52 おねだりさんがくれたもの
- 1 名前:52 おねだりさんがくれたもの 投稿日:2005/02/14(月) 14:58
- 52 おねだりさんがくれたもの
- 2 名前:52 おねだりさんがくれたもの 投稿日:2005/02/14(月) 14:59
- れいなはもうずっと前からこんな世界にはうんざりとしている。
そんなことを考えていると、昼休みの話題はいつの間にかクラスメートの悪口へと移行
しているようだった。
「てかさー、道重うざくない?」
「あ、わかる! いっつも自分のことかわいいかわいいって言ってさ。きっと自分にしか
興味ないんだよ」
ね、れいな。と声をかけられ、れいなは曖昧にうなずく。それはあんたたちも一緒だろ、
と心の中で毒づきながら、無意識に教室の中を見渡す。くだらない話で盛り上がっている
男子や、未だにご飯を食べ終わっていない一部の女子。幸いにも話題に出てきていた道重
さゆみは教室の中にはおらず、こういう所は周到だな、と思った。
この世界に住む者は皆、自分の事しか考えておらず、他人がどうなろうが知った事では
ない。勿論それはれいなにしても同じだが、そういう事を自覚している分、周りの人間よ
りはマシなのだと自分に言い聞かせている。
「痛っ!!」
急に痛み出した左腕に、れいなの思考が遮断される。大丈夫? とたずねるクラスメー
トに平気平気、と返した後、空を見上げた。強い風が灰色の雲を流し、徐々に青空を覆っ
ていく。
「雨振るかもしれん」
れいながそう言うと、クラスメートの一人が、ええ! と大きな声を出して口を尖らせ
る。
「今日傘もってきてないんだよね……。でもれいなの傷占い当たるからなぁ」
雨が降るとれいなの左腕の傷はギリギリと痛む。それが下手な天気予報よりも正確なも
ので、いつのまにか「傷占い」という名前がついてしまっていた。
れいな自身その傷がいつできたものなのか思い出す事はできない。ただ、それについて
考えるとき、何故かいつも、笑顔の自分と見た事もない女の子の心細そうな表情が浮かん
だ。恐らく、遠い昔の記憶だ。
いつの間にか話題がすりかわっていたなと考えていると、甲高い予鈴の音が昼休みの終
わりを告げる。
「げ、次数学? あいつの授業じゃん。れいなご愁傷様」
「うわ、うざ……」
れいなは痛みの強くなる左腕を抑えながら、次の授業を思い浮かべ嘆息する。数学はク
ラスの担任が受け持っている授業で、れいなは前々から彼と上手くいっていなかった。
前の扉からさゆみが姿を現す。気まずそうに視線をそらす女子達を尻目に、彼女はれい
なの隣の席へ腰を下ろした。
- 3 名前:52 おねだりさんがくれたもの 投稿日:2005/02/14(月) 15:00
- 「田中、寝てるんじゃない、田中!」
いつにも増して傷がうずく。
れいなはしばらくの間何も考えずにいたかったが、いつまでも止んでくれない雑音に耐
え切れず、面倒臭そうに顔を上げた。
「……具合悪いっちゃけど」
一言だけそう言うと、再び突っ伏した。横目にさゆみが不安そうに様子を伺っているの
がわかる。
教師はつかつかと机の前に回りこみ、机を一度強く叩く。
「そうしていられると目障りだ。授業を受ける気がないなら教室から出て行け」
眼鏡の奥から鋭い視線が覗く。ああ、やっぱりこの先生は嫌いだ、と心の中で毒づき、
れいなは視線だけを上げて睨み付けた。右手に持ったシャーペンの先で、ガリガリと机を
削る。
「うちの担任が、体調悪い人間は目障りだから消えろって言ってました。って保健室の先
生に言えばいいですか?」
れいなは精一杯の笑顔を作っていう。教師は少しの間れいなを睨み付けた後、何も言わ
ずに教壇に戻った。
クラスメートたちは何事もなかったかのように黒板を写している。賢い彼らは、れいな
を庇えば自分たちにも被害が及ぶとわかっている。れいなもそれはわかっていたから、右
手に持っていたシャーペンをコンパスに持ち替えて、一心に机をガリガリと削った。
- 4 名前:52 おねだりさんがくれたもの 投稿日:2005/02/14(月) 15:02
- チャイムが鳴る。雨で地盤が緩んでいるから山の方には行かないように、というお決ま
りの言葉を残して、教師は教室を後にした。
れいなは大きく伸びをして、開放感に浸る。傷のうずきはもう大分収まっていた。
「れいな」
思い切り無防備な時に声をかけられ、れいなは慌てて声の方を向く。さゆみだ。何が嬉
しいのかニコニコと笑いながられいなの顔を見つめている。普段のれいなならキモイ、な
どと皮肉の一つでも言っているところだったが、慌てた姿を見られたのが恥ずかしかった
から、黙ってさゆみの言葉を待った。
クラスメート達が降り出した雨を見上げて、あーあと情けない声を上げている。
「れいなは強いの」
「何が?」
「さっきの。さゆがあんなこと言われたら、多分泣いちゃうもん」
「あー……。別に強くないし。ただ、あんなやつの前で泣きたくないだけっちゃ」
規則的に地面を叩く雨音を聞きながら、れいなはぼんやりと先程の事を思い出した。
れいなは、さゆみが言うほど自分の事を強いとは思っていない。先の授業の出来事は、
過去に幾度となく繰り返したやりとりの焼き増しのようなものであったが、同じ事が起こ
るたびに、れいなは泣きそうになる。ただその弱さが顔を覗かせるのを、歯を食いしばっ
て耐えているだけだ。
強いと言うならば、むしろさゆみの方だと思う。彼女は見かけ以上に芯の強い子で、あ
のの性格ならば陰口を叩かれることも多々あったろうが、れいなは未だに彼女がべそをか
いている所を見た事がない。
「そう言えば、さっきれいな何やってたの? ガリガリって」
「ん、これ?」
れいなが視線を落とした先には、机に刻まれた無数の文字。「お小遣いが増えますよう
に。明日は晴れる。服を買いに行きたい。ケーキが食べたい。むしろ焼肉が食べたい」
「私の願い事。悔しいことがあったときに、自分がしたいことを書いて少しでも気分を和
らげとるっちゃ」
「そうなんだ! れいな頭いー」
さゆみはれいなのアイディアをひどく気に入った様子で、珍しく瞳を輝かせながら、し
げしげと机を眺めている。雨はますます強くなっているようで、断続的だった雨音はもう
境界線がわからないくらいにごうごうと鳴り続けていた。
感心しきりのさゆみを見ているとさすがに照れて、れいなは机から視線を外す。
「まあ、魔法っていうかおまじないっていうか、そんなのといっしょやなかと? あ、で
もそれを言ったらさゆは――」
「あれぇ? 傘がある!」
れいなが言いかけた言葉は、クラスメイトの歓声でかき消される。かわいらしいピンク
色の傘を手に、クラスメイトは嬉しそうにはしゃいでいた。
「でもなんでだろ、確か今日忘れてきたのに」
「勘違いやろ? あんたばかぁやし」
「んだと、うっさい! 絶対忘れてきたんだっつーの!」
二人のやり取りを聞いたれいなはふとある事を思いついて、さゆみを振り返る。彼女は
本当に嬉しそうにニコニコと笑っていた。
「……さゆの仕業っちゃろ」
「えへへ。そうなの」
さゆみは照れくさそうに微笑んで、再びはしゃぐクラスメートに視線を向けた。その体
はうっすらとではあるが、透明に輝いている。
さゆみは魔法が使える。
れいなは今でも半信半疑なのだが、さすがに何度も目の当たりにしていると、ばっさり
と否定する事は出来なくなる。
例えば、階段で足を滑らせた人が落ちた先に偶然クッションが置いてあったり、急に自
転車がパンクして遠出を諦めたら、予報になかったような大雨に見舞われたり。
さゆみの魔法はいつもこんな風にささやかだ。大きな幸せは運んでこないが誰も不幸に
はならない。そして、そのどれも前もってそうなりそうな兆候は見られないのに、「運良
く」起こってしまう。
そういう時、さゆみはいつも傍で少しだけ体を透けさせながら、ニコニコと笑っていた。
- 5 名前:52 おねだりさんがくれたもの 投稿日:2005/02/14(月) 15:03
- 「せっかくやけん、私にも魔法使ってよ。そうっちゃねぇ、お金欲しい。うん、お金。百
万円くらい」
「無理なの。お金の量は決まってるから、れいなのためにお金持ってきちゃうと、何処か
で困ってしまう人がいるの。れいなもそういうのは嫌でしょ?」
「いや、別に構わないっちゃけど」
「それにそんなことしちゃうと、さゆがあっちの世界から戻ってこれなくなっちゃうかも
しれないの」
「だからいいって」
「れいなひどい!」
拗ねたように口を尖らせるさゆみを見て、れいなはにやりと笑う。その横を例のクラス
メートが機嫌よさそうにすり抜けて行く。れいなはそこで、はたと疑問を持った。
「そいや、なんであの子が傘忘れたって知っとうと?」
「え? ああ、昼休み廊下にいたら、教室の中の声が聞こえたの」
「ふーん、そうなんだ。……って、え?」
れいなが驚いたようにさゆみを見ると、彼女は困ったように微笑んでいた。昼休みの雑
談を思い出して、鳥肌が立つ。
「それって、えっと」
「さゆはかわいいから、ああいうのには慣れてるの。それに、別にさゆに限ったことじゃ
ないし」
あくまで笑顔を崩さずに言うさゆみを見て、れいなは改めて彼女の強さを思う。さゆみ
は強い子だ。自分なんかよりずっとずっと。
「なんであんな奴、助けてやると?」
れいなは以前から思っていた事を口に出す。
「えーだって、みんな幸せになると笑顔になるでしょ? やっぱりみんな笑顔が一番かわ
いいの。さゆかわいいの大好きだから」
「自分のことは幸せにせんと?」
れいなはここぞとばかりに言葉を被せる。ずっと不思議に思っていた事だが、さゆみは
自分に魔法を使わない。話に聞く限り、自分に使っても何も問題はないらしいにも関わら
ずだ。
さゆみはうーんと唸って、それから相変わらずのほんわりとした笑顔をれいなに向けた。
「さゆはもう十分かわいいからいいの。世界一かわいいの」
「……あーそう」
あまりにもくだらない答えに、れいなの口から思わず溜息が漏れる。しかも多分本気だ
からなおさら性質が悪い。そんなれいなの気持ちはお構いなしに、晴れわたったような微
笑で言葉を続ける。
「れいなが笑ったら、多分すごくかわいいと思うよ」
「はぁ?」
いつも笑っとるっちゃろ、と声に出そうとしたが、そこで詰まってしまう。そう言えば、
とれいなは思う。最後に心から笑ったのはいつのことだったろう。
- 6 名前:52 おねだりさんがくれたもの 投稿日:2005/02/14(月) 15:04
- 滝のように地面を叩く雨によって、暗く不明瞭になった家路につく。れいなの横では、
さゆみが水に覆われたはるか先の道を見つめながら、ぼうっとした表情で傘を回している。
二人はなんとなく無口になりながら、もうすっかり水に浸ってしまった足をゆっくりと進
める。
こんな風に雨の強い日、れいなは何故か昔のことをよく思い出す。断片的に浮かび上が
るそれがなんなのか上手く理解することは出来ないが、左腕についた傷に深い関わりがあ
ることだけは何となくわかった。この傷について思い出すとき、れいなは不思議と誇らし
くて温かな気持ちになった。
れいなの傷に関する記憶はひどく身勝手で、見えるはずもない自分の顔が浮かぶ。そう
して、記憶の中のれいなはいつも眩しい程の笑顔を見せていた。
「そう言えばさぁ」
「なーに」
黒い雲に街が覆われていても、さゆみの口調はいつもどおりほわほわと変わらない。
「さゆの魔法ってどれくらいのことが叶えられると?」
れいなの邪気のない質問にさゆみは、んー、と首を傾げてふわふわ歩く。自分ならそこ
を真っ先に考えるのに、とれいなは思ったが、唸りながら必死に考えるさゆみを見ている
と、彼女はこのままでいいのだとも思う。
「考えたことなかった。でもたぶんだいたいのことは大丈夫だと思う」
「やったら、この国の王様にしてくれーとか、あの人を生きかえしてくれーとかは?」
「れいなを王様にしたらみんな困るの」
そう言ったさゆみは、勝ち誇ったようにれいなに視線を向ける。それがあまりにうざか
ったから、れいなは、次、とだけ言った。
「生きかえらせる方は、神様におねだりすれば一日か二日はできるかも……」
「ふーん」
誰も不幸にしないというさゆみなりの哲学を別にすれば、本当に何でも出来てしまうの
だなぁと、今更ながらに理解する。もはや嫉妬も起きないれいなは、半ば感心しながらぴ
ちゃぴちゃと水の中を進んだ。
――そっかぁおねだりかぁ、さゆやけんなぁ、ん、あれ?
「おねだり!?」
「む、どうしたの?」
突然のれいなの大声に、さゆは警戒したように顔を引き締める。凛としたその表情は思
わず息を呑んでしまうような美しさがあったが、普段の行いか、やはりどこか間の抜けた
ものを感じてしまう。
「……さゆ、いつも魔法使うとき、呪文かなんか言っとるっちゃろ?」
「呪文? なにそれ」
「まさか、魔法使うときは神様におねだりしてるのーとかふざけたこと言わんっちゃろね」
「あれ、れいな何で知ってるの?」
れいながついた大きなため息はしかし、鋭い音で傘を叩き、地面を跳ねる雨粒の合唱に
かき消される。れいなは今更、自分がさゆみについて何もわかっていなかったことを知っ
た。日ごろの彼女をきちんと見ていれば、こういうあまりにもくだらない落ちだってあら
かじめ予測できたはずだ。
- 7 名前:52 おねだりさんがくれたもの 投稿日:2005/02/14(月) 15:05
- 水色のカーテンに揺れる信号が赤に変わる。交差する大通りには等間隔で街灯が並び、
そのどれもが黄色の灯りを淡く滲ませていた。絶え間なく行き交う車の隙間から、高くそ
びえる山が見えた。
「今日はここで別れる?」
いつものほんわかとした表情に影を落として、さゆみがポツリと呟いた。二人はいつも
山の麓まで行って、そこでさよならをするのだが、さすがにこの天気では、山に近づくの
は危ないかもしれない。元々地盤が弱いうえに、十年近く前にあったらしい土砂崩れで、
道の片側は崖のようにごっそりと削り取られていた。
れいなはもう一度、影のかかった表情のさゆみを見つめる。
「いや、いつもどおりでいいっちゃろ。担任の言うことなんて当てにならんけん」
あいつうざいし。れいなが吐き捨てるようにそう付け加えると、先程の影はどこに隠し
たのか、さゆみは嬉しそうにほわほわと笑った。それを見たれいなは吹き出しそうになっ
たが、少し照れくさかったからそのまま歩いた。
雨の音だけの世界は、まるで無音のように錯覚してしまう。足踏む音もなく、鳥の鳴き
声もなく、二人の白い吐息だけがしんしんと空へ舞い上がっていった。
山が近づくにつれ、れいなは原因のわからない恐怖に襲わた。それは目先の恐ろしさで
はなく、れいなの深い部分に関係しているような気がしたが、やはり具体的には何もわか
らなかった。そんなもやもやした気分を晴らすように、れいなは慌てて言葉を捜す。さゆ
みはいつものようにぼうっと遠くを見つめていたが、それは濡れた景色を見つめるという
よりは、遠い記憶の底へ沈んでいっているように見えた。
「さゆっていつから魔法が使えると?」
「いつからだろ」
相変わらずの仕草で考え込むさゆみの傘が、雨と冬の冷気に冷やされた手から離れ、ふ
わりと浮かび上がる。さゆみよりも一瞬だけ早くそれに気づいたれいなは、伸びるように
して傘に手を伸ばす。
だから、視界の端から崩れてくる、大きな土の塊に気付くのが一瞬遅れた。
「れいな!」
れいなの視界が土に覆われるよりもほんの少しだけ早く、さゆみが彼女の視界を覆った。
さゆみがおねだりをすることも出来ないような一瞬のうちに、それは起こったのだった。
***
- 8 名前:52 おねだりさんがくれたもの 投稿日:2005/02/14(月) 15:05
- 雨が降り続く道を少女は走った。太陽はもう間もなく沈むだろう
小学生になったばかりの彼女は、一時間前までは真っ白だった靴下を泥水で染め上げて、
必死に足を前に出す。普段から目つきはきつい方だが、今日はいつにも増して険しい表情
をしている。
今日はお父さんに早く帰って来いと言われている。台風が近づいているから、というの
がその理由だった。それがついつい友達との遊びに夢中になってしまいこの時間だ。
少しでも早く着こうと少女は交差点をまっすぐに突っ切る。大通りで信号待ちをするよ
りは山道を駆けたほうが大分早く着く。
少女の頭の中には、お父さんの怒った顔だけが浮かんでいた。だから、雨の日は山に近
づくんじゃなかよ、という言葉をすっかりと忘れていた。
気付くとすぐ近くを、別な少女が走っていた。背格好から言って同年代のように思えた
が、見たことのない子だった。ぼうっとした感じの子だ。
そのぼうっとした少女がどうして走っていたのかはわからない。だが元来負けん気の強
い彼女は、隣で同じように走っている少女がいるとわかった時点で、何となく勝負をして
いるような気になった。
しかし、彼女は足が速いわけではない。抜くでもなく抜かれるでもなく、二人は併走し
ながら山へ向かっていく。彼女が余りに隣を意識するもので、もう一人の少女もいつの間
にか相手を意識し始めたらしい。
そうして、山の手前でぼうっとした少女が力を振り絞り距離を広げ、勝ち誇ったように
後ろを振り向く。
そのとき、山が崩れた。
ぼうっとした少女は気付いていない。ただ後ろを振り返り、息を切らせながら、嬉しそ
うに微笑んでいる。
自分の命とぼうっとした少女の命を天秤にかけたとか、そんなたいそうな事ではない。
ただ、その微笑みが土砂に流されてしまう事が堪らなくて、無意識のうちに少女は飛んだ。
***
- 9 名前:52 おねだりさんがくれたもの 投稿日:2005/02/14(月) 15:06
- れいなが瞼を開けると同時に雫が瞳に降り注ぎ、思わずひゃっと声を上げてしまう。そ
れを聞いたさゆみがびしょ濡れの姿で雨の中を歩いてきた。声が届くくらいには雨脚は弱
まっているようだった。
「これ、さゆの傘?」
見た事もない柄の傘がれいなの体を隠すように固定されている。先程降り注いだ雨滴は
傘から滴り落ちたものだったらしい。
「んー、違うの。神様におねだりしちゃった」
悪い事をした後の子供のように舌をぺろりと出してみせる。さゆみがおねだりをすれば、
傘くらいすぐに手に入る。ただ、世界のどこかで、傘を無くす者が現れるだけだ。
「しっかし、びっくりしたっちゃねぇ」
れいなは傘をさゆみに手渡し、濡れそぼった体を起こす。しかし、バランスを崩してし
まい、上手く立つ事が出来ない。
「足、捻ったかもしれん」
そう言うと、さゆみが手を差しだしてくれたから、れいなはその手に掴まって体を起こ
した。
「無理しない方がいいの。近くに小屋があるから、そこで雨止むのを待とう?」
「そう言えば、小屋あったような」
「あれ、れいなもここに来たことあるの?」
「え、あれ、おかしいっちゃね。ないはずなんだけど……」
「ま、いっか。寒いし早くいこ?」
さゆみに引かれるままにれいなはとてとてと歩き出す。不安定な足場な上に捻った足が
痛んだが、さゆみが上手く誘導してくれたおかげで、小屋までは辿り着けそうだった。
少し落ち着いたれいなは、自分達が今置かれている状況を考えてみる。
はるか上にれいなの住む街が広がっている。土砂から逃れるようにして緩やかな丘陵を
転げ落ちてきたらしい。これで足を捻っただけで済むのなら、恩の字といったところだろ
う。
それにしても、とれいなは思う。
この景色は一度見た事があるような気がする。大人達に近づくなと言われているため、
来るはずのない場所であるにも関わらず、ぼんやりと記憶に残っている。確か、ここを曲
がったところに小屋があるはずだ。
「着いたの」
さゆみに声を掛けられるまでもなく、れいなにはそこが目的地であるとわかっていた。
ぼろぼろの小屋。部屋の真ん中に大きなテーブルのある小屋。
それでも、そんな記憶の引っ掛かりは、長い間雨に打たれ疲れきっている体の前には些
細な出来事でしかなかった。二人は小屋に入るなり、崩れるようにして床に倒れこんだ。
部屋の至る所には蜘蛛の巣が張っており、木の床には目に見えるほどの埃がたまってい
る。しかし、未だに氷雨の降りこめる外と比べれば、妥協する気にもなる。
天井には触らないから蜘蛛の巣は関係ない。泥だらけのこの体で今更埃を気にするまでも
ない。部屋の真ん中にある大きなテーブルでさゆみと交わす会話はきっと楽しいだろう。
- 10 名前:52 おねだりさんがくれたもの 投稿日:2005/02/14(月) 15:08
- 「れいな、お腹空かない?」
「そう言えば、空いたっちゃけど。突然どうしたと?」
「何でも好きな物言っていいよ。さゆが出してあげるの」
「え、ほんと?」
さゆみがこんな事を言うのは初めてだったので、れいなは少しだけ驚いた。しかし何で
も好きなものが食べれるのなら気が変わらないうちに、とも思い慌てて欲しいものを考え
る。
「じゃあ、焼肉。高そうなやつ」
ずうずうしいとは思いつつ、値段の指定までしてみる。しかしさゆみは「わかった」と
返事を返すと目を閉じた。一瞬だけ体が透けて、その後霜降りのカルビが山のようにテー
ブルの上に現れた。
「量わからなかったから、たくさんおねだりしたの」
「あ、ありがとう」
その後、またしてもさゆみに魔法で七輪を出してもらい、れいなは一生分とも思えるく
らいの焼肉を食べた。冷え切っていた体が内側から溶けるように温まっていくのを感じる。
「うまかねー! さゆも何か頼むっちゃろ?」
れいなは椅子から転げ落ちるように床に寝そべって、天井を見上げる。もくもくと浮か
び上がる白い煙に蜘蛛が包まれていた。
「さゆはいいの。お腹空いてないし。れいな、他に何か欲しいものはない?」
「他ぁ?」
いざ言われてみると、なかなか欲しいものなど出てこないもので、五分以上も唸った挙
句、どもりながら「ゲ、ゲーム」と別に欲しくもないものの名前を言った。
それもさゆみの手にかかれば――正確には神様の手にかかれば、なのだろう――簡単な
事らしく、たちまちれいなの前に最新型の家庭用ゲーム機が現れる。
「うわー楽しいなぁ。家庭用ゲーム機2だって。これ一番新しいやつっちゃろ。あははー」
「なんかあまり楽しそうじゃないの」
「気のせい気のせい。さゆもいっしょにやろうよ、家庭用ゲーム機2。いとこのお姉ちゃ
んも欲しがってたっちゃ」
「へーれいな、いとこのお姉ちゃんいるんだ。ここの人?」
「んーん、北海道」
正直な話、れいなは既にゲームに飽きていたが、自分から言い出した手前もういらんと
は言えず、楽しい振りをしてみる。それでも三十分程すると我慢の限界か、ついにコント
ローラーを放り投げてしまった。ちょっと高いところから落ちたくらいで死んでしまうよ
うな軟弱な主人公にはうんざりだった。
「つまらん」
結局最初のステージすらクリア出来なかった事が恥ずかしかったのか、れいなはさゆみ
から視線を外して、椅子から伸びる足をぶらぶらさせる。さゆみはそんな姿に苦笑しつつ
も、柔らかな視線を注ぎ、「次は?」と聞いた。
- 11 名前:52 おねだりさんがくれたもの 投稿日:2005/02/14(月) 15:11
- 「何たのんでもよかと?」
「うーん、まあ、さゆに出来ることなら」
れいはなもう一度真剣に考える。先程は考えもなしにゲームなどと言ってしまったせい
で、三十分も無駄にしてしまった。普段はこういう個人的な希望を聞いてくれないさゆみ
が自分のために魔法を使ってくれると言っているのだ。本当に欲しいものを選ばなければ
いけない。さゆみに出来る事なら、と言う話だが、今までの話を聞く限り大抵の事は平気
なはずだった。なにしろ、一日か二日の期限付きではあるが、死んだ人間を行き返す事す
ら――
そこまで考えて、れいなは全身の血が一気に引いていくのを感じた。
今まで気にならなかったのが不思議なくらいだった。どうしてさゆみは自分に優しかっ
たのか。頑なに守ってきた自分なりの決まりをやぶってまで、れいなに魔法を使ってやっ
たのか。
「さゆ、いつから……」
いつから私は死んでいたの? そう聞こうとして思わず言葉に詰まった。思った以上に
頭が混乱している。両手の震えがテーブルに伝わり、七輪がカタカタと揺れた。
そんなれいなの様子に気付かないのか、さゆみはぽつり、と語りだした。
「多分ね、魔法が使えるようになったのは、十年位前に崖から落ちてからだと思う」
今までれいなが聞いた事のないような強い声。さゆみはれいなの言葉を勘違いしたらし
く、自分が魔法を使えるようになった経緯を語り始めた。
「れいなも聞いたことあるでしょ? 十年前に土砂崩れが起きたって話。さゆね、あれに
巻き込まれたの」
れいなの中に渦巻いていた怒りやら恐怖やらは、さゆみの荘厳なたたずまいに出所を失
ってしまう。発散できぬ思念の塊は燻りとして彼女の中に残る。
「さゆは山が崩れてきていることなんて全然気付いてなかった。そんなさゆを助けてくれ
た人がいたの」
陶酔したようなさゆみの表情に、れいなは自分の中の火種がまた熱を持ち始めているの
を感じる。死への怒りや恐怖。そして、新たに生まれた正体のわからない火種。
「その人、さゆのせいで大怪我しちゃって。って、これはお母さんから聞いた話だけどね。
さゆはもうその人とは会わせてもらえなかったから。でも、血だらけで微笑んでるその顔
がすごくかわいかったことだけは覚えてるの」
「笑顔?」
「うん、世界で一番、さゆよりもかわいい笑顔」
- 12 名前:52 おねだりさんがくれたもの 投稿日:2005/02/14(月) 15:11
- れいなは、さゆみの言葉よりも、自分がさゆみにぶつけたたった一言の言葉が、投げナ
イフのような鋭利さを持っていた事にはっとした。
さゆみは、息を一度大きくすって、何かを確認するようにゆっくりと言葉を続けた。
「さゆはあのときに一度死んだの。だから、魔法だって使えるようになった。それならそ
の魔法を、私を助けてくれた人みたいに、誰かを笑顔にするために使おうって思ったの」
そう言いきったさゆみの顔は、高潔な清清しさが見えて、悔しいくらいに美しかった。
れいなはさゆみが、誰かのためにそういう表情をしているのが気に食わなかった。さゆ
みはいつもほわほわとして微笑んでいるべきなのだ。
「みんなを笑顔にしたいなんて偽善やなかと? 第一そんなことできっこないっちゃ。幸
せなんて、誰かの不幸の上に成り立っとう」
れいなはもう自分の気持ちがわからなかった。死ぬのは怖かった。こんな事で一生が終
わってしまうのは悔しかった。さゆみが自分に見せた事のない表情をしているのが悔しか
った。
れいなに否定されたさゆみは、一瞬だけその瞳を揺らし、その後れいなを強く見据えた。
「そうかもしれない。けど、さゆは、世界中のみんなが幸せになって、みんなが笑顔にな
って。それが出来ないならせめて一番大切な人だけは笑顔にしたい、って思うの」
そこまで言い終えると力が抜けたのか、「確かに偽善だね」とさゆみは寂しそうに微笑
んだ。いつものふわふわとした、風が吹けばどこまででも飛んでいきそうな、笑顔だった。
「あの、さゆ」
れいなの言葉を遮るように、さゆみは魔法でストーブを二人の前に置く。
「れいな、濡れた服乾かさないと、風邪引いちゃうよ? 好きな服出してあげるから、と
りあえず今着てるの脱いで」
さゆみは優しく笑んで、いつの間に用意したのか、ファッション誌をれいなの前に出し
た。れいなは一瞬だけ死の恐怖を忘れて、いつものふてぶてしい笑みを見せた。
「あれ、れいな、それどうしたの?」
れいなが濡れた服をテーブルに干していると、さゆみが不思議そうな目でれいなの左肩
を見ている。その視線で、れいなはさゆみの言葉の意味するところを知った。
「これね、いつからかわからないっちゃけど、気付いたら出来てた。もう痛くないよ」
この傷を初めて見た者は皆、今のさゆみのような表情をする。それ程までに大きく鋭い
傷が、えぐるようにしてれいなの左肩から腕にかけて、深い爪痕を残していた。
「大丈夫、もう痛くないけん」と何度言ってもさゆみはそこから視線を外そうとしなかっ
た。いつまでもじいっとその傷を見つめていた。れいな少し照れくさかったが、しばらく
ストーブに温まりながら、そのままの姿でいてやる事にした。
- 13 名前:52 おねだりさんがくれたもの 投稿日:2005/02/14(月) 15:11
- 闇も深まった頃、れいなは弱くなる雨脚を聞きながら寝付かれずにいた。先に休むから、
と言って二階に上がったれいなはベッドの中で今までの記憶を順に辿っていた。振り返れ
ば後悔ばかりだったような気がする。さゆみのように人の為に生きる事が出来たなら、死
はもっと安らかなものなのかもしれない。
闇が深まるにつれ、恐怖は徐々に体を蝕んでいく。
れいなは、さゆみにだけは迷惑をかけたくないと思った。これ以上恐怖に蝕まれる前に
さゆみの魔法で眠らせてもらおう。さゆみのために、魔法を使うのだ。
そう決めると少しは楽になり、れいなは一階へと下った。
そこでれいなは、想像もしていなかったものを見た。
部屋の真ん中で、さゆみが泣いていた。クラスメートから陰口を叩かれても、れいなに
きつい言葉を投げかけられても決して泣かなかったさゆみが、テーブルに何かを彫りなが
ら音もなく雫を零していた。
ガリガリ、ガリガリ。
声を潜めた雨音とテーブルを削る音だけが、心細く灯る白熱灯の灯りの下に、ぽっかり
と浮かび上がる。
れいなは、声を掛けるのを止め、音を立てないように二階へと戻った。しめやかに落と
される涙がこれ程までに悲しいのだと、れいなは初めて知った。
そして、今更になって、ようやくさゆみに叶えて欲しい事が出来たのだった。
***
- 14 名前:52 おねだりさんがくれたもの 投稿日:2005/02/14(月) 15:13
- 寸での所で、崩れ落ちた土砂からぼうっとした少女を救い、彼女は一息ついた。
街がはるか上に見える。大人たちは自分たちがここにいる事に気付いてくれるだろうか。
少女はふと、先程から左腕の感覚がない事に気付いた。体中が軋むように痛むにも関わ
らず、左腕には全く感覚がない。何気なく視線を向けたとき、その理由がわかった。この
年齢で、パニックにならなかったのが不思議だと思う。左腕に巻きついた服は、真っ赤に
染まっていた。
本当の事を言うと、泣き出してしまいたかった。痛みに呻いてそこら中を転げまわりた
かった。しかし、目の前で大声を上げて泣いている少女を見るとそれは出来なかった。負
けん気ばかりが強くて、実際にはからっきしな自分が、この状況では不思議と強くある事
が出来た。
「だいじょうぶだから」
相変わらず大声で泣き叫ぶ少女を見て、彼女はもう一度、だいじょうぶだから、と繰り
返す。
「ほら、れーなはだいじょうぶだから。あなたも笑って」
そう言って彼女は自分に出来る最高の笑顔を見せてやった。それを見ても少女は笑わな
かった。ただ呆けたように彼女の顔に見入っていた。
それでも、泣き止ませる事が出来たのだ。彼女は満足をして、そこで意識が途切れた。
***
- 15 名前:52 おねだりさんがくれたもの 投稿日:2005/02/14(月) 15:15
- いつもの夢を見た。しかし、今日はいつもよりもはっきりとした輪郭を持っていた気が
する。こんな些細な事にも「最期」という言葉を浮かべる自分に苦笑する。
さゆみはもう起きていたのか、寝ていないのか、既に一階にいて、椅子に腰掛けていた。
おはよう、と型通りの挨拶をした後瞳を覗き込むと、案の定彼女の瞼は赤く腫れ上がっ
ていた。
「ねえさゆ」
「どうしたの?」
「命、どれくらい持つと?」
さゆみの動きが固まる。驚いた表情でれいなを見つめる。死の間際だと言うのに、様々
な表情のさゆみを見れた事を嬉しいと感じてしまう。
「……後、三十分くらい。でも、大体の時間だから、後一分後かもしれないし、一時間経
っても生きてるかもしれない」
「そっか、じゃあ急がんといけんね」
れいなは真剣な表情でさゆみを見つめる。さゆみもれいなの雰囲気を感じ取ったのか、
思い出を語った時の様な凛とした顔つきになる。
「叶えて欲しいことがあるっちゃ」
「何でも叶えてあげる。さゆが出来ないことでも、絶対に何とかして叶えてあげる」
その答えにれいなは満足して、うっすらと微笑んだ。
多分これが、さゆみと交わす最後のやりとりになるのだろう。れいなは自分がどんな世
界に行こうとも、その全てを絶対に忘れないでいようと思った。
「最期にさゆの笑顔が見たい。絶対に忘れんけん」
その言葉を聞いて、さゆみはぽかんと口を開ける。
「さゆは神様におねだりせんと何もできんと?」
精一杯に意地悪い口調で言ってやる。さゆみは、しばらくれいなを見つめたその後に、
堰を切ったように吹き出した。しばらくの間、彼女は笑いを止めなかった。笑いすぎたの
か、うっすらと瞳を濡らして、それでもまだ笑っていた。
ようやく落ち着いたように見えたその時、小屋に一陣の涼風が吹き抜けた。あるいはれ
いながそう感じただけだったのかもしれない。目の前ではさゆみがふわりと笑っていた。
それはとてもさゆみらしくて、しかし、れいなが今まで一度も見た事のないような、可愛
らしく、愛しい笑顔だった。
それを見た瞬間、憑き物が落ちたような清清しい気分になって、れいなも釣られてにっ
こり笑った。
「よかった」
さゆみが笑みを絶やさずに言う。
「ようやくれいなの笑顔が見れた。やっぱり、世界で一番かわいかったの」
そう言い切った瞬間、さゆみの体が透明に透けて、眩しく輝きだした。何度も点滅を繰
り返しながら、徐々にその透明度を増していく。
「お迎えがきたみたいなの。三十分もなかったね」
れいなは何が起こっているのか理解が出来なかった。何故自分ではなく、さゆみが消え
るのだろう。そこまで考えて、れいなは肝心な事を思い出す。山が崩れてきたとき、咄嗟
に庇ったのはどちらの方だったか。
「死人の癖に、魔法使いすぎちゃったみたいなの。多分、この世界にさゆがいたって事実
すら消えてしまうと思う」
さゆみは淡々と語る。れいなはさゆみが何を言っているのかわからない。現にここに彼
女はいるではないか。あれ、彼女は、誰だ?
困惑した表情のれいなを見つめ、さゆみは寂しそうに笑う。れいなだからこそ、少しの
間だけでもさゆみを覚えていてくれたのだ。他の人たちは、もう彼女を見ても何も感じる
事はない。
それでも最期にはれいなとの約束を思い出したのか、にっこりと笑ってみせる。先程の
れいなのまあるいお日様のような笑顔を思い浮かべると、自然と笑顔を作ることが出来た。
そこで、れいなの記憶がはじけた。
「さゆ!!」
れいなが叫ぶ。さゆみは驚いたように目を丸くする。
さゆみの存在はどんどんと消えていくが、れいなは決してさゆみの事を忘れなかった。
さゆみが唯一神様におねだりせずに掛けた笑顔の魔法は、彼女の存在が消えても解ける事
がない程に強固な思いだった。
「ありがとう――」
そうして、さゆみは笑顔のままに消えていった。
れいなは薄れていく景色の中で、さゆみから何かを受け取ったような気がしていた。
***
- 16 名前:52 おねだりさんがくれたもの 投稿日:2005/02/14(月) 15:17
- 冷雨の季節は過ぎ、街の景色は桜色に染まる。
昨年の冬に折れた右足も完治して、もうじきれいなも新たな生活を迎える。
あの日にさゆみから何か大切なものを受け取ったような気がしていたが、魔法が使える
ようになったわけでもない。それは多分、さゆみにとって本当に大切なものは、魔法では
なかったということなのだろう。
嫌っていた担任は話してみるとなかなか気のいいやつで、卒業式の日「お前みたいなや
つは一生忘れないよ」と言われ、れいなは不覚にも泣きそうになってしまった。多分この
世の中で一番悲しいのは、忘れられてしまう事だとれいなは思う。
さゆみはみんなの中から消えた。
世界中の人を笑顔にしたいと言っていた少女は、れいなだけを笑顔にしてその存在を消
してしまった。それがよかったのかどうか、れいなは今でも答えを見つけられない。
友達は相変わらず自分の事にしか興味がないように見える。しかしそれは、自分の事を
知ってほしいという他者への働きかけなのだと、今のれいなには思えた。
さゆみは最後の最後で、誰のためでもなく、自分のために泣いた。れいなはさゆみが自
分のために泣く事が出来て、本当によかったと思う。自分を大切に出来ない人間が、他人
を大切に出来るわけがないのだ。
だから、自分の事が大切な私達は、他人に優しくする才能を十分に持っているのだ、と
れいなは思う。今はただ、その才能に気付いていないだけだ。
それでも争いは起こる。自分のために、あるいは自分ではない誰かのために、人は争い、
傷つけ合う。幸福は不幸の上に成り立っているという事実が、れいなを打ちのめす。
そんな時、れいなは決まってさゆみとの最期を過ごした小屋へと足を運ぶ。
丘陵を下った先にある、古臭い木造の小屋。真ん中にある大きなテーブル。そこにはあ
の夜にさゆみが泣きながら綴った文字が彫られている。
れいなはその文字を見るたび柔らかな気持ちになる。さゆみが死を恐れながら綴った文
字だからこそ、人間の本質を信じる事が出来るような気がした。
れいなは瞳を閉じ、テーブルに彫られた文字に触れる。そして、その凹凸を感じながら、
さゆみの望んだ世界を共に願う。
小屋に一陣の涼風が吹いて、れいなの髪がふわりと揺れた。
――みんなが幸せになりますように。
- 17 名前:52 おねだりさんがくれたもの 投稿日:2005/02/14(月) 15:18
- 从*・ 。.・从
- 18 名前:52 おねだりさんがくれたもの 投稿日:2005/02/14(月) 15:19
- 从*; 。.;从
- 19 名前:52 おねだりさんがくれたもの 投稿日:2005/02/14(月) 15:20
- 从*^ 。.^从
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