45 イッツ・ア・パラレルワールド
- 1 名前:45 イッツ・ア・パラレルワールド 投稿日:2005/02/13(日) 21:23
- 45 イッツ・ア・パラレルワールド
- 2 名前:イッツ・ア・パラレルワールド 投稿日:2005/02/13(日) 21:24
- 頭の中、想像の世界にはきっと、形がない。
それなのにここのところのわたしときたら、愉快でもない考えに影響されてしまっている。
たとえば、移動の車内。
窓から見える街並みは、極端にボロボロか、限りなくメタリック。
どちらも非現実的で、どちらもSFに都合の良い設定だ。
さらにそれらは他の人には普通に見えているっていうんだから、世界はますます、いよい
よ危ない。なんて、アイデアを大ヒットした映画から無断で拝借してしまっているけど、
発表するつもりもないから、きっとクレームの電話は届くことがないと思う。
だけど、ただ。自分にだけ見えるものが多すぎて、わたしは少しばかり疲れているのかも
しれない。
それでも彼女は読んだ本の内容を話すことをやめないし、わたしもどちらかといえば、進
んでそれを受け入れているのだった。
突如、脳内に設置されたスピーカーから、割れた声が響く。
――宇宙ロケット『モーニング娘。号』は、またも切り離しに成功しました。
- 3 名前:イッツ・ア・パラレルワールド 投稿日:2005/02/13(日) 21:25
- ▽
今の時間のわたしは、学校にいる。
ちょうど四時間目の授業が終わったりなんかして、そう、購買部でパンを買うために廊下
を走っていたりするといい。
鼻歌は恐らく、モーニング娘。の曲のメドレー。これは確定。絶対にそうだって言える。
でもってそれは、角を曲がった瞬間、唐突に止めるまで続く。
途切れた理由。残念ながら、そこはすでに人で溢れているのだ。
わたしは腕まくりをして、ふふん、と笑う。
これでわたしが怯むだなんて思ったら、大きな間違いと書いて、オオマチガイ。
慣れた体さばきなんかを披露しながら、コウモリが寄ってきそうなくらい上履きをキュッ
キュいわせながら、人波の隙間を縫う。
そして見事、定位置であるオバちゃんの目の前を陣取るのだ。
「そこの、コロッケパン一つ!」
- 4 名前:イッツ・ア・パラレルワールド 投稿日:2005/02/13(日) 21:25
- 注文はひっきりなしで、わたしの声は無残にも掻き消されてしまう。
悲しんでるヒマはない。そんなことをしていたら飢え死にしてしまうので、わたしは両手
を振りながら、もう一度言った。
「オーバーちーゃん、コロッケパンー、ってぇ!!」
それでようやく、無言でガラス越しのコロッケパンへ手を伸ばすオバちゃん。
だけどそれだけで問屋が卸さない。ここからがガキさんミラクル。腕の見せ所だ。
「――と、そこのカレーパンと、焼きそばパンもよろしくぅ!」
こうして、いまだに慌しい戦場を離れたわたしの手には、見事にパンが三つ。
ポイントは注意を自分に向けること。それさえ成功すれば、後はいくらでもパンを手に入
れることができる。つかみ取り状態だ。
パンという言葉を省略して、空中を舞う、コロッケ、カレー、焼きそば。
お手玉の要領で階段を駆け上がる。
知り合いに声をかけられたり、返事に注意を取られたり、落として「おおい!」なんて声
を上げてみたり。
そんなことをしながら、足は自動操縦よろしく、目的地は屋上。
- 5 名前:イッツ・ア・パラレルワールド 投稿日:2005/02/13(日) 21:26
- 青い空。白い雲。牧場は緑。ウソ。残念ながら、牧場だけは見当たらない。
代わりにいつも一緒に昼休みを過ごす友達がいて、グランドを見下ろす視界には、金網が
ある。
「ガキさーん、今日も戦利品手に入れたぁ?」
「おぉ!」わたしはお手玉を再開する。「このとぉりぃ!」
笑い声が金網を越えて空気と混ざる。
その有様といったらもう、ほわんほわんのふあんふあんだ。ほわんほわんの、ふあんふあん。
恥ずかしいけど、叫びたくなった。
バカヤロー、でも、コンチキショー、でも何でもいい。
自分の声もほわんほわんのふあんふあんにしてみたくなって、パンをキャッチした。
トントントンと、小気味よく落ちてくる。
金網にガシャリとオデコつけて、口の周りに両手でトライアングルを作る。簡易メガホンだ。
そのまま肺にたまるだけ息を吸い込み、とめた。
……そして三秒後に吐き出した。
「えぇー、なんか言うんじゃないのぉ!?」
友達の脱力が悔しかったけど、それはそれ。恥ずかしさが勝ってしまうこともある。
ごまかすように、飲み物を担当した娘の手から午後の紅茶を奪い取った。
まぁ、青春だ。いろいろある。
△
- 6 名前:イッツ・ア・パラレルワールド 投稿日:2005/02/13(日) 21:27
- 言葉を右の耳から左の耳へ。最近はこれが苦手だ。
それができないとひどい目に遭うことが分かっていてもそう。
前はどうしてあんなに簡単にやってのけたんだろうとか思うけど、きっと考えている時点
でコツから離れてしまっているのだ。
彼女の話は絶え間なく続く。
少しでも流れを遮ろうものなら、スゴイ勢いで割を食うことになる。
だとしたらどうすればいいか。それは分かる。
言葉を右の耳から左の耳へ。以下、無限ループ。
娘。のメンバーたちはゼンマイ仕掛けなのに、楽しそうに会話をしてる。
きっと、止まってしまうのを恐れないんじゃなくて、止まることなんてないって信じてる
んだ。わたしは、この光景がたまらなく好き。
ゼンマイを気にせずに行動することで、誰かのゼンマイが巻かれる。
それって、とっても好循環。
時間が止まればいいって思ったりとか、違った状況を想像するのは、こんな時。
何かが壊れるのが怖くて、やっぱりわたしは意識を飛ばす。
みんなといる時はそこを違った世界に見立てて。
一人きりの時はもう、“そこ”ですらなく。
- 7 名前:イッツ・ア・パラレルワールド 投稿日:2005/02/13(日) 21:27
- ▽
ハキハキしてるって、よく言われる。
そんなわたしにとって、コンビニの店員は天職かもしれない。
年齢をごまかして料金のいい深夜にバイトして、朝に眠る生活。
幼く見えるよ、なんて言われて、ホントっすか? なんて返す日々。
フリーターと呼ばれるものでいるのも悪くない。
今日も今日とて、夜型の人間が行き交っている。
お客さんがガラリと入れ替わることなんてないし、このバイトを始めて少しした頃には、
大体の顔を覚えてしまった。
レジの内側の作業で座り込んでいたわたしは、コトンという音で、顔を上げた。
ピンク色をしたボトル缶と、並ぶお弁当。
食べ物はローテーションされるのに、飲み物はいつも決まってこの銘柄のピーチ味だ。
心の中のあだ名。ピーチさんは二十歳過ぎくらいの、太った男の人なのだ。
「お弁当、温めますか?」
ピーチさんはうなずく。その返答は見ないでも分かっていた。
- 8 名前:イッツ・ア・パラレルワールド 投稿日:2005/02/13(日) 21:28
- 調味料のシールを剥がして、お弁当を電子レンジに入れる。
ここからだ。お客さんとふれ合える時間はこのわずかな時間しかない。
「でも本当に、急に寒くなってきましたよねぇ」
ピーチさんは大抵、曖昧な反応しか示さない。それでもわたしは一人でしゃべり続けるし、
ピーチさんも前よりそれに慣れてきたみたいだ。
「なんか、お盆と正月が一緒にきたみたいですよぉ」
何故か笑うピーチさん。そうだね、とめずらしく相槌を打ってくれた。
それが嬉しくて、わたしはついつい言葉に力が入る。
何タマシイか知らないけど、うずいた。このお客さんを逃がしてはいけない。
「雪でも降ってきそうっていうか、それ以上の、そう、サンタクロースのオジさんでも落
ちてこないか心配ですよねぇ!」
ピーチさんの口角がまた持ち上がる。
相手はもはやフラフラだ。コーナーポストにもたれかかっている。
ここだとばかりに追い討ちをかけようとした時、チンッと安っぽい試合終了のゴングが鳴った。
- 9 名前:イッツ・ア・パラレルワールド 投稿日:2005/02/13(日) 21:29
- お弁当を取り出して振り返ると、レジに置かれたままの千円札一枚。
会計を忘れてたことを思い出す。
あんまり混むことのない時間帯だからよかったけど、これを食事時にやらかすと、ヒンシ
ュクの大合唱をくらうことになってしまう。
「ああ、すいませーん!」
慌ててそれを済ませて、お釣りを渡す。
マニュアル通りに、手のひらを包み込むようにして、お金を落とした。
この方法を実践すると、特に同姓のお客さんに奇妙な目で見られることも多いけど、気持
ちが伝わる気がして、そうしてる。
「ありがとう」
これはさらにめずらしく、お礼を言われた。
店を後にするピーチさんの背中に、「どーもぉ!」とあんまり店長からはほめられない言葉
を投げた。
時計を見ると、一時間。始まったばかりの今日はいい一日になるかもしれないと思った。
そして、ピーチさんにとってもそうであればいいなぁ、とも。
△
- 10 名前:イッツ・ア・パラレルワールド 投稿日:2005/02/13(日) 21:29
- この状況の説明を、わたしは自分が透明人間だということでつけることにした。
つまり愛ちゃんは、そんなわたしを見ることのできる唯一の人。
そういう夢のある設定。
「SFってな、サイエンスフィクションの略らしいで」
わたしは、ほうほうとうなずいてみせる。
そういう役割を突如として与えられた人間の常として、愛ちゃんは透明人間について色々
と調べてくれる。
それだけじゃない。愛ちゃんはそういったこと全般について前向きに知りたがっている。
「その、サイエン……ス? フィックッションっていうのは何?」
「それや。科学的な作り話ってこと」
「科学的な?」わたしは首をひねる。「つまり……車が空を飛んだりっていうのはさぁ、科
学的なのかな?」
「科学的やろぉ」
「科学的かぁー」
「科学的科学的。だってぇ、空飛ぶんやもん」
何かがおかしいと思って反論しようとしても、わたしも何がおかしいのか分からない。
だからうーん、とか、そうかなぁ、としか言えなくて、そうしていると愛ちゃんは説き伏
せたと判断するようで、次の興味のある話題にいくらか気分良さそうに移る。
- 11 名前:イッツ・ア・パラレルワールド 投稿日:2005/02/13(日) 21:30
- 「それでな、今読んでるのが」
「うん」
「ゾンビが出てくる! ワーって。そこら中に這い回ってんの!」
「……どうしてそんなことに?」
「なんかなぁ……あれっ? どうしてやったっけ?」
知らないよぉと、わたしは言った。それ以外に何を言えというのだろう。
「そうそう、変な、頭のおかしな科学者が作ったんだった。それでな……」
「その人はどうして?」
「それはもういい」
「えぇー、よくないよぉ。けっこう大事なところだと思うけど」
「そんなことより」愛ちゃんは語気を強めて心底恐ろしそうに言った。「ゾンビや、ゾンビ!
そんなのがこの今の日本にいたらと思うと怖いやろ?」
「怖いけどさぁ……」
「この本にある通りだと、五十年後くらいにそうなるから、ガキさんも覚悟しておいたほ
うがええで。それにな」
それからも愛ちゃんのゾンビ話は続いた。
考えないようにさせてくれるのはありがたいけど、ものを選んでくれればいいのに。
もっとも、愛ちゃんにはその意識がないんだから仕方がない。
どうやら、わたしにだけ見えるものにゾンビが加わりそうだ。勘弁してほしい。
- 12 名前:イッツ・ア・パラレルワールド 投稿日:2005/02/13(日) 21:31
- ▽
何も日常に密着していなくてもいい。
もっともっと、ありえないくらい遠くへ行こう。
地球を半周でも十六周でも何でもいいからして、それにもっとこう、地下とかに潜っちゃ
ったりして。
冒険家だ。秘宝を求めて世界の裏側を旅する、冒険家。
いくつもの絶望的な罠を回避して、手に入れた財宝の数と質でこの人ありと言われたわた
し。それでも、この冒険はさすがに大変だ。
人口の少ないこの国に空から入り、セスナのような飛行機を降りた瞬間から周りが敵だら
けなのだから。
現地民はこのお宝がどんなに厄災をもたらしているかも知らない。だからただ崇めたてま
つっていて、それを拭おうとするわたしを敵と見なして襲い掛かってくる。
そして、そんな民衆心理を煽っている組織はさらに危険な存在だった。
- 13 名前:イッツ・ア・パラレルワールド 投稿日:2005/02/13(日) 21:31
- だけどそれも、もう過去の話。
追手はみんなわたしについて来ることができなかった。
一人はトロッコのカーチェイスで判断を誤り、奈落の底へ。
一人は濃硫酸の流れを解除できずに、その海の中へ。
みんな古代人がしかけた罠だ。それらはわたしの手も焼いたけど、カッコウのザルでもあ
った。邪魔者とわたしを選別してくれるザル。
で、それはそうとして、どうして今わたしが冷や汗をかいてるかというと……。
壁が壁の役割をしていない。つまり、動いてる。もっと言うと、両端から迫ってわたしを
押し潰そうとしている。
クイズにだって制限時間があるのだから、この際それは問わない。
どうしてぇー、って文句の一つくらい叫んでもいいんじゃないかと思うのは、ヒントも何
もなく、選択肢だけがそこにポツンとあること。
- 14 名前:イッツ・ア・パラレルワールド 投稿日:2005/02/13(日) 21:32
- だだっ広いこの部屋に入った時から、何かある予感はしていた。
今ここは段々と廊下のような細長い形になりつつあり、その真ん中にわたしがいて、廊下
の終わりには地面がない。
救いは一つ。その先にロープがぶら下がってる。
どちらかが本物で、どちらかがつかむと綱もろとも一緒に落ちることになるフェイク。
それに飛びつかなくちゃいけない。
もう時間はギリギリだ。
走り始めなくちゃ、右か左を選ぶ前にトコトンまでスリムになってしまう。
わたしは、うわっー、と声を上げながら、直感にまかせて足を動かした。
ジョウトウだ。知識でも経験でもなく、ただ単に運を試すというのなら、それにもノッてやる。
わたしはガキさん。
世に名を知られた、最高のトレジャーハンターなのだから。
古代人にタンカを切りながら、ロープに向かって、身体を投げ出した。
△
- 15 名前:イッツ・ア・パラレルワールド 投稿日:2005/02/13(日) 21:33
- 前言撤回。どれも悪くない。それどころか、どれも最高に楽しんでるわたしがいる。
だって全部面白そうで、そこで頑張ってる人の気持ちを理解できてしまうんだからしょうがない。
だけど、いくらでもある理想的な世界のどれか一つ。
とても大きくて不思議な力で選ばせてくれるとしても、わたしはゼッタイに人生を変えない。
くやしいこともなく、それを自覚してしまっている。負けなのだ。想像の限界なのだ。
娘。のみんなの背中からはゼンマイが溶け、わたしの身体は色を持ち、愛ちゃんはそうい
った種類の小説にハマッてるただの女の子になった。
街もきっと元通りになっているに違いない。
脳内スピーカーも、何もかも解除。
- 16 名前:イッツ・ア・パラレルワールド 投稿日:2005/02/13(日) 21:33
- 考えないようにしても、ごまかすようにわざと頭の中を忙しくしてみても、時間はやっぱ
り過ぎてしまうもので、残された猶予はわずかしかない。
最後の挨拶がすんでしまえば、わたしがテレビで見てあこがれたモーニング娘。から、オ
リジナルメンバーがいなくなる。
それは何か、確実に一つの終わりだと思った。
だけど今、わたしは確かにそのグループの中にいた。
そのことは時々現実感がなくて、それだけにこんな考えにいたるのだった。
もしかしたら、誰もが知らない内に選択をすませているんじゃないだろうか。
それは生まれる前。ううん、違う。もっと意思とかってものが関係した、そんな暖かなパ
ワーを持ってる気がする。
とびっきりワクワクして、泣きたくなって、はしゃぎ回ったあの日。
きっとあの日から、わたしは魔法にかかったままでいる。
- 17 名前:イッツ・ア・パラレルワールド 投稿日:2005/02/13(日) 21:35
- これだけは別の平行世界や何かでなく、少なくとも、ここにいるわたしは大好きなモーニ
ング娘。の一員になり、これからもそれを動かしていくんだ。
動かしていく。
ショートケーキのようなスカートを着せられて、裏腹にシャンとしている背中を見つめな
がら、はっきりとそう思った。
わたしにもいつか、こういう日が来るまで。
黄色い花が揺れている。その光景はナニモノにも変えがたいと思った。
タンポポはやがて白い綿毛になり、風に乗って飛んでいくに違いない。
次に花を咲かせるのは何か。
それはどんな色をしているのか。
原色のチカチカしたものが思い浮かんで、思わず苦笑した。
まだおかしな世界の影響が残っているのか、そうでなければわたしは泣いているんだろう。
残念ながら胸がイッパイになって、考えることができたのはそこまでだった。
- 18 名前:イッツ・ア・パラレルワールド 投稿日:2005/02/13(日) 21:35
-
END
- 19 名前:イッツ・ア・パラレルワールド 投稿日:2005/02/13(日) 21:35
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- 20 名前:イッツ・ア・パラレルワールド 投稿日:2005/02/13(日) 21:35
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- 21 名前:イッツ・ア・パラレルワールド 投稿日:2005/02/13(日) 21:35
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