36CCCC

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/09(水) 19:27
Charmy's
Cheese
Cake
Cafe
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/09(水) 19:28
Prelude

エコモニ。はみなけりゃ始まらない
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/09(水) 19:28
駅から南に歩くこと20分。
桜並木の坂道を上がり、公園の手前の角を右に曲がって
2つめの信号を左に折れてしばらく行くと、
真新しいけど、ちょっと小さなテラスハウスが見えてくる。
狭い工房と、3卓の机が並んだ店内。

道路に面したガラス張りの壁からは、
狭い工房と3卓の机が並んだ店内が透けて見え、
そのガラスの壁には、白抜きで
「Charmy's Cheese Cake Cafe」の文字が光を受けて
輝いていた。季節は春。すべてが光り輝く、春。

時給は安いけどケーキ食べ放題!メイド服も着れるよ!

ドアに貼られたそんなふざけたアルバイト募集の紙を
少女はびりっと破り取ると、そのまま店内へ進み、叫んだ。
「すいませんなの!」
4 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/09(水) 19:29
Perform1

熱っちぃ紅茶を冷ますんだっ。
5 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/09(水) 19:29
「暇ねぇ」
店長でパティシエールの石川梨華がでふぅと息をついた。
季節は秋。なんだかセンチメンタルな、秋。
ショウケースの上で手を組み、その上に頭をもたれかける。
ゆるやかに流れるクラシックが梨華を眠りを誘う。

「やることはいっぱいあるの!」
と、ふきん片手にアルバイトでメイド姿の道重さゆみが叫ぶ。
ふきんをぽいと投げつけると、見事に梨華の顔面にあたった。
「ちょっとさゆ、汚いじゃない」
「テーブルを拭いたり、窓ガラスを拭いたり、
 花瓶を拭いたり、お顔を拭いたりなさってくださいなの」
さゆは両目をつぶってあっかんべをする。
まるで立場が逆のふたりだった。

梨華がふきんを投げ返そうと振りかぶったところで、
ドアのベルがカラコロと音を立てた。
「いらっしゃいませなの」
さゆがにこやかに迎えて、梨華はあわてて手を降ろした。

お客様は女性だった。たぶん梨華より2つ3つ年上?
「こちらへどうぞ」
「あの、あっちの席が良いんですけど」
女性が指さしたのはこのお店で唯一の日陰の席。
梨華はぎくりとする。あまり座らせることのない席だけに
シュガーやナプキンの足しを忘れることも多い席だから。
6 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/09(水) 19:30
首をかしげながらも案内をするさゆ。
「えっと、本日のケーキはベイクドチーズケーキで、
 セットの紅茶はクイーンマリーなの」
「じゃあそれで」
「かしこまりましたなの」
ぺこりとさゆ。女性はにこりと微笑み、さゆも微笑みを返す。

きれいな人だな、と梨華は思った。
どこかで会ったことあるような気もする、とも思った。
世界で1番自分が大好きなさゆは、何とも思わなかった。

さゆがせっせと盛り付けをして、お客様のテーブルに運ぶ。
戻ってきたさゆは、お皿をていねいにふきんで拭き始める。
その斜め後ろでは梨華が売上伝票をつけている。
温かく、優しい雰囲気。
聞き覚えのないクラシックの曲も、静かさを演出してた。

女性はちらとその様子を眺めたあと、ふぅふぅと紅茶を
冷まして1口飲んだ。ちょっと甘く感じる。
そしてベイクドチーズケーキの先端をフォークで切ると、
ぱくっと口の中に放り込んだ。
「美味しい」
自然に口から漏れた。下地のクラッカーのしっかりとした
歯ごたえに、とろけるようなクリームの組み合わせ。
多めのレモンと冷たさが、熱めの紅茶ともぴったり合う。

ちらと視線を動かした梨華はその言葉と、紅茶とケーキと
交互に指を動かす女性の仕種に、くすっと笑みを浮かべた。
7 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/09(水) 19:30
女性は20分程デザートを楽しんだあと、席を立った。
「お会計は840円になりますの」
「とても美味しかったです」
心からの微笑みで言う。
「おかげですごくリラックスできました」
「ありがとうございますなの。また来てくださいなの」
さゆの言葉に、女性は「ぜひ」と笑って出て行った。

「喜んでもらえて良かったの」
店内から女性の姿が見えなくなったのを見計らって、
さゆが言った。
「そうだね。お客さんの笑顔を見ると、あぁ早起きして
 頑張って作って良かったな、って思うもん」
梨華がちょっと照れていた。
「TVで宣伝してくれるかもなの」
「TVって?」
「気づかなかったの?さっきの、松浦亜弥さんなの」
「えぇ――――――――――――――――!?」

けろりと言うさゆに、心の底から驚いた顔をする梨華。
だから見たことあったんだ!
追っかけようとドアを開けるけど、もう姿はとっくに見えない。
松浦亜弥ことあややと言えば、国民的アイドル。
サイン色紙を飾りでもしたら、
少しはお客さんも増えたかも知れないのに。

「さゆってば、何で早く教えてくれないのさ」
唇を尖らせる梨華店長に、きょとんとしてるさゆ店員。
「店長こそ、気づいてないって言ってくれれば教えたの」

季節は春。すべてが光り輝く、春。
8 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/09(水) 19:31
Perform2

日本のなでしこは恋愛と食欲です
9 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/09(水) 19:31
今日も今日とてお客の居ないCCCC。
「暇ねぇ」と石川梨華が呟くたびに、道重さゆみがふきんを
投げてくる。
「こいつめっ、コイツめっ!」
パティシエールとメイドの壮絶なバトル。
レジの周りがふきんで埋め尽くされた頃、ドアのベルが鳴った。
季節は冬。人肌の恋しくなる、冬。

「いらっしゃいませなの」
高校生の娘がふたり。
梨華は、顔は知らないけど制服には見覚えがあった。
近くの女子校の制服で、だいたいこのくらいの時間に、
お店の前でよく見かける。
その制服達がお店に寄って行くのは初めてだった。
梨華はちょっとだけ眉をしかめる。校則は大丈夫なのかしら?

「えっと、本日のケーキはレアチーズケーキで、
 セットの紅茶はプリンスオブウェールズなの」
「それふたつ」
「かしこまりましたなの」
さゆはぺこりとおじぎして、そのまますすっと下がった。
2対の視線がさゆをずっと追いかけていることに、
さゆも梨華も気付かなかった。

レジ近くで作業する梨華の耳に、
ふたりの声が聞くとはなしに響いて来る。
「絵里の気持ちは解らなくもないね」
「れいなが言うから私、来たんだよ」
「だから来てやったじゃん。あとは絵里しだい」
10 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/09(水) 19:32
もしかして、と梨華は微笑んだ。
ずっと気になっていたこのお店に初めて寄ってみる
勇気を出したってことかしら?
もしここで彼女達の評価が高ければ、クラスや学校で
噂が噂を呼んで固定客が着く可能性がある!

「さゆ!さゆ!」
トレイにケーキとポットを乗せカウンターから
出て行こうとするさゆを梨華は必死に手招きする。
「どうしたの?」
さゆの耳に唇を寄せ、そっと囁いた。
「愛想良く、キュートに、笑顔で可愛く置いてきてね」
「いつもやってるの」

背中のリボンを振り振り持っていくさゆ越しに
その中学生ふたりを見て、梨華はちょっとだけ飛び上がる。
すごい形相でこっちを睨んでいた。
梨華の背中を汗がつたう。
もしかして大人の小賢しさがばれちゃったかしら?

「ごゆっくりお召し上がりくださいなの」
かちゃかちゃとさゆの手が食器を並べ終わったのを
見計らって。
「あのっ!」
とふたりの内の髪の長いほうの子が、さゆの手をつかんだ。

「ここの前を通って道重さんを見かけるたびに、
 素敵だなって思ってました」
「ありがとうなの」
真っ赤な顔で言う少女に、さゆはにっこりと微笑みを送る。
突然の展開にレジで梨華は固まってしまった。
11 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/09(水) 19:33
ムードを高めるクラシックに乗せて、少女の言葉は続く。
「私、亀井絵里って言います。
 あの、絵里でよければ付き合ってくれませんか?」
絵里と名乗った子は、そう言ってうつむいた。
もうひとりの子は、祈るように指を組んでいる。
梨華はまだ動けない。
さゆは、ちょっと黙った後で、絵里の顔を見つめて、言った。
「ごめんなさい。さゆってば今、他に好きな人が居るの」

たった10分で、梨華はどっと疲れた。
結局あの絵里って子は、自分のケーキのほかに、
一緒に来たれいなという友達のケーキまで食べて帰った。
泣きながら。れいなって子も泣きながら勧めていた。

また来ても良いですか?
泣きながらレジの前で呟いた絵里に、さゆはもちろんなのと
いつもの微笑み。梨華には3人が違う世界の人に見えた。
「しっかし、同姓を好きになるなんてねぇ」
「あら。あの位の年齢の子にはよくある事なの。
 店長ってばご存知ないの?」
しらないよ、と心の中で呟いた。しかもあの位の年齢って
さゆと変わらないじゃない。

そこまで考えて梨葉ははっと気付く。
真っ青な顔をして、狭いレジの中でちょっとでもさゆから
離れようとしながら。
「まさかさゆが言ってた他に好きな人って、
 あたし、ってことないよね?」
恐る恐る聞いた。

瞬間、きょとんとした後、大爆笑するさゆ。
「店長ってば、自意識過剰なの。
 さゆの言った他の好きな人ってこの子達なの!」
さゆは美しく並んだチーズケーキの列をうっとり眺めると、
優しい手つきでショウウィンドウをなでた。

季節は冬。人肌の恋しくなる、冬。
12 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/09(水) 19:33
Perform3

いいことあった?記念の瞬間
13 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/09(水) 19:35
これはパティシエールとメイドが出会う直前の物語。
季節は春。ふたりが出会った、春。

この都会からずいぶん離れた駅に、
石川梨華はたくさんの希望を抱え降り立った。
フランスの★★レストランで2年間修行したという
どうにも中途半端な過去を持つ梨華。

静かな住宅街で、女学校を近くに臨むこの場所で、
主婦や学生を相手に梨華お手製のチーズケーキを
振舞っちゃうぞ!
そんな意気込みでなだらかな坂を、
トランク片手に鼻歌まじりに登って行く。
その鼻歌さえ音程を狂わせていて、
梨華の将来を暗示させていたのであるけれど。

開店してほどなく。
「暇ねぇ」
明るい店内のレジの中で、
梨華は今日何度目かのため息をついた。

狙いは惜しいところで外れてた。
梨華は気付いていなかったけれど、
この辺りの主婦はあまりセレブリティではなく、
昼間からケーキを食しながら歓談する趣向がない。
この辺りの学生は校則が厳しくて、
寄り道してケーキを食べるようなことはない。
売上自体はまぁ、利益が出るか出ないかのぎりぎりで
やっていけるくらいはあったのが救いだったけれど。
「味には超自信あるのになぁ。
 日本人受けするようにだいぶアレンジもしたし」
14 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/09(水) 19:37
カメラは小さなCCCCから北西をちょっとずれて、
赤い屋根のきれいな大きな学校へと移る。
職員室では頑固そうな先生とひとりの少女が真っ向から
衝突をしていた。
「生徒を縛るだけの校則なんておかしいの!」
「この位の校則が守れない奴は社会でも落ちこぼれるんだ!」

特徴ある甘えたような話し方の道重さゆみは、
その声とは裏腹に、芯の通った性格だった。

「高橋先輩は今までずっと優秀だったのは、
 教頭先生も知ってるはずなの!
 なのにたった1度、授業を抜け出しただけで停学はないの!」
さぼった理由だってアイドル松浦亜弥のチケット予約の
電話をかけるため。コンサートツアーは1年に1回だから、
今回1度きりなのはさゆにも想像つく。

「取り消してなの」
さゆがばん!と机を叩く。
教頭は人差し指でいかにも、って仕種で眼鏡を押し上げた。
「罰は厳しいくらいが良いんだ。
 まぁ道重、優秀なお前がなぜそこまでするんだ?
 他人に構ってると自分が堕ちて行くぞ。
 それに、内申点を誰がつけてるか解ってるのか?」
さゆはきゅっと唇を噛んで、黙った。その右手が震えてる。
そしてそれは何の前触れもなく、ぷつん、と切れた。
「教え育てると書いて教育って読むの。
 お前のような教師から、学ぶことなんて何もないの!」
鈍い音が響き、教頭は倒れ、さゆの握り拳が前に伸びていた。

道重さゆみ、退学。

ひっそりとひとり校門から出て行くさゆを呼び止めたのは、
先輩の高橋愛だった。ぐすぐすと泣きじゃくってる。
「さゆ、ごめんやよ。あっしのせいで退学なんて」
「良いの。さゆってばこの学校、実は最初から来たくなかったの」
これは本当だった。目標がないから1番近い学校を選んでいた。
ぽんぽんとさゆが愛の頭を撫でる。
どっちが先輩かさっぱり解らない。
15 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/09(水) 19:37
校門を出てしばらく歩く。
さゆは小さなチーズケーキ屋さんの前で、ふと足を止めた。
そう言えば1回来てみたかったの。
もう厳しい校則ともおさらば。さゆは平然と制服のまま、
しかもお昼前だって言うのにお店に入っていった。

「いらっしゃいませ」
「ここってイートインはありますの?」
「ありますよ」
店員の梨華がにこりと微笑む。さゆもにこりと微笑みを返す。
その優しさにふと気付いた。
こんな時間に制服姿、いかにも訳有りなのに何も聞かずに。

「じゃあこれを」
さゆはフロマージュを指さす。「あとダージリンティーもなの」
梨華が眉間に皺を寄せた。
「ごめんなさい。うち、ケーキだけで飲み物はないんだ」

さゆは1歩、後ずさる程の衝撃を受けた。
そんなカフェがこの世にあるの?
そしてガランとした店内に納得した。そりゃ流行んないの。

「あ、あの。紅茶か何か置いたほうが良いと思うの」
「うぅん。でも私、ケーキ作るくらいしか出来ないから」
「売り物のアイスティーを移し換えるだけでも
 きっとかなり違うと思うの」
それを聞いた梨華は、きょとんとした顔で言った。
「そういうのって違法じゃないの?捕まったりしないの?」

絶句。さゆはフロマージュと水を受け取ると、
自分で席まで運び「いただきますなの」と手をあわせてから食べた。
16 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/09(水) 19:38
「おいしいの!」
さゆはフォークを持たないほうの手で口を抑えた。
しっとりと重いチーズ、さくさくのパイ生地、溶けるような食感。
なにより見た目も可愛い。
呟いたさゆに、梨華はにこにこっと笑顔を向けていた。

「ごちそうさま。すっごく美味しかったの!」
「うふふ。うちのケーキはね、魔法がかけてあるんだ。
 美味しくなぁれ、美味しくなぁれって私が一生懸命、ってあれ?」
説明が終わるまえににさゆの姿は消えていた。

ケーキだけじゃなく水まできれいに飲み干していったさゆの
席を片付けながら梨華は考えた。
とりあえず飲み物も始めなくちゃダメなのかな。
というか参考意見を聞ける誰かを雇おうかしら?
お金をたくさんは出せないから、代わりにケーキの特典ってことで。
何より話相手が居れば、こんなに暇じゃなくなるはずだもん。
決まり!梨華はぱちんと指を鳴らした。

親にはさんざん怒られ、泣かれ、呆れられ、あんたらしいと言われ、
とりあえず落ち着いたさゆは
自分の部屋でお手製のダージリンティーを飲みながら考えていた。
勢いで学校辞めちゃったけど、明日からどうしようなの。
遠くの学校には行くの面倒だし、かと言って戻れないし。
「働こうかな、なの」
でも何をしよう?
さゆは自問する。そして自答。どうせなら食べ物屋さんが良いの。
ちょっと自慢の紅茶を淹れるテクニックを活かせればもっと良いの

翌朝、さっそく梨華はCCCCにアルバイト募集の張り紙を貼った。
その10分後、散歩でそこを通ったさゆがその張り紙を見つめていた。

季節は春。ふたりが出会った、春。
17 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/09(水) 19:39
Perform4

学歴あらば IT'S ALL RIGHT
18 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/09(水) 19:39
珍しく朝から大忙しのCCCC。
「ここが駅からどれだけ遠いか解ってるの!
 この季節はクリーム系よりベイクド系に決まってるの」
「だからって1個も作らないなんて。
 もし欲しいって人が来たら困るじゃない」
「そう言って作って結局、昨日もおとといも誰も買わなかったの。
 もうお昼ご飯にクレームチーズブリュレはこりごりなの!」
言葉とともに飛び交うふきん。
季節は夏。何かが起こりそうな、夏。

ふいに店長の石川梨華が手を止めた。
「さゆの言うことっていっつも的確なのよね」
「どうしたの?誉めたってクリーム系は置かせないの」
梨華はカウンターに寄りかかり、腕を組んだ。
「さゆってさ、かなり頭の回転が速いと思うんだけど、
 高校にはなんで行ってないの?」

BGMのクラシックがちょうど曲調を変えたタイミングで、
梨華はため息をついた。
「そっかぁ。でも学校には行ったほうが良いよ。
 私もね、高校を途中で辞めてフランスへ渡って
 パティシエールを目指したんだけどさ、
 日本は料理人をするのにも学歴が大事なんだよね」
「店長は高校中退を後悔してるの?」
やや黙ってから梨華は、こくんと頷いた。
「良い大学を出てたらきっと、
 もっと大きなお店で材料費なんて気にせず、
 好きなように新しいお菓子作りとか出来るんだろうなって思う」
19 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/09(水) 19:41
「でもさゆは、ここが好きなの。
 大きいお店よりもこのCCCCのほうが親しみが持てるの」
さゆの心臓がどきどき言い出した。
どうなってるの?
いつもと変わらずに始まった朝のはずだったのに、
なんだかどんどん歯車がずれ出している感じ。

「高校へ行きなさい、さゆ」
梨華の口調は冷たかった。
「そんな冗談、笑えないの」
「本気だよ」
「だって。さゆは、ここが。CCCCが」
「行かない、なんて言ったら、今日でクビだからね」

さゆの瞳がちょっとだけ潤む。
長いようでまだたったの1年と3ヶ月。
言い合いばっかりしてたけど、上手くやってたはずだった。
ふたりでの裏方作業は、もっと続く予定だった。
こんな、こんな終わり方なんて思ってもみなかった。

さゆはエプロンを脱ぎ捨てると、
黒いワンピースのまま外へ出て行った。
狭い店内にひとり残された梨華はのろのろと電話機へ
向かって歩くと、受話器を手にダイアルを始めた。
「もしもし、道重さんの、あ、石川です。こんにちは。
 えぇ。はい、ちょっときつくなってしまいましたが、
 さゆみちゃんにはちゃんと言いましたので。
 いえ、私も学校に行く事は大事だと思いますから、ええ。
 はい、ええ、はい。では失礼します」

静かに受話器を置いて、梨華はがっくりと肩を落とした。
さゆの母親から電話があったのは昨日の夜のことだった。
「まだ間に合うから、あの子の将来のために、
 これからでも大学までは行かせてあげたい」
親にそう言われては、他人の梨華には何も言えなかった。

まだ未成年だし、親御さんの言う事を聞く方がさゆの為よ。
こんな小さなお店で終わらせちゃ可哀想だもん。
でも、と店内を見渡して思う。
1人で続けるにはこのお店は広すぎるかなぁ。
20 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/09(水) 19:42
それから1年半以上が過ぎた。季節は春。生命の芽吹く、春。
じわじわと増えていた固定客も
飲み物がなくなったことでまた遠のき始め、
CCCCはまるで開店したての頃のようにがらんとしていた。

「暇ねぇ」
存続ぎりぎりの稼ぎを出してるお店のパティシエール兼店長、
梨華はふぅとため息をついた。
あれからアルバイトは雇っていなかった。
雇う気にはならなかったのもあるし、
雇うほど稼げなかったというのもあった。

急に。ドアのベルが鳴る。
「あ、いらっしゃいませ!」
「だらけてるのが外から丸見えだったよ」
くすくすと笑いながら来たのは、アイドルの松浦亜弥。
もうとっくに常連さんだ。壁にサインも飾ってある。
「スタッフさんへの差し入れに持っていくから、
 予約していたベイクドチーズケーキ30個、くださいな」
「はい。毎度ありがとうございます」
「さゆちゃんが居なくなってからちょっとだらけ過ぎだよ。
 しっかりしなきゃ。じゃあね!」
忙しいのか、亜弥はあっと言う間に去って行った。

さゆかぁ。何とはなしに梨華はちらとお店の隅を見る。
そこには埃をかぶったままの包みがあった。
高橋愛って子がさゆがここに来たら渡して欲しいと
置いてったけれど、もう1年以上も置きっ放しの包みだった。
21 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/09(水) 19:42
物思いにふけってると、
ガラスの壁をこんこんとノックする音が聞こえた。
顔をあげれば亀井絵里と田中れいなが笑ってこっちを見ている。
梨華が手を振ると、ふたりも振り返し、そして去って行った。

校則が厳しいから寄り道できないのはしょうがないけど、
土日とかに買いに来てくれても良いのになぁ。
さゆが居た頃にはそれもあったんだけどさ。

「暇ねぇ」
春なのに何もないな、なんてまたため息をついていると、
「やることはいっぱいあるの!」
と声がした。
幻聴かぁ。年は取りたくないよ、なんて考えている梨華の
横顔に向かってふきんが大量に飛んできた。

「ちょっとさゆが見てないとすぐさぼる!悪いくせなの!」
さゆが居た。
長めの髪をばっさり切って、見慣れない制服を着ている。
「えっさゆ?本物?」

さゆは1枚の紙を取り出すと、ぴっ、と梨華の前に突き出した。
「合格証書?」
「道重さゆみ、有名私立大学の経営学部に合格しましたの!
 これでもう誰にも文句は言わせないの」
やっと事態が飲み込めた梨華。
何度もさゆの顔と合格証書を見比べてる。
「経営を学んだら、ここで実践してあげるなの」
「生意気な。さゆなんか」
梨華の瞳がちょっとだけ潤んでいる。
「アルバイトで雇ってもらえるだけでありがたいと思え!」
梨華の手から離れたふきんは、
吸い込まれるようにさゆの顔にあたった。

季節は春。生命の芽吹く、春。
22 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/09(水) 19:43
Postlude

そして、事件はエコモニ。で起こった。
23 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/09(水) 19:44
駅から南に歩くこと20分。
桜並木の坂道を上がり、公園の手前の角を右に曲がって
2つめの信号を左に折れてしばらく行くと、
いい感じに古びた、ちょっと小さなテラスハウスが見えてくる。
狭い工房と、3卓の机が並んだ店内。

道路に面したガラス張りの壁からは、
狭い工房と3卓の机が並んだ店内が透けて見え、
そのガラスの壁には、ところどころかすれた白抜きの
「Charmy's Cheese Cake Cafe」の文字が浮かんでいる。

季節は春。おだやかな優しさ運ぶ、春。

時計が10時を示す頃、中が騒がしくなり始める。
たまにふきんが窓にあたり、たまに笑い声が響く。
10時半になる直前。
ドアがちょっとだけ開き、伸びた手がCLOSEの札をOPENに換えた。
24 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/09(水) 19:44
Charmy's
Cheese
Cake
Cafe

Conclusion。
25 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/09(水) 19:44
26 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/09(水) 19:44

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