06 Snow Syndrome
- 1 名前:06 Snow Syndrome 投稿日:2005/02/01(火) 01:06
- 06 Snow Syndrome
- 2 名前:06 Snow Syndrome 投稿日:2005/02/01(火) 01:07
- 「うっわ、寒!」
吹き付ける風に私は思わずそう口に出した。
シャリシャリという自分の足音だけが、沈黙した街の中で聞こえていた。
一面の銀世界というものを体験したのは、19年間生きてきて片手で足りるくらいだった。
TVで見ていれば綺麗な世界だけど、いざそこに飛び込んでみると、極寒という言葉が当てはまる。
東京の冬も寒いけど、ここは比べ物にならない。
日本は温帯だけど、北海道は冷帯って何年か前に授業で言っていたのをふと思い出す。
それがどれだけ違うかわからないけど、温かいという字の方に暮らしている私には、寒さに対する免疫なんてゼロに等しかった。
大地を覆う真っ白な雪が、音さえも閉じ込めてしまったかのようにここは静かだった。
私がここに来た目的である、あの人さえいなければ、この静けさも、この風も、この街並みもきっと何でもないものに違いない。
でも、あの人がここにいるというだけで、それらは全く違うものとなる。
あの人が感じた静けさ。
あの人が受けた風。
あの人が見ていた街並み。
たったそれだけのこと。
でも、それだけのことがそれらに十分な意味を与えていた。
- 3 名前:06 Snow Syndrome 投稿日:2005/02/01(火) 01:07
- 見上げた空は雲ひとつ無く、私の真上に太陽は確かに昇っていた。
けれども、地面に反射した光がまぶしいだけで、温かみは一切与えてくれなかった。
車に積もった雪が地面の雪と同化している。
ナンバープレートがかろうじて見えることで、車と認識できるそれ。
地面に縛り付けられたこの車は、きっと簡単には動かないだろう。
家の脇に高く積み上げられた雪。
雪かきされたものなんだろうか。
雪なのに黒ずんでいた。汚かった。
次々と目にする光景は、どれもめったに目にすることの無いものだったが、それは私に感動や驚きを与えるわけではなかった。
温もりを失った太陽。
走ることのできない車。
黒く汚れた雪。
それらは全て、私にあの人を連想させていた。
- 4 名前:06 Snow Syndrome 投稿日:2005/02/01(火) 01:08
- あの人がいる公園が見えてくる。
一昨年の夏に一度来たことがある公園。
あの人が卒業を発表した後に来た。
しかし、あの時と全く違うものになっていたのは、決して1年半という月日のせいではなかった。
子どもの歓声なんて、何ヶ月も響いていないように思えた。
滑り台も、ブランコも、ベンチも全てを覆い隠す雪。
一面に広がる未踏の雪。
そこについた一筋だけの足跡の先に、あの人の姿を見つける。
公園の真ん中で一人空を見上げているあの人を。
「安倍さん」
「よっちゃん?どうして、こんなことに?」
こっちを振り向いた安倍さんは、私に気づく驚いた顔で私の名前を呼んだ。
雪の中を慣れた足取りで安倍さんは近寄ってきた。
私も安倍さんに近づこうとしたけど、新雪にスニーカーが埋まり、私はその間に数歩しか進めなかった。
- 5 名前:06 Snow Syndrome 投稿日:2005/02/01(火) 01:09
-
「……一人?」
そう言った彼女の表情は、私がここに来た用件を十分理解しているようだった。
「圭織さんも一緒の方がよかったですか?」
意地悪く私は答えた。
けれども、安倍さんの表情は凍りついたように、変わることは無かった。
「どうして、昨日は来てくれなかったんですか?みんな、待ってたんですよ」
「もちろん、圭織さんも」と付け加えるのは止めた。
1月30日。圭織さんの卒業コンサート。
同じステージにいるはずだった安倍さんは、立つ権利さえ失っていた。
だけど、みんな、ステージには出られなくても、きっと来るはずだと思っていた。
でも、その期待は破られることとなる。
圭織さんはそのことをみんなの前では口に出さなかったが、ステージから掃けるたびに、安倍さんが来たかどうかをスタッフさんに確認していたのを、私は知っている。
- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/01(火) 01:09
- 安倍さんは答えない。
全く変わらない表情で、私の目をじっと見ていた。
風が吹き抜ける。
はらりと前髪がなびいた。
「何とか言ってください」
返事は、無い。
たっぷり数秒待ったけど、返ってくる言葉は無かった。
「何を考えてるんですか?吉澤は、安倍さんとにらめっこするためにここに来たわけじゃないんですよ?」
「魔法って素敵だな」
私に背を向けて、安倍さんはそう答えた。
私は黙ったまま、次の言葉を待った。
- 7 名前:06 Snow Syndrome 投稿日:2005/02/01(火) 01:10
- 「魔法で、どこか遠い国に飛んでいけたらいいのに。あ、時間がこのまま止まっちゃうのもいいかな」
「安倍さん?」
「時間が止まればいい。私はずっとここに居たい。ここは冷たいけど、すごく暖かい。よっちゃんにはわからないでしょ?」
「わかりたくもないです」
私はそう言わずにはいれなかった。
自分が怒っていることをこれ以上隠せるほど、私は大人ではなかった。
「魔法なんてあるわけないんです。だから、だからみんな地面に足つけて歩いていってるんじゃないですか!
立ち止まって魔法を待ってても、何も変わらないんですよ!」
安倍さんは振り向きもしなかったから、その表情はわからない。
でも、きっとさっきと同じ表情をしてるんだろうなと、私は思った。
再び吹き付ける風。
風の音に混じって「魔法は、あるよ」という私の耳に届いた。
スニーカーに溶けた雪がしみこんできた。
「きっと、ある」
空耳であって欲しいという私の思いを打ち消すかのように、もう一度安倍さんは念を押すように唱えた。
- 8 名前:06 Snow Syndrome 投稿日:2005/02/01(火) 01:10
- 小さな子たちにまで頭を下げさせて、私たちは安倍さんの帰る場所を維持してきた。
なのに、なのに……
悔しくて涙が出そうになるのを私は堪えた。
「帰ります」
そう言っても、安倍さんはこっちを向かなかった。
私は背を向けて、来た道を戻る。
早足で一歩一歩踏み出すほどに、声をかけて欲しい、追ってきて欲しいというかすかな希望ははかなくも消えていく。
角を曲がってから立ち止まり、耳を澄ますが、足音はしなかった。
あの人の何に自分は期待してたんだろう?
どうして欲しくてここにきたんだろう?
頭の中はぐちゃぐちゃで、それすらもう答えが出そうに無かった。
- 9 名前:06 Snow Syndrome 投稿日:2005/02/01(火) 01:11
- 街路樹は葉の代わりに少しの雪を枝に引っ掛けていた。
ドサっと音がしてそのうちの一部が落ちる。
それが引き金となって、次々にドサドサと落ちていく雪。
少しだけ木に残された雪がかわいそうで、私は木を蹴った。
案の定、私の上にも雪は落ちてくる。
頭にドサッと落ちてくるそれを、私はわかっていて避けようとはしなかった。
「北海道じゃね、歩いていたら電線や木から落ちてきた雪がよく当たるんだよ。東京はそういうのが無いから平和だねぇ」
記憶の中でそう言った安倍さんは笑顔だった。
頭の雪を払い、私はまた歩く。
頬が濡れていたのは雪のせいに違いなかった。
- 10 名前:06 Snow Syndrome 投稿日:2005/02/01(火) 01:11
- 相変わらず人が通る様子は一向に無かった。
太陽は変わらず私の真上にあった。
時が止まったかのようなこの街。
光をうけて眩しいほどに光る雪景色は、決して溶けることの無い様に思えた。
もしかしたら、ここは本当に時間が止まってるのかもしれない。
そんなバカな考えが頭をよぎった。
だけど、なぜかそれを否定しきれる自信は無かった。
この街で時を刻んでいるのが私だけに思えて、自分が異端に感じられた。
「魔法なんてあるわけないんですよ」
呟いた声は、すぐに雪の中に吸収されていった。
もしも、この雪が解けたのなら……
あの人の時間は再び動き出すんだろうか?
そうしたら、私たちのところに、戻ってくるんだろうか?
- 11 名前:06 Snow Syndrome 投稿日:2005/02/01(火) 01:11
- FIN
- 12 名前:06 Snow Syndrome 投稿日:2005/02/01(火) 01:12
- (●´ー`●)
- 13 名前:06 Snow Syndrome 投稿日:2005/02/01(火) 01:12
- (0^〜^)
- 14 名前:06 Snow Syndrome 投稿日:2005/02/01(火) 01:12
- おかえりなさい!
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