24 開放世界
- 1 名前:24 投稿日:2005/02/05(土) 22:41
- 24 開放世界
- 2 名前:24 投稿日:2005/02/05(土) 22:42
- 「れいな、ごめんね。あたしたちもうれいなと一緒にいられない」
「ごめんね。行こう、絵里」
絵里とさゆが遠くへ離れて行く。手を伸ばせば届く距離なのに、二人の背中は
随分遠くにあるように感じられる。手を取り合って、愉しそうに遠ざかる二人の
仲睦ましく握り合った手と手から、視線を外す事ができずにいた。絵里もさゆも
あたしの事なんかまるで忘れたみたいに、キャッキャとお喋りに夢中だった。
───あたしはもう、二人に触れる事すら許されないのに。
- 3 名前:24 投稿日:2005/02/05(土) 22:43
- ◇
魔女狩り。あたしはどれだけこの言葉に、嫌悪を覚えれば済むのだろう。
こんな一つの言葉にどれ程の苦汁を舐めさせられ、苦悩を抱えて生きていけば
いいんだろう。あたしとあの子たちの間に、どれ程の差があるというのだろう。
答えはでなかった。頭の割れる程に考えたって、あたしが何をできる訳でもない。
政府が発表した一本の臨時ニュース。あたしはその頃、メンバーたちと一緒に
収録スタジオに入っていた。多分、お昼の2時くらいだったと思う。
スタジオでリハをしていたところに、突如として衝撃的なニュースが舞い込んだ。
『モーニング娘。田中れいな(15)、魔女発覚!』
俄かには信じられなかった。あたしが魔女だなんて、という事実を受け止められず、
ただ「嘘ですよね?れいなが魔女なんて嘘ですよね!?」と泣き叫ぶ事しかできずにいた。
矢口さんや高橋さん、上のメンバーは「大丈夫だから」「違うよ」と慰めてくれたけれど、
誰もあたしに触れ、抱き締めてくれる人はいなかった。それが決まりだから───
「普通の人間が魔女に触れた場合、魔力が感染し魔女になる」
収録は中止になり、あたしだけが隔離されるように帰宅されられた。他のメンバーは
事務所でミーティングをする事になったようで、あたしは帰りのタクシーで運転手の
目も気にせずに、深く被った帽子の下で泣きじゃくった。バイブにしておいたケータイが
鳴る。高橋さんからだった。何となく彼女たちとの繋がりが切れるのを恐れて通話したけれど、
あたしは自分からは何も喋れずにいた。
- 4 名前:24 投稿日:2005/02/05(土) 22:43
- 『もしもし田中ちゃん…』
「うぐっ……ひぐっ……」
『田中ちゃん、愛やけど、田中ちゃん?』
会話にならない事は解っていたので、電源を切った。次に彼女から着信が来る事はなかった。
あたしは魔女だった。
正確には「魔女に選ばれて」しまった。それも、大層な罪を付けられて。
あたしは間も無く処刑される。魔女の身なのに公共電波で発言した罪に問われる。
魔女の発言は悪魔の言葉らしい。魔女が喋れば悪魔が呼応する。何故この現代社会で
信じられないような戯言が、当たり前になってしまったんだろう。
───泣いた。混沌と深い心の闇にあたしを預けて泣いた。
◇
魔女狩りだなんて史実があった事すら、知らずにいたあの頃。あたしはただ単に
国民的アイドルとして日々を過ごし、幸せにいたあの頃。誰とも普通に話ができ、
手を繋げ、そして笑い合えた。あの日々はもう過去でしかない。それとも、あの輝かしい
日々は幻影だったんだろうか。いや、そうは思えない。あたしはやっぱり、あの日々を
覚えている。頭を巡らせれば、すぐに蘇る…。
16世紀から17世紀にかけてヨーロッパ全土で行われたという魔女狩りが、何故
今になって繰り返されているんだろうか。政府の決めた条例によって、21世紀に
復活した魔女狩り。その対象とされるのは、魔力を持ったと見なされる10代の少女。
魔女は、“世界を開放する力”を持っているらしい。それがどんなものなのか
あたしには到底想像もできない。“世界を開放する力”は世界の秩序の崩壊を呼ぶらしい。
政府が血眼になって魔女を探し始めたのは、そういう理由だったんだろう。
無論、あたしはそんな力を持っている訳ないし、そんな力を持った覚えもない。
- 5 名前:24 投稿日:2005/02/05(土) 22:44
- 民衆の間から、政府に対する批判が相次いだ。しかし政府はこれを受け入れようとせず、
この世の災害、不幸は全て魔女のせいだ。魔女が全ていなくなればこの世界は報われる、
と民衆に答えた。史実にある魔女狩りもそうだったらしい。
誰も信じていなかった。この科学技術の発達した現代社会で、魔女なんて
存在するはずもない。あたしを含め、皆そう思っていたのだろう。
しかし一人目の犠牲者が出た時、民衆の意見ががらっと変わった。
魔女だとされた一人の少女が拷問される様は、テレビ中継で延々と流され続けた。
あたし自身はそれを観る事はなかったのだけれど、ニュース番組をチェックしていた
紺野さんから聴いた話では、相当に酷い様子だったらしい。紺野さんはその番組を
最後まで見続ける事ができずに途中で吐いたとまで言っていた。その放送の直後から、
誰もが魔女の名を恐れるようになり、魔女の存在を蔑むようになった。
あたしは魔女なんていないと思っていたけれど、魔女の存在を否定した者も処刑
されるという事を聴いて、魔女の存在を渋々認めざるを得なくなった。
誰が何の目的で始めた事だったか。それすら誰にも解らなくなった。
人々は魔女の存在を信じ、魔女が不幸を呼ぶと考え、魔女とされた者への迫害も
酷くなる一方だった。心の奥底では誰も認めていないくせに、刑が怖くて政府に
従っている。そんな勇気のない人たちの群れが、魔女狩りの被害を拡大していったのだ。
───あたしも、その中の一人だった。
あたしが魔女だという根拠はどこにもない。あたしは自分で魔法を使えるだなんて
思ってもいない。けれど政府はあたしが魔女だと決めつけ、処刑する事に決めた。
あたしの公開処刑の日が決まった。11月の11日。奇しくもあたしがこの腐った世界に
生を受けてから16年の記念すべき目に執行される事になった。
それまでは政府の特別施設に軟禁される事になり、あたしはあの日以来、両親とも
それから今まで仲間だと思っていたメンバーたちとも触れ合う事すらできないまま、
彼女たちの世界から消えて行った。
- 6 名前:24 投稿日:2005/02/05(土) 22:44
- 施設での暮らしは、それ程酷い暮らしじゃなかった。実質一人の部屋が与えられ、
必要な物は全て揃えられ、欲しい物は何でも与えられた。政府の、魔女に対する
免罪符のつもりだろうか。「勝手に魔女に仕立てた事に対する見返り」という。
テレビに映るモーニング娘。はいつもと同じ様子で、キャーキャーと騒ぎながら
ステージを楽しんでいるように見えた。知らない間に石川さんは卒業していた。
高橋さんとさゆがセンターで踊り、絵里がセリフを任されている。
まるで、田中れいななんて人間が存在しなかったかのような明るいステージだった。
何を捨ててもいい。あたしはあたしに戻りたい。あの輪の中でもう一度踊りたい。
それだけしか考える事ができないまま、処刑の前日になった。
- 7 名前:24 投稿日:2005/02/05(土) 22:44
- ◇
処刑の前日になってようやく、あたしは両親とメンバーたちに別れの時間を
与えられた。両親には後で会う事にして、先にメンバーたちに会いに行った。
政府の車に乗せられ降りると、どこかのマンションの一室に召集されられた
メンバーたちが集まっていた。皆変わってない。いつも通りのメンバーたちだ。
誰も何も言ってくれず、知らない人を見るような目であたしを見る。
あたしが望んだ光景はそこにはなく、ただ魔女を蔑む民衆の視線を浴びるだけだ。
もう諦めた。あたしが魔女だと解った時から、あたしはメンバーの中には戻れない。
メンバーたちに背を向けるようにドアノブに手を掛ける。
───I'll Never Forget You
閉ざされた静かな空間に、間延びするような綺麗な歌声が広がっていく。
高橋さんがアカペラで突然唄い始めた。別れの曲。あたしたちの中ではその歌を
唄われる時がどんな時だか、誰もが解っていたはずだ。
───忘れないわ、あなたの事
その一節だけを唄い終え、高橋さんのすすり泣く声が聞こえた。他のメンバーたちは
黙ったままその様子を見つめている。あたしはもう何も見ないように、高橋さんに
駆け寄りたい衝動を抑えて、部屋を後にした。もう戻れない。あたしはまた泣いていた。
- 8 名前:24 投稿日:2005/02/05(土) 22:44
- ◇
「お別れに来た」
高橋さんの声がした。明日が来るのを拒むように、眠りに就けずにいた漆黒の夜。
毛布に包まって、窓から射し込む月の光を見つめていたところだった。
どこから入ったのか分からないけれど、気づいた時には高橋さんはあたしの隣にいた。
「どうして、来たんですか…」
「お別れに来たって言ってる」
相変わらず惚けた口調だ。あたしはこれに怒りすら覚えたが、昼間の件が
頭に残っていて怒鳴れるものも怒鳴れなかった。それよりも、来てくれた事に
対する感謝の心を忘れていた自分を恥じた。でも、それを喜んでなんかいられない。
施設に侵入するだなんて、自殺行為に等しい。
「最後に会えて良かった。もう大丈夫です。施設に侵入したなんてバレたら、
高橋さんも殺されるじゃないですか。れいなと関わると───」
そう言いかけたあたしの唇を、高橋さんの人差し指がちょん、と塞ぐ。
そのままの勢いで、あたしの頭を包み込むように両の腕で抱き締めた。
久しぶりに味わった人の体温、鼓動。こんなに温かいものだったっけ。
気がついたら高橋さんの腕の中で、ポロポロ涙を流して泣いていた。
- 9 名前:24 投稿日:2005/02/05(土) 22:45
- 「怖かったんやね…」
高橋さんの口調は優しい。魔女になってしまったあたしを心の底から
慰めてくれたのは高橋さんがきっと初めてだっただろう。誰も魔女にされる事を
恐れてあたしに触れなんてしないのに。高橋さんは何の覚悟があって、あたしを
抱き締めてくれたんだろう。あたしは、高橋さんへの罪悪感なんかよりも
圧倒的な安心感を感じて、高橋さんの腕の中で安らぎに溺れた。
「魔女っていると思う?」
抱き締めたまま、高橋さんはあたしの耳元で呟いた。
「いないと思います…」
つい小声になって、“魔女である”あたしがそう答える。高橋さんはそれを聴くと
「うん」と一言、また呟くように言ってみせた。
「魔女はね、いるんやよ」
「いませんよ、そんなの…」
あたしが高橋さんの声を間髪入れずに途切る。高橋さんは表情一つ変えなかった。
- 10 名前:24 投稿日:2005/02/05(土) 22:45
- 「いるの。ここに」
高橋さんの言葉の真意が読めず、あたしは勝手に心の中で傷ついた。
ああ、高橋さんもあたしが魔女だって言いたいんだと思った。
「本物の魔女は、人を不幸にする事しかできない」
高橋さんはあたしを抱き締めたまま、空に浮かぶ月を見上げてた。
黒く染まった部屋の中に、一筋の青白い光。高橋さんはそれをうっとりしたように
見つめ、その姿はまるで美しい神聖な女神様か天使の姿のように見えた。
「───私のせいで、ごめん。魔女は、人を不幸にする」
ああ…。突然の政府の魔女狩り施行、魔女への重い刑。本物の魔女はいたんだ。
あたしは無機質に、頭の中で今までの高橋さんの姿を思い浮かべた。
メンバーたちの輪から離れ、いつも孤独を引き連れているような高橋さんの陰。
誰も知らないような難しい本を読みながら、あたしたちを見つめていた姿。
高橋さんの孤独な姿の裏にはそういう理由があったんだ。でももう関係ない。
あたしは魔女だ。高橋さんが本物の魔女であろうとなかろうと、あたしには
関係ない。あたしは明日死ぬ。ただ彼女があたしに歌を唄ってくれた事、そして
あたしの前に現れてくれた事、あたしを抱き締めてくれた事だけが事実だ。
- 11 名前:24 投稿日:2005/02/05(土) 22:45
- 「高橋さんは、魔法を使う事ができるんですか?」
あたしは最後の希望を高橋さんに託そうと思う。あたしの痛みを唯一解ってくれた
彼女のためになら、あたしはもう何を失ってもいいと思った。
家族も、愛するメンバーも、この世の中も。高橋さんが本物の魔女だったら、
この世界を開放してくれる。あたしはそうして欲しかった。
「使える。…人を不幸にする魔法だけ」
「あたしに見せて下さい」
「わかった」
高橋さんとの会話には、リズムも呼吸もない。あたしは本心をぶつけ、高橋さんは
それに呼応するだけの会話だった。あたしの願い通りに世界を開放すると高橋さんは
言う。それだけでいい。あたしの望むまま、この世界を開放してくれるのなら。
「あたしは、高橋さんと出会えた事を不幸だなんて思いませんでしたよ」
笑顔で高橋さんに抱きつく。高橋さんはあたしをしっかり抱き締めてくれ、お互いの
温もりをほんの一瞬だけ感じた。ああ、胸が温かい。
- 12 名前:24 投稿日:2005/02/05(土) 22:45
-
「私のせいで、ごめん」
- 13 名前:24 投稿日:2005/02/05(土) 22:46
- 高橋さんはもう一度そんな風に謝った。高橋さんの泣いた姿可愛いかったな、なんて
のんびり思いながら、あたしは彼女の魔法が世界を開放していく様を見た。
たくさんの思い出が蘇ってくる。生まれてから、モーニング娘。に入った事やさゆや
絵里とたくさん話した事。それにメンバーと過ごした思い出。煌びやかな思い出は
いつの間にか過ぎ去ってしまった後で、あたしはもうこの世界には必要のない人間だった。
「ごめん、ごめん…ごめんね」
───せめて、高橋さんの魔法でいなくなりたい。
最後の願いは聞き届けられ、あたしは「本物の魔女」の腕の中で消えた。
- 14 名前:24 投稿日:2005/02/05(土) 22:46
- あたしの世界は開放された───
- 15 名前:24 投稿日:2005/02/05(土) 22:46
- れ
- 16 名前:24 投稿日:2005/02/05(土) 22:46
- い
- 17 名前:24 投稿日:2005/02/05(土) 22:46
- な
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