39 ラストパラダイス
- 1 名前:39 ラストパラダイス 投稿日:2005/02/11(金) 11:20
- 39 ラストパラダイス
- 2 名前:39 ラストパラダイス 投稿日:2005/02/11(金) 11:20
- 「……を上げろ!」
遠くで声がする。
それは、私の脳内に、直接響いてた。
暗闇と眩しさが交錯して、
快感と嫌悪感が共存している。
明日の次に昨日が来るような、
そんな混沌とした世界が存在してた。
- 3 名前:39 ラストパラダイス 投稿日:2005/02/11(金) 11:21
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- 4 名前:39 ラストパラダイス 投稿日:2005/02/11(金) 11:21
- あらゆる世界が、まるでプリズムのように屈折している。
それが現実なのか、私の妄想なのか、夢なのかは知ったことじゃない。
ただ、私はそんな空間に呼吸し、存在しているのは確かなようだ。
「疲れてるのかな」
私の嘆きは言い訳で、他人の言葉は詭弁にすぎない。
全ての魔法を駆使しても、何が現実なのかは見出せない。
客観は主観であり、傍観は無視に等しかった。
「田中、カメリハだよ」
矢口さんの声が、あたかも小動物の悲鳴のように響いた。
体を動かそうとする脳内の信号が、腐った神経に邪魔される。
まるで、スローモーションのように、さゆが私の手を引く。
温かな感触が、私の神経を回復させ、少ない筋肉に力が入った。
「絵里は?」
私の視界に、彼女の姿がない。
見えないのか、いないのか、そんなことはどうでもいい。
新しい記憶の断片が、ジグソーパズルになっている。
それを完成させるには、まだ多くの時間がかかるだろう。
「知らん」
何かがちがう。
そこには現実という空間があるらしい。
でも、何かがちがっていた。
私が置かれている空間こそが、妄想なのだろう。
あるいは夢、希望、そして逃避なのかもしれない。
「田中、早くしろよ」
吉澤さんのイライラした声が、少しだけ私を覚醒させる。
立ち上がって周囲を見ると、幾何学模様の等高線があった。
私はさゆらしい子に、手を引かれて歩きはじめる。
その違和感には、吐き気がするほどだった。
- 5 名前:39 ラストパラダイス 投稿日:2005/02/11(金) 11:22
- 雪が降ってるみたいだ。
東京にしては、珍しい雪。
雪は人を苦しめ、厄介な代物。
喜ぶのは子供だけで、老人にとっては命懸け。
「雪は嫌やよ」
高橋さんが言う。
私にとっても、雪は珍しい。
かといって、嬉しいものじゃない。
室内は快適な温度になっているけど、
外の景色には、嫌悪感すら感じていた。
「カメリハ行きます。10秒前!」
素の顔のまま、私はカウントダウンを待つ。
もう、緊張なんかしなくなった。
私はマリオネット。
ディレクターとマネージャーの指示を待つだけ。
「田中ちゃん」
藤本さんの声。そうだった。
私は笑顔を作らないと。
何とか営業用の顔を作ると、
石川さんの安心したような吐息が聞こえる。
これが私の仕事。生業だった。
- 6 名前:39 ラストパラダイス 投稿日:2005/02/11(金) 11:22
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- 7 名前:39 ラストパラダイス 投稿日:2005/02/11(金) 11:23
- 仕事が退屈に感じたのは、いつからだったろう。
興奮から緊張になり、やがて生活の一部になって行く。
そんな時間を、私は無意味なものと思い始めていた。
「さゆ、娘。って何だろうね」
いつだったか、私はさゆに聞いてみたことがあった。
さゆは首を傾げたまま、私を困ったように見てた。
笑顔と歌、踊りとトーク、衣装とメイク。
私は商品であり、人形と何ら変わらない。
「一生懸命になること。それが娘。だよ」
小川さんは胸を張って言った。
それが娘。なのだろうか。
みんな、つんく♂さんに洗脳されてる。
或いは、大人たちの金銭欲に騙され、
下品な魔法をかけられているんだろう。
私は禅宗の修行をしてるわけじゃない。
- 8 名前:39 ラストパラダイス 投稿日:2005/02/11(金) 11:23
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- 9 名前:39 ラストパラダイス 投稿日:2005/02/11(金) 11:23
- 「……が低下」
「……を……単位」
不快感は、私の全身に及んでいた。
まるで、レイプされるような恐怖と絶望感。
肺が乾燥して、ひび割れるように痛い。
私の体が欲しいなら、心行くまで犯すがいい。
- 10 名前:39 ラストパラダイス 投稿日:2005/02/11(金) 11:23
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- 11 名前:39 ラストパラダイス 投稿日:2005/02/11(金) 11:24
- 緊張なんか、もう感じなくなってた。
ただ、言っていいことと、いけないこと。
これを判断するのが、私には面倒だった。
「オイラはそうだけど、田中は?」
矢口さんは頭がいい。
毒舌とジョーク、スキャンダルとネタ。
そのギリギリの笑いをとれるのは、
娘。の中では彼女だけだった。
「あたしは、こっち……かな?」
そんな一言だけが、私をアピールする方法。
それは、とっても退屈で、苛立ちすら感じた。
何がアイドルだ。何が歌手だ。私は私。
自我を崩壊させたとき、人間は終わる。
アイドルが人間である必要はないんだ。
- 12 名前:39 ラストパラダイス 投稿日:2005/02/11(金) 11:24
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- 13 名前:39 ラストパラダイス 投稿日:2005/02/11(金) 11:25
- 「……駄目か……」
「魔法でも使わない限り……」
嫌悪感は、いつしか開放感に変わってた。
苦痛は快楽となり、疲れが癒されて行く。
そこにはきっと、新しい世界があるんだろう。
現実か夢かなんて、そんな野暮な次元じゃない。
- 14 名前:39 ラストパラダイス 投稿日:2005/02/11(金) 11:25
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- 15 名前:39 ラストパラダイス 投稿日:2005/02/11(金) 11:25
- スタジオのセットが新しくなっても、私には疎外感があった。
歌でセンターをとっていても、私には孤独感があった。
夢は夢で終わり、現実は常に残酷だった。
ありもしない人形が、私を押し退けて行く。
その人形が私になったとき、私は私でなくなるんだ。
「危ない!」
スタッフの声。
それが何なのか、私にはわからない。
みんな、悲鳴をあげて私を見る。
どうしたんだろう。何で注目されてるんだろう。
これまで、こんなに注目されたことなんてないのに。
「れいな!」
さゆ、どうしたの?
そんな目で私を見るな。
そういえば、ちょっと首が痛い。
「救急車!」
救急車?
誰か病気になったの?
それが私のことだと気づいたのは、
視界が歪んでスタジオの天井が見えたとき。
私の目の前には、血に染まったパーライトが。
そして、その横には、私の体の一部があった。
「れいな! れいな! わかる? れいな!」
わかるよ。さゆ。でも、どうしたんだろう。
どうしても、声が出ないよ。
それに、目の前にある体の一部は、
どう見ても脳みたいだし。
そうか。私の頭にパーライトが落ちてきたんだ。
べつに痛くないよ。体が動かないだけ。
- 16 名前:39 ラストパラダイス 投稿日:2005/02/11(金) 11:25
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- 17 名前:39 ラストパラダイス 投稿日:2005/02/11(金) 11:26
- 「心肺蘇生開始!」
「電圧OK!」
痛い。何で私を苦しめるんだ。
せっかく、開放されたっていうのに。
人形には命なんて必要ないんだよ。
私が私に戻るとき。それが今なのに。
「鼓動回復! 手術続行!」
「人間は手に入れたんだ。医学という魔法を」
医学が魔法とは、よく言ったもんだ。
生は苦しみ。死は安堵。それが常識なんだよ。
私は魔法によって、また、地獄の苦しみを味わうのか。
楽になりたかったのに……。
- 18 名前:39 ラストパラダイス 投稿日:2005/02/11(金) 11:27
- END
- 19 名前:39 ラストパラダイス 投稿日:2005/02/11(金) 11:27
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- 20 名前:39 ラストパラダイス 投稿日:2005/02/11(金) 11:27
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