42 幻の楯

1 名前:42 幻の楯 投稿日:2005/02/11(金) 20:36
42 幻の楯
2 名前:42 幻の楯 投稿日:2005/02/11(金) 20:37
気が付くと、衣装を身につけ、ステージの上で踊っていた。
嫌だな…またいつもの夢だ。
矢口はため息をつく。
ステージの上には自分と一緒に何匹もの蝶が踊るように舞っている。
ヒラヒラと優雅に舞う様に魅了され、踊るのを止めて蝶を眺めた。
見たことがない、不思議な色の蝶だった。
羽ばたく度に鱗粉がキラキラと光る。
と、突然、1匹の蝶が床に落ちた。
心配して駆け寄ると、蝶は痙攣したように羽をわずかに動かし、もがいている。
かわいそう。
そっと蝶に手を伸ばすのと同時に、視界にまた1匹、蝶が落ちるのが見えた。
あっと思って顔を上げると、蝶は次々と床に降り注いでた。
まるで花片が舞い落ちるようでキレイだったけど、胸が締め付けられるように痛い。
この痛みは、何度味わっても慣れることはなかった。
「だから…言ったのに。」
「願い事は?」
吐き出すように漏らした言葉は掛けられた声によってかき消された。
3 名前:42 幻の楯 投稿日:2005/02/11(金) 20:38
後ろを振り返ると、いつの間にかかおりが立っていた。
この夢の中では、かおりは魔法使いだった。
長いマントを着て、大きな帽子をかぶっている姿が、それを表わしているかのようだ。
かおりはもう一度口を開いた。
「願い事は?」
叶えてもらいたいことは、いつも1つだけ。
「昔の娘。に戻りたい。」
苦しかった。
口に血の味が広がるようで、けれども言わずにはいられなかった。
かおりはそんな私に優しく微笑みかけると、その綺麗な指で空に円を描いた。
そうすると、次の瞬間には、願い事が叶っている。
みんなと一緒にスポットライトの下にいた。
前ではなっちとごっちんが歌っていて、
ちらりと後ろを向くと、かおりが踊っていた。
4 名前:42 幻の楯 投稿日:2005/02/11(金) 20:39
本当は、なにひとつ手放したくなかった。
5 名前:42 幻の楯 投稿日:2005/02/11(金) 20:40
※※※

「…口さん、矢口さん。」
TV収録が終わって楽屋に戻っても、矢口は衣装のままでぼ−っとしていた。
「矢口さん!」
高橋が大きな声で呼びかけると、やっと矢口は意識を戻してこっちを見た。
「どした?」
「どうしたじゃねぇですよ。衣装、着替えなくてええんですか?」
言われてやっと気付いたのか、わたわたと衣装を脱ぎ始めた。
高橋は近くの椅子に座って、そっと矢口を眺める。
矢口さんは最近、心ここにあらずという感じで、ぼーっとしていることが多い。
どうしたのかと聞くと、「ちょっと寝不足でねー」と軽く返してくれるけど、心配。
だって、何日も「ちょっと寝不足」が続いている。
そりゃ、こんな仕事してると、寝不足なんて日常茶飯事だけど、
矢口さんは今までそんな素振りを見せたことがなかったから。
いつも元気で、楽屋でもみんなに声を掛けて回っているのに、
今は隅の方で息でも潜めてるんじゃないか、と思うほど静か。
「ちょっと寝不足」だけじゃないのは、誰が見ても分かる。
でも、面と向かって聞いて良いのか分からなくて、どうしようもない。
6 名前:42 幻の楯 投稿日:2005/02/11(金) 20:41
俯いて考え込んでいたら、眠っているように見えたみたいで、
矢口さんに肩を揺すられた。
「高橋、もう帰るぞ。」
頭を上げてみると、楽屋にはもう、他のメンバーはいなかった。
慌てて自分の荷物を持つと、外に出た。
「疲れてんだったら、ちゃんと休むんだぞ。」
並んで歩いていると、矢口さんは優しく言ってくれた。
それは矢口さんやろ!と心の中で悪態を付きつつも、大丈夫です、と返す。
「なら良いけどね。」
背中をバンバン叩いてスキンシップをしてくる矢口さんの顔がとっても穏やかで、
引き込まれるように聞いてしまった。
「矢口さん、何を悩んでいるんですか?」
「え?」
真顔で私の顔を見上げた矢口さんに、すぐに失敗したことを知る。
私なんかが聞いて良い事じゃない。
「いや、なんでもねぇです。じゃ、お先に!」
矢口さんと一緒にいるのが居たたまれなくなって、笑って取り繕うと走り去った。
「ちょっ…高橋!」
引き留める矢口さんの声が聞こえたような気がしたけれど、
聞こえないふりをして、階段を下りて外に出た。
7 名前:42 幻の楯 投稿日:2005/02/11(金) 20:43
2月の夜だからものすごく寒くて、思わず身震いする。
でも頭を冷やしてくれるのは心地よかった。
高橋がついた溜め息は、白い蒸気になって姿をみせる。
選択を間違えたことに後悔した。
近道を選ぼうとして、矢口さんの裏庭に踏み込んでしまった。
まだ、矢口さんにあんな事を聞いて良いポジションにいないんだから。
焦っちゃいけない。
冷たくなった両手に息を吹きかけると、高橋はマネージャーが待っている車に乗り込んだ。
その姿をそっと、矢口は眺めていた。
8 名前:42 幻の楯 投稿日:2005/02/11(金) 20:43
嵐の1月は過ぎて、立ちはだかる現実。
喪失感。
私は一体なにを失ったんだろう。
9 名前:42 魔法使い 投稿日:2005/02/11(金) 20:44
※※※

気付くとやっぱり蝶が飛んでいた。
どうしてこう、毎晩毎晩同じ夢を見るんだろう。
もう、止めて欲しい。
床に落ちた蝶。
後ろに立った魔法使いが口を開く。
そうしていつもと同じ、あのセリフを…
「この蝶たちは。」
いつもと違うセリフに驚いて、勢いよく振り返る。
けれど彼女は、それを無視して続けた。
「この蝶たちは、ここを飛び立っていった人たち。
 でも、ほとんどが力尽きて、地面に落ちる。」
知っている。そんなこと、とっくに知っていた。
私は蝶を包み込むように掌に乗せた。
10 名前:42 幻の楯 投稿日:2005/02/11(金) 20:45
本当は、ずっと分かっていた。
だから…言ったのに。
「明日香」
「あやっぺ」
「さやか」
「ゆーこ」
1匹ずつ蝶を拾い集めていく。
止めたじゃないか。
行くなって、言ったじゃない。
ごっちんもけいちゃんも。
帰ってきなって、辛いって言ってよって、なっち。
辻も…加護も。
ねぇ、かおり…。
ここは私が守るから、何ひとつ変わらないから。
11 名前:42 幻の楯 投稿日:2005/02/11(金) 20:46
グシャッ。

拾おうとした蝶を踏みつけられる。
「変わらないモノなんてない。」
激しい言葉に反応して、ゆっくり顔を上にあげていく。
「守るって、一体何を守ってきたの?形あるモノなんて、絶対崩れていくよ?」
ちがう…。
「死んでも良いって、みんな飛ぶんだよ。」
ちがう、違う!
「あんたが守ってるはずの、昔の娘。は――――」
やめて!
「もうないの!」
魔法使いは、かおりはこんな事言わない!
そしてたどり着いた視線の先にある顔を見て、驚愕した。
「だって、うちらが作っていくんやもん。」
苦しそうに歪む顔。
あぁ…。
「昔の娘。じゃねーで、今の、娘を。」





12 名前:42 幻の楯 投稿日:2005/02/11(金) 20:47
※※※

リリリリリリ。
手を伸ばして目覚まし時計を止める。
ふわふわの布団の中で、目を覚ました。
ゆっくりと意識が覚醒していく。
さっきまでの夢…。
「どうして…高橋まで…。」
喉がカラカラに乾いていて、声がかすれていた。
「変な夢…。」
上半身を起こして、頭を抱える。
目の前がぼやけてくると、程なくして涙がこぼれ落ちた。
「馬鹿みたい。…っとに馬鹿みたい。」
次から次へと止めどなく溢れてくる涙をどうすることも出来なかった。
ただ、頭を布団に押しつけて、泣き続けた。
13 名前:42 幻の楯 投稿日:2005/02/11(金) 20:49
※※※

「私にとって、娘。はもう過去だよ。」
みんなには悪いけどね、とかおりは舌を出して笑った。
かおりの家の近所にあるファミレスで落ち合った。
どうしてもかおりに会いたくて、押しかけていったのだ。
矢口の突然の誘いに嫌な顔ひとつせず、かおりは二つ返事でご飯に付き合ってくれた。
かおり自身、感じるところがあったんだろうか?
図らずも話は、矢口の求めている方向になった。
「だって、私は今『私のファン』に愛してもらってるからね。」
大切に伸ばしていた綺麗な髪をバッサリ切ったかおり。
もしかして、かおりもおんなじくらい、いや、それ以上悩んだのかな。
「今が、大切だからね。」
かおりは眩しいほどの笑顔を向けた。
「矢口だって、そうでしょ。」
そうだ。
そうだね。
14 名前:42 幻の楯 投稿日:2005/02/11(金) 20:50

作っていきたい。
新しい、私達の「モーニング娘。」を。
みんなで、作っていきたい。
強く、強くそう思った。
ねぇ、高橋。たくさんたくさん話をしよう。
これからのこと、未来のこと、みんなで話をしよう。
分かりあいたいよ。
15 名前:42 幻の楯 投稿日:2005/02/11(金) 20:52
店の前で、かおりと別れる。
今度はもっとおいしいところに誘ってね、と軽く冗談を言われた。
うん、きっと次は大丈夫。
もっとおいしいところで楽しくご飯を食べられると思う。
「頑張ってね。」
そう言うとかおりは足取り軽やかに去っていく。
矢口はその言葉に大きな声で返す。
「かおりも、頑張ってね!」
かおりは振り返って大きく頷いた。
満足して私も歩き出す。
16 名前:42 幻の楯 投稿日:2005/02/11(金) 20:53

幻の楯。
なくしてしまった過去を守っていた楯。
救えなくて、泣きながら離した掌。
17 名前:42 幻の楯 投稿日:2005/02/11(金) 20:54

本当に大切なモノ、立ち止まって顔を上げる。
私はたった今、やっと前を向けたばかり。








18 名前:42 幻の楯 投稿日:2005/02/11(金) 20:54




19 名前:42 幻の楯 投稿日:2005/02/11(金) 20:55

20 名前:42 幻の楯 投稿日:2005/02/11(金) 20:55


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