10 パクリとフェイク
- 1 名前:10 パクリとフェイク 投稿日:2005/02/02(水) 01:08
- 10 パクリとフェイク
- 2 名前:10 パクリとフェイク 投稿日:2005/02/02(水) 01:09
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札幌空港から2時間ほど走ったところで、車が停まった。
運転手の手を借りて外に出ると、砂混じりの乾燥した風が吹きつけた。
生き物はおろか、草木の生えている気配すらない。
前方に感じる建物も含めて、生者の息吹がまったく感じられなかった。
運転手にここで待つように命じ、杖を頼りに階段を昇る。
固く冷え切った材木が足元で軋んだ。
手探りでノブを見つけ、キイと音をたてて扉を開く。
ホコリっぽい空気がむわっと顔に当たった。
確か喫茶店をやっていると聞いていたが、あまり熱心ではないようだ。
「ごめんください」
返事はない。奥の方でなにかがごそりと動く気配がしただけだ。
「いらっしゃいますか」
サングラスをかけなおし、手探りしながら店の中に足を踏み入れようとする。
それを拒絶するように、のそのそと億劫そうに動く音がした。
- 3 名前:10 パクリとフェイク 投稿日:2005/02/02(水) 01:10
- 「今日は閉店だよ」
奥から投げつけられたその声は、酒と煙草に焼けてひどくしゃがれていた。
しかし私の目に、彼女はあの頃のままの姿で映っていた。
すぐにでも駆け寄って行きたい衝動を抑え、私は深々と頭を下げた。
「手紙を差し上げた者です」
「知らんね。人違いじゃないか」
「魔法をひとつ、お願いします」
申し訳程度にあった接客の態度がさっと消えた。
カチカチと安っぽいライターをいじる音。
高く分厚い拒絶の壁が、私と彼女の間に築かれるのがわかった。
「帰んな」
「人づてに聞きました。
あなたは1つのものを2つにも3つにも増やす魔法を使うそうですね」
「大げさな。あたしはただ、パクッただけだべ」
口調はまるで違うが、言葉の端々に土地の方言が残っている。
それが、目の前にいる人物が彼女に間違いないことを教えていた。
- 4 名前:10 パクリとフェイク 投稿日:2005/02/02(水) 01:10
- 「あなたの作品を見たことがあります。
あれは詩でしたが、素晴らしかった。
他人の創造物を、あなたは完全に自分のものにしていた。
私はオリジナルの作者にも会ったことがありますが、戦慄したと語っていましたよ。
本人がまだ書いていもいない次回作を、あなたはそっくりそのまま書いて見せた。
あなたはそれをパクりなどというのですか」
現役アイドルの盗作という、あの騒動から長い時間が経っている。
すでに彼女の興味は詩のみにとどまらず、絵画、彫刻、書などにも及んでいる。
あらゆるジャンル、あらゆる年代、あらゆる作風が彼女の手によって複製されてきた。
現代では手にはいらないはずの画材を使い、経年変化まで完全に再現する
その複製は最先端のX線鑑定ですら見分けを困難にしているという。
「並行世界に存在するもう1つの実物を取り出している」と噂される由縁だ。
「他人様の創ったものを盗んだ。
それをパクりと呼ばずにどう呼ぶべ」
「ならばそのパクりで構いません。お願いします」
「タダじゃあパクれないよ」
「充分な代金をお約束します」
「カネだけじゃあ」
- 5 名前:10 パクリとフェイク 投稿日:2005/02/02(水) 01:10
- 「あなたを、素敵だなと思わせる自信はあります」
くつくつと、低く笑う声がした。
彼女は、自分が素敵だなと思ったものしか複製しないといわれている。
そして彼女が選ぶものはどれもまぎれもない名作だった。
中には彼女に複製されることで世に知られた作品もある。
高額の報酬を支払ってでも彼女に複製を依頼する人間が後を絶たないというのも頷ける。
「目の見えないあんたに、芸術のなにがわかるべか」
かろうじて明暗がわかるだけの目で、私は彼女を見つめた。
「紙幣には視覚障害者用の出っ張りがあります。
その点に関しては、目の見える人よりも確実だと自負しております」
金銭というわかりやすい欲望が彼女の疑念を溶かしつつある。
少し離れた場所で、鮮やかなピンク色をした心臓がピクピクと動くのが見えた。
彼女が、私に興味を抱きつつある。
はしゃぐな。私は自分にいい聞かせる。
彼女が興味を持っているのは、私が払う報酬と私が持ち込む作品だけだ。
- 6 名前:10 パクリとフェイク 投稿日:2005/02/02(水) 01:11
- 「モノは」
「絵です」
「絵だけじゃわからん」
「サッポロノデ・アシャ・コンコンの『幻のタンポポ』。
これで充分かと思われますが」
心臓が、ピクンと大きく跳ねるのがわかった。
- 7 名前:10 パクリとフェイク 投稿日:2005/02/02(水) 01:12
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◇◇◇
19世紀を代表する天才画家サッポロノデ・アシャ・コンコンは『ほっぺの画家』の異名で知られ、絵の具の極端な厚塗りと強烈な色彩で日本人に最も人気のある画家の1人である。
あくまで色彩にこだわったこの画家は、黄色こそが己の生涯のテーマだと定めていたという。
中でも好んでモチーフにしたタンポポには20点近くの作品があり、
描かれた時期によって3種類に分けられている。
大中小の3本が絶妙なバランスで並べられた「第1期」。
華麗な色彩で最も高い人気を誇る「第2期」。
あえて不調和を描き、実験的手法に挑んだとされる「第3期」。
しかし、実はこの3種の後に集大成として晩年に描かれた1作があり、
それこそがアシャ・コンコン最後にして最高の作品だという話は
美術界では昔からささやかれていた噂だった。
- 8 名前:10 パクリとフェイク 投稿日:2005/02/02(水) 01:12
- 『幻のタンポポ』と名付けられたこの作品は、
長い間あらゆる研究者や画商が探し出そうとしたが、
実物を発見した者はついに現われていない。まさに幻の作品だ。
「旧華族の蔵で眠っていたものを、最近私が発見しました」
彼女は約束より3日遅れて私のギャラリーを訪れた。
画材はおろか荷物ひとつ持たずに北海道から来たという。
コーヒーカップをカチャカチャと弄びながら私の説明を聞き終わると、
隠そうともしない疑念を全身から漂わせた。
「本当に真作なのかい」
「年代、画材、入手経路。なによりも、絵の具を何重にも塗ったあの独特のタッチ。
鑑定書はありませんが、すでにあらゆる鑑定をパスしています」
「真作があるなら、なぜ贋作を欲しがるのさ。
パクりはどうやっても本物にはかなわない。美術商なら知ってるっしょ」
「美術商だからこそ欲しがるのです」
トクトクと愛らしく響く心臓の鼓動が次第に高まっていくのを、私はうっとりと聞いた。
- 9 名前:10 パクリとフェイク 投稿日:2005/02/02(水) 01:13
- 「贋作には真作の価値を高める不思議な魔力があります。
贋作が精巧であればあるほど、
ニセモノがこれほど素晴らしいのなら真作はどれほど感動的だろうかと
人々は興味を覚え、想像をかきたて、期待し、そして値段を吊り上げます」
「アシャ・コンコンはその知名度から多くの贋作が作られてる。
あんたのソロバンはとんだ弾きそこないを出すかもしれないよ」
「それはあなたの腕次第です」
体を沈めたソファをミシミシと鳴らし、彼女は低く薄く笑った。
「あたしをたきつけるのか」
勢いよく体を起こす音がした。
「モノは」
私はギャラリーの奥にある扉を指し示した。
「工房に」
- 10 名前:10 パクリとフェイク 投稿日:2005/02/02(水) 01:14
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◇◇◇
普段工房には鑑定中のものや修復中のものを置いているが、
今日はこのためにすべての作品を移動させている。
カンヴァスはもちろん無数の絵の具、溶油、油壷、ペインティグナイフ、
パレットナイフなどの画材を収めた棚に囲まれて、
『幻のタンポポ』は白布をかけられた姿で安置されていた。
目の見えない私でも、天才の手による圧倒的な存在感は肌で感じることができた。
「画材はあらゆるものを用意させています」
「そんなもんはいらん」
不思議なことが起こった。
ざらざらと音がして、彼女を中心に物が並んでいくのがわかった。
ばかな。彼女は直前まで間違いなく手ぶらだった。そのくらいは私の視力でもわかる。
魔法はすでに始まっているのか。
「現物を見せな」
私は呆然としたまま絵に近づいた。
- 11 名前:10 パクリとフェイク 投稿日:2005/02/02(水) 01:14
- 「それではご覧ください。
これが『ほっぺの画家』サッポロノデ・アシャ・コンコン晩年の作、『幻のタンポポ』です」
白布を外した瞬間、彼女のうめき声が聞こえた。
よろよろとおぼつかない足取りで絵に近づき、クンクンと匂いを嗅いでいる。
と、突然絶叫にも似た笑い声が工房に響き渡った。
「素敵だべ!」
- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/02(水) 01:16
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◇◇◇
次の瞬間、私の体は空中に投げ出されていた。
上も下もわからないただひたすらに白い空間。私はその中に漂っていた。
と、地平の向こうから強大な質量を持ったなにかが津波のように押し寄せてくる。
色だった。
何条もの色の帯が全方向から現われ、空間の白を侵略するように縦横無尽に駆け回る。
目が見えている。
そんなことよりも、襲い掛かる色彩のあまりの強烈さに私は悲鳴をあげた。
暴風雨にさらされる海のように荒れ狂う色の奔流は飛沫をあげてぶつかり合い、
混ざり合いやがて収束して新たな激流を作り出す。
赤、緑、青、黄。
原色に近くしかし決定的に違う色の束はやがて無数の龍となり、
互いに食い合い絡みつき競うように次々と天球に激突していく。
- 13 名前:10 パクリとフェイク 投稿日:2005/02/02(水) 01:18
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天空を巡る争いのようなその光景に、私はただ激流に奔流される木の葉になるしかなかった。
天球に貼りつきながらなおも動きを止めない色の龍たちはやがてその姿を
獅子や狼に変え、歓喜とも慟哭ともつかない叫び声をあげながら牙を剥き爪を振るう。
せめぎ合いは拡大を続け、やがておぼろけな輪郭を形成し始める。
アシャ・コンコン。
果てしない空間の中に、私は強大な存在を感じた。
『ほっぺの画家』の異名で知られるこの天才画家は、
ときに頬に絵の具を含ませてカンヴァスに吹き付けたという。
偏執的なまでに色の重ね塗りにこだわり、絵の具が何ミリも盛り上がった作品も多い。
目の前に広がる異常な光景すべてが天才の技法を示していた。
ここは、まぎれもなくアシャ・コンコンの世界だ。
- 14 名前:10 パクリとフェイク 投稿日:2005/02/02(水) 01:18
-
唐突に視界がぐるりと回転した。
大気圏を突き抜けて地上に落ちる流星の感覚とはこのようなものなのだろうか。
目の前の世界が広がっていく。
柔らかな風が前髪をそよがせる。
空がある。地面がある。草の匂いがする。焼きたてのパンの匂いがする。
足元に広がる色は黄。無数のタンポポだった。
私は、この風景を知っている。
麦畑の向こうにはレンガ造りの家が並んでいる。
穏やかに流れる運河には跳ね橋がかかっている。少し離れて風車が回っている。
アルルだ。
アシャ・コンコンが人生最良の時間を過ごしたといわれる南フランス、アルルの地だ。
アシャ・コンコンはここに芸術家たちのコロニーを作るという夢を見、
挫折し、やがて狂気の時代に陥る。
- 15 名前:10 パクリとフェイク 投稿日:2005/02/02(水) 01:19
- 私は無意識に視線を巡らせていた。
丘の上に壁も屋根も黄色に塗りたくられた小屋が建っていた。
その横に、小さな人影が見えた。
彼女だ。
毛糸のセーターとスカートを着て、彼女がアルルの地に立っている。
その姿はあの頃のまま。髪の毛は穏やかな陽光を受けて明るく輝き、
目尻の吊り上った目はそよぐ風に心地よさそうに細められ、
小さな唇には天使のような微笑が浮かべられている。
「あ」
私は思わず駆け寄り、彼女の名を呼ぼうとしていた。
瞬間、彼女がぎょろりとこちらを向いた。
突然間近に現われたその顔は彼女のものではなかった。
あまりにも有名な、アシャ・コンコンの自画像そのものだった。
塗料をばらばらと落としながら、自画像の口が開く。
「素敵だ。素敵だ。ここはなんて素敵なんだろう」
- 16 名前:10 パクリとフェイク 投稿日:2005/02/02(水) 01:19
-
◇◇◇
私は再び暗闇の中にいた。
テレピン油の香り。壁越しに聞こえる自動車の音。手に触れる床は硬く、冷たい。
空調で整えられた空気が火照った私の肌に寒さを覚えさせた。
数秒とも数年間とも思える不思議な時間が過ぎ去ったのを、私は知った。
ここは元の工房だ。
しかし決定的に違う点がある。
部屋の中央にあった、太陽よりも明く炎よりも熱い存在感が2つに増えている。
いや、より明く熱い物体が出現している。
「終わった、のですか?」
「ああ」
部屋の隅から彼女の声が聞こえた。ひどく憔悴している。
「パクった」
- 17 名前:10 パクリとフェイク 投稿日:2005/02/02(水) 01:20
- 出来映えは疑う余地もなかった。
彼女は天才の意識を呼び出し、融合し、傑作をもう1つこの世に取り出したのだ。
「茶番に付き合ってやったんだ。代金は一割り増しで貰いたいね」
彼女の言葉に、私は体の動きを止めた。
「お分かりでしたか」
「何年パクりをやってると思ってるのさ。匂いを嗅げばわかる。
タッチも色彩もよくパクってるが、絵の具が50年ばかり新しい。
何より、晩年の作にしちゃあまりにアシャ・コンコン的過ぎる。
これはサユミンによるパクりだろう?」
私はよろよろと起き上がり、頭を下げた。
「お見事です」
「パクりとしてもこの絵は素敵だった。
でももっと素敵だったのは、このパクりを真作といってあたしの前に出すあんたの姿だった」
「代金は倍差し上げます。しかしその前に私の話を聞いてもらいたい」
「いいから小切手を書け」
- 18 名前:10 パクリとフェイク 投稿日:2005/02/02(水) 01:20
- 「あなたの作品を買いたい。
複製でなく、あなたのオリジナルをこのギャラリーに飾りたい」
フン、と嘲るような声が聞こえた。
「正気かい? あたしはパクり屋だ。オリジナルなんて作れない」
「あなたは!」
知らない内に、私は感情的な声を出していた。
「日本の浮世絵を、スーラの点描法を、ミレーの素描を、マネの印象派的技法を、
アシャ・コンコンは貪欲に取り入れていった。
その果てに生まれたのがあの、恐ろしいばかりに独自のタッチだっだ。
模倣の時代を突き抜けた後、そこには果てしないオリジナルの世界が広がっていたんです。
あなたは、すでに充分オリジナルを作る実力があるはずだ!」
「いいや」
彼女の声は、耳のすぐそばで聞こえた。
「素敵だなと思ったものを完璧にパクる。あたしはそのことに喜びを感じてしまった。
その瞬間、一切の創作を行う資格を失ったんだよ」
地獄の底から聞こえるようなそのささやき声に、私は硬直した。
- 19 名前:10 パクリとフェイク 投稿日:2005/02/02(水) 01:21
-
◇◇◇
無言のうちに、彼女は去っていった。
私は身動きもできず、2枚の『幻のタンポポ』の前に立ち尽くしていた。
彼女が生み出したレプリカは、明らかに私が用意した贋作を上回る出来だった。
今もどこかにあるはずの『幻のタンポポ』の真作とは、このようなものなのだろうか。
いや。
確かな違和感に、私は見えない目で絵に見入った。
『幻のタンポポ』には8本のタンポポが描かれているという。
事実、カンヴァスからは8本の燃えたつような存在感が放たれている。
しかし、その内の1本。端に描かれた一際背の高いタンポポだけが他と明らかに違っていた。
アシャ・コンコン特有の苛立ちと怒りを叩きつけたような烈しさがない。
親しい者に声をかけるような気安いな空気が放たれていた。
- 20 名前:10 パクリとフェイク 投稿日:2005/02/02(水) 01:22
- 「やった」
8本の内の1本とはいえ、彼女はついに完璧な複製ができなかった。
タンポポという素材に対し、彼女が平常心を保てないことは予想していた。
そして私は成功した。彼女にオリジナルを創らせたのだ。
勝利の手応えに、私はサングラスを外した。
そうだ。いくら彼女でも全てを見通すことはできない。
事実、彼女はついに私のことがわからなかったではないか。
撮影中の事故で目に傷を負い、何度も整形手術を繰り返した。結婚も離婚も経験した。
すでに私はあの頃の亀井絵里とはまったくの別人だ。
永久に変わらない物などない。変えられない物もありはしない。
「安倍さん」
彼女の名を呼んだ。それだけで涙がこぼれそうになった。
「亀井は、諦めません。再びあなたに輝いて欲しいから」
あの日、一緒にピロリンピロリンと踊った光景が、私の目に鮮やかによみがえっていた。
- 21 名前:10 パクリとフェイク 投稿日:2005/02/02(水) 01:22
- パクリ
- 22 名前:10 パクリとフェイク 投稿日:2005/02/02(水) 01:23
- fake
- 23 名前:10 パクリとフェイク 投稿日:2005/02/02(水) 01:23
- excellent!
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