05 ヴォーガンソンのアヒル

1 名前:05 ヴォーガンソンのアヒル 投稿日:2005/02/01(火) 00:52
05 ヴォーガンソンのアヒル
2 名前:05 ヴォーガンソンのアヒル 投稿日:2005/02/01(火) 01:16
 日本語にしたら最終目的地という名前の、ホラーというよりはパニック・サスペンスじみたその映画の冒頭は、まるっきり、あたしの夢のパクりだった。
 映画は、少年と呼ぶには些か図々しいのではないかといった雰囲気の男が、自分が乗った飛行機が落ちる夢を見るところから始まる。この夢で1回、それから現実にも1回、飛行機は落ちる。あたしはもう、そこだけにすっかり注意を奪われてしまって、後のストーリーは何だかもう全然、覚えていない。ホラー映画というには少し怖くなかった感じしかしない。
「絶対これパクッてるって! 絶対パクッてるって!」
「わあーった。わぁーったから興奮しないでよ」
 煩そうにガキさんは身動ぎしたときにはもうDVDは終わっていて、見始める前に煎れた紅茶もすっかり冷め切っていた。ガキさんが言うにはあたしは映画が終わるまでずーっと、1000回以上も、ぱくったパクッたと言い続けていたらしい。耳がダコダコする、とうんざりしたように溜息を吐いて、DVDのパッケージを返した。2000年。5年前。
「夢っていつから見てる夢? 娘。になる前? それとも後?」
「……娘。になってから」
「あたしたちが娘。になったのはいつ?」
「……2001年?」
「はい、残念。パクれません!」
「えー… でも、だって、すごいそっくりなんだよこれ…」
「そもそも愛ちゃんの夢をどうやってアメリカ人がパクるんだっつーの」
「そこがあたしも不思議なんだけどさあ…」
 あたしはまじまじとパッケージを見た。そういえば作中の電話機がめちゃくちゃデカくておかしかったっけ。5年も前だったんだ。

   □□□
3 名前:05 ヴォーガンソンのアヒル 投稿日:2005/02/01(火) 01:45
「はよーございまーす」
 飯田さんが来ると、楽屋の空気が少しだけ緊張する。
「はよーございまーす」
「ーッス」
 鏡に向かっていたり、お菓子を食べていたり漫画を読んだりしてる手を少しだけとめて、気持ち飯田さんほうを向いて、軽く会釈する。これだけ。他の誰が来ても、同じようにはしない。飯田さんは軽く集まった視線を気にするでもなく長い髪をなびかせていつもの少し隅っこの方のくつろげる場所に席を取って、化粧ポーチだとかノートだとか私物を配置する。ノートには細かい字で、パラノイア・ダイアリーみたいなシュールな文章が並んでいることをあたしたちは知っていた。席を外した隙に皆で覗き見たのだった。書いてあることは読めるのだけれども、何のことを書いているのかサッパリ意味不明だった。とてつもなく回りくどく国語の授業でやることの10割増しな比喩表現に満ちたその文章は、そのままですでに暗号だった。モーニング娘。のことが書いてあるのか、モグラとプラタナスのことが書いてあるのかさえも分からない。
「やっぱ飯田さんが来るとなんってか空気が引き締まるカンジするよねえ」
 飯田さんは今月末に娘。を卒業する。その先を思ってつい溜息を吐く。
「そぅお?」
 ガキさんはシラけた顔で、手元の漫画に目を落とした。ガキさんの癖にナマイキな。おまえは人一倍娘。が好きで、メンバーの魅力をお目々キラキラさせながら語るのが趣味じゃなかったのか。
4 名前:05 ヴォーガンソンのアヒル 投稿日:2005/02/01(火) 02:17
 ちょっとばかり裏切られたような気分だった。
 ガキさんは、モーニング娘。のトレーディング・カードの全種類コンプリートを目指していると公言していて、特にお気に入りのカードをコレクションしたホルダーを常に持ち歩いていた。そのことは特に矢口さんや安倍さんを喜ばせていて、ガキさんもそうと知っていて、なおさら娘。オタクっぷりを自慢していて、あたしはそれが何だかゴキゲン取ってるようにしか見えなくって、見えなくってっていうか、つまりそれが事実なんだけど、ちょっと喧嘩したこともあったりした。娘。にまだ入りたての頃の話だ。
「ガキさんさあ、まだアレ持ってんの?」
 ふと思いついて言ってみた。
「アレって?」
 ガキさんはマンガから視線を上げなかった。
「トレカ」
「持ってるよ。集めてるよ」
「見せて」
「……いいけど、なんで?」
 マンガを置いて、『知る辺の道』というタイトルが見えた、鞄の中から白いすらっとしたプラスチック製のホルダを取り出した。毎日持ち歩いているくせに、いやに綺麗だ。
「なんとなく」
 受け取ってパラパラと頁をめくった。相変わらず、先輩の写真ばかりでヨイショがうまいやつだと改めて思って、ふと違和感に気付く。空きが多い。半分ぐらいのポケットが空で、いやにスカスカしていた。それからカードの種類もぐんと少なくなっていた。というよりも。
「あのさ、安倍さんと飯田さんのカードは?」
「ああ…、要らないから捨てちゃった」
 あたしの疑問に、とくにたじろぐふうでもなくガキさんはあっさり応えた。ふうん、って思って、それから、エッ、って思った。
「捨てた?」
「うん」
「なんで?」
「要らなくなったから」
「……要らなくなった?」
「うん、もうあいつら必要ないから」
 あいつら呼ばわりですか…。それ以上なにも聞く気になれなくて、あたしはそのままホルダーのページをめくったり戻したりした。このホルダーは安倍さんや飯田さんだけじゃなくて、ゴロッキーズ、すなわち、あたしたちもいない。なのにチャッカリ、藤本さんのカードは混ざっていたりする。なんか、気持ち悪かった。気持ち悪いって、違和感の気持ち悪い。こんなふうじゃない。なにかが違う。でもそれが何かわからなかった。
5 名前:05 ヴォーガンソンのアヒル 投稿日:2005/02/03(木) 03:52
   □□□

 気がついたら、あたしは飛行機のなかにいてシートベルトを締めていた。加速するGが背中にかかっている。アテンションプリーズから始まる高い声のアナウンス。英語が先で日本語が後。隣の座席のほうから、「機内食って何時に出てくるんだっけ?」って麻琴に確認しているあさ美ちゃんの声と、嬉しそうに「もうご飯の確認してんのっ?!」なんてはしゃいでる辻さんの声。
 なんか変な夢を見ていたような気がする。後藤さんも安倍さんもすでにいない、飯田さんさえも卒業してしまう娘。の夢。ばかばかしい。
 前方の座席に、飯田さんの髪が見えた。まっすぐすぎる綺麗な髪は、まるで生まれてから一度も鋏を入れたことがないかのような長さだ。飯田さんの印象はとにもかくにもあの髪一色で塗りつぶされた。漆黒、という言葉を聞くたびに、飯田さんの髪で覆われた闇さえ想像してしまえるほど。飯田さんの髪ってほんと漆黒って感じですよねって、誰が言ったんだっけ? あのときから、あたしのなかでは漆黒って言葉は飯田さんの髪の毛だった。細いのに黒いことを主張してやまないまっすぐな線の手触りがする闇。それが飯田さんだった。
「うああ」
 里沙ちゃんが悲鳴を上げて床に勢いよく広がったトレカを拾おうと身を伸ばした。離陸の時間にカードの整理を済ませておきたかったらしい。里沙ちゃんは、ハワイはレアなカードが沢山あったと物凄く嬉しそうだった。本物がいつでも手の届くところにいるのに、写真を集めるのって変な趣味だ。床に散らかったカードは殆ど安倍さんのカードで、

   □□□
6 名前:05 ヴォーガンソンのアヒル 投稿日:2005/02/10(木) 03:36
 ♪ ……♪♪♪ ……♪ ♪♪♪ ……
「それ、なんだっけ?」
「あ?」
「歌ってたよね今?」
「あっし? 歌ってた?」
「歌ってた。♪ ……♪♪♪ ……♪、みたいな感じで、鼻歌で。タイトル思い出せないけど知ってる歌なんだけど、すごい気になるんだけどあたし」
「あー……」
 あたしは椅子に背をあずけた。折りたためるパイプ椅子はぎしっと音がしてかすかにたわんだ。ガキさんの言葉からメロディを組み立て直す。たしかに記憶にある曲だ。
「なんだっけ」
「自分で歌ってたじゃーん」
「わかんない。なんかさ……これ?」
 あたしは膝の上に置いた安倍さんのエッセイを軽く持ち上げた。開いた頁は、自作の歌詞のところ。
「これ読んでると、この曲が浮かぶんだよね。頭のなかに」
「へー。すごいね」
「なにが?」
「歌詞だけなのに読んだだけで曲のイメージが浮かぶってすごくない?」
「そうかな…、でも」
 すごく聞いたことがある、どこかにもうすでにきっと存在している歌が浮かぶのって、いいことだろうか?
「そうだよ。やっぱイメージ喚起力のある歌詞が書けるって凄いなぁって」
 軽く溜息を吐いて、ガキさん。

 今思い出した。あのメロディは失格だった。生キル資格ガナイナンテ憧レテタ生キ方。お母さんの持ってるCDのなかにあった。橘いずみだ。
7 名前:05 ヴォーガンソンのアヒル 投稿日:2005/02/10(木) 21:18
   □□□

 飛行機が落ちていく。
 オレンジ色の炎が機体を舐めている。
 折れそうなほどたわむ翼。
 水平線が見える。
 上が海なのか空なのか判断できるのはシートベルトの食い込む力の方向からだけ。
 アテンション・プリーズ。流れる放送が何語なのかも、もう判別できない。
 イルカだかサメだかの群れが見える。

 今はいつなんだっけ?

 黄色いアヒルの玩具が宙に浮かぶ。首と尾をふりながら歩く玩具。
「それ? ヴォーガンソンのアヒルって言うの」
 飯田さんの声が聞こえる。アレモウイナクナッタンジャナカッタッケ?

 トレーディングカードがバラバラと床から天井に流れて落ちた。

   □□□
8 名前:05 ヴォーガンソンのアヒル 投稿日:2005/02/10(木) 22:58
「ウィークリー28位」
 あさ美ちゃんが携帯をいじりながらボソッと言った。マン・パワー2週目オリコンチャート28位。別にどうってことのない数字だ。最近のあたしたちのシングルは、数週にわたってベスト10圏内に入るってことはない。
 モーニング娘。っていつからあるんだっけ? あたしが小学生だったときにはもうあったから、5年以上、多分もう10年近い。あたしの記憶にある、あたしが加入する前のモーニング娘。はすごい人気だった。みんなが、友達のお父さんでさえLOVEマシーンの歌詞を知っていた。替え歌が流行った。メンバー全員の名前を当たり前のように言えた。LOVEマシーンって何週連続で1位をとったっけ? 10週とか、それ以上って聞いた気がする。今あたしたちの新曲がそれぐらい流行るなんてもう思えない。あれは神話よりも昔の話。あたしたちのいないモーニング娘。の話だ。
 あさ美ちゃんの言葉に、みんな関心がなかった。
 携帯をいじったり鏡を見て化粧を直したりお弁当を食べたり宿題をやったりMDを聞いたり、それぞれ好き勝手なことをしてた。
 もうそろそろ卒業の飯田さんは、最近の娘。のことってどう思っているんだろう? ふと気になって部屋を見渡すと、読んでいた本が座っていた椅子の上に置いてあるだけだった。『「からくり」の話』。
「まぁ、そんなもんだよね」
 ガキさんが言った。微妙に嬉しそうだった。
9 名前:05 ヴォーガンソンのアヒル 投稿日:2005/02/11(金) 01:12
 なんだかガキさんの態度にすごくムカついた。あたしの知ってるガキさんは娘。が大好きで、絶対に娘。に対して批判的なこととか言わない人だった。矢口さんとか藤本さんとか吉澤さんとかが、つんく♂さんに厳しいことを言っても決して尻馬に乗るようなことなんかしなかった。今迄は。
「なにがおかしいん?」
「はい?」
「28位って、笑うとこ?」
「そこって、愛ちゃんが怒るとこ?」
 ガキさんは、うざそうに言った。あたしはますますムカついた。
「怒るとこやないかもしらんけど、笑うとこでもなくない?」
「はいはいそうですね」
「なにその言い方」
「今度は言い方? どう言えば満足するの、愛ちゃん?」
 答えようと息を吸い込んで、答えるべき言葉がないことに戸惑った。
 28位に無関心だったみんなは、突然喧嘩を始めたあたしたちにも無関心だ。
 『「からくり」の話』が視界に入る。あたしが飯田さんに声を掛けたとき、開いていたのはアヒルの設計図のイラストが載っていた頁だった。ヴォーガンソンのアヒル。羽毛の動きまで本物そっくりに再現された餌さえも食べる機械仕掛けのアヒルの人形。焼け焦げて設計図さえ残っていないそれは、食べた餌を消化し、排泄さえしたのだと云う。
 限りなく本物に近い失われたアヒル。
「ねえ」
「なに」
「あたしたちって本当にモーニング娘。だったっけ?」
10 名前:05 ヴォーガンソンのアヒル 投稿日:2005/02/11(金) 01:37
   □□□

 修学旅行だった。初めて乗る飛行機だった。みんなちょっと浮かれてた。3クラスしかないうちらの学年の全員が乗っても飛行機はまだ余裕で余っていた。家族旅行らしい人や、部活動で試合にいく一団とか、スーツ姿のリーマンとか、いろんな人で余った座席は埋まっていた。ほぼ満席だった。男子が浮ついていた。離陸してから理由を知った。
「ファーストクラスにモーニング娘。が乗ってる」
 噂だった。だけどみんなが席を立ってかわるがわるトイレにいくフリをして何とかその姿を見ようとしていた。あたしも行った。後ろ姿がちらっと見えただけだった。

 それから。

 飛行機が爆発した。何度も見てる夢だった。ファイナル・ディスティネーションのような完璧な爆発。細部のひとつひとつが思い出せた。あの飛行機のなかで起きたことの一部始終を、乗客のあたしが知りえないような細部まで知っていた。夢だと思っていたあれは現実だったのかな……?

   □□□
11 名前:05 ヴォーガンソンのアヒル 投稿日:2005/02/12(土) 00:47
「ゲネはいりまーす。準備おねがいしまーす」
 スタッフさんの声が妙に能天気に響いた。それまで無関心だった皆が面倒くさそうにぞろぞろ動き始めた。まるで水族館の中。どろっとした水のなかロケットのように飛び回る流線型の群れの向こうでもたもたと動く憐れなシュノーケル。スローモーションで楽屋のドアに集まっていく。
「行かないの?」
 ガキさんが、挑発するように言った。誰も、にらみ合ったまま動こうとしないあたしたちに関心を払わない。気持ち悪いぐらいの無視。もともとあたしたちにはそういうところがある。人数が多すぎて、プライドが高すぎて、自分にしか関心がなくて、他人にどんどん無関心になっていく。あたしもそうだ。誰もが石川さんや矢口さんのようには振舞えない。
「覚えてる? あたしの夢の話」
「はぁ?」
 あたしの問いに、素っ頓狂な声で応える。
「一緒に映画見たじゃん。ファイナル・ディスティネーション。そんで」
「あぁ…、パクリって言ってたやつ? 飛行機が落ちるんだっけ」
 ガキさんはものすごく興味なさそうに俯いた。そして、溜息。あたしはガキさんの肩を掴んだ。
「同じ夢、見ない?」
「は? あたし? なんで、あたしが?」
「だって」
 あたしと同期だから。もしもあたしがモーニング娘。じゃないなら、彼女だって娘。じゃないに違いない。同じ理屈だ。例えば同じあの飛行機にのっていたとか。
「バッカじゃない? 愛ちゃんの夢のことなんか知らねーッつーの」
 ガキさんは肩を掴んだあたしの手を振り払うと、ドアに向かって大股で歩き始めた。あの夢はあたしだけの夢だったってことだろうか。それもそうだ。夢は一人で見るものだ。馬鹿なことを言った。あたしはのろのろと皆の後を追った。

 ガキさんのトレーディングカードが一枚、床に落ちていた。拾い上げると、安倍さんのものだった。顔に、真っ赤な何かで大きくバッテン印が付けられていた。ルージュだった。
12 名前:05 ヴォーガンソンのアヒル 投稿日:2005/02/12(土) 01:56
   □□□

 外国旅行だった。いつも乗るジェット機だった。みんなちょっと疲れてた。勿論貸切じゃなくて、家族旅行らしい人や、部活動で試合にいく一団とか、スーツ姿のリーマンとか、いろんな人で余った座席は埋まっていた。ほぼ満席だった。エコノミークラスには修学旅行中の学生たちがいた。なんで一緒にするのって、スタッフの人は不機嫌そうだった。詰襟の生徒たちが何とかファーストクラスに来ようとして、すごく騒がしかった。
「マジうざい」
 憎憎しげに呟いたのは誰だったんだろう。誰でもありえた。あたしたちの愛想は安売りされすぎて、もうそろそろ在庫が尽きかけようとしていた。

 それから。

 飛行機が爆発した。何度も見てる夢だった。ファイナル・ディスティネーションのような完璧な爆発。細部のひとつひとつが思い出せた。あの飛行機のなかで起きたことの一部始終を、乗客のあたしが知りえないような細部まで知っていた。

 ……飛行機が落ちる。何千回も落ちる。あたしの夢のなかで。現実と見分けがつかないリアルさで。

   □□□
13 名前:05 ヴォーガンソンのアヒル 投稿日:2005/02/12(土) 02:23
 盗作したカドで出場停止処分となった安倍さんは舞台の袖で、スタッフと一緒にカメラであたしたちの、飯田さんの最後の舞台を見てる、という話だった。出版された安倍さんのエッセイや写真集はすべて回収になり、その費用は安倍さん本人が弁済するのだという。麻琴だかあさ美ちゃんだかが概算して、みんなで溜息を吐いた。著作権侵害の罪は軽い。刑務所にだって入らなくてもいいし警察だって捕まえに来ない。だけど、金銭的な罪はかなり重い。

 アナタハ失格!

 安倍さんの詞を読んだときに浮かんだメロディのサビが頭の奥で流れる。このトレカは処刑だった。あなたなんかもう要らないという拒絶だった。さむけを感じて、あたしは封印するようにトレカを胸ポケットにしまおうとした。しまってしまえば、見ただけでも呪われそうなこのカードの魔力にかからないような気がした。
「何も言わないの?」
 ガキさんだった。少し怒ったような表情をしていた。
「あいつら要らないって前、言ったよね?」
「うん。言ったね」
「安倍さんが盗作の罪なら飯田さんは何の罪?」
「盗作?」
 ガキさんは眉をぴくっと動かして不快の意を表した。
「問題は盗作なんかじゃない。愛ちゃんも理解ってるでしょう?」
「判んないよ。だって、なんで、どうして、あんなに好きだったのに、捨てちゃえるの?」
「あたしがモーニング娘。に対してどう思ってきていたとか、今どう思ってるのかって、愛ちゃんに関係って、ある?」
「関係は……」
 言葉につまる。失笑を買うぐらいモーニング娘。が大好きだって公言してはばからなかったガキさん。子供っぽいと思ってた。馬鹿にしていた。その一方で、どこか安心していた。たとえなにが起こっても、ガキさんは裏切らない。それは馬鹿馬鹿しい思い込みで、子供っぽい理想を押し付けただけだった。本当は、あたしがモーニング娘。を愛したかった。好きでいたかった。
「ある」

 言い切って気付く。失格なのはあたしだった。今のモーニング娘。を愛せないあたしだった。

 飛行機が墜落する。
14 名前:05 ヴォーガンソンのアヒル 投稿日:2005/02/12(土) 03:06
 あたしの中の無理心中。あたしも、あたしのいないモーニング娘。も、あたしのいるモーニング娘。も、ファンの人も、そうでない人も、みんな一緒に無くなってしまえばいいって思った。飛行機が落ちる夢は、航空機事故のフィルムや、映画を通して細部がどんどん補強されていった。落ちるたびにより完璧な墜落になっていった。

 ガキさんは顔をぐにゃっとゆがめた。
「知ってる? 卒業って結局、本人がオッケーしないと出来ないって」
 搾り出すようにか細い声で言うから、一瞬、泣いてるんじゃないかと思った。
「聞いたことあるかもしらん」
 後藤さんが、誰かから言われて卒業を決めたって話だったけど、あれも結局本人の同意がなくちゃ話はまとまらなかったはずだ。
「要らないって言われる前に要らないって言ってやりたかった……」
「言わなくてええよ、そんなの」
「うん…、言わなくて良かった」
 ガキさんはあたしの肩に頭を寄せた。一瞬泣いてるんじゃないかと思って焦ったけど、ずずっ鼻水をすすっただけみたいだった。どうしていいかわからなくて、とりあえず背中をポンポンと励ますように叩いた。

   □□□

 飯田さんが卒業した。あたしはもう飛行機が爆発する夢を見ない。自分たちを卑下したりもしない。卒業する飯田さんに要求したやったとおり、あたしもモーニング娘。を愛してやる!
15 名前:05 ヴォーガンソンのアヒル 投稿日:2005/02/12(土) 03:09
-了-









●参考文献
中野好男『からくりの話』
映画『ファイナル・ディスティネーション』

●参考にしようとしてすべった文献
紺野キタ『知る辺の道』

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