11 銀河

1 名前:11 銀河 投稿日:2005/02/02(水) 02:23
11 銀河
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/02(水) 02:24
「ねぇ、信じらんないよね」

そう言って彼女はくるりと私の方を振り向いた。
のみならず、彼女の首はくるりくるりくるりと3回転を決めた。
私は思わず唖然として彼女の首に手をやったけれど、彼女は何事も無くニッコリと微笑む。

「ねぇ、信じらんないよね」

再びそう言ってケタケタと笑った彼女に狂気を感じた私は、そこから逃げ出した。
走って、走って、走って、走って、箸って、端って、ハシって、ハシッテ、ハシッテ、
振り向くとまだ彼女は居た。くるりんくるりんくるりんと首を転がしながら、ケタケタと笑っていた。

「魔法なんてさ、今更。ねぇ、信じらんないよね」

私は思わず「うん」と言った。彼女はゴロリと白目をひん剥いて「だろうね」と言った。
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/02(水) 02:24

4 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/02(水) 02:25
起きてからずっと身体中に妙な疲労感を引き摺っていた。健康的な太陽の日差しが妙に肌に突き刺さる。
またオゾン層が薄くなったのかなと思ってはみるものの、それを計る術を私は持たない。

「ああ、居た居た」

ポンポンと肩を叩かれて振り向くと辻ちゃんが、私の頬をプニッと人差し指で突く。

「ひっかかったー」

そう言って屈託無く笑う辻ちゃんになんとなく付いて行けないものを感じつつも、ついつい頬が緩む。
辻ちゃんは私の顔を下からすくい上げるようにして見上げる。キラキラと輝く瞳の色が、無垢、純潔、潔白、
そういったイノセントな観念をひたすらに主張している。

「美貴ちゃんどっか悪いの?」
「ん?なんで?」
「なんか顔色悪いし、ノリも悪いし、ついでにいうと頭もなんか悪そう」

辻ちゃんの愛らしさの一つはそういった冗談を言った後に「ごめんなさい」と「ざまあみろ」が同居した、
子供っぽい、悪戯っぽい表情を見せることにあった。それはとても私の気に入っていた。
今回も例に漏れず、辻ちゃんはそういった愛らしい表情を見せる。私も自然とにこやかになる。
5 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/02(水) 02:26
「それは辻ちゃんに言われたくないなー」
「うん、ごめんね、ジョークジョーク」
「分かってるけどさ。ところで何か用があったんじゃないの?」
「ああ、そうそう、あのね、あのね、あのねのね、今日はごっちんの誕生パーチーやるから」
「え?ごっちんの誕生パーティー?なんでそんなことするの?」
「うーんとねー、それはねー、亜弥ちゃんがごっちんの誕生パーチーやるから!って言ったら」
「亜弥ちゃんが言い出しっぺか。なんか怪しいね」
「そっかな?じゃあ伝えたから、それだけ、ばいばーい」
「うん、バイバイ」

手を振りながら、何度もこっちを振り返って走っていく辻ちゃんを見てると妙な感じがした。デジャビュ。
それは昨日見た変な夢とどこか被っていた。情景的にはちっとも似ていないのだが、何故だか被っていた。

そのまま、私はなんとなく動けないでいた。ぼんやりと辻ちゃんが走り去って行った方を見つめる。
「ねぇ信じらんないよね」そう呟いて俯く、私は亜弥ちゃんのことを信じられないでいる。
日光の浴びすぎでクラクラしてきた頭を抱えながら、私は部屋へ戻った。
6 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/02(水) 02:27
部屋は薄暗くジメっとしていてどうも好きじゃない。それでも長い間外には出ていられないから、
仕方が無くたまにはこの部屋に戻ってこなければならない。コンフリクト、葛藤。
しかしその葛藤は必ず片方が一方的な勝利を収める。こんな味気ない世界なら望まなかった。
私はいつもそう考えないことは無かったが、もう諦めはついていた。仕方が無い。仕方が無い。
それが、部屋に一人で居る時の私の口癖だった。私にとって今、唯一の救いは辻ちゃんの笑顔だった。
辻ちゃんの笑顔を頭に描きながら、ベッドに横になっていると、いつのまにか私はまた眠ってしまっていた。
7 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/02(水) 02:27

8 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/02(水) 02:28
ごっちんはとても眠そうな顔をしていた。
ただ単に目を細めているからそう見えただけかもしれない。

「日差しがきついねー」

ごっちんはそう言うとやれやれと言った顔をした。
私は太陽の光を身体一杯に浴びることで、自分を快活にさせることが出来ると信じていたから、
でもこんぐらいが気持ちいいよ、と応えた。ごっちんは「だね」と素直に相槌を打った。
私はなんとなく嬉しくなって「だしょ」と返した。ごっちんと私は顔を見合わせて笑った。

しばらくしてごっちんの部屋に行くと、ごっちんはいなくなっていた。どこを探してもいなかった。
辻ちゃんにごっちんどこ行ったのと訊くと、知らないと応えた。
亜弥ちゃんにごっちんどこ行ったのと訊くと、天国……かな?と応えた。
9 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/02(水) 02:29

10 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/02(水) 02:29
ジリリリリッと鳴る黒電話で目が覚めた。きっと亜弥ちゃんだ。そう思うと電話を取る気はしなかった。
ジリリリリッジリリリリッと黒電話は何度でも鳴る。叩きつけて切ってしまえばどれだけ楽だろう。
鳴り続ける黒電話にたまりかねて私は受話器を取る。

「もしもし、美貴です」
「ミキちゃん?辻ちゃんから話聞いた?今日ごっちんの誕生パーチーやるから」
「聞いたけど、なんで?」
「なんでってなんで?」
「だって今更ごっちんの誕生パーティーとか――」
「あ、もう辻ちゃん来ちゃった。じゃあいつものところで待ってるから」

ガチャンと電話を叩きつける。悪い予感がした。それは予感、というよりも確信に近かった。
私はいつもの場所、食堂へと走った。走って、走って、走って、走って、走った。ハシッタ。
食堂の前に辿り着くと、扉を思い切り蹴り破った。
11 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/02(水) 02:30
壮絶。赤、赤、赤。血の赤。横断幕のように垂れ下がる内臓。包丁を片手に「もう来たの?」と、
口を真ん丸く開けて驚いたように私を見る亜弥ちゃん。手には――見たくない。直視できない。

「まだパーチーの飾りつけ出来てないんだ。もうちょっとゆっくり来てもよかったのに」

そう言って亜弥ちゃんはニコニコと笑いながら、脂肪で黄色くヌメヌメとした包丁をやたら乱雑に、
手に持った肉塊に叩きつける。

「止めて」
「なんで?」
「なんでも」
「ちゃんと理由言ってくれないとわかんない、私ミキちゃんよりずっと頭悪いから」

彼女は鼻歌を歌いながら、切り刻み続ける。頭部、特に眼球を執拗に包丁の切っ先で突き刺す。
その度に彼女の目には一つ二つと星が増えて行く。
12 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/02(水) 02:31
泣いてるの?

いや違う、ただ輝いているだけだ。
宇宙に瞬く恒星のように、一つ一つが確かな光を持って、自ら熱を発しながら、瞬いているだけだ。
恒星は偶然そこに生まれ、そこで光輝き熱を発することを余儀なくされた、悲しい運命の星だ。
彼女の目の中に光る星もまたそうだ。意味なんて無い。ただ、一人の人間の命を、
そしてそのイノセントを、包丁の切っ先で犯していくことで、その存在を増やしているだけだ。

「ごっちんも、亜弥ちゃんがやったんでしょう?」
「そうだよ、すごいでしょ」

彼女は歌うように言う。手は休み無く動き続ける。

「なんで?」
「ミキちゃんとちょっと仲良くなったから」
「どうして私とごっちんが仲良くなるとそうしなきゃならないわけ?」

彼女は手を休めると、どこか遠く一点を見つめて、また歌うように言う。
13 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/02(水) 02:31
「だって私はミキちゃんのことが好きなんだもん」

分かっていた。そんなことは当然分かっていた。ただ現実に彼女の口からその事実が告げられると、
私は頭に血が上っていくのを抑えることが出来ない。私は彼女の頬を一発、平手で殴った。

「だからってなんで――」
「魔法なんだよ」

私は少しギクリとした。彼女は気にも留めない風で、また鼻歌を歌い始めた。

「魔法なんて、今更」

私はデジャビュに囚われながら、まるで準備された台本を読むかのようにその言葉を口にした。
彼女は鼻歌を止めるとくるりと私の方を向いて「ねぇ、信じらんないよね」と言った。

「魔法なんてさ、今更。ねぇ、信じられないよね」

彼女はそう言ってクスクス笑う。かと思うと真顔になって言う。
14 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/02(水) 02:32
「これは魔法。私とミキちゃんとが仲良く仲良く、遂には恋人同士になってしまう素晴らしい魔法」
「魔法?私には実力行使としか映らないんだけど、それでも?」
「魔法なんてさ、今更。ねぇ、信じられないよね」
「いや、信じるよ、信じてあげる」

「本当?」

彼女は嬉しさのあまりゴロリと白目をひん剥いた。
私は「うん」と応えて、引き出しから包丁を取り出した。
そしてそれを喉元に当て、一気に引き裂いた。
15 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/02(水) 02:33
飛び散る血一粒一粒は恒星。血飛沫は銀河。その時流れた彼女の涙もまた銀河。
朝から夜まで何も無い銀河。何から何まで何も無い銀河。
銀河。無事象。空集合。からっぽ空虚な全人生。浄土に行けぬ大往生。

天の川橋は掛からず、七夕の雨の如くに流れ出でたり。
16 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/02(水) 02:33

−了−
17 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/02(水) 02:33
たたっ
18 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/02(水) 02:33
たたたっ
19 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/02(水) 02:34
たったったったっ

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