23 まほけし

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/05(土) 01:16
23 まほけし
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/05(土) 01:17
ごしごし。
何も考えず、ただ消しゴムを擦る。
今朝廊下に落ちていたのを拾ったものだ。
誰のものかは分からない。
でも、消しゴムぐらい別に良いだろ。

教壇では数学教師が理解不能の言葉を淡々と連ねていっている。
所々で上がる喧騒は黙殺しているようだ。
いつからかつまらなくなった日常は、今日も繰り返されていた。

この騒がしさを少し煩わしく思いながら、あたしは消しゴムを机から離した。
真っ白で汚れ一つない消しゴムは、結構な時間擦り続けていたというのに
その真新しい容貌に変化は見られない。
消しカスの一つも出ず、更には字すら消せない、不思議で役立たずな消しゴム。

気だるさを溜息にして吐き出すと、
あたしは頬杖をついて小さな長方形をぼんやりと眺め始めた。

   でよぉ…あいつがさ、ぎゃはははははっ!

一際大きな笑い声が、密度の高い教室内に響き渡る。
軽く舌打ちをしつつ顔を上げると、一番前の席に座っている
いかにもな格好の男子が、一つ後ろの女子と談笑を広げていた。

これには流石に教師も怒ると思い、ちらりと視線を移動させてみるけど。
全く変わらず。
教師はやはり淡々と数式を述べていっている。
ちょっとでも期待したあたしがバカだった。
はぁとワザとらしく大きな溜息を吐き流し、あたしは机に突っ伏す。
右の耳を机で塞いで、左耳を腕で覆った。
それでも、男子の馬鹿笑いは絶えることなく耳をつく。
あたしは無駄な努力をやめて、苛立ちを指先に込め役立たずな消しゴムを再び擦り始めた。
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/05(土) 01:17
   うるさい、五月蝿い、煩い。少し黙れよ。

心中で盛大に悪態をつきながら、先程よりもはるかに強く、消しゴムを削ろうと試みる。

   ごしごし、ごしごし、ごしご――

一心不乱に単調作業を繰り返していたとき、ふと気がついた。
あんなに耳障りだった馬鹿笑いが消えている。

あたしは動かしていた腕を止め、顔を上げ、傾げた。
さっきまで高々と笑っていた男子が、どうしてか涙目になりながら喉を両手で抑えている。
時折、開いた口から言葉を出そうとしていたのが傍目にも分かった。
でも開いた口は、ただ空ろに開いているだけ。

サーっと青褪めていく男子の顔。
心配する女子の手を払い除けて、男子は何も言わずに教室を飛び出していった。
騒然となる教室内。だけど、それもほんの一瞬のこと。
一時語りを中断していた教師は、たいして気にする素振りも見せず
今度は黒板に意味不明の数式を綴っていく。

ありえねぇよ。
空っぽな危惧を教師に向けつつ、あたしは机に突っ伏した。
一つの騒音が無くなった教室は、見違えるほど静かになっていた。
顔を埋めたまま、消しゴムを指先で弄くる。
そこで初めて、消しゴムの角が丸くなっていたことに気付いた。
4 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/05(土) 01:19


翌日。
風の噂で、あの男子は声がでなくなったということを聞いた。
不思議なこともあるもんだ。
ポカンと空いた廊下側の一番前。
そこをぼんやりと見つめながら、やっぱりぼんやりとそんなことを考え

でも、と。

そこで一旦思考を停止する。
視線は指先の消しゴムへと移る。四隅の一角が丸みを帯びた消しゴム。
ジッと、まだ白いその姿を見つめながらあたしは昨日のことを回想する。
字も消えず、消しカスもでなかった役立たずで、不思議な拾い物。
でもちょっとした苛立ちを込めて机を擦ったら、一人の男子の声が消えた。

……偶然でしか、ないだろう。
科学が進んだ現代において、こんな摩訶不思議な事柄は妄想内で完結させることだ。
浮かんだ一つの空想論を頭の奥底に押し戻し、
ギュッと消しゴムを握りなおして、綺麗な側面を机に押し当てた。

いつからか自分の癖になっていた、無意味な消しゴム擦り。
例外なくその行動を今日も取りながら、時間はゆっくりと流れていく。

うぜー…ちらりと確認した、壁掛けのアナログ式時計。
この授業の終わりまであと40分もあることにうんざりし、小声で不満を漏らした。
その時も、消しゴムは机の上を滑らかに滑っていた。

カチリ、何かが合わさる音がして、その直後。
天井に設置されたスピーカーから、電子音のチャイムが静かに鳴り響いた。
5 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/05(土) 01:19
途端に賑やかになる教室内。
「…は?」あたしは心底間抜けな声をもらして、顔を上げた。

机をあわせるやつ、弁当を持って席を立つやつ、学食・購買へ出向くやつ。
昼休みに見る光景としては珍しくない場景が、ごく普通に目の前に広がっている。
だから、余計にあたしは混乱した、が。
ふとそこで一つのことに思い当たった。

手元へと落とす目線。指先で、滑らかな曲線をなぞる。
マジかよ…三分の一ほどが消えてしまった消しゴムを握り締め、
あたしの空想論は確信へと固まりつつあった。
6 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/05(土) 01:19


帰宅してから、後ろ手に部屋の鍵をしめた。
ほぼ空っぽの鞄を無造作に放り投げて、机に向かって腰をおろす。
一気に小さくなってしまった消しゴムを静かに置いて、腕を組む。

煩いと思ったと同時、でなくなった男子の声。
うざいと感じた途端、突然昼休みまでショートカットした時間。
消えた声。
消えた時間。

こんなの…こんなのってありえない。
ありえないけど、でも、こんな摩訶不思議な偶然が続くだろうか。
半信半疑な気持ちが、どうにもモヤモヤして気持ち悪い。

だからあたしは、この気持ちを晴らすためにも消しゴムを強くつまんだ。
机の脇。おあつらえ向きに、縛ってまま捨ててない雑誌の束がある。
邪魔だな。考えながら、消しゴムを一度前後に動かした。

背景に溶け込むみたいにして、雑誌の束が薄れていく。
それと同時進行で、消しゴムの身も削れて行く。
机から離しても、それは止まらなかった。

やがて、雑誌が全て消え去る。
消しゴムは更に身を減らして、拾ったときの半分くらいになっていた。

そこで初めて、あたしは確信する。
7 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/05(土) 01:20

「これって…」
「そ。消したいと思った物を消すことの出来る消しゴムだよ」
「…っ!誰だ!?」

横手から聞こえた声。
バカみたいに動揺してしまい、立ち上がり際椅子を倒した。
思ってたよりも大きな音が響いて、あたしはベッドに座るそいつをにらみつけた。

あたしの言葉尻を受け継いで、静かに、ちょっと鼻声で語った黒尽くめの女性。
消しゴムを硬く握り締め、一番恐いと思われる目で牽制しながら椅子を起こす。

でも、その黒尽くめは張り詰めた空気を歯牙にもかけてない様子で、
被っていた大き目の三角帽子を微かに上げてみせた。

「こんにちは。吉澤ひとみさん」
「な…なんで、あたしの名前…っていうか、お前誰だよ…」

ぽふりと帽子を頭に戻すと、黒尽くめはめんどくさそうに立ち上がった。
意外に小さかった黒尽くめ。
でも、こちらを見上げてくる目は怖気が立ちそうなほど冷たくて。
実際、冷や汗が首筋を伝ったのはここだけの話し。

はあぁぁぁ。
鋭い眼差しが急に緩んだかと思ったら、黒尽くめはいきなり盛大な溜息を吐き出した。
そして、ダルそうにあたしの拳に目線を配ると
「メンドくさいなぁ…」愚痴を漏らして話し始めた。

8 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/05(土) 01:20
「いい?じゃあ話すけど。途中で質問とか無しね。
 まず美貴は藤本美貴。一応魔法使いやってる。で――」
「ちょ、ま、魔法つか――ぅ…」

聞きなれない非常識な単語に、思わず横槍を入れようとしたところ
寒波を伴って向けられたジト目に、すごすごと口を閉ざした。
自称魔法使いの藤本美貴は、鼻を鳴らしてから言葉を続けた。

「で、君が持ってるその消しゴムなんだけど。
 それ、美貴が魔界から人間界来るときに
 時空のトンネルに落としちゃったものなのね。
 『まほけし君』っていう捻りも何にもない名前のマジックアイテムで
 効果は君が気付いたとおり、消したいと思った物を消しちゃうっていう。
 ある意味便利だけど、物凄く危険なアイテムなの。
 それが人間の手に渡っちゃって、
 効果気付かれたらヤバイなと思って回収しに来たんだけど…」

「…遅かったみたいだね」指を指されて、ゆっくりと五指を開いていく。
身を半分削った消しゴムが姿を現すなり、
藤本美貴はだはぁと、いかにも落胆した溜息を吐き出した。

「魔力探知が――」「小さいんだよ――」「でも、まだどうにか――」
藤本美貴がブツブツと小さな怒声を呟いている間に、頭の中を整理してみた。

魔法使い…マジックアイテム…落し物…回収…。
怒涛みたいに非現実的な事ばかりが押し寄せてきているというのに

9 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/05(土) 01:21
「その、なんだ。
 お前は魔法使いで、落し物のヤバイ消しゴムを回収しにあたしんとこへ来たと。
 そういう事か?」
「何回も同じ事言わせないで。
 それとお前じゃないから。美貴は藤本美貴だから」

あたしはどういうわけか、いつもよりも冷静な気がした。
この消しゴムに乗る、仮定の希望。
それがあたしを非合理的な人間にしてしまったのかもしれない。

「ま、そういうわけだから。それ返して」

平淡に言葉を紡いで、藤本はあたしに向かって右腕を伸ばしてきた。
天上を向く掌を見てから、藤本の瞳を覗きこむ。
早く返せと、鋭い視線がそう訴えていた。
けど

「早く。美貴も暇なわけじゃ――」
「なぁ」

消しゴムを硬く握り締めて、あたしは藤本の瞳を更に深く覗きこんだ。
眉に力を入れたあたしの顔が虹彩に映って、平淡な眼が微かに揺らいだ。

「この消しゴム、過去に起こったことも消せるのか?」

やや沈黙が下りてきて

「…何考えてるか知らないけど、それはやっちゃダメ」

藤本は厳かに、沈黙の帳を打ち破った。

10 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/05(土) 01:21
「因果、つまり過去に起こった原因があり、現実の結果がある。
 この関係を揺るがしす事に繋がる消去は禁止事項なんだ。
 もし破れば、その使用者は――」

静かな口調の中に、明確な制止の命令。
真摯な眼差しがあたしを捕らえる。
だめ、やっちゃダメ。
そう訴えかけて止まない視線に、あたしはゆっくりと首を振った。

それでも。
どうしても、あたしは一つの過去を消したい。
あたしから楽しい日常を奪って、
彼女からは日常すら奪った一つの過去を。

何でか両目が熱かった。
いつの間にか降ろしていた瞼の幕を上げて、藤本を視界に治める。
と、アレだけ意志の強かった鋭い瞳が、悲しそうに揺れている。
あたしに向かって伸ばしていた右腕も下がって、漆黒のローブの中に隠れてしまっていた。

ふと、藤本の身体が翻る。
更には帽子の淵を掴んで、頭の半分を帽子の中へと埋めた。

11 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/05(土) 01:21
「…美貴は、何も見てない、よ」

心が読めるのかよ。
呆れたように心の中で呟くと、案の定五月蝿いと返ってきた。

グッと、消しゴムを摘む指先に力を込めて
「ありがと」
存外に優しい魔法使いにお礼を言って
消したい事柄を思い浮かべ
空中で弧を描いた。

12 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/05(土) 01:22
―――***―――
13 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/05(土) 01:22

彼女の周りの日常は、今日も変わりなく動いていく。
1年前に自分が死んだことなんて、欠片も覚えていないだろう。

鞄を肘に提げて、慌てたように駆けていく色黒の彼女を見下ろしながら
あたしは当然のことを嬉しく思う。

代わりにあたしという存在は消えちゃったけど、
まぁその辺はギヴ&テイク、だっけ?
それに、完全に消えたわけじゃないし。

―――サンキュー、ミキちゃんさん
「感謝してよ、ホントに。禁忌破ってまで助けてやったんだから」

ミキちゃんさんの掌の上に乗る、薄い硝子の破片みたいなもの。
それがあたし。

因果関係を揺るがせたあたしは一度消えかけ、
でも、ミキちゃんさんのありがたいお節介で
こうして、生きている彼女の動向を見守ることが出来ている。

「でもさ」
―――…ん?
「友達…ってくらいで、ここまで出来るもんなの?」

バスに置いてかれて悲しむ彼女。
一度は落ち込んだけれど、頬っぺたを叩いて気力を注入。
ネガポジの切り替えが激しいのは、変わっていなかった。

「よっちゃんさん、実はあの子のこと…」

ふと悲しげな色がミキちゃんさんの瞳に落ちて、視線が動く。
あたしもそれを追って、路頭を再び走り出した彼女の姿を追っていく。

ピンク色に覆われた背中を見つめながら、
あたしは行こうと呟いて

―――彼女は…

彼女が一瞬だけ振り返る。

―――生涯最高の親友だよ

一瞬だけ交わった視線が、妙に照れくさかった。
14 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/05(土) 01:22

15 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/05(土) 01:22

16 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/05(土) 01:23
(0^〜^)ノ□<終わりだYO

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