30 一夜限りの夏
- 1 名前:一夜限りの夏 投稿日:2005/02/07(月) 21:51
- 30 一夜限りの夏
- 2 名前:一夜限りの夏 投稿日:2005/02/07(月) 21:52
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一度だけ、魔法にかかった事がある。
今考えるとそれは夢のようなひと時で…
あたしは、あの時間をずっと忘れない。
- 3 名前:一夜限りの夏 投稿日:2005/02/07(月) 21:56
- その言葉は、まさに不意打ちだった。
「あたし…いつまで生きていられるかなぁ…」
ちょうどいい具合いに暖房がきいている
四面全てが白で統一された部屋。
窓際に配置されたベッドも、その上で上半身だけ起き上がり
あたしを見上げる彼女の肌の色も白。
その瞳だけが、見つめていると吸い込まれそうなほどに黒い。
「夏祭りは…もう無理だね」
何言ってんの。今年も行こうよ。
前のあたしだったらそう返していただろう。
でもそんな言葉をのみ込んで代わりに出てきたのは、溜め息。
- 4 名前:一夜限りの夏 投稿日:2005/02/07(月) 21:57
- 天井に近い壁にとりつけられたエアコンから聞こえる
低い機械音がやけに響く。
沈黙が、あたしたちの回りに始まって部屋の中を徐々に
支配していく。
何か言わなくちゃいけない。
そう思ったけど、うまい言葉が見付からず、あたしは安っぽい
パイプ椅子から少しだけ腰を浮かせて座り直す。
ギィッ
床と椅子の足が擦れる不快な音。
それは、沈黙を裂く合図。
「れな、金魚掬い上手だもんね」
大分遅れた返事は、当たり障りのないもので。
こんな返答しか出来ない自分に、少なからず虚しさを覚えた。
- 5 名前:一夜限りの夏 投稿日:2005/02/07(月) 22:06
- 少し出てくる、と告げてドアを開ける。
室内の静けさから一転、人々の色々な声が混ざり合うそこは
どこか別世界のようだった。
プシュッと音を立てて、プルトックが開く。
口に含んだそれは、あまったるい味がじわっと舌に染み込み
お茶にすればよかったと少しばかり後悔した。
「ねぇ」
背後から聞こえた声に振り返るとそこに立っていたのは
見たこともない女。
着ている服は黒で統一されていて、病院という場所柄
それはあたしに一瞬だけ死神を想像させた。
「あ、先に言うと、私は悪魔とか死神じゃないからね。
……よく間違えられるけど。」
「はぁ…」
あたしよりいくらか年上だろうその人は近くにあった
ベンチに腰掛けて、あたしにも座るように促した。
「あたしは…あ、先に本題から入ろうかな……
もし、一回だけ何でも願いを叶えてあげるって言われたら
あなたは何を願う?」
- 6 名前:一夜限りの夏 投稿日:2005/02/07(月) 22:06
- 「え?」
何を言い出すのだろう、この人は。
あたしは手にした缶をもう一度口元に持っていく。
その間、隣に座る女の視線が気になったけど、あえて無視した。
叶えて欲しいことなんて、一つしかない。
でもそれは、叶うことのない望み分かっていたから。
だから、軽々しく口にするのが嫌だった。
そんな気持ちを知ってか知らずか、女は軽く微笑んだ後
「叶えてあげるよ。それ」
- 7 名前:一夜限りの夏 投稿日:2005/02/07(月) 22:08
- れいなの容態が急変したのは、その日の夜のことだった。
あたしがれいなのお母さんから連絡をもらって
病院に駆け付けたとき、れいなはたくさんの管と機械に
囲まれてベッドに横たわっていて。それはまさに
『生かされている』
あたしのすぐ側で、お医者さんの今夜が峠です。
という声が聞こえた。
「れーなっ、れーな!」
看護婦さんたちが、何かあったら呼んで下さいと言い残して
部屋を出ていく。
気をきかせてくれたのか、れいなのお母さんもそのあとに続いた。
あたしは昼間と同じ椅子を引き寄せて座る。
「……そろそろ、やる?」
いつの間にいたのだろう。
小さく頷くと、分かった。と口が動き、あたしは昼間に
言われた通りにゆっくりと瞼を閉じた。
- 8 名前:一夜限りの夏 投稿日:2005/02/07(月) 22:09
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- 9 名前:一夜限りの夏 投稿日:2005/02/07(月) 22:10
- 太鼓やお囃し、そして人々の賑やかな声。
「さゆっ、こっち来てよ!」
そんな中でもはっきり分かった聞き馴れたその声と
指先に触れる彼女の温もり。
「ほらっ、早く行こうよ!」
そう言ってあたしの手を引っ張るのは間違いなくれいなだ。
「れいな」
何?と振り返ったれいなは笑っていて、とても楽しそうだった。
あたしはれいなに引っ張られるのを嬉しく感じながら
彼女のあとをついていく。
毎年一緒に行く、近所の神社の夏祭り。
「ねぇ、金魚掬いやろうよ!」
あたしが返事をする前に、れいなはもうおじさんに二百円を
渡している。張り切って腕捲りをするれいなの隣にしゃがんで
箱の中を覗くと、金魚がすいすいと泳ぎ回っているのが見えた。
「どれがいい?」
- 10 名前:一夜限りの夏 投稿日:2005/02/07(月) 22:13
- 「え?じゃあ…あの赤いやつ」
あたしが指差した先にいたのは、比較的サイズが大きい金魚の
中で、目立って小さな金魚。
「あんなんでいいの?」
不思議そうな顔をするれいなに、あたしは笑って答えた。
「小さい方がカワイイから。」
そっか、とれいなはしばらく金魚の動きを目で追ったあと
「よしっ、絶対に取る!」
そう呟いておじさんに渡されたポイを構える。
そして……
―――――パシャッ
- 11 名前:一夜限りの夏 投稿日:2005/02/07(月) 22:14
- 「やっぱりれーなは金魚掬い上手だよねぇ」
神社の境内の階段にれいなと並んで座るあたしの手には
れいなが取った小さな金魚が入った袋。
「さゆが金魚持って帰るなんて言ったの、初めてだね」
あたしはそれには答えず、袋を目の高さまであげて見つめると
反対側にれいなの顔が見えた。
すぐ側にいるのに触れられないような感覚。
水が揺れるとれいなも揺れた。
「さゆ」
「何?」
「…また、来ようね」
「………うん」
れいなと夏祭りに行く。
それがあたしの願いだから。
- 12 名前:一夜限りの夏 投稿日:2005/02/07(月) 22:15
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- 13 名前:一夜限りの夏 投稿日:2005/02/07(月) 22:16
- 「さゆ、さゆ?どうしたの?」
その声に我に返ると、心配そうにあたしを見つめる少女が一人。
今、あたしは夏祭りに来ている。
高校の友達と二人で、あの夏祭りと同じ場所に座って
仲良くたこ焼きを食べていた。
絵里はれいなとは違って金魚掬いが大の苦手で
金魚の代わりに二人で仲良くヨーヨーを釣った。
「れいな…」
「ん?何か言った?」
何でもないと首を振り、あたしは最後の一個を楊枝に刺して
一口で食べる。
それは、夜風に当たっていたせいか、あまり熱くない。
- 14 名前:一夜限りの夏 投稿日:2005/02/07(月) 22:18
- あの夏祭りから数日後、れいなは静かに息を引き取った。
亡くなる寸前、あたしの耳元でれいなが言った言葉は
ずっと、あたしのキオクに刻み込まれるに違いない。
『約束したのに、一緒に夏祭り行けなくてごめん。
……金魚、ちゃんと育てあげてね?』
あれが夢だったのかなんだったのか
今でもわからなくなるときがある。
でも、あたしもれいなも、楽しい一時を過ごしたことは確かだ。
あの後、お礼を言いたかったけど、あたしが気が付いたときには
もうあの女はいなくなっていて。
結局それ以来一度も会っていない
……あれはきっと、一夜限りの夏。
- 15 名前:一夜限りの夏 投稿日:2005/02/07(月) 22:23
- 「…………」
……えっ?
聞き覚えのある声。
見ると、焼きそばの屋台の近くに一人の少女が立っていて
あたしをじっと見つめていた。
視線が合うと、彼女はにっこり笑ってゆっくり口を動かした。
「あ……」
声には出していなくとも、しっかり伝わったその言葉。
「後藤さん!」
彼女に近寄ろうと立ち上がったあたしを止めた声。
彼女と一緒に来ていた少女だろうか。
「…あの子…知り合いですか?」
あたしの視線に気付いたのか
その少女はきょとんとした様子で彼女に尋ねる。
- 16 名前:一夜限りの夏 投稿日:2005/02/07(月) 22:27
- 「知らない子だよ。」
しばらくの沈黙のあと、彼女はそう言ってふっと笑った。
そのまま仲良く手を繋いで人混みに消えていく二人。
「ねぇ、さゆ」
あたしたちのやり取りを見ていた絵里が訝しげな表情で
くいっとあたしの服の袖を引っ張る。
「あの人たち、知り合い?」
あたしは、もう一度二人の歩いていった方向に視線を走らせた。
しかし、あの二人はとっくに人混みに溶けてしまったようで
その姿を見つけることはできない。
「ううん、知らない人。」
- 17 名前:一夜限りの夏 投稿日:2005/02/07(月) 22:28
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あなたの願い、一つだけ叶えてあげる。
だってあたしは……
―――あたしは、魔女だから
- 18 名前:一夜限りの夏 投稿日:2005/02/07(月) 22:28
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一夜限りの夏《完》
- 19 名前:一夜限りの夏 投稿日:2005/02/07(月) 22:28
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- 20 名前:一夜限りの夏 投稿日:2005/02/07(月) 22:29
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- 21 名前:一夜限りの夏 投稿日:2005/02/07(月) 22:29
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