拭いた。少しだけ綺麗になった顔でもう一度きちんとみんなの顔を見る。みんな、この何日間の中でも最高の微笑でなっちを包み込む。なっちはまた鼻水垂らしながら泣き出したけど、今度はしっかり顔を上げて、今まで一番の天使の笑顔でみんなの笑顔に応える。そして世界は終わった。
- 22 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/14(月) 23:54
- 帰ってきた私たちは当然のようにこっ酷く叱られた、たぶん娘になった今まで一番怒られた。そして昨日までの魔法のような日々が嘘のように次の日からたくさんの仕事が待っていた。だけど誰も文句も言わないし辛い顔もしなかった。みんなしっかりと前を向いてたくさんの仕事を迎え入れた。この4日間の出来事がモーニング娘。に何を齎したかなんて、はっきりとはわからない。だけど私は前以上にモーニング娘。が大好きになったし、メンバー一人ひとりを愛している。それに私たちを支えてくれるスタッフの皆さんも大好き。スタッフが全力を尽くして私たちのいない間を完璧に埋めてくれたおかげで世間的には何の問題にもなっていなかった。こんな最高のスタッフがなっちを嫌っているわけないよ。そんな内容のメールをしたら、なっちから返信があった。
『今日会える?』
- 23 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/14(月) 23:56
- 午後10時、東京のマンションから見える夜景は眠る気配が無い。空だけが真っ暗に黙り込む。
「んねぇ、もう7ねんだってさ」
「長いねーでも短かったけども……カオリー」
「なに?」
「一回しか言わないよー」
「おう」
「ごめんねありがとうこれからもよろしく!」
「全部一回で言うことないじゃない…」
「あは」
「ったく……卒業公演見に来てよね」
「行ってもいいなら行かせてもらうよ」
「あ、やっぱり家で反省してた方がいいわ。出てくるな」
「ひどい! なっち傷ついた!」
「一生、傷ついてろ」
「やーだね。なっちにはみんながいるんだもん。それにみんなの前で歌うまでは止まったりしない。決めたんだもん」
「うわーその前向きさ加減がムカつくー。ほんとにみんな待ってるのかなぁー?」
「はあっ!? 信じられない!!! 借りてたハンカチ返す! もう帰って!」
「あははは!!!」
東京の真っ暗な空に笑いが響き渡った。北海道まで届いたかな?
- 24 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/14(月) 23:56
-
飯田圭織、真っ白なペンライトに包まれながら2005年1月30日卒業。
安倍なつみ、真っ白なペンライトに包まれて2005年2月11日復帰。
- 25 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/14(月) 23:56
- な
- 26 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/14(月) 23:56
- が
- 27 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/14(月) 23:56
- い
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