22 奇妙な果実
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/04(金) 20:10
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22 奇妙な果実
- 2 名前:奇妙な果実 投稿日:2005/02/04(金) 20:12
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絵里が失踪した。
家からもどこからも、絵里は煙のように消えてしまった。
朝、どこか挙動不審気味に絵里の欠席の理由を風邪だと言っていたマネージャーは、
仕事終わりには青褪めた顔になっていて、そして、メンバー全員に絵里の失踪を告げた。
そう。絵里は失踪したのだ。
だけど、なぜか絵里は今私の部屋の真ん中にどんと
ある意味物凄いオーラを放って存在している。
「…これが、魔法なの?」
- 3 名前:奇妙な果実 投稿日:2005/02/04(金) 20:12
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- 4 名前:奇妙な果実 投稿日:2005/02/04(金) 20:13
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よし、今日も可愛いと私が鏡に向かって何度も確認をしていると
決まって誰かが隣にやってきて、よし、私のほうが可愛い、と鏡越しにこちらを見てにやりと笑う。
でも、私は私の可愛さに確固たる自信があるのでそんな世迷言は全く気にしない。
それどころか、にやりではなく余裕を持ってにこりと笑い返してあげる。
すると、相手は負けを認めてすごすごと退散する。いつもそうだ。
いつも――ただ一人のしつこいチャレンジャーを除いては。
「よし、今日のお昼も相変わらず可愛い」
「よし、今日のお昼も絵里のほうがやっぱり可愛い」
今日、二度目の鏡前遭遇。
にっこり。にっこり。私の笑顔に笑顔で対する余裕。
絵里だけはそうだ。絶対に引き下がらない。
私の可愛さには誰も勝てないというのに、絵里の負けず嫌いは相当なものなのだ。
- 5 名前:奇妙な果実 投稿日:2005/02/04(金) 20:14
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最初はあまり気にすることはなかった私だけれど、
毎度毎度はり合われるとさすがにあまり気持ちがいいものではない。
そんなわけで、絵里に完膚なきまで私の可愛さを認めさせるべく
私は少し躍起になって、手持ちの鏡のサイズを3サイズ大きいものに変えてみた。
そして、絵里が楽屋にやってくる時間を見計らって
楽屋備え付けの鏡とその手持ち鏡の二つを使い鏡の中のさゆをつくってみせる。
それはもう我ながらくらくらするくらい可愛い私だけのための空間で
さすがの絵里もその鏡の中に立ち入ることは出来なかった。
絵里は少しだけ悔しそうに口をアヒルちゃんに尖らせたあと、ぷいっとロッカーの中に閉じこもってしまった。
これでもう絵里はクイーンオブキューティーの私と張り合う気なんてなくなっただろう。
私は、その日、長きに亘った絵里とのキューティー大戦の終結を確信していた。
- 6 名前:奇妙な果実 投稿日:2005/02/04(金) 20:15
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翌日、いつものように鏡の前をキープしてもう一人の私にうっとりとしていると
意気揚々と楽屋に入ってきた絵里がにこにこと満面の笑顔で鏡に映った私に向かって言った。
「絵里、昨日、サユに魔法かけたからね」
「…魔法?」
「うん」
「どんな?」
「サユが絵里のこと可愛いって言いたくなる魔法」
絵里はきっぱりはっきりと言った。
ちょっとおかしいところがあると思っていたけれど
絵里って本当におかしな子だったんだなと、
ふふんと自身満々に鼻を鳴らすちょっと小憎たらしい彼女を見ながら
私は感心と呆れの意味を込めて嘆息した。絵里がキランと目を輝かせる。
「あ、今、絵里のこと可愛いって思ったでしょ」
「思ってないの」
「なぁんだ」
私のあっさりした否定に絵里も意外なまでにあっさりと相槌を打ち
「でも、絶対さゆは絵里のこと可愛いって言いたくなるんだからね」
最後ににっこりとそう付け加えた。やっぱり今日の絵里は小憎たらしい。
そう思いながらも、私はにっこりと笑顔を崩さず、楽しみにしてるの、と返した。
- 7 名前:奇妙な果実 投稿日:2005/02/04(金) 20:15
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そして、絵里は失踪した。
だけど、私の前にいる。
私は物言わぬ絵里を前に数分前のことを思い出す。
- 8 名前:奇妙な果実 投稿日:2005/02/04(金) 20:16
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家に帰ると掛けていた筈のドアの鍵が開いていた。
泥棒さんでも入ったのかと怖くて暫く部屋の前でうろうろしていたけれど
こうしていても拉致があかないなと、私はこっそりとドアを開けて中を窺って見ることにした。
中はシンとしていた。
荒らされた様子も何もない、空気も今朝部屋を出た時から動いていないようだった。
私は音を立てないよう細心の注意を払いながら中に上がり、
お風呂場やおトイレを確認する。やっぱり誰もいない。
残すはリビングと寝室だけだった。
廊下を忍び足で歩き、リビングのドアに手を掛ける。
その瞬間、よく見知った気配をドアノブにかかった指先から感じた。
ピリリと電気が流れたみたいにその気配は私に伝わった。
- 9 名前:奇妙な果実 投稿日:2005/02/04(金) 20:17
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けれど、どうして?
即座に疑問が浮かんだ。
どうして失踪したはずの絵里が私の部屋にいるんだろう?
ドアノブに手を置いたままその理由を考えてみたけれど、一つしか思い浮かばなかった。
きっとドアを開けた瞬間に、絵里のこと可愛いと言えぇえええ!
なんて包丁を持った絵里が飛び掛ってくるんだ。
絵里ならありえないとも言い切れないもん。
これが力の魔法だよ、にこにこ。なんて言いながら、
私の喉元に包丁を突きつける絵里の姿が簡単に想像できた。
命とプライドを天秤にかけたらやっぱり可愛いって言っちゃうのかなぁ、私。
国宝級の可愛さも命あっての物種だし、変に意地をはってもいいことはない。
そうして、勝鬨を上げる絵里をまた想像して私はちょっとげんなりしながら
一つ大きな深呼吸を吐くと意を決してドアノブを捻った。
- 10 名前:奇妙な果実 投稿日:2005/02/04(金) 20:18
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果たして、そこに絵里はいなかった。ううん、違う。
部屋の真ん中に圧倒的な存在感をはなって彼女はいたのだけれど、
確実にそれは絵里なんだとどうしてか私には分かるのだけれど――
その外見は、私よりも少し背が低い、なんだかよく分からない観葉植物だった。
植物の天辺からは、藤本さんの顔と同じくらいの大きさの歪な丸い果実が一つぶら下がっている。
その果実は目が痛くなるほどヴィヴィッドな発色のピンク色をしていて
時折、ドクンドクンと血液が流れるように脈打っていて、要するに、見ていてすこぶる気味が悪かった。
私は思わず目を眇めた。
「これが…魔法なの?」
ついそう口走ってしまったけれど、その答えがNOだってことくらい私にはすぐに分かった。
だって、こんな姿誰が見ても可愛いとは言えないだろう。お世辞でもきっと無理だ。
もしも、可愛いと言わせたいのなら、
もっと誰が見ても顔がとろけちゃうような物に変形してくるのが当然で
こんな誰もが顔を引き攣らせてしまうような姿になんて絶対にならないだろう。
だから、これは私に可愛いといわせるための絵里の作戦じゃないと断言できた。
私はマジマジと絵里の全体を見やる。本当に不気味だった。
私の可愛い部屋にあるのがおかしなくらいその存在は浮いている。
- 11 名前:奇妙な果実 投稿日:2005/02/04(金) 20:19
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もしも、これが絵里じゃなかったら私はすぐにでも捨てていることだろう。
けれど、これは絵里なので、間違いなく絵里なので、私はどうしたらいいものかと頭を抱えた。
そんな絵里はこちらの気も知らず、私に何か訴えかけるように呑気に揺れている。
絵里の要求が分からないので
「……お水、飲む?」
と植物の要求として一番考えられそうなことを恐る恐る聞いてみると絵里が頷いたような気がした。
私は、とりあえずキッチンから薬缶を持ってきて絵里に水をあげてみる。
すると、今日一日、まともに水を飲んでいなかったらしく彼女は
ごくごくと音を立てて根元から水を吸収し満足そうに葉を擦らせた。
それにあわせて奇妙な果実も揺れている。
嗚呼、本当に気持ちが悪い。自分の形のいい眉が寄るのが分かった。
「……ねぇ、絵里」
私は眉を顰めたまま絵里に問いかける。
「これって…この間言ってた魔法が失敗しちゃったの?」
当然、植物の絵里はなにも答えない。
ただ果実だけが揺れている。それはやっぱり気持ちが悪かった。
- 12 名前:奇妙な果実 投稿日:2005/02/04(金) 20:19
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翌朝になっても絵里は植物のままだった。
朝の太陽がキラキラとリビングのカーテンの隙間から差し込んで窓際にいる絵里に光を与えていた。
絵里はその光に向かってちょっと毒々しいまでの緑の葉を大きく広げている。
その様があんまり気持ちよさそうだったので、
もっとちゃんとした日光浴をさせてあげようと私は絵里をベランダに引きずり出した。
それから水をあげると、もう出かけれなければならない時間になっていた。
絵里を一人で置いていくのは心配だったけれど、私まで仕事を休むわけにはいかない。
「それじゃ、ちゃんといい子で光合成してるんだよ」
私は、絵里をベランダにおいておくか部屋に戻すか少し逡巡して
結局そのまま彼女をベランダにおいて部屋を後にした。
- 13 名前:奇妙な果実 投稿日:2005/02/04(金) 20:20
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日が沈む頃、帰宅した私は荷物を置くとすぐにベランダに向かった。
「ただいま、絵里」
声をかけると夕時の涼しい風が頬を撫でる。絵里の果実もわさわさと揺れていた。
強烈に鮮やかな色合いのその果実は今朝見たよりもボリュームを増しているようだった。
私は絵里の隣に腰掛けて、少しの興味本位からその果実にそっと触れてみた。
少し海月を連想させるぐにゃぐにゃと捉えどころがない生温い手触りは
果実の色同様に気持ちが悪かった。
私はすぐに手を引き、自身の手のひらを見やる。まだ気色の悪い感覚がそこに残っている。
「…気持ちわる」
無意識に呟いて、瞬間、私は周囲を取り巻く空気が少し変化したことに気づいた。
しまった。それは思っていても、言ってはいけないことだったのだ。絵里の前では絶対に。
怒ってるかな、と私は横目で絵里を窺う。
無言の絵里は、ただ重たげな果実をぶら下げ風に揺れていた。
その横顔――というのだろうか――がなんだか物寂しげで、私は彼女が傷ついていることを知った。
- 14 名前:奇妙な果実 投稿日:2005/02/04(金) 20:21
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「ゴ、ゴメンね、絵里」
慌てて謝ったけれど、絵里はやっぱり返事をしなかった。
しかし、果実の揺れ方がまた微妙に変わって、私は今彼女がむくれているのだと感じる。
あのアヒル口が脳裏に浮かんだ。
「そ、そうだ。絵里にいいもの買ってきたの。ちょっと待ってて」
私は口早に言って部屋に駆け戻り
帰りがけに買ってきたばかりの肥料をお詫びの印にと絵里の鉢植えに撒いてみた。
そして、水道水じゃなくて、冷蔵庫から取り出したばかりの
キンキンに冷えたミネラルウォーターをあげる。
すると、果実の揺れはまた変化し、絵里のむくれは、ただのむくれた振りに変わった。絵里は単純だ。
私はホッと胸を撫で下ろしながらまた絵里の隣に腰を下ろした。
そのまま暫く私たちはベランダで並んでボーっとした。
沈む夕日に照らされたピンク色の絵里の果実はまたちょっとだけ大きくなっていた。
- 15 名前:奇妙な果実 投稿日:2005/02/04(金) 20:23
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さらに日が進むと絵里の奇妙な果実はますます大きくなり、
それは果たして、異状としか形容できない物体に成長していた。
その頃には、絵里の居場所はベランダだけになっていた。
引き摺って外に出すことは出来たけれど、中に戻すことが私の力ではもう無理になってしまったのだ。
絵里の果実はそれでも日々大きくなっていく。
ベランダでさえ狭いと言うように、どんどんどんどん。
けれど、私はもうそれを気持ち悪いとは思わなくなっていた。
確かに気持ちが悪いことは気持ち悪いのだけれど
それがなんだか可愛らしい、と思うようになっていたのだ。
ぐにゃぐにゃの果実は、変容自在で、軽く押すと飴細工のように簡単に変形する。
けれど、そのまま固まってしまうようなことはなく、
放置しているといつのまにか元の歪な丸形に戻っている。
素直なのか、我が強いのかわからない。そんなところも絵里らしくて可愛かった。
私は毎日絵里に水をやりながら、絵里と一緒に光合成をしながら
今日も絵里はキモ可愛いなぁと、一人で悦に浸っていた。
- 16 名前:奇妙な果実 投稿日:2005/02/04(金) 20:24
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そうして、絵里と私の奇妙な生活もそろそろ一ヶ月が経とうというある日、
いつものように仕事が終わって部屋に帰ると
窓からチラホラ覗ける筈の絵里の果実が見えなかった。
私は自身の体から血の気が引くのを感じる。
「絵里っ!」
驚いてベランダに出る。
と、鉢植えは倒れていて、絵里の茎と果実は見事に分離していた。
私は息を飲む。
絵里の果実はもう私の両手では抱えきれないほどに成長しており
それはまるでサーカスで使う玉乗りの玉のようになっている。
ただし、玉乗りの玉とは違いぎっしりと中身が詰まっていて、とてつもなく重いのだ。
おそらくは絵里自身も巨大になりすぎた果実を支えることが出来なくなり茎から折れてしまったのだろう。
このままだとどうなるのだろう。
土から養分がいかなくなった絵里は死んでしまうのだろうか。
- 17 名前:奇妙な果実 投稿日:2005/02/04(金) 20:30
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「…どうしよ」
助けを呼ぶわけにもいかず、私は途方に暮れた。
絵里が死んでしまう。絵里が死んでしまう。
そんな焦燥だけが頭の中を駆け巡り、けれど具体的な打開策は見つからない。
「絵里…」
私は転がっている果実に視線を落とす。
絵里の果実は人の心配を他所にベランダに面した部分だけを平らに変形させぽこぽことマグマの様に脈打っている。
私は泣きそうになった。笑いたくもなった。
こんな時でも絵里はキモ可愛かった。
私は果実の前に膝をつく。
最初の頃、気持ち悪いと言ってしまったことを絵里が覚えているかどうか分からないけれど
不意に私は最後だから絵里が気持ち悪くないことを教えなきゃいけない気がした。
絵里がどれくらいキモ可愛いのか伝えなきゃいけない気がした。
- 18 名前:奇妙な果実 投稿日:2005/02/04(金) 20:31
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「ねぇ、絵里」
ぐにゃぐにゃの果実を摩りながら声をかけると、
果実が返事をするように動き、表面が勢いよく波打って私の手をパツパツと弾いた。
そんなところもホントにキモ可愛いよ、絵里は。
心の中で呟き、私は波打つ果実に触れたまま言葉を続ける。
「前にね、コレ気持ち悪いって言っちゃったけど…結構、これって、キモカ」
そこまで言ったところで、いきなり果実の皮が今にも破けんばかりに突っ張った。
限界まで伸びた皮は血管のような物が浮いて見えて非常に気持ち悪かった。
しかし、それ以上に私は大事な話の腰を折られたことに腹を立てていた。
こっちは泣きそうなのに。絵里は死にそうなのに。
「ちょっと絵里、ふざけてる場合じゃないの!今すっごい大事な話してるんだから」
ペシッと果実を叩くと限界だった果実の皮がパチンと爆ぜた。
刹那、赤い液体が飛び散って顔にかかる。
私は、ひゃぁっと腰を抜かして尻餅をついた。
- 19 名前:奇妙な果実 投稿日:2005/02/04(金) 20:32
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果実の割れた箇所はメリメリバリバリと音をたてさらに大きくなっていく。
見たくなくても果実の中身が私の目の前にパックリと口を開けていた。
そこにはドロドロとした真っ赤な液体が一杯に溜まって波打っていた。
それはどうしたって血のようにしか見えなかったのけれど
辺りに広がったのは血の匂いなんかではなく、桃のように甘い香りだった。
暫く呆然と見ていると、液体がごぼごぼと粟立ち、中で何かが蠢く気配がして
裂け目を割り開くようにガバッと人間の手が出てきた。
新たに赤い液体が飛び散る。
顔や体にその液体を浴びながらも私は動けずにただ、
果実の淵を掴んでずるずると這うようになにかが出てくるのをそのままの姿勢で見つめていた。
果実から産まれてくる、血塗れのそれは、間違いなく、人間の姿をした絵里だった。
- 20 名前:奇妙な果実 投稿日:2005/02/04(金) 20:32
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絵里はプハッとまるで水中から上がってきたかのような息をして、くるっと私のほうに視線を向ける。
パチッと目が合って私は息を呑んだ。
絵里、だよね?絵里だ。
絵里だって分かってたけど、ホントに絵里だった。
混乱しながら私は絵里と見つめあう。
不意に全身血塗れ状態の絵里がへらっと笑った。
「サユ、絵里のこと可愛いって言ったでしょ」
そう言って、嬉しそうに私の方へにじり寄ってくる。
その瞬間、私は雷に打たれたように唐突に例の魔法の話を思い出した。
私が自ら否定したそれ。
だって、まさか。ありえないでしょ。
だって、誰もそんなこと思いつかない。信じられない。だって、だって――
私にキモ可愛いと言わせたいがためにあんな気持ちの悪い姿になってやってきたなんてそんな話。
口はパクパクするだけで声は出ない。
真っ赤に染まった絵里はニヤニヤと勝利の笑みを浮かべて私の体をつついている。
- 21 名前:奇妙な果実 投稿日:2005/02/04(金) 20:33
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可愛いじゃなくて、キモ可愛いで攻めてくるなんて――ずるいよ、絵里。
つんつんとつつかれながら、どうしようもない敗北感を味わいながら
「い、言ってないよ。気持ち悪いって言ったの」
私はどうにか言葉を搾り出して絵里の言葉を否定する。
絵里のつんつんが止まり、彼女は小首を傾げる。
髪についた赤い液体がポタッと落ちる。
「…ホントに?」
「ホントに」
「おかしいなぁ」
「おかしくないの」
「だって、サユが絵里のこと可愛いって言わないと人間に戻れなかったんだよ?」
じっと真っ直ぐにこちらを見つめながら絵里が言う。
なにもかも見透かしてそうなその眼差しから目を逸らし私はぶんぶんと首を振る。
「……でも、言ってないもん」
「んー」
絵里は少し唸って、ま、いっかと呟いた。
それからまた少しだけ私ににじり寄りチョコンと正座をすると
「今までお世話してくれてどうもありがとう、さゆ」
ペコリと頭を下げた。
- 22 名前:奇妙な果実 投稿日:2005/02/04(金) 20:34
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途端、私の胸に浮かび上がるなんとも言えない感情。
私が私以外の人に抱く筈がない感情。
植物の絵里にじゃなくて人間の絵里にまでこんなこと思うなんて――
私はそんな自分自身に激しく動揺しながらもどうにか
どういたしましてと頭を下げ返し、絵里にお風呂に入るよう薦めた。
私の勧めに絵里は、うん、そうする、と素直に頷き
ペタペタと赤い足跡を残しながらバスルームに消える。
- 23 名前:奇妙な果実 投稿日:2005/02/04(金) 20:45
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絵里がいなくなると、私はいつのまにか詰めていた息をほぅっと吐き出して、
おびただしい量の血のような液体が浮かび上がるベランダの床に視線を落とした。
絵里が残した物は殺人現場みたいでちっとも可愛くなかった。
けれど――ホントは認めたくないけれど、
血まみれの状態で正座して、ありがとうなんて言っちゃう絵里は、
私にはやっぱりつくづくキモ可愛く見えた。
これから絵里を見たら私はいつもあのキモ可愛さを感じてしまうんだろうか。
それはなかなかぞっとしない。
思いながら、私は顔に付いた液体を手で拭う。
甘やかな桃の香りが強く鼻腔を擽って少し眩暈がした。
嘆息して視線を上げると、バスルームの方からはシャワーの音が聞こえ始めていた。
- 24 名前:奇妙な果実 投稿日:2005/02/04(金) 20:45
- ノノ*^ー^)
- 25 名前:奇妙な果実 投稿日:2005/02/04(金) 20:46
- 从*・ 。.・)
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