17 「紺野は魔法が使えない」
- 1 名前:17 「紺野は魔法が使えない」 投稿日:2005/02/03(木) 22:13
- 17 「紺野は魔法が使えない」
- 2 名前:「紺野は魔法が使えない」 投稿日:2005/02/03(木) 22:14
- 日本はある意味平和だ。
街角では別れ話を切り出された彼女が彼氏に向かって左のてのひらからどかーんと砲撃してしまう程に。
傷物になった彼氏は何やら回復魔法を唱えて何事もなかったかのように別れ話の続きを始めた。
「紺野ー、何ぼーっとしてるのさ?」
窓の外を見つめぼんやりとこの国の平和さを想っていると、栄養補給中なのだろう、クリームパン片手にもぐもぐさせながら矢口が近づい
てきた。
「あ、いえ、別に」
気付かれないようにそっと、けれど強く自分のてのひらを握りこぶしにする。
矢口は近くから椅子を引きずってきて紺野のとなりに並べ、そこに座った。
- 3 名前:「紺野は魔法が使えない」 投稿日:2005/02/03(木) 22:14
- 窓の外では彼女が二発目と思われる砲撃を繰り出しているところだった。
「そういやさ」
「はい」
「紺野ってオールドモデルなんだよね?」
「…はい」
「ふぅーん…」
矢口は椅子の上に踵を乗せて器用に膝を抱える。
「前から思ってたんだけどさ。
したら、やっぱり紺野は簡単に死んじゃう生き物って事なんだよね」
「そう、ですね。
矢口さんよりはよっぽど」
「ん」
クリームパンの最後の一欠けらを口に運んでどこか遠くを想いながらそれを噛む。
「矢口にはさ、防御魔法があるし、よっすぃーには攻撃魔法があって、梨華ちゃんには回復魔法がある」
「だけど私は平凡な人間ですから」
今となってはどちらが「平凡」で「一般的」な人間なのか分からないけれど。
「それって何か、切ないよね」
「それって、どれですか?」
「紺野は簡単に死んじゃうって事でもあり、紺野はうちらと違うって事でもある」
「…」
「仕事してる時ならさ、いくらか紺野の事守ってあげれるけど。
例えば帰り道とかで何かあったらどうしようもない事とか」
一つ、二つ。右手の指を折りながらそう言い、言葉は止まったものの数える指は小指まで到達して折り返してきていた。
何かをかき消すようにその手を開いて閉じる。
- 4 名前:「紺野は魔法が使えない」 投稿日:2005/02/03(木) 22:14
- 「…ほら、最近訳分かんない事件多いじゃん?
ファンだって言う人に砲撃されて殺されたりとか、さ」
「物騒なのは最近始まった事じゃないですよ。
私たちの生まれてくるずっと前にもう日本の平和神話は崩れ去ってしまったんですから」
それでも未だ警察や自衛隊、警備員や弁護士、医者。
そう言った人間の力だけでこの国の治安や命を維持しているのだからやはりまだまだ日本は世界に比べたら平和なのかもしれない。
「そうかもしんないけどさ。
だけどやっぱり、紺野だけが丸腰で生きてるみたいでさ、何か…」
「銃刀法って知ってます?
そういう法律があるので、たぶん、大抵の人が丸腰で生きてると思いますよ」
なんて、にっこり微笑む。
「…おいら、やだからな」
「はい?」
「もう、誰にも死んで欲しくないんだからな」
「…」
- 5 名前:「紺野は魔法が使えない」 投稿日:2005/02/03(木) 22:15
- 矢口が事件を知ったのは、たまたま予定が空いて家に帰り着き、着替えようとボタンに手をかけながら付けたテレビでやっていた夕方のニュース番組を聞いていた時だった。
飛び込んできた臨時ニュース。
白いワイシャツに紺のネクタイをしたアナウンサーが、顔色ひとつ変えずに伝えたニュース。
『ここで臨時ニュースをお知らせします。
今画面にも速報で出ていると思いますが、昨夜中央区で発見された女性の焼死体は中澤裕子さんのものと判明。
警察では詳しい死因を調べているところですが、かなりの威力のある火炎魔法による焼死の線が強いと思われます』
矢口は自分の耳を疑った。
背中を向けていたテレビに目をやると画面でニュース速報という文字が点滅し、今の内容が二行に纏められて流れている。
矢口より十年先に生まれた中澤には特殊能力はなかった。
彼女の世代は中間世代と呼ばれ、それまでの人間と特殊能力を持つ人間とが丁度半々くらい存在する世代で、普通の人間、という事が珍しい訳ではなかった。
それから時代は日本は急速に変化を遂げ、あっという間もなく特殊能力を持つ人間の方が大多数を占めるようになっていた。
後から分かった事だが、犯人は僅か五歳の、少年と呼ぶにも足らないような子供だった。
- 6 名前:「紺野は魔法が使えない」 投稿日:2005/02/03(木) 22:15
- 紺野の腕が矢口を抱きしめた。
矢口はそれでようやく自分が泣いているんだという事に気が付いた。
「…紺野は、死ぬな…」
やっとの思いでそれだけ言葉になった。
「死にません」
気持ちいい程きっぱりと言い切った。
何故か。
外見も性格もちっとも似ているとは思えない二人なのに、矢口には中澤と紺野がだぶって見えた。
夏の暑い日だった。
隣で寝息を立てていたはずの中澤の姿が目を覚ますとどこにも見当たらず、彼女の名を呼びながら家中を探し回る夢を見た。
それから数日後、彼女は本当に矢口の目には映らないところへ行ってしまった。
『私は殺されても死なん』
と自信たっぷりの顔で言うのが中澤だった。
当たり前のように彼女の顔には生命力が漲っていて、その言葉を疑いもしなかった。
だけど彼女は死んだ。
何の力も持たず、ずっと以前の日本でなら「普通」と言われていたただの人間として生まれてきた。
それだけで、生きていく事にこんなにもリスクを背負わないといけないのか。
きっと中澤は知っていた。
自分の命なんてものは簡単に奪われてしまうものなんだという事を。
あの頃の矢口は知らなかった。
中澤が日々、どんな覚悟を抱いて生きていたのか。
- 7 名前:「紺野は魔法が使えない」 投稿日:2005/02/03(木) 22:16
- 「死なない」は自分の中に覚悟が出来ている上で、心配をかけないように告げられるこの上ないはったりなのだ。
今矢口の目の前にいる、矢口より五つも年下の紺野にも、中澤と同じ覚悟があるというのか。
「死ぬな」
呪文のように唱える。
紺野の腕はただやさしくて温かい。
その生命力を感じる度、よくない事が頭を掠める。
空を掴むように手ごたえのない、けれど心の中をざわめかせて仕方ない未来絵図。
「紺野」
「はい」
「紺野」
「はい」
何ですか?と苦笑して腕を解く。
何も言えないでいると、そのうちに紺野は小さく伸びをして視線をまた窓の外へと戻す。
「変な矢口さん」
視線の先では先程の彼女が一人で佇んでいる。
彼の方はどうしたのだろうか姿が見えない。
この数分の経緯を見ていなかった紺野にはそれは分からない。
だけど彼女の背中はやたら物言いたげに思える。
- 8 名前:「紺野は魔法が使えない」 投稿日:2005/02/03(木) 22:16
- ぐっと握り込んだ右手を左手で包む。
込み上げてくるものをそのこぶしの中に閉じ込めるように。
すぐ隣にあるその横顔は、見惚れてしまいそうな程綺麗だった。
言いようのない震えが体を襲う。
居た堪れなくなった矢口は立ち上がり、ん?と顔を向けた紺野にやっとの思いで一言告げる。
「じゃ、じゃあ、また明日」
そう言って小走りで楽屋からも出て行ってしまった。
紺野は首を傾げる。
この後にもまだハロモニ。の収録は続くと言うのに。
それが終わった後も雑誌の取材が入っている。
また明日、と言われるにはまだ少し早すぎはしないだろうか、と。
それと同時にこうも思う。
そんな事を言われては、まるで自分には明日がこないみたいじゃないか、と。
明日はたぶんきっとくる。
今日もこうして自分はここにいるんだから。
だけどその次の明日は分からない。
だって明日の自分もこうしてここにいるかどうかはまだ分からないから。
- 9 名前:「紺野は魔法が使えない」 投稿日:2005/02/03(木) 22:16
- 17 「紺野は魔法が使えない」
- 10 名前:「紺野は魔法が使えない」 投稿日:2005/02/03(木) 22:17
- 17 「紺野は魔法が使えない」
- 11 名前:「紺野は魔法が使えない」 投稿日:2005/02/03(木) 22:17
- 17 「紺野は魔法が使えない」
Converted by dat2html.pl v0.2