41 fate
- 1 名前:41 fate 投稿日:2005/02/11(金) 15:20
- 41 fate
- 2 名前:41 fate 投稿日:2005/02/11(金) 15:23
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「ねえミキティ。あたしと一緒に…死なない?」
愛は瞳に黒い輝きを湛え、そう言った。
目。そして臆面もなく口をついて出る、その言葉。
そんな愛のことが、美貴は好きだった。
けれども。美貴は強く願う。
美貴は死にたくは、ない。
- 3 名前:41 fate 投稿日:2005/02/11(金) 15:25
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◇◆◇
メールを送りながら亜弥は溜息をつくと、なんとはなしに机へ
目を戻す。そこには、薄ぼんやりとした何かが見えた。
これは「運命」だ。
亜弥は、人の運命を形として視覚することができた。
大抵は黒く蠢く芋虫のような形をしていた。
芋虫の滑らかなビロードのような外皮を見ているうちに、
理由のつかない感情に駆られてしまい、
自らにまとわりつこうとする虫を払い落とす。
亜弥はそっとかがみ込むと、少し弱っている運命を手の中に収めた。
このまま握りつぶしてしまうことも、できなくはなかった。
でもそれは意味のないことだった。運命の姿を目で捉えることはで
きても、他のことは何一つ出来はしない。
自らの運命には干渉してはいけない。それが、「彼女」との約束だから。
その日、美貴は夜遅くにやってきた。
亜弥は真昼間の美貴の訪問に慣れていて、こんな遅くに
ここにやって来るのは初めてだった。
「亜弥ちゃん、元気にしてた?」
「みきたん…」
亜弥から見た美貴は、少しやつれているように思えた。
「まあ、とりあえず座ってよ」
亜弥は美貴を自らの書斎に招き入れた。もちろん、それまでいじっていた
ノートパソコンを閉じることは忘れずに。
- 4 名前:41 fate 投稿日:2005/02/11(金) 15:26
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「みきたんは最近どうなの?」
ティーカップに熱い紅茶を注ぎながら、亜弥はそれとなく聞いてみる。
「至って普通。かえって退屈なくらい」
立ち込める湯気に顔を綻ばせて、美貴は答える。
でも、亜弥は見逃さなかった。
美貴の傍らに、無数の「運命」が群れを成しているのを。
少し厄介なことになりそうだ、と思った。
「みきたん、あの子は…元気にしてる?」
「あの子?」
「ほら、ちょっと訛っててさ、くりっとした目の」
ほんの僅かな沈黙。そして。
「あ、ああ。愛ちゃんのことね。うん、元気にしてるけど」
平静を装って目の前のカップに口をつける美貴。でも、「あちっ」とだけ
呟くと再びカップを元の位置に戻した。
亜弥は美貴にまとわりつく運命が、愛に起因してることに確信を持った。
さて、どうしたものか。
表面上は世間話をしつつも、亜弥は美貴の運命の群れについて考える。
人の運命に、他人の運命が絡むと、絡まれたほうの運命はその数を際限なく
増やしてゆく。体の中に菌が入ると白血球が増えるのと同じ原理だ。
他人の運命に飲み込まれまいと、運命は激しく抵抗する。
そのような状態の運命の群に手を出そうものなら、ただでは済まない。
腹を空かせた猛獣のいる檻に獲物が放り込まれたのようなもの。
美貴にならともかく、愛のせいで自らを失うことはできなかった。
けれど。この運命の群れから一匹だけを選び取り、それを「依頼人」に提出
するためには超えなければならないハードルでもあった。
- 5 名前:41 fate 投稿日:2005/02/11(金) 15:27
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外の青い光が徐々に消えてゆく。
壁掛け時計を見やると、もう五時を過ぎていた。夜が明けるまで、あと一時間
足らずしかない。
「死って、さ…」
美貴が不意にそんなことを口にする。
「死ってどんなものなんだろうね。人は死ぬと天国か地獄に送られるって言う
けど、美貴には信じられないよ。亜弥ちゃんは、どう思う?」
運命の群れから、一匹の運命が逸れた。
多分、美貴が亜弥に心を少しだけ、開いたせいだろう。その機を亜弥は決して
見逃さなかった。近くにあったティーカップを取る振りをして、その一匹を掴
み取る。黒い芋虫は亜弥の掌の中でひくひくと躍動していた。
「古代の神話でね。死んだ人間の魂は、夜の青い光になって生きてる人たちを
いつまでも見守り続けるんだって。夜の間は、人々は眠ってて無防備だから。
だから、夜が明けると安心したように薄れていくんだって」
亜弥の作り話だった。それでも白い夜明け前の月を見ていると、その考えは
はごく自然なもののように思えた。
「へえ、ロマンティックな話だね。でも美貴は…」
美貴もまた、窓の外を見ながら、言う。
「死にたくないな」
死、という言葉が亜弥の中で不協和音を成して響いていった。
- 6 名前:41 fate 投稿日:2005/02/11(金) 15:28
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◇◆◇
その人と出会ったのはいつの頃だったろう、と亜弥は考えた。
自分の片目の失明が事故によるものか病気によるものかさえ理解できなかった
頃だから、相当幼い頃に違いない。今となっては、そういった曖昧な推測しか
することも出来ない。
世の中の片側しか見えない世界は非常に不便だった、と当時のことを亜弥は思
い返す。否、不便なんて生易しい言葉では足りなかった。
そうして半分だけ光を失った世界は、亜弥にも半分の影をもたらした。
陽の当たらぬ心は腐り、そして少しずつ狂っていった。
自動販売機の取り出し口にカッターナイフを忍ばせたり。
郵便ポストの中に、灯油を染み込ませ火をつけたタオルをねじ込んだこともあ
った。ひどい、とは思いつつもそんな行為を止めることはできなかった。
そんなある日、彼女が亜弥の前に現れたのだ。
- 7 名前:41 fate 投稿日:2005/02/11(金) 15:30
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「片方の目、見えるようになりたい?」
彼女は亜弥の死角に立って、そう問いかける。
こくりと小さく頷くと、死角のほうからごそごそと布の擦れる音がした。
「じゃあ、あたしの片目をあげる」
「そんなこと、できるの?」
「いまからやってあげるよ」
彼女が右手だけを、亜弥の視界に滑り込ませた。小さな手に握られているのは、
光を湛える銀色のナイフだった。
「これであなたの見えないほうの目をくり抜いて、あたしの目と交換する。も
ちろん、あたしの片目はちゃんと見えるから」
相変わらず彼女は死角に立っているのでその表情を窺うことはできなかった
けれど、きっと穏やかな表情をしているんだろうと亜弥は想像した。
そして、彼女の言葉には力があるような気がした。不思議と説得力があって、
自然に従ってしまう。
「傷口からは血、流れるかな?」
「大丈夫、きっとうまくいくから」
不安を押しとどめるように彼女は優しく言い、それから冷たい刃を亜弥の眼窩
に押し当てた。不思議と痛みはなく、まるでフロッピーでも交換してるかのよ
うな手際のよさで二人の眼球は交換された。
「どう? 見えるようになった?」
「……」
視界はすぐには戻って来なかった。亜弥は、ゆっくりと首を振る。
「そのうち、見えるようになるから。で、見えるようになったら自分の黒い芋
虫を何とかしようと思わないこと。何もかも、失くすよ?」
「うん、わかったよ…」
彼女の言葉の意味はよくわからなかったけれど、そう答えた。
片側の闇が、ゆっくりと引いてゆく。彼女の姿は、もうどこにもなかった。
- 8 名前:41 fate 投稿日:2005/02/11(金) 15:31
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もしかしたら。
亜弥のただの想像の産物なのかもしれない。子供特有の、夢と現実が混ぜこぜ
になったまま過去の記憶として情報に残っていたのだと。
けれど、亜弥の能力はどう判断すればいいだろう。
人の「運命」が形として見えてしまうという、魔法のような力。
運命が潰えそうなら弱った形として、逆に上昇する時には丸々と太った形で。
そして他人の運命に翻弄されそうな時は、増殖という形で。
過去の記憶が真実でも嘘でも、彼女にとってはどうでも良かった。事実だけ
が、ごく当たり前のように傍らに寄り添っていたのだから。
学校を卒業してから、亜弥は自分のホームページを開設した。
この力をそのまま説明し、来訪者の相談に乗るという趣旨からだった。
ほとんどはふざけ半分だったものの、ごくたまに藁にもすがるような思いの人
間がメールを出してきた。
そういう人のために、亜弥は惜しまず自らの能力を行使した。
- 9 名前:41 fate 投稿日:2005/02/11(金) 15:32
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◇◆◇
「依頼人」は雑居ビルの屋上を待ち合わせ場所に指定してきた。
亜弥は定刻より少し早く、ビルの正面玄関までやって来ていた。
この瞬間だけはいつも緊張するものの、今日のそれは格別だった。
掌に、美貴の「運命」の一匹を包んでいることもあるが、それ以上に。
街を行く人々の靴音を後ろに聞きながら、玄関をくぐった。
「ねえ亜弥ちゃん、美貴たち友達にならない?」
とん、とん、とん。
非常階段をひとつ、昇るたびに美貴との思い出が甦る。
「美貴たちさあ、最高の友達になれるよね」
とん、とん、とん。
出会った時から、彼女のことが好きだった。
「あのさ、亜弥ちゃんに…会わせたい子が、いるんだ」
とん、とん、とん…
けれど、それは叶わなかった。
「ねえ亜弥ちゃん。美貴たちのこと、祝福…してくれるよね?」
とん…と、ん…と…
それだけに。こんな結末はできれば迎えたくなかった。
- 10 名前:41 fate 投稿日:2005/02/11(金) 15:32
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屋上に出た。
よく磨かれた硝子に、少しだけ青い光が染み込んだような空が視界に
広がる。時は夕刻、太陽は既に沈みかけていた。
「随分早いんだねえ、亜弥ちゃん」
聞き覚えのある声が、耳に届く。
視線をまっすぐに、向けた。
まるで亜弥がいつも見ている虫のように、艶やかな黒を湛えた、
綺麗な髪。小動物のように愛らしい、瞳。
「やっぱり、愛ちゃんだったんだね」
愛は亜弥に向かって、くしゃっとした笑顔を見せた。
- 11 名前:41 fate 投稿日:2005/02/11(金) 15:33
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屋上のアスファルトに立つ、二人。太陽が二つの影を、細く長く
伸ばし続けていた。
「なんであたしやって、わかったの?」
屋上に吹く風に髪をなびかせ、愛は亜弥に訊いた。
「みきたんの『運命』が欲しいって依頼人、愛ちゃんくらいしか
いないから」
亜弥は向かい風に目を細めながら、答えた。
「愛ちゃんこそ、あたしがここに来たことをちっとも驚いてないみた
いだけど」
「ここに来るのは、亜弥ちゃんしかおらんと思っとったで」
そう言って、愛は自らの片目を掌で隠す。亜弥も、逆の目を手で覆い
隠した。
「やっぱりね。あの時の人は、愛ちゃんだったんだ」
愛の黒目が、揺れる。彼女の足元には、その黒と同質の色をした芋虫
が這っていた。
「驚いたよ。ミキティに亜弥ちゃんを紹介された時には。でも、亜弥
ちゃんもあたしのこと気づいてるとは思わんかった」
「あの時と違って訛ってはいるけど、それでもその説得力のある言葉
は変わってなかった。そんな人、滅多にいないし」
亜弥は愛に視線を合わせ、言う。
「そう、その視線。愛ちゃん、ずっとあたしの『運命』を見てたから。
もしかして、とは思ってたよ」
「そんなことより。ミキティの『運命』、渡してくれんかな」
びゅう、と一陣の風が吹く。愛の背後の雲が、足早に流れていった。
- 12 名前:41 fate 投稿日:2005/02/11(金) 15:34
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「最後にひとつだけ、聞かせて」
「唐突に、何やの?」
亜弥は一歩だけ、歩を進める。そして掌をゆっくりと開き、それを見
せた。
「みきたんの『運命』を、どうする気?」
「あたしはミキティのことが、好きなんやよ。ほやったら、わかるやろ?」
「みきたんは死にたくないって思ってる。それでも愛ちゃんは…」
「あたしの勝手やろ」
諦めたように首を振ってから、亜弥は一歩、また一歩と愛に近づく。
「それと」
「さっき最後って」
焦らされていると思ったのか苛立つ愛の言葉を圧し留めて、
「どうしてあたしに、片目をくれたの?」
と尋ねた。
風が吹きすさび、屋上の下からは救急車らしきサイレンが聞こえてきた。
「運命の見える目は、片方だけでちょうどええから」
愛の目の前には、いつの間にか亜弥が立っていた。掌に注がれる、視線。
- 13 名前:41 fate 投稿日:2005/02/11(金) 15:35
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刹那、亜弥が虫を天高く放り投げた。
太陽の束縛から逃れ、青い光が染み込み始めた空。
虫を追い、両手を空に広げる愛。
バランスの悪くなった体を、思い切り突き飛ばした。
よろめき、フェンスに倒れ掛かる愛。
日ごろの不整備ですっかり赤茶けたフェンスは根元から崩れ落ち、
愛とともに遥か下に落ちていった。
間際の愛の表情は、僅かに微笑んでいるように、見えた。
- 14 名前:41 fate 投稿日:2005/02/11(金) 15:36
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主を失い、もぞもぞと地を這う芋虫。
亜弥は無言で、それを踏み潰した。外皮の色とまったく同じ黒が漏れ出し、
やがて消えてなくなった。
ひとつだけため息をつき、それから青い光の満ちた空を見上げる。
そして自分の足元にいたもう一匹の運命を拾い上げ、愛おしそうに撫でた。
美貴のものだった。
亜弥は愛の見えない片目の死角に入り、こっそりと自分の運命とすり替え
たのだった。突然現れた亜弥、掌にあったものを疑うことは愛にはできな
いことだった。
愛する人の恋人を殺めてしまった。
けれど、亜弥に後悔はなかった。
同じ目を持ち、同じ人を愛した二人。
ただ、愛し方が違った。ただそれだけのことだった。
- 15 名前:41 fate 投稿日:2005/02/11(金) 15:37
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急に亜弥を、眩暈が襲う。
愛と共に落ちていった、亜弥の運命。
どの道弱っていた運命だから、どうでもいいか。
逆らうこともせずに、体を預けた。
もし、自分がまだ生きてゆくことを許されるとしたら。
自分の力のことを、美貴に話そう。きっと美貴は「魔法みたいだね」と笑う
かもしれない。でも、それでもよかった。
そしてもしも自分が死ぬのだとしたら。
そうだ。夜の青い光になって、ずっと美貴を見守れればいい。
そして、彼女の「運命」が健やかに育ってゆくのを、見届ける。
そう、心に決めた。
だから。
さよならは言わないよ、みきたん。
- 16 名前:41 fate 投稿日:2005/02/11(金) 15:39
- Ω
- 17 名前:41 fate 投稿日:2005/02/11(金) 15:39
- Ω
- 18 名前:41 fate 投稿日:2005/02/11(金) 15:40
- Ω
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