29 異邦人
- 1 名前:29 異邦人 投稿日:2005/02/07(月) 18:44
- 29 異邦人
- 2 名前:29 異邦人 投稿日:2005/02/07(月) 18:46
- 心地よい風の吹きすさぶ初夏の河原で、さゆみはうとうとと
まどろんでいた。川面は時々音を立てて波立つ。
その涼しげな不断の流れにはどこか
大きな水の輪廻と小さな飛沫との邂逅を思わせる趣がある。
さゆみはじっとその音に耳を澄ませて
季節を薫りを楽しんでいた。
ふと、視界に女の子が立っているのが見えた。
すぐ脇に、いつの間にか立っている。
さゆみにとって、思いもかけないことだった。
「ねぇ、あなた」
女の子はニコニコと笑いながら言った。
「魔法使いでしょ?」
さゆみはむっくりと上体を起こした。女の子の言葉は
彼女の合点に入ったらしかった。
「そうよ。あなたは?」
「私は絵里」
女の子は相変わらずニコニコと笑っている。
さゆみも、少しだけ微笑んでみせた。
- 3 名前:29 異邦人 投稿日:2005/02/07(月) 18:46
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「あなたも魔法使いね?何が出来るの?」
さゆみは少しだけ可笑しくなって、
絵里を隣に座るように促しながら尋ねた。
「なんでも」
「一緒だね」
絵里はさゆみの隣に腰掛けると、さゆみと同じように河の匂いと
敷き詰められた草絨毯の蒼い薫りとを体いっぱいに吸い込んだ。
河の腹を魚が跳ねて、泡立てる。
水鳥が気持ちよさそうに佇んでいる。
脇を駆け抜ける子供らは、その涼しげな水面に目を馳せながら
暑い季節を待ちわびているようだった。
「びっくりした?」
含み笑いの絵里が、さゆみの顔を覗き込みながら言う。
「ちょっとだけ」
さゆみも負けない可笑しそうな顔で応えた。
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/07(月) 18:47
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「全然気付かなかった」
「あは、あたしも15歳になるまで気付かなかったよ」
「私が初めて?」
「ううん、二人目」
絵里はそういって身体を草原にあずけて寝転がった。
さゆみもそれを見て彼女にならう。
「最初は男の子だった。でも会って暫くして
消えちゃった。何でかわかる?」
「さあ、なんで?」
「男の子ってさ、知りたがりなの。何でもかんでも」
「ああ、そうかもね」
二人が見上げた空は青く晴れやかで、いくつもの綿雲が
不思議なカタチを作ってぽつぽつと浮かんでいた。
絵里がその一つを指差す。
- 5 名前:29 異邦人 投稿日:2005/02/07(月) 18:48
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「あの雲がなんであんなカタチしてんのかとか、この河は
何でこんな風に流れ続けてるのかとか」
絵里は一度言葉を切ると、クスリと笑った。
「自分は何なのか。この世界は何なのか。ナンノタメニアルノカ。
知ることができるなら、知らずにはいれないんだね」
「そうかもね」
さゆみは面白くなさそうに呟いた。
「彼はそれを知ることが出来るのに躊躇してたみたいでね
あたしと会って、踏ん切りがついたみたいで、それを知っちゃった」
脇をのそのそと歩いていた蟻が、さゆみの指に掴まった。
さゆみがそれを高く頭上に掲げて、太陽の光に翳してみる。
「それで消えちゃったのね」
その言葉と同時に、さゆみの指に挟まれていた蟻は
フッと消えてしまった。
- 6 名前:29 異邦人 投稿日:2005/02/07(月) 18:48
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「そういうこと」
絵里が少しだけ寂しそうに呟いた。
「あなたは――」
「さゆ」
「さゆは、知りたいと思う?」
「別に」
絵里は心底嬉しそうに笑った。
「今までに何したことある?魔法で」
「今アリンコ消したよ」
「他には?」
「とくには何にも」
「だよね」
「何でも出来るってさ――」
寝転がったままの絵里とさゆみが
お互いに身体を向け合ってまたクスリと笑う。
「退屈だよね」
二人が同時に言う。と、どちらからともなく二人で笑った。
- 7 名前:29 異邦人 投稿日:2005/02/07(月) 18:49
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「でも絵里って頭いいね。私ぜんぜん思いつかなかったよ」
「うん、ほらやっぱりさ、何やっても楽しくないからね。
なんでかなってずっと考えてた結論。
一人だから楽しくないんだなって思って。
それで、『自分と同じことが出来る人』に遇おうと思ったの」
「で、一人目は失敗だったんだ?」
「別に失敗じゃないよ。ちょっとの間だけど、楽しかった。
彼ね、すっごいいろんなことしてきてたんだよ。
山作ったり、ニンゲン作ってみたり、事件起こしてみたり
過去に行ってみたり」
「ちっちゃいね」
「そう、臆病者だった。でも考えてもみてよ。
彼がそんな臆病者じゃなかったら、とっくに消えてるよ」
「そうかもね」
「いろんなこと、してみたいって言ってたよ。
世界を滅ぼしてみたいとか、宇宙を作ってみたいとか」
「すればよかったのに」
- 8 名前:29 異邦人 投稿日:2005/02/07(月) 18:49
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さゆみが絵里の耳元にささやくのを、絵里が擽ったそうに身を捩って
それから可笑しそうに言った。
「でも怖いんだって。可愛いでしょ?」
「年下?」
絵里に数センチまで顔を近づけて息を吹きかけて遊んでいたさゆみが
絵里の言葉に面白く無さそうに呟く。
「ううん、年上。ていっても殆ど変わらなかったと思うけど」
「ふぅん」
「さゆはどう思う?会ってみたかった?」
さゆみはゴロンと横向けに転がって、絵里との間に体二つ分のスペースを空けてから
頭の後ろに腕を組んで空を見い見い言った。
「べつに」
絵里はそんなさゆみをじっと見た後、また少し笑って
彼女と同じ体制になって寝そべるった。
- 9 名前:29 異邦人 投稿日:2005/02/07(月) 18:50
- それから視線だけをさゆみに向けて、目で合図をすると
さゆみの身体がころりと回って、頭の後ろに手を組んだまま
うつむけになってしまった。
草の中に顔を突っ込んださゆみはすぐに両手を使って起き上がると
絵里の方に怒ったような顔を見せる。
「やったなー」
さゆみが頬を膨らませるのに絵里がさも可笑しそうに笑っていると
今度は絵里の組んだ手がばらっと崩れてそのまま頭が落ちてしまった。
今度は絵里が脹れる番で、さゆみの表情にはしてやったりな
笑みが戻っていた。
二人が同時に噴き出す。
お互いにお互いの脹れ顔が可笑しくて仕方なくて
二人は腹の底から笑った。
- 10 名前:29 異邦人 投稿日:2005/02/07(月) 18:51
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またさゆみが絵里の横に来て腰を下ろした。
絵里もむっくりと起き上がる。
「あたしたちってバカだね?」
「うん」
「彼とどっちがバカだと思う?」
「どっちもバカなんじゃない?ニンゲンだもん」
絵里はえへへと笑って、そうだね、と呟いた。
「もう一つバカなこと言ってみていい?」
絵里がさゆみの目を見つめながら言う。
「なに?」
「恋をしてみていいですか?」
さゆみがまた笑ってバカ、と呟いた。
- 11 名前:29 異邦人 投稿日:2005/02/07(月) 18:51
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一羽の鴫が川面に顔を出した魚を
器用に嘴で捉えて、じたばたと暴れるそれを一気に飲み込んだ。
遥か遠くから救急車のサイレンが慌しく響いて、直ぐに消えた。
暑い季節を待ちきれなくなった子供たちが橋の上から
一人、また一人、河に飛び込む姿が遠くに見えた。
楽しそうな嬌声が、風に乗って仄かに二人の耳に届いた。
- 12 名前:29 異邦人 投稿日:2005/02/07(月) 18:52
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- 13 名前:29 異邦人 投稿日:2005/02/07(月) 18:52
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- 14 名前:29 異邦人 投稿日:2005/02/07(月) 18:52
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