26 輝跡

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/06(日) 23:49
26 輝跡
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/06(日) 23:50
「タレント」の語源は聖書に由来した才能という意味らしい。
元々は才能ある人という意味だったはずのタレントが、
単なるテレビに出ている人になってしまったのはいつの頃からだろうか。

彼女を待つ憂鬱をごまかそうと一文にもならないウンチクに集中しようとするが、
手ににじむ油のような汗に気付いて結局僕はまた瞳を閉じて
彼女のことだけを考える他に今は選択肢がないことを知る。

随分と時間が経ってしまった。半分は間違いなく会社や世間といった
僕や彼女たちがどうしようもないことが原因だが、
残りの半分は果たして僕自身の意志の弱さのせいだろう。

タレントはただテレビに出ているだけの人ではない。輝きを持って
人々を照らす存在でなくてはならない。そう信じてきたこと自体が
間違いだったのかもしれないと何度思っただろう。しかし、確かなことは
7年前の当時、僕はそう信じて疑いもしなかった。
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/06(日) 23:53
僕自身のことを言えば僕は「タレント」ではなかった。
そのこと自体は僕の力を持ってすれば最初から分かっていたことだ。
しかし、受け入れるには時間が必要だった。なぜなら、当時の僕は
その才能以上の評価を受け、いわゆる絶頂だったからだ。

自分に才能がなくいずれ近い将来崩れると分かっている砂丘に立っている気分は、
この上なく心地よく、そして毎日気が狂いそうだった。
そんな現実と向き合おうとする狂乱の日々の中で、
僕は自分の力の使い道を一つ見つけることになった。

テレビ番組のオーディションに参加する少女たち一人一人の輝きを見るうちに、
ただの一人も世に放てるほどの強い輝きを持っていないことに失望しながらも、
ふと一つのアイデアが浮かんだ。思えばこの時すでに僕は冷静でなかったのかもしれない。
4 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/06(日) 23:54
繰り返しになるが、僕自身には輝きはない。正確にはこの世すべてを照らすほどの輝きだ。
しかし、僕に限らずそんな強い光を持っている人は極まれで、
多くは多少人目をひく程度の輝きを持った人たちが世間の注目を短い時間受け、
入れ替わっていく。それが現実だ。

なぜ、僕がそんなことを言えるかって?
それは、僕の力のせいだ。自分には才能や輝きがないかもしれない。
かつてそう思って自暴自棄になり、致死量に近い酒を飲んだある夜、僕は目覚めた。
それは、人の輝きを見極める力。そして、その輝きを奪い、与える力だ。

しかし、奪ったところでそれを自分のものにすることはできなかった。
それは、そういうルールなのか、あきれるほど僕にタレントがなかったせいのか分からないが、
奪った輝きは他人に与えるより他に使い道はなかった。
5 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/06(日) 23:56
だから、その力に気付いた後も気に食わないライバルの才能を
面白半分に奪ってみたものの、それがなんの意味もないことに程なく気付きやめた。
そして、それからは輝きがない自分なりのやり方を模索し、ある程度の成功を収めた。
そんなわけで、いざ成功してあとは落ちるだけとなったあの頃まで
自分にある日突然与えられた力のことなど本当にすっかり忘れていた。

しかし、淡い輝きを放つ少女たちを目の前にして浮かんだアイデアは、
当時の僕にとって非常に魅力的で、もう使うまいと思っていた力を
再び呼び起こしてしまった。
6 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/06(日) 23:57
最初彼女たちに約束したことは二つ。まず、彼女たちがグループで成功するまでは
彼女たちの輝きを一つにし、再分配すること。それによって、
一つずつでは弱くはかない輝きも、個性的で他にはない魅力をかもし出すことになる。
実際これはうまくいった。5人の色とりどりの輝きを一つにして、
それを再び彼女たちに与えることで、彼女たちは個人の集まり以上の輝きを放ち、
モーニング娘。として輝き始めたのだから。そして、気を良くした僕は
更なる輝きをグループに加えるためこの後も次々と淡く、個性的な輝きを
持つ少女たちからそれを奪い、一つにしてまた分け与えた。
7 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/06(日) 23:59
すべてがうまくいっていた。それは僕の想像以上で、僕は名プロデューサーと呼ばれ、
彼女たちも国民的アイドルグループと言われるようになった。

しかし、所詮人がつくりだすものに完璧なものなどないように、
人智を超えたと思っていた僕の力をもって作り出したこの「輝きの再分配」も完璧ではなかった。

当初それに気付かなかったのは、幸運な、いや結果として不幸な偶然のせいだ。
福田、石黒、市井。この三人までは二つ目の約束を必要なしと言って卒業していった。
すなわち、卒業の時輝きを返すことをしなかったのだ。
僕は彼女たちから輝きを一度奪うが、グループを離れる時には
その輝きを本人たちに返すことを約束していた。それは、彼女たちが
一人になった時に必ず必要だと思ったからだ。

しかし、理由はそれぞれだったが、三人はそれをグループのために
自身のタレントおいて去って行ってくれた。
8 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/07(月) 00:02
そして、気付いたのは中澤の時だった。
さすがに自分の下で芸能活動を続ける彼女には無理やりにでも輝きを返したのだが、
その輝きは僕が最初に彼女から奪った時と変わらぬ色で輝いていた。
そうまったく変わらぬ色で。

当然といえば当然で、本来は本人の中で年月とともに色を変え、
光を増していくはずの輝きを取り上げているのだから、
本人が歳をとっても輝きはそのまま成長せずに物足りないものになってしまう。

激しく後悔したが、時すでに遅しだった。
後藤も保田も同じで、卒業時に返した輝きは彼女たちが加入した当時のままで、
不釣合いな小さな服を着せて送り出すようで非常に申し訳なく、
また得たいの知れない力に溺れた自身を絞め殺してやりたかった。
9 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/07(月) 00:03
そして、僕は新加入メンバーから輝きを奪うことを止めた。
モーニング娘。を支えてきた「輝きの再分配」を止めたことで、
ある程度の苦戦を強いられることになったが、それでも良かった。

しかし、それで僕の罪が消えるわけではない。僕は今、
名プロデューサーに与えられた僕には不釣合いな豪勢な部屋で独り
吐き気を抑えながら後悔し、そして、懺悔の相手を待っている。

彼女は僕を許さないだろう。許す理由もないのだから。
10 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/07(月) 00:05
「知ってました。ゆうちゃんやごっちんに聞いてたんで」

7年前と変わらないのは長く美しい髪だけではなく、
むしろその無邪気な笑顔だろう。

彼女の予想外のリアクションに呼吸も忘れるほど僕の動悸は高まる。

「つんくさんが今から私に返してくれるもの、その才能でしったけ?
なんかモーニングに入ったときにつんくさんが借りるっていったやつ。
それがそのころのまんまで、今の私には全然足んなくって本当なら
もっとおっきく育ってたはずなんですね」

屈託のない彼女の笑顔は、言葉とは裏腹に自らの不幸をきちんと理解しているのか
疑わしいほど一点の曇りもなくきらきらと輝いていた。
それは僕が彼女から奪った輝きよりも強く、そして美しく。
11 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/07(月) 00:06
「いいんですよ」

一瞬彼女の言葉の意味が分からず、きっと僕はひどく間抜けな顔をしていたんだと思う。
おかしそうに彼女は笑い、そして、言った。

「私にとってこの7年間が宝物です。もしつんくさんが私から何かを奪ったとしても、
私はそれよりも大切でたくさんのものを貰いました。だから、大丈夫です」

僕の罪は消えない。
だけど、僕は自分が思い上がっていたことを思い知った。
彼女から7年という歳月を僕が奪ったと思っていた。しかし、
彼女の7年は彼女のもので誰のものでもない。

「私はこれからは独りだなんて思ってませんから。これからもよろしくお願いします」

そう言って深く頭を下げる彼女の姿に僕は自分に足りなかったものを思い知った。
12 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/07(月) 00:10
「うん。明日からもがんばるんやで」

彼女の頭頂部にそう言うのがやっとだった。
部屋から出て行く彼女にそっと当時の輝きを返し僕は再び深く瞳を閉じた。
閉じた目の隙間から許された喜びが熱く溢れるのもかまわず、
僕は自分の本当過ちを想った。

僕が大切だと思っていた輝きなんて本当はなかったのかもしれない。
輝きがないと嘆いていた自分がひどく惨めでちっぽけな存在に思えて、
また泣けてきた。これが会社でなければ声をあげていたかもしれない。

つっぷして、血が出るほど拳を握りながら僕は彼女の最後の言葉に何度も誓った。
「後のメンバーをお願いします」
嗚咽をこらえ歯を食いしばって僕は自分の幸福で罪深い人生の奇跡を心から呪い、
そして感謝した。
13 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/07(月) 00:19
14 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/07(月) 00:19
15 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/07(月) 00:19

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