47 本日モ晴天ナリ

1 名前:47 本日モ晴天ナリ 投稿日:2005/02/13(日) 23:29
47 本日モ晴天ナリ
2 名前:47 本日モ晴天ナリ 投稿日:2005/02/13(日) 23:32
今日もとてもいい天気。

どこまでも飛んでいけそうな澄んだ青い空の日。
「あい、でははじめまぁす。」
舌足らずな声とともに、授業が始まる。
「今日はえぇと、どっからだっけ?」
相変わらずだ。くすくすと教室の中から笑い声が洩れる。
決して悪意のあるものじゃなく――むしろ好意的なものだけど、私は不満だ。

だって、ああいう村っちは私の、柴田独りのものの筈だったのに。
3 名前:47 本日モ晴天ナリ 投稿日:2005/02/13(日) 23:37
去年までの村っちは怖かった。

別に怒ったりするわけじゃないけど――生徒のことなんか眼中にないっていうか。
事情通のあさみちゃんが言うには村っちは大学でなんか難しい研究をしていたけれど、就職がなくてここに来たらしい。
だからきっと生徒が馬鹿に見えてしかたないんだろうな、と思った。
村っちも生徒のことをかまおうとはしなかったし、生徒も―お嬢さま学校だから学級崩壊とかはなかったけど―村っちと親しくなろうとはしなかった。

なんだか涼しさを感じさせる綺麗な顔で脇目も振らず廊下を歩く村っちは、身体にぴったりとあったスーツと縁なし眼鏡のせいもあってとても怖かった気がする。

でも。
あの日の村っちは―可愛かった。
思い出すだけで、なんか可笑しくなるぐらい、

可愛かったんだな。
4 名前:47 本日モ晴天ナリ 投稿日:2005/02/13(日) 23:44
その日もとてもいい天気。

学校から帰る途中、五月の風は自転車に乗る私をますます爽快にさせていた。
ぐいっとペダルを踏むごとに風がいっそう顔にあたって、いい気持ち。
緑の匂いに涼しい風。
上機嫌の私は鼻歌なんか歌ってた気がする。

と。
――その時。

ぎりりっ。
突然の停止にタイヤが不満を洩らす。
視界の隅に―どこかで見た人。
振り返った先。広がる道に、見覚えのある人。
別に通学路なんだから知ってる人が歩いていてもおかしくないんだけれど、思わず止まったのは――なんかすごく違和感を感じたから。
5 名前:47 本日モ晴天ナリ 投稿日:2005/02/13(日) 23:50
近寄っておそるおそる声をかけた。
「村田―先生?」
怖かったからじゃない。
…よく分かんなかったから。
村っち(らしき人物)は、すごーく大きなリュックを背負って道の隅っこに座り込んでたんだ。

「あー、高等部の…誰だっけ?」
疲れきった表情だったのを、覚えている。あと、短く切った髪の毛が汗でぺたっと額についていたことも。
「…柴田です、柴田あゆみです。」
「あぁ、うん。覚えている、うん。」

…すっっごく嘘っぽかった。
後で聞いた話だと、実際覚えちゃいなかったらしいから無理もないけど。

「何してんですか?」
「いやねぇ、そこの古本屋。あるでしょ。」
路地の奥を指差す――確かに小さい古本屋がある。幼等部から通っているけど知らなかったや。
「あそこでねぇ、前から欲しかった全集見つけたんだけどにぇ―重くて重くて。」
こんな喋り方する人だったっけ。
なんだか――年上に見えない。
「…送ってもらえばよかったんじゃないですか?」
「郵送費かかるじゃない。」
躊躇なく、返事が返ってきた。
「普通こんなに買ったら郵送費ただにしてくれるんだけどにぇ、引いてくんにゃいのよ。」
駄々っ子みたいに唇を尖らせる。

あ、ちょっと可愛いかも。

私がそんなことを考えてるとはたぶん思いもせずに、けちだよにぇとかぶつぶつ言いながら立ち上がろうとして、村っちは―――
6 名前:47 本日ハ晴天ナリ 投稿日:2005/02/13(日) 23:53

こけた。

「おみょい…。」

ぷ、と笑いが洩れた。
思わず、あははと笑ってしまった。
だってほんとに―ほんとに村っちの意外な面を見れた気がしたから。
前言撤回。この人ちょっとどころか断然可愛いや。

「…そんなに笑わにゃくてもいいじゃない。」
気がつけばすごく恨めしそうな上目遣いでこちらを見ている縁なし眼鏡の社会科教師が、いた。
7 名前:47 本日モ晴天ナリ 投稿日:2005/02/13(日) 23:58
ひとしきり笑った後、涙を拭いながら提案した。

「ごめんなさい、へへ…あー、村田先生のおうち、どっちですか?」
あっち、と指差された方向はどうやら私の家の近く。
「半分持ってあげますよ。」
久しぶりに大笑いさせてもらったお礼のつもりだった。

「や、でもにぇ・・・」
「いいですから。はい、半分渡してください。・・それともこのまま座り続けますか?」
ちょっと意地悪な物言い。
うーむうーむと数分悩んだ末、あの人は大事にあつかってにぇとか言いながらしぶしぶリュックの中の半分を自転車の前かごに入れた。
「しゅっぱつしんこー!」

ちりんちりん。
8 名前:47 本日モ晴天ナリ 投稿日:2005/02/14(月) 00:02
道すがら、いろんな話をした。

村っちのしてる勉強のこと。
私のクラブのこと。
友達のこと、先生たちのこと。

学校での村っちの評判を話したときは――ちょっと不満そうな顔をしていた。
9 名前:47 本日モ晴天ナリ 投稿日:2005/02/14(月) 00:06
「あいあとね。」
小さなアパートの前まで来て、そう言われた時は正直寂しかった。
あぁ、もう明日から私とこの人は普通の先生と生徒に戻っちゃうんだと思うととても寂しかった。
そう思いながら、さよなら、と口を開きかけたとき。

ぎゅるぎゅるぎゅる、と村っちのお腹が鳴ったんだ。
10 名前:47 本日モ晴天ナリ 投稿日:2005/02/14(月) 00:10
「…先生、お腹減ってるんですか?」
「この本買うお金ためるのに三日ぐらい食べてない…」

母親に叱られたいたずらっ子のように下を向く村っちを前に私はまた、あははと大笑いしてしまった。
そうだよ、この人はこういう人なんだ。
それを気づかずに避けていたのは私じゃないか。
怖がることなんてないや、私と村っちが生徒と教師であることと、今みたいに笑いあえることは―決して矛盾しない。
笑いながら、変なこだわりが消えていく気がした。
まるで――陳腐な言い方だけど、魔法みたいに。

「せんせー、とりあえずご飯食べないと死んじゃうよー。」
そう言いながら、私は鞄の中から帰り道食べるつもりだったクリームパンを出した。
「はい。あげる」
少し困ったような笑顔でまたあいあと、とお礼を言いつつそれを両手で受け取る彼女は、
本当に―可愛かった。

それが全てのはじまり。
11 名前:47 本日モ晴天ナリ 投稿日:2005/02/14(月) 00:18
あれから彼女も変なこだわりが消えたのか、「地」が出始めた。
授業中になにもないところで転ぶ。
出席簿を間違えて隣のクラスの出席をとる。
うっかり壁に板書したこともあったっけ。さすがにあとで怒られてたけど。
最初は戸惑っていたみんなも―今ではすっかり村っちになついている。

…でも私は面白くない。
あの、ふにゃっとした村っちは私だけのものだったのに。
いつの間にか他のみんなも「村っち」と呼び始めている。
私だけのあだ名だったのに。

怖い村田先生が私だけの「村っち」になる魔法の言葉、だったのにさ。

ふん、だ。
そう思ってたら、隣の席のみうなちゃんに「ほっぺたふくらんでるよ」なんて言われてしまった。
12 名前:47 本日モ晴天ナリ 投稿日:2005/02/14(月) 00:24
子供っぽいって言われても―村っちの一番で、いたい。

だから授業も真面目に聞くし、テストもちゃんと頑張るんだ。
だけどもっともっと近づきたい。
村っちの見るように世界を見たい。
村っちの考えていることを知りたい。
村っちのこと世界で一番知っている人に、なりたい。

…とりあえず、今日から「村っち」と違うあだ名で呼ぼうと思う。
みんなと違う村っちを、見たいから。
そう思ってクラスを出て行くあの人の後ろ姿に呼びかける。
13 名前:47 本日モ晴天ナリ 投稿日:2005/02/14(月) 00:27

「――めぐちゃん!」

あの人は振り返りあの時みたいに―いつもみたいに少し困ったような顔で、笑うだろう。
「…なにかにぇ、しばたくん。」

14 名前:47 本日モ晴天ナリ 投稿日:2005/02/14(月) 00:30
ああ。

今日もとても、いい天気。
なんてなんて、いい天気。

15 名前:47 本日モ晴天ナリ 投稿日:2005/02/14(月) 00:32

おしまい
16 名前:47 本日モ晴天ナリ 投稿日:2005/02/14(月) 00:34
…ガガ…ガ…えー、只今マイクのテスト中、只今マイクのテスト中…
17 名前:47 本日モ晴天ナリ 投稿日:2005/02/14(月) 00:35
本日は晴天なり。
18 名前:47 本日モ晴天ナリ 投稿日:2005/02/14(月) 00:37
本日も、晴天なり。

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