43 願い石
- 1 名前:願い石 投稿日:2005/02/12(土) 13:17
- 43 願い石
- 2 名前:願い石 投稿日:2005/02/12(土) 13:27
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インタビューのために与えられた時間はもう残り僅かだった。
彼女の背後に控えているマネージャーらしき男が時計を気にするように視線を落としている。
だが、保田は最後の質問を口にするのを躊躇っていた。
どうして歌をやめてしまったの?
その質問は仕事とは関係なしに保田が一番彼女に聞きたかった事である。
ずっと歌を歌っていきたい。なにをしてもいいから歌だけは歌っていきたいんだよ――
保田は以前そんなことを彼女の口から何度も聞いた事があった。
それなのに、彼女はモーニング娘。を卒業したあと
誰にも相談せずなんの前触れもなく、突然外国に行ってしまった。
歌をやめ芸能界そのものから姿を消してしまった。
そして、再び公の舞台に現れた時彼女の肩書きは
ニューヨーク国際芸術祭に絵画を出品し、見事受賞を果たした日本人女流画家に変わっていた。
一ヶ月前、保田はお昼のワイドショーでそのことを知った。
久しく聞くことのなかったモーニング娘。という単語が
丁度記事の編集をしていた保田の耳に飛び込んできたのだ。
思わず付けっ放しのTVに視線をやると、そこに保田の記憶の中にある姿と
あまり変わっていない彼女が映っていた。
それは、モーニング娘。が解散してから5年、
彼女が半ば失踪のような形で芸能界から姿を消して7年目のことだった。
- 3 名前:願い石 投稿日:2005/02/12(土) 13:28
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それから一ヶ月後、彼女が帰国するという情報が上がりマスコミ関係は一斉に飛びついた。
どの放送局も編集部も彼女へのインタビュー機会を挙って窺い順番待ちをしているような状況。
だが、一番にその機会を得たのは保田が在籍する小さな小さな雑誌社の編集部であった。
昔のよしみだからなんとかしてもらえないのか、と編集長に冗談交じりに言われ
駄目元で保田が連絡を取ってみると意外にも快諾を得る事が出来たのだ。
そうして、指定されたホテルの一室で保田は与えられた二時間という
特別待遇の取材を彼女に対して行なっていた。
七年ぶりに再会した彼女はシックなスーツを身に纏い
それは彼女のスレンダーなボディにぴったりとマッチしており、
画家と言うよりはキャリアウーマンに近い印象を保田に与えた。
だが、身なり以外を除けば、ワイドショーで感じた時同様彼女の外見そのものに然程の変化は見られなかった。
保田よりも一個年下のはずだが、とてもそうは見えない若々しさがそこには残っていた。
唯一つ、保田が引っかかったのは彼女の表情から微かに見え隠れする憂いの色。
成功を収めたはずの人間がなにを憂いているのかとインタビュー開始からずっと気にしていたが、
それは今自身が躊躇っている質問の答えと関係あるのではないだろうか。
保田はふとそんなことに思いあたり、ますます質問が出来なくなっていた。
- 4 名前:願い石 投稿日:2005/02/12(土) 13:28
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「圭ちゃん?まだカオリになにか聞きたいことあるんでしょ?」
そんな躊躇いが伝わったのか彼女が優しい声で促してくる。
窺うように上目で見やると、彼女は柔和に目を細め頷いた。
保田は一つの息のあと口を開く。
「どうして……」
「ん?なに?」
「どうして…歌をやめてしまったの?」
口にした瞬間、見え隠れしていた憂いの色が一気に噴出したように彼女の表情が曇った。
やはりそれは聞いてはいけないことだったのだ。
「ゴメン。言いたくないなら別にいいの。これは…取材用の質問じゃないから」
慌ててそう取り繕うと、彼女が小さく首を振った。
そして、後ろを振り返り「少し席を外して」とマネージャーらしき男に言った。
男は戸惑ったように微かに眉を寄せ、だが黙礼をすると部屋を出ていった。
それを見届けると、さっきの質問なんだけど、と彼女が保田に向き直る。
保田は真摯に彼女を見つめ言葉を待った。
- 5 名前:願い石 投稿日:2005/02/12(土) 13:29
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「カオは歌をやめたんじゃないよ」
「え?」
「魔法の石に歌を奪われたの」
意味の分からない言葉がポツリ。
「だから、もう二度と歌は歌えない」
目を伏せて微かに微笑を浮かべる彼女は、冗談を言っている風には見えない。
その言葉は重く切実な響きを伴っていた。
「…どういうこと?魔法の石って」
保田はどうにかそう搾り出す。声は掠れていた。
微笑を浮かべたまま彼女は目をあげ
「そうね。カオ、それを話せる状況を願ってたんだ」言った。
- 6 名前:願い石 投稿日:2005/02/12(土) 13:30
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◇
モーニング娘。を卒業した日、そのまま家に帰る気になれなかった飯田は
多少酔いの残る足取りで呼んでいたタクシーに乗り込むと、海を目指して走ってもらうことにした。
タクシーは静かに都会を抜け、やがて街灯の明かりも殆ど無い海岸線に出る。
ラジオからは飯田の好きな徳永英明の曲が流れていた。
頭の中で一緒に口ずさんでいると
「お客さん、もう海ついてますけどどこまで行ったらいいですかね?」
運転手の無粋な問いかけが聞こえた。
飯田は我に返って窓に目をやる。
視界には暗くうねる大きな海が広がっていた。
「あ、じゃぁ、ここで停めてください」
タクシーが静かに停車する。
飯田はすぐに戻ってくるからと運転手にそこで待機してもらい車外に出た。
- 7 名前:願い石 投稿日:2005/02/12(土) 13:31
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潮の香りがする冷たい風が飯田を迎える。
一気に酔いが醒めていく感覚。
車外に戻りたくもなったが、折角来たのだからと飯田は身を竦ませながら浜辺に向かって歩き出した。
歩きながら飯田は先ほど声に出せなかった分を発散するように歌を歌っていた。
天上にはスポットライトのように輝く大きな満月。
ここは自分だけのステージ。
波のざわめきは歌声に合わせるように響き
飯田は次々に頭の中に浮かんでくるメロディを口ずさみながら軽快に浜辺を歩き続けた。
「楽しそうね」
その時、急に背後からそんな声がした。
飯田は驚きのあまり悲鳴を上げそうになった。
今まで歩いてきた浜辺に人の姿などなかったからだ。
「歌もお上手だわ」
声は続く。聞き間違いとも思い込めないほどはっきりと。
飯田は息もできないほどに凍り付いていた。
「貴女、もしかして、願い石を貰いに来たのかしら?」
「願い、石?」
奇妙な響きを伴う単語に飯田はぎこちなく後ろを振り返る。
そこには一人の女性が立っていた。
黒いワンピース。黒い髪。黒くて大きな瞳。
月明かりの中、全てが黒尽くめの彼女は浮き上がって見える。
一見、不気味に思えそうなものだが、そこに浮かんでいる笑顔は至極穏やかなもので
飯田はそれに少しだけ安堵して、漸く体ごと女のほうへ振り返った。
- 8 名前:願い石 投稿日:2005/02/12(土) 13:32
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「あの…なんですか、願い石って?」
恐る恐る訊いてみる。
すると、女は大きな瞳をさらに大きくさせた。
「あら、知らなかったの?こんな時間にこんな所にいるからてっきりそうだとばかり……
それじゃぁ、話しかけられて驚いたでしょ。ごめんなさいね」
「…いえ」
飯田は首を振る。
ふと気づくと煌々と宝石のような輝きを放つ女の瞳が
なにかを探るように飯田の双眸を見つめていた。
そして、彼女は小さく微笑むと
「折角だから、話だけでも聞いてみない?」と提案した。
「話?」
「なんでも願い事を叶えてくれる魔法の石の話。どんなことでも叶うのよ。
何度でも願えば願うだけ叶えてくれるの」
女が歌うように言う。
「…それが、願い石?」
「そう。それが願い石」
頷いた彼女は不意に飯田に向かって右手を差し出した。
差し出されたその手はしっかりと握り締められている。
飯田は彼女がなにをしたいのか想像できず、ただ首を傾げる。
- 9 名前:願い石 投稿日:2005/02/12(土) 13:32
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「欲しい?願い石?」
「え?」
「貴女は願い石をあげるのに相応しい人間だと思う。
だから、あげてもいいわ」
飯田を真っ直ぐに見つめ女は口元だけで緩やかに笑む。
飯田は女の眼差しから逃れるように、その拳に視線を落とす。
願い石。そんなものがあるわけがない。
あるわけがない、頭では分かっているが飯田は彼女の拳から目が離せない。
その中身が気になって仕方がなかった。それでも――
「…それを貰ったら代わりになにをしなきゃいけないんですか?」
現実的な思考のほうが勝った。
「貴女、なかなか聡明なのね」
差し出した右手はそのままに女が感心したように片眉を上げる。
「そう。確かに代償はあるわ。当然よね。でも、その心配をすると言うことは
貴女はもう願い石を欲しいと思いはじめてるのよね。普通は気づかない人のほうが多いのよ。
勿論、そういう人には私も石はあげないんだけど」
揺れる心を全て見透かすような女の台詞に飯田は目を伏せる。
微かな女の笑い声。
- 10 名前:願い石 投稿日:2005/02/12(土) 13:33
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「そんなに大したことじゃないの。危険もないし。
ただあるモノを貰いたいだけ」
「あるモノ?それは貴女にあげるんですか?」
「そうね…ええ。そうなるわ。物々交換よ、人間社会の基本でしょ?」
「…お金ですか?」
「ううん。そんなものじゃなくて。
私が欲しいのは一つ。その人が二番目に大切にしているモノよ」
「…二番目?」
飯田は目を瞬かせる。奇妙な話だった。
これが御伽噺なら一番大切なモノを頂戴といわれそうなものだが。
「ええ。二番目よ」
女が頷き、言葉を続ける。
「そうして失ったモノは石の力を使ってももう戻らないんだけれど
その代わりに貴女はその他の全ての願いを叶える事が出来るようになる。どうかしら?」
二番目を失って全てを手に入れる。それは甘い誘惑だった。
信じる信じないはさておいても貰っておいても害はないような気さえする。
もしも、失ってしまうのが一番大切なものだったら躊躇したかもしれないが――飯田は視線を上げる。
- 11 名前:願い石 投稿日:2005/02/12(土) 13:34
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「本当に危険はないんですね。人が死んだりとか」
「ないわ。約束する」
きっぱりと女が言う。
飯田はまた女の右拳に目をやり、その下に自らの右手を伸ばした。
「契約成立ね」
女が小さく笑い、飯田の手の平に拳を重ねるとゆっくりとそれを開いて行く。
「…あの、もし、二番目をどうしても取戻したくなったらどうしたらいいんですか?」
二番目ならと決断したが、いざとなるとやはり気になってくる。
自身の手に視線を留めたまま飯田は女にそう尋ねてみた。
だが、女は口元に薄い笑みを浮かべるだけで何も答えない。
方法がないということなのか、
瞬間、手の上にひんやりとしたものが触れた。
それは飯田の体から熱という熱を吸い取ってしまうような冷たさだった。
飯田は目の前が真っ暗になるような感覚に囚われる。
女の姿が見えなくなる。ぐらりと体が傾いだ。
「貴女に幸あらんことを」
頭の上でおぼろげに女の声が響き、そのまま飯田は浜辺に倒れこんだ。
- 12 名前:願い石 投稿日:2005/02/12(土) 13:34
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◇
「そのあとすぐに気が付いたんだけど…
そこには女の人はもういなくてカオの手元には石だけが残ってたの」
そこまで話すと彼女が疲れたように息を吐く。
保田はただ言葉を失っていた。俄かには信じられる話ではない。
願いを叶えてくれる石だなんてあるはずがない。
保田の疑念の眼差しに恐らく彼女は気づいているのだろうが、お構いなしに言葉を続ける。
「自分がなにを失ったのか気づいたのは帰りのタクシーだった。
ラジオでね、また知ってる歌が流れてたから頭の中で口ずさもうとしたんだ。
けど、出来なかった。メロディが出てこなかったの。何一つ。
ただ単にその歌を知らないとかじゃなくて、知ってるのに…歌えなくなっていたの」
伏せられた睫毛は切なげに震えて、今にも涙に濡れてしまいそうだった。
だが――
「だからね、もうカオは歌うことは出来ない。でも、その代わりにこうして成功してる」
すぐにスッと視線を上げた彼女の瞳は大きな大きな黒い宝石のような不思議な輝きを持っていた。
保田は微かに息を飲む。
まるで目の前にいる人物が急に別人になったように感じた。
- 13 名前:願い石 投稿日:2005/02/12(土) 13:35
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「どっちがよかったのかなんて今でも分からないけど……
歌えなくなったカオリはもうカオリじゃないの。
どれだけ成功してもカオリには歌がないと駄目なんだよ。
今でもそう思えるのに……あの時、どうしてカオの中で歌が一番じゃなかったんだろう」
呟きとともにまた目の表情が変わった。
途方に暮れたような、迷子になってしまったような、そんな傷ついた子供の瞳。
「カオはさ、それまで自分の一番が歌なんだって信じてたの。
なにがあっても歌ってさえいければ生きてけるんだって思ってた。
ずっとそうだったのに…いつから変わっちゃってたんだろうね。なにが一番になってたんだろう
考えても、答えなんて出ないんだよ、圭ちゃん。一番なんて誰も知らないの」
今度こそ、その睫毛が濡れた。
すぅっと静かに流れ落ちた一筋の涙は彼女の頬を伝い首筋までも濡らす。
「…圭織」
居た堪れなくなった保田は腰を浮かし彼女の濡れた頬を指で拭ってやる。
彼女はされるがままに目を閉じ、そのままの状態で口を開いた。
「でも、カオが願えばなんでも起こる。石の話を誰かにしたいと思ったら、
圭ちゃんから取材させて欲しいって電話が来た」
「…そんなの、偶然でしょ」
保田は苦笑しながら手を引く。
「そうだね。偶然だよ」
目を閉じたままで彼女が緩やかに頷く。
- 14 名前:願い石 投稿日:2005/02/12(土) 13:36
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「世界なんて全て偶然で成り立ってるもの。カオが石を貰ったのも偶然だしね。
けど、圭ちゃんが石を貰うのは偶然じゃない」
「…私が石を貰う?」
「そう。カオは圭ちゃんに石をあげるつもりなの」
パチッと目が開く。真っ直ぐな瞳。
あの不思議な輝きを持った瞳が保田を射るように見つめていた。
「…どうして私に?」
「別に誰でもよかったんだけど…カオが自分を取戻したいと思った時に
ここに来たのが圭ちゃんだからそうする」
「……」
「それに圭ちゃんにはよく言ってたしね。カオはずっと歌を歌っていきたいって。
なにをしてでもいいから歌を歌っていきたいって」
「ええ、言ってたわね……でも、だからって、それと石となんの関係があるの?」
「石の話には続きがあってね、
誰かに石をプレゼントしたら失ったものを取り戻せるかもしれないんだって」
彼女が一歩踏み出す。
それに伴って保田は一歩後ずさっていた。脹脛にソファが当たる。
- 15 名前:願い石 投稿日:2005/02/12(土) 13:37
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「歌を取り戻すためならカオは悪魔にだってなんだってなるつもりだよ」
「……圭織」
「受け取って、圭ちゃん」
彼女は微笑してすっと保田に向かって握り締めた右手を差し出してきた。
その中にあるのはきっと彼女が言う願い石が入っているのだろう。
所有者の願いを全て叶えてくれる魔法の石。二番目に大切な物を引き換えにして。
果たして、それで幸せになれるのだろうか。
一番だと思っていたモノを失い、本来一番だったモノが分からなくなったまま
ただ思いつく願いだけが叶っていく生活は、むしろ、不幸なのではないだろうか。
石の話はやはり今になっても信じられないが、保田は成功を収めた彼女が
そんな作り話に縋らなければ正常な精神を保てなくなってしまっていることが可哀想だった。
もしも、彼女の憂いの原因になっている石を自身が受け取ってあげたならば
少しは彼女の精神は救われるのだろうか。
保田は差し出された右手を見ながらそんなことを思いはじめる。
- 16 名前:願い石 投稿日:2005/02/12(土) 13:38
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「圭ちゃん、お願い。カオ、また歌いたいんだ」
吐息を吐き出すように彼女が言う。それは保田の決断を決断を促す言葉。
保田は彼女の視線を真っ直ぐに受け止めながら頷き、差し出された手の下に自身の手を広げた。
飯田が微かに目を見開き、そして、ふっとその目を細めた。
安堵のような嘆息とともに彼女の右手が開いていく。
そして、石が保田の手の平に――
黒い宝石のような、先に見ていた彼女の不思議な瞳のような輝きを放つ真ん丸な石が触れる。
保田がそれを見ることが出来たのは一瞬だった。
石を隠すように彼女の手が保田の手に重ねられる。強く握り締められる。
彼女の手の冷ややかさとさらに冷たい石の感触。
「圭ちゃんってホントにお人好しだよね」
「え?」
言われた言葉に保田は眉を寄せ、彼女を見やる。
彼女はどこか人間離れした蠱惑的な笑顔を浮かべていた。
「ゴメンね、圭ちゃん。カオ、悪魔なの」
途端、保田は目の前が暗くなっていくのを感じる。
視界が奪われる。石に染まる。
「最後の願い。石の話は全部忘れて」
薄れゆく意識の中でクスクスと彼女の嬉しそうな笑い声が遠く聞こえた。
- 17 名前:願い石 投稿日:2005/02/12(土) 13:39
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◇
「…もしも、二番目に大切なものをどうしても取戻したくなったらどうしたらいいんですか?」
真実の中の一つの嘘。
保田に伝えなかった物語。
「…悪魔になることね」
開きかけた手をもう一度閉じて女が応えを返す。
「悪魔に、なる?」
「そう」女は笑いながら頷く。
「本当に二番目を取戻したくなったら、誰かに石をプレゼントしてその人の二番目を私にくれればいいわ」
「それだけ?石で得た物はそのままに二番目が戻ってくるの?」
「ええ。でも、きちんと石の力の話をした上で、石をあげた相手が力を使わないことが条件よ。
石はただの石として処理されなければならない。もし、その人が石の力を使った瞬間
貴女は二番目に大切なものはおろか、他の全ても失うことになるわ」
女が薄笑みを浮かべ一歩踏み出す。
「さぁ、どうする?」
飯田は――
- 18 名前:願い石 投稿日:2005/02/12(土) 13:39
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◇
「起きてください。保田さん」
微かに体を揺すられて保田はまだ開けきらない瞳で周りを探った。
淡いオレンジ色の照明がやけに豪華な家具のある部屋を照らし出している。
視線を動かしていると迷惑そうな顔をした男がいきなり映った。
保田はガバッと体を起こす。しかし、自身の身になにが起きたのか未だに把握できず
「あの、私…どうしたんですか?」訊いてみた。
「貧血じゃないかな。取材中にいきなり倒れたのよ」
男ではなく部屋の奥のソファで寛いでいた女が
答えながら立ち上がり保田の元にやってきた。
その顔を見て保田は慌てて佇まいを直す。
「す、すみません…」
「別に。他の取材サボる口実が出来てラッキーだったし」
女はにっこりと笑う。だが、後ろのマネージャーらしき男は苦い顔で保田を睨みつけていた。
どのくらいの時間、意識を失っていたのか分からないが、
早く帰れと言われている気がして保田は急いで荷物を纏めて立ち上がる。
- 19 名前:願い石 投稿日:2005/02/12(土) 13:40
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「もう帰るの?」
「はい。本当にご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
「ううん。気にしないで」
保田はいやに親しげな女の態度に戸惑いながら
「今日は本当にありがとうございました」と頭を下げ出口に向かう。
女がわざわざ後につきドアを開けてくれた。
「あ、すみません」
「それじゃ、気をつけてね。圭ちゃん」
やはり親しげに言われて保田は奇妙な違和感を覚える。
そもそもどうして彼女は取材をさせてくれたのだろうか?
「あの、どうしてうちのような編集部の取材を了解してくださったんですか?」
浮かんできた疑問をそのまま口にすると女は少し呆気に取られたような顔になり
そっか、と口の中でなにごとかを納得したように呟いた。
そっか。二番目はモーニング娘。の思い出なんだ。
保田の耳には確かにそのように聞こえたが、その言葉の意味はよく分からない。
- 20 名前:願い石 投稿日:2005/02/12(土) 13:41
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「二番目ってなんですか?」
思わず問うと、女が苦笑を浮かべながら「こっちの話」と首を振った。
そして、取り繕うように続ける。
「取材受けたのは…気まぐれだよ。単なる気まぐれ」
「…そうですか」
気まぐれと言われて保田は少し落胆したが、それも当然のことだと思いなおす。
なんとも芸術家らしい考え方だった。
「では、今日は本当に長時間ありがとうございました。飯田先生」
「こちらこそ、本当にありがとう」
頭を下げると丁寧に頭を下げ返されて、
保田は狼狽しながらその場を後にした。
- 21 名前:願い石 投稿日:2005/02/12(土) 13:42
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結構な疲労感を覚えながらロビーを通り抜けホテルの外に出ると
冷たい風が勢いよく保田の体にぶつかってくる。
「…さむぅ」
保田は身を縮ませポケットに手を突っ込んだ。
「ん?」
硬いなにかが指に当たる。
不思議に思って取り出してみると、手は奇妙なまでに真っ黒な正円の小石を握っていた。
保田は見覚えのないその石に首を傾げる。
石は不気味な輝きを保田の目に放っており、見ていると胸が落ち着かなくなる。
持っているのも気味が悪くなって、保田はその石を無造作に放り投げた。
- 22 名前:願い石 投稿日:2005/02/12(土) 13:42
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- 23 名前:願い石 投稿日:2005/02/12(土) 13:42
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- 24 名前:願い石 投稿日:2005/02/12(土) 13:42
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