48 チョコレート・シンセサイザー
- 1 名前:48 チョコレート・シンセサイザー 投稿日:2005/02/13(日) 23:49
- 48 チョコレート・シンセサイザー
- 2 名前: 投稿日:2005/02/13(日) 23:53
- あーあー、聞こえない聞こえない。
目の前のオトコみたいな物体がなんか言ってるみたいだけど、れいなには
なにも聞こえませーん。
ってか、昼下がりのマックでなにやってんだろ。そんな根本的疑問が沸々と。
言い訳だかなんだか、でも聞いてるうちにちょっと待ってよれいなを責める
モードに転換してない!? おいおい。
- 3 名前: 投稿日:2005/02/13(日) 23:53
- 「もういい」
これ言ったの誰? あ、わたしだ。無意識に出ちゃったってやつだ。
「はぁ? んだよ、まだ話終わってな……」
「いいから! うっさい!」
とそこで目の前のコップを取って顔面にぶちまける。
うは。こんなのドラマでしかありえないとか思ってたけど、マジ気持ちいいじゃん。
「れいな帰るけん」
すごい勢いで見られてますよイケメンさん。ざまーみろ。
窓際で固まってた女子高生のお姉さん方も興味津々。
わたしはニカッと笑うとグッと親指を立ててやった。お姉さん大喝采。
あーすっきりさっぱり。哀れな濡れ鼠くんをもう一目見てやりたかったけど、
そりゃちょっとカッコ悪いしやめた。
- 4 名前: 投稿日:2005/02/13(日) 23:53
- 「寒っ……」
表に出るといきなり風に吹かれた。さっきまでの高揚感はどこへやら。
胸のむかつきが取れません。はい、わたし田中薬局の娘さんですから、
そんなのすぐ解決するはずですよ!
「くっそー……」
腕組みして凍えながら、このミジメな気分はなんなんだろうと考える。
や、考えたら負けなんだ。考えるより忘れろ。見る前に飛べ。
- 5 名前: 投稿日:2005/02/13(日) 23:53
- 通りに目をやると、ポプラ並木の下に変な集団発見。
あれはニッポン名物ゴスロリ少女ちゃんじゃないか。ピンクとか白とか黒とか。
そしてヒラヒラ。ひたすらヒラヒラ。曇り空なのにおしゃれな日傘。
お前ら魔術のなんたるかも知らないでカッコばっかでなー……
なんてオヤジくさいことは言わないけど。
ていうかじろじろ見んなー。バレンタインの直前にオトコ振ってきた
中学生がそんな珍しいか。そうかそうか。蹴るぞこのやろう。
あー胸くそ悪いわ。わたしはタバコを一本くわえると、指先からちょろっと火を
出して一服。
はあ、染み渡る……。ぶっちゃけタバコおいしいと思ったことなんてないけど。
「お腹すいたな……」
乙女、恋が終わると空腹がやってくる。これ、真理だよね。
- 6 名前: 投稿日:2005/02/13(日) 23:54
-
☆
「ちょっとすいませんよろしいでしょうか!」
背後から不意打ちをくらって、烏龍茶を吹きそうになった。
まああんたの言いたいことは分かる。昼間っから中学生がたった一人で
食い放題焼き肉にがっついてるというシチュエーションは、自分でもちょっと
どうかと思っていたところだ。
それにしても、わたしからも一言言わせてくれ。
「あんた誰?」
「さゆなの!」
そのでっかい魔女、もといゴスロリちゃんは、ニコニコ笑顔で自己紹介。
いや、分かんねーから。
- 7 名前: 投稿日:2005/02/13(日) 23:54
- 「……一応いっておくけど、おごらないかんね」
ごく自然に対面に陣取ってもりもり食べてる彼女を見ながら、わたしはため息。
「え?」
また笑顔。こいつ、このスマイルで一生食ってくつもりだな……。
「あのさあ、さゆみさん」
「さゆって呼んで欲しいの」
「えぇ……」
困ったのに目つけられちゃったなあ。まあ一食おごってやるくらいいいか。
どうせこの店安いし。
「ねえねえ、それで、どうやったら魔法使いになれるか教えて欲しいの」
ぶっ。また烏龍茶を吹きそうに。ていうか今度はマジ吹いた。
「な、な、なんのことか分からんたい」
「さゆ見ちゃったの」
同じスマイルなのに怖いよさゆ。
「さっき、人差し指から火出してたの。あれ魔法なの」
- 8 名前: 投稿日:2005/02/13(日) 23:54
- むぅ……。不注意だった。さすがに。いくらムカついてたとはいえ。
「あれー? 気のせいじゃん?」
「絶対違うの。さゆ目いいもん」
あれ、笑ってないよ。今度は本気で怖いよちょっと。
お母さん、今日はれいなの受難の日ですか。ひょっとして13日のフライデー?
でもうちらにとったらそれって吉日? いや知らんけど。
「あのさあ、マンガとか読みすぎと思うよ? フツーに考えて、魔女とか魔法とか
おらんよ」
「さゆにウソは通用しないの」
なんだろうこのドキドキは。こいつひょっとしてテレパス? ってそんなの魔法以上に
ファンタスティックだし。
しょうがない。適当に言いくるめて追い返そう。ちょうどお母さんは連休で田舎に
帰ってるし。
「じゃー分かったよ。特別に本物の超魔術見せちゃるけん、うち来る?」
「超魔術じゃないの。魔法なの。超魔術だとブームの手品なの」
……こいつ、鋭いじゃないか。
- 9 名前: 投稿日:2005/02/13(日) 23:54
-
☆
場末の一角に軒を構える「田中薬局」。ここが我が家。ちなみに休日休業主義。
「どうしたの?」
ぽーっとした顔でうちの看板を見上げてるさゆ。や、確かにそうとう薄汚れてる
けどさ。
「……ださいの」
「は?」
「可愛くないの。もっと魔法の家っぽくして欲しいの」
知るか。わたしは無視して2階へ上がって行ってやった。さゆもふくれっ面のまま、
ちょこまかとついて上がってきた。
- 10 名前: 投稿日:2005/02/13(日) 23:55
- 「……」
散らかったわたしの部屋を、さゆはきょとんとして見回していた。
どうだビックリしたか。これが代々続く魔女の家系ってやつだ。
お望みならコウモリの羽もイモリの腹蔵も蚊の目ん玉も……っておい。
「すごーい。ガクトさんのおうちみたい」
見たことあるのか。さゆは遠慮することもなく、水晶やら薬草の入った瓶やら
小型のヒトガタやらを興味津々で手に取っていった。
「すてきー。さゆのうちにもいっぱいこういうのあるの!」
あ、それは代々伝わる榛の木の魔法の杖……。
もうどうにでもしてくれ。
- 11 名前: 投稿日:2005/02/13(日) 23:55
-
「あれ? これれいな? いやーん、二人なんかラブラブだ」
「たぁーっ!!」
神速でさゆの手からスタンドを奪い取る。ったく、油断も隙もない。
「彼氏なの? いいなー」
うっさいうっさい。わたしはあたふたと写真をひっぱりだす。破ろうとして一瞬
ためらってしまう。
おい、どうした。まだ未練とかあんのか。
「違うから。ただの知り合いだから」
「ふーん」
不覚だった。こんな幸せの絶頂期の写真なんてみたら、いろんなこと思い出し
ちゃうじゃないか……。ちくしょー。
灰皿に落とすと指先から火。さゆが見てようと知ったことか。
ぱちぱちと爆ぜながら灰になっていく思い出。二人仲良く肩組んじゃったりして。
背景がディズニーランドだったりして。すげーベタなシチュエーションでベタベタ
してたりして。ちょっとコワモテで通ってるれいなが、ものすごいオンナノコな
顔で笑ってたりして。
けっ。煤が目に痛いぜ。
ていうか泣いてる? わたし? バッカみたい。
「……ごめんね」
「気にせんと。もうどーでもいいから」
ああ、もう誰でもいいや。話聞いてくれるなら。
- 12 名前: 投稿日:2005/02/13(日) 23:56
- 田舎のばあちゃんがよく言ってた。うちが魔女の家系だってことは、絶対に
ばらしちゃダメだって。
『あたしたちはそれでひどい迫害にあってきたんだ。だからなにがあっても
隠し通しなさい』
って、どっからどう見てもマンガに出てくる魔女みたいな風貌で言われても。
そりゃあんたの自己責任だよクソばばあ。一般人にとけ込む努力しろっての。
なんて子供のことは言ってて、お母さんからよく殴られたもんだ。
今となっては、ばあちゃんの言いたかったこともよく分かる。
魔法を使えて得することなんてなんもない。昔はマジシャンになったり占い師に
なったりして成功した人もいたらしいけど、今はすぐ有名になって、テレビやら
マスコミやらが押し掛けてくる。うちらは目立ったらいけないのだ。
そんなわけで、我が田中家はこうして細々と薬屋経営。
効果はてきめん……にせずほどほどに。それが魔女一族、田中家家訓なのだ。
「そういうわけ」
「ふんふん」
わたしの話に、さゆは子供みたいな顔で聞き入ってた。
「全然夢もなんもないでしょ? がっかりした?」
「ううん。本当に魔法とか魔女とかあるんだって、わくわくしてるの」
そうですか。ポジティヴでよろしい。
「だからさ、さゆみたいな、ロリータちゃん? の子たちが考えてるみたいな、
ロマンチックな世界じゃないってこと」
まあゴスロリちゃんのことなんて全然知らないからテキトーに言ったんだけど、
「分かったの」
素直に頷くと、にっこりと笑って、
「それより、さっきの写真のこと聞かせて欲しいの」
ぶっ。また烏龍茶を吹きそうに……って、今は飲んでなかった。
- 13 名前: 投稿日:2005/02/13(日) 23:56
-
☆
それはちょうど一年前の、聖バレンタインの日。
確かにわたしは恋してた。そりゃもう、バカみたいに。
ラブイズブラインド。やっぱりどうかしてたんだと思う。わたしはよりによって、
一番やっちゃいけないことをやった。
彼はとにかくモテモテで、ちょっとした伝説の人くらいの勢いだった。
だから最初っからダメもとだった。腐るほどもらうだろうチョコを、全部食べる
わけがない。
そうだ、もしわたしのを選んで食べてくれるなら、それは運命なんだ。
魔女が運命を信じていけない? そんなわけで、わたしはチョコレートの中に
ちょっとした魔法の薬を入れた。
- 14 名前: 投稿日:2005/02/13(日) 23:56
- 「好きになっちゃうおくすり?」
さゆが訊く。
「正解」
わたしはそう答えて、ため息をついた。お母さんに内緒で、寒い台所で足を
すりあわせながら、夜中にコトコトと作ったのだった。
なんともビターな思い出。
一か八かの賭はあたった。彼はわたしを好きになり、晴れて二人はカップルに
なって、幸せな日々がはじまった……はずだった。
そもそも、そんな始まり方をした恋がキレイに進んでいくはずもなく、わたしの方が
どんどんとイヤなことばかり気付くようになってしまった。
その結果がさっきのアレ。三文ドラマの見せ場シーンだ。
話してるうちにまた切なくなって、自分がとことんマヌケに思えてきて、ちょっと
泣きそうになってしまった。
「だ、だからさ、魔法なんて、ほんっと下らないし、意味ないんだって」
空元気を振りまいて言う。
さゆはじーっとわたしを見て、黙ってる。なんだよ、今度は
『お前は自分の心を偽っている!』
とでも言うのか? そしたらもうホントに、れいなキレちゃうよ。
- 15 名前: 投稿日:2005/02/13(日) 23:56
- 「さゆ、れいなは間違ってないと思うの!」
わっ。だから、急にでかい声だしたらビックリするって。
「そ、そうかな……」
「人を好きになるのって、とてもステキなことだと思うの」
すまん、今のわたしには申し訳ないけど同意できない……。
そんな考えを知ってか知らずか、さゆは笑顔で両手を差し出した。
「さゆにも、おくすり作ってほしいの」
「へ?」
「お願い」
いや、そりゃ確かにうちは薬屋だけどさ。
処方箋書いてもらわないと、みたいな。
「明日バレンタインなの。だから、お願い!」
……いいのか? わたしのあんな哀しいお話を聞いた後で、そこまで言うなら、
もう止めたりしないよ。
- 16 名前: 投稿日:2005/02/13(日) 23:57
-
☆
翌日。明日は明日の風が吹く。
いつも通りに学校行って、いつも通りにかったるい授業受けて、いつもどおり
彼ともすれ違ったりして。
特に変わったこともなく。まあ人生ってそんなもんでしょ。
昼過ぎ5限目、とてつもなく眠くなる時間、わたしは窓際の席からぼーっと
雲の流れるのを見上げていた。
あのさゆなのとかいう子は、今頃うまくやってるのかなあ。
- 17 名前: 投稿日:2005/02/13(日) 23:57
- 甘ったるーい匂いが広がってる薬屋の2階。
さゆはせっせとチョコを作って、わたしはネチネチと秘薬の調合。
同じ女の子としてこれどうなの。いやいいけどさ。所詮わたしは魔女の娘。
「じゃ、最後の調合はさゆがやって」
「分かったの」
わたしから受け取った2種類の薬液を、真剣な眼差しで調合する。
あれ、ちょっといい表情じゃん。なんて思ったりして。
と、そんなわたしをふと見つめて、
「もっとカワイイピンク色したおくすりかと思ってたの」
……すいませんでした、地味ーな色のお薬で!
カワイすぎて見てるだけでげっぷが出そうな、しかし中には危険な薬を
入れたチョコを持って、さゆはご機嫌で帰っていった。
なんだってわたしはこんなことをしてるのか。恋が終わったせいでやけくそに
でもなってたのかな。
- 18 名前: 投稿日:2005/02/13(日) 23:57
- いや、多分、わたしはまだわたしが受け継いできた魔法を信じたかったのかも
しれない。魔法は不幸をもたらすんじゃなくて、幸せを導くものだってことを。
あの娘ならきっとうまくやってくれるだろう。わたしと違って、素直だし、カワイイし、
なによりまっすぐだから、ね。
- 19 名前: 投稿日:2005/02/13(日) 23:57
- 結果報告!
このわくわく感はなんなんだろう。とにかくさゆがうまくやったのかどうか知りたくて、
わたしはあたふたと学校を飛び出していった。
でもひょっとしたら、彼氏できたらゴスロリやめて道ばたでぶらぶらとかしないで、
もうデートなんかに行っちゃってるかもしれない。
それはそれで寂しいけど、まあハッピーエンドじゃないかな。
暇そうな人たちが往来する並木道。昨日の場所に、さゆはいた。ヒラヒラも
日傘も、まだまだ健在だった。
あれ? どうなったんだろう。わたしは一抹の不安を覚える。
と、さゆのほうからわたしに気付いて、手を振ってきた。
- 20 名前: 投稿日:2005/02/13(日) 23:58
- 「れいなー!」
なんだかとってもご機嫌だ。わたしも手を振り返すと、さゆの方へ駆けていった。
「どうだった? どうだった?」
「うん、大成功だったの」
おー、そうだったのか。やはり伊達に魔女の血を受け継いでないぞれいな。
「ほら」
そういうと、さゆは足下に置いてあったバッグから、巨大な鏡を引っ張り出した。
こんなごてごてした飾り鏡、うちの実家にだってないぞ。どこで手に入れたんだ。
「ねっ」
ねっ、って言われても、よく分からんとです……。
「えっと、これなに?」
「ほら、今日もかわいい」
さゆは鏡の中の自分に魅入っている。それはまさに……恋する瞳。
- 21 名前: 投稿日:2005/02/13(日) 23:58
- 「さゆさ、ひょっとして」
「すごいおくすりなの。さゆますます自分のこと好きになっちゃった」
わたしは脱力してその場にへたりこんでしまった。
さゆは不思議そうに見下ろしてきたけど、すぐにまた鏡に夢中。
「かわいいかわいい♪ れいなありがとね」
いや、あなたには魔法とか必要ありませんから……。
でもなんだか、ちっぽけなことでくよくよするのがバカらしくなってきた。
「れいなもチョコレート食べれば、もっとハッピーになれると思うの」
結構なの。さゆステキなの。れいな負けたの。
お母さん、れいなはまだまだ、魔女としての修行が足らないみたいです……。
- 22 名前: 投稿日:2005/02/13(日) 23:58
-
☆
- 23 名前: 投稿日:2005/02/13(日) 23:58
-
☆
- 24 名前: 投稿日:2005/02/13(日) 23:59
-
☆
Converted by dat2html.pl v0.2