47 困った友達

1 名前:  投稿日:2004/10/02(土) 22:16

47 困った友達
2 名前:  投稿日:2004/10/02(土) 22:17

「よしこ、おっはよー」
どたどたと階段を上がってきた里田が勢いよくドアを開ける。
ベットに寝転んでマンガを読んでいた吉澤は一瞬驚き、その後またかよとうんざりした。
さっきまで生放送に出ていて疲れているというのに。
自動車の止まった気配があったが、おそらくタクシーでやってきたのだろう。
終電はとっくに出ている。
チャイムの音は聞こえなかったからおそらく居間に回って母親にでも上げてもらったに違いない。

「どしたー? 元気ないぞっ」
のそりと起き上がりながら考えていたら彼女はわめく。
「ばっ、おま、夜中なんだから静かにしろよ」
と吉澤もさすがに慌てる。
こいつ入ってくるときは静かなのになんでそのまま来れないんだよ、
どうどうと猛獣を宥めるように落ち着かせた。
真っ赤な顔をしているので分っていたが、近寄ってみるとかなり酒臭い。

吉澤が思わず顔をしかめると里田は、
「なーに? このまいちんとキスしたいの。目ぇつぶっちゃって」
と抱きついてくる。
吉澤は酔っ払っているくせに力強い抱擁を懸命になって振りほどきながら、
まったく、そりゃアンタは成人したけどさ、
商売柄ってものもうちょっと考えてたほうがいいんじゃないの? 心の中で注意する。
口に出さなかったのは、言っても無駄だと分っていたからだ。
結局蛸のように絡みつく体を引き剥がすまでに三度唇を奪われた。 
3 名前:  投稿日:2004/10/02(土) 22:18

姉ちゃんまいさん来てるの? 壁越しに弟が聞いてくる。
あれだけバタバタと暴れていたのだから、さすがに分ったようだ。
姉の部屋で暴れるのは酔った里田、そういう図式が成り立っている。
「そうだよ、早く寝なお前たち」
吉澤はそおっと、しかし伝わるように大きな声で壁に話す。
言い終わると恐る恐るといった感じで音を潜め周囲をうかがった。
表で犬がわうんと鳴いたので吉澤は少し震えた。

「いやあ、どもこんばんわ元気ー、よしこ?」
里田は笑顔で今更な挨拶をしながら吉澤の座椅子に座る。
見ればそれなりにパリっとした服だろうに、かなり乱れている。
もちろん今のダンスでというのもあるだろうが、
ブラウスのボタンが胸元深くまで外してあったりしているのは別だろう。
と言って吉澤も普段の里田もとい酒を飲んだときの普段の里田を嫌というほど知っているので、
密やかな行為に及んでいたとは端から考えもしない。
大方タクシーの中で、あちいあちいと騒ぎながら乱したのだろう。
タクシーの運ちゃん喜んだだろうかそれともあたしのようにうんざりしたか、吉澤は考える。
まあそれでもブラジャーはつけてるようだし良かったか、お互いに。

これがさらに進んで酔いつぶれたんだったらこの人いいボディーしてるから喜んだかもって、おいっ、
「お向かいさん、こばわー」
彼女がいつの間にかガラス戸を開けて叫んでいた。
吉澤は慌てて窓から引き剥す。
「だからウルサイってのっ」
顎だけ大きく上下させながら小声で注意する。
しかしその体勢が手で口を塞いでベットに強く押し倒し、だったので、
「いやん、よしこったら……」
と彼女はさらに顔を赤くした。
かなり力を入れて頭をはたいた。
4 名前:  投稿日:2004/10/02(土) 22:18

いたーい、文句を言う里田を、
「ほれ、座んな」
とまた座椅子へ促し自分は床に腰を下ろす。
「また随分お酒入ってるねえ」
里田はえっへんと胸を張る。
「もうガンガンっ。そうだな、ほんのちょびっとだけだよバッカだなあ」
もおよしこおっかしー、バンバンと背中を叩かれるのをどっちやねんと呟きながら吉澤は耐える。
と母親が麦茶を運んできた。

「まいちゃん、ご機嫌ねえ」
「いや、そっすかあ?」
どもども、へこへこしてグラスを取ると半分ほど一気に飲み干す。
「くあー、うまーいっ」
大声で叫んでから、
「おばさん、どうもありがとうございますう」
お辞儀をするがコテン、そのまま床に額がついた。
吉澤は里田が声を上げるたびに冷や冷やしているのだがその母はいたって落ち着いたもので、
こういうのは母親が心配するもんじゃないのかと疑問に思う。
ただでさえアイドルの娘を持って変な目で見られがちなんだから、
もうちょっと気にしてもいいのではないだろうか。

しかし母は、
「あらあら、今日は泊まっていったほうがいいわね」と提案し、
「大丈夫、最初っからそのつもりでしたから」
里田も胸を叩いてそれに応じた。
あらそうなの? ごめんなさいね、と二人で笑うのを吉澤は冷めた目で眺めた。
5 名前:  投稿日:2004/10/02(土) 22:19

母はお風呂入れるからね、と空の盆を持って立ち上がり、
「あ、でもちゃんと酔いが醒めてからね」
注意しながら出て行くと、
里田は吉澤の肩を意味もなく叩いたり、つい先日も来ている部屋をじろじろと楽しそうに眺めている。
「わあ、うさちゃん、かわいー」
以前自分で吉澤にプレゼントした人形、それも不細工だからという理由だったのに、
抱え上げてベットを転がる。
「静かにしろよ、酔っ払い」
吉澤は疲れたように言い捨てると麦茶を飲んだ。今日の反省も出来やしない。

するとくいっ、里田は無表情で振り向くとベットから降りて来る。
座椅子を通りすぎて吉澤の前で体育座りした。
吉澤のほうへ顎を突き出しほほを横に引いて、
「じゃあ里田黙りますっ」
力込めて口を閉じた。
しかし吉澤が、あーそうしてくれと小声で言うだけで相手にせずテレビのほうを向いてしまうと、
「ねえ、黙ってるよっ。偉い? 偉い?」
画面との間に顔を押し込んでくる。

五秒かよっ、吉澤はため息をついた。
それからとても優しい口調で彼女に伝える。
「そうだね。もうちょっとっ、もうちょっとだけ静かな声で黙ってくれると結構偉いと思いますよ」
すると、
「うん分った、そうするー」
彼女は可愛らしい声で返事をして、
酔いも醒めてきたのか、近所迷惑にならない程度の声に落ち着いた。
6 名前:  投稿日:2004/10/02(土) 22:19

しかし隣の部屋の物音から弟たちがまだ起きてるのは吉澤にも分って、
まだ家内の迷惑にはなってそうだと思わずにはいられない。
がっくりと肩が落ちる。
あいつらうるさくて眠れなかったとか必ず言うからなあ、本当は関係なく遅くまで起きてるくせに。
また後で何か埋め合わせを要求されるのだと思うと、里田が少し恨めしくなるのだが、
不思議なもので弟らは里田自体はとても好きなようだった。
「お母さんにも受けがいいしな」
楽しそうに麦茶を飲む里田を見ながら呟く。

「えっ、なあに?」
すると彼女は首を傾げる。
本当に大人しくしてれば綺麗な子なのであって、それだったらあたしもこんなに疲れなくて済むし、
タクシーの運ちゃんも途中でメーター戻してに乗せてくれるかもしれないのに。
こんな夜中に女友達のところで騒がごうなんて考えなくなるような、
かっこいい彼氏もできるに違いなかった。
何かって言うとあたしかアヤカ、この子大丈夫なのかね、年下のくせに心配になる。

「ねえ、なんて言ったのよしこお」
教えてよいじわるん、里田が袖を引っ張っている。吉澤はよしよしと頭を撫でてやりながら、
「ん? まいちんはうちのお母さんに気に入られてるってね」
と教えてやると彼女は気持ちよさ気に目を閉じたまま、
「だって、まい、おしとやかでござーますから」
しな垂れかかった。

「いや、それはアヤカの話だから」
吉澤は戻れこら、毒づきながら否定する。すると
「えー、まいもでしょ、まいもでしょ?」
と再び声が大きくなった。
カーテンを引き忘れたガラス戸から向かいの家の灯りがつくのが見え吉澤は肝を冷やした。
芸能人だからって、様々な中傷が聞こえてくるようだった。
またそんな姉の苦悩も知らず、うるさくて眠れなーい、わざとらしい壁越しの声。
「そんならさっさと寝ろっ」
いささか吉澤の思考もおかしくなる。
7 名前:  投稿日:2004/10/02(土) 22:20


「じゃあ、また来るね、よしこっ」
翌日早朝さっぱりした顔で彼女は帰っていった。
一方一晩中付き合わされた吉澤はずっしりと疲れていて、送り出した玄関からふらふらと部屋に戻る。
すぐに仕事に出る支度をしなければならなかった。
「まいのやつ、自分は仕事ないからって。あたしはここんとこずっと働きづめだってのに……」
ぶつぶつ言いながら荷物をまとめると、
母親が起きだしてきたので朝ごはんを用意してもらう間にシャワーを浴びる。
蛇口を最大にひねり猛然と降りかかるお湯に向かって不満をぶつけるとかなりすっきりとした。
「えい、くそっ」
最後にそう叫んで、浴室内に思いっきり反響して吉澤は気を良くした、風呂から出る。

「もう帰っちゃったのね、またまいちゃん呼びなさいよ」
皿を並べながら母親が言う。
「呼ばなくても勝手に来るから大丈夫だよ」
吉澤はそう苦笑いで答えるといつもより一つ多くゆで卵を食べて家を出た。
8 名前:  投稿日:2004/10/02(土) 22:20

※ ※ ※

吉澤は久々のオフをゆったりと過ごそうとしていた。
朝から天候が悪く雨が降ったり止んだりしていたが、部屋で寝転がっている分には都合がよかった。
たまには小説など読んでみる。
しかし吉澤にとって慣れないことゆえすぐに止まった。
代わりに閉じた本を胸に置いて色々なことに考えをめぐらせる。
うまく出来た仕事そうでない仕事、例えば昨日のテレビのことなど思い起こしていると、
ドンッ、ガラガラと盛大な音で雷が鳴る。

「うわ、すごいな」
しばらく飛び交う雷を観察した。
すると充電器に挿した携帯がメロディーを奏でだす。
それとともに明るくなった液晶画面を見て初めて暗い部屋の灯りをつけていないことに吉澤は気付く。
道理で本読めないわけだ、思いながら携帯を手にした。

「よっすぃ、助けて」
通話ボタンを押した途端にアヤカの声。
「ちょっと、アヤカどうしたの? 大丈夫?」
切な気な彼女の声が切迫しているのに吉澤も驚いて尋ねる。
「助け、て……」
しかし電話の向こうの声はますますか細くなって、吉澤の心配も増大する。
変な男でも現れたか、ひょっとしてもう最悪の事態にまで陥ってしまっているのか。
「アヤカどうしたの? 何があったの? 勇気出してっ」
懸命になって励ました。
9 名前:  投稿日:2004/10/02(土) 22:21

「怖いの……」
するとようやく助けて以外の言葉が出てくる。
吉澤の心は空模様のごとく心配で荒れていたが、アヤカの言葉がそれこそ切れてしまわないよう、
じっと我慢してあの濡れた声の出てくるのを待った。
「怖いの」
しかしそれで聞くことが出来たのは、
「雷が、すごく」
という内容だった。

ほっとするやら呆れるやらであったが、吉澤はアヤカを宥めようと努力する。
アヤカのマンションはほら、避雷針付いてるの見たよあたし、
そんなことを言ってみるが実際のところ避雷針がどういうものか知らなかった。
外壁がゴムみたいな見かけだから大丈夫だとも言ってみせる。
しかしアヤカはその言葉を信じたかどうかは関係なく怯え続けていて、
「来て、よっすぃ」
やはり言うか、吉澤は思いながら彼女の頼みを耳にした。

吉澤は再び空を見上げる。
今ではアヤカのことを心配する心模様ではなかったが、
彼女の心情を助けるかのように天候が回復してくるのが見て取れた。
アヤカの家まで行くのに少し時間がかかる。
それにあの雲が薄くなってきている方角が彼女の家だ。
「アヤカのところもうすぐ晴れそうだよ」
「お願い……」
励ますように言うも、即場に却下された。

何でこんなに切なくものが言えるのだろう、吉澤は不思議に思う。
これが口だけでなく心からそう思っているのだから本当にお嬢様育ちだな。
よくあたしや、ましてまいなどが友達になれたものだ。
「ほら、晴れてきてる。雲の間から光射してるもん」
言いながら、あたしはジャージを脱いで適当な服を引っ張り出していた。
10 名前:  投稿日:2004/10/02(土) 22:22

案の定、アヤカの住む駅に着いたときには既に空に雲一つない状況だった。
吉澤を迎え入れた彼女は、ゴメンねと哀しげに目を伏せる。
「すごく怖かったものだから……」
そんな様子を見たら吉澤も不平を口にできない。
「今日は一日ゴロゴロと過ごすつもりだったけど、アヤカと一緒にいるのも悪くないよ」
と言ってみせた。

アヤカはそれで安心したようで、とっておきという紅茶を入れてくれる。
吉澤は落ち着いた室内の、柔らかいソファに収まってそれを飲む。
呼吸とともに花の香りがふわりと体に吸い込まれ、その後温かい液体が喉を落ちてくる。
はあ、ため息をつくとソファに体がもう一段沈み込んだ。

そのまますっかり眠り込んでしまい、起きたときにはすっかり遅い時間になっていた。
本当に一日潰れてしまったが特に損したと感じることもなく、
翌日の仕事のためにしぶしぶといった感じで腰を上げるのだったが、
そのときアヤカにまた、
「今日は呼びつけてゴメンなさいね」
と謝られる。今までかなり何度も聞いてきた台詞であり状況なのだが今回も吉澤は、
「そんなの、気にしなくていいって」
ブンブン、手を振って否定した。
帰り道はカサを振り回して揚々と進んだ。
お嬢様にも困ったもんだと時々は口にしたけれど。
11 名前:  投稿日:2004/10/02(土) 22:22

※ ※ ※

その日はよく晴れていた。
仕事は夕方からだが大事なものだったのでつまらぬ用などは昼には済ませ、吉澤は部屋に篭っていた。
そのとき鳴り出す携帯。
吉澤は嫌な予感、いや確信があった。
「よしこ、今どこー?」
さすがにアルコールは入ってないだろうが、元気な声に吉澤はもう感心するほかない。
観念したのか、いつも横取りされる座椅子にどっかと腰掛けてから里田に、
「あー、まいちん? どこって家だよ。これから仕事行くところ」
と応じた。

「ええ、でもちょっとくらい時間あるんでしょ? 出てきなよ、今アヤカとカラオケで盛り上がってるの」
確かにさっきから軽薄な音楽がうるさかったし、それに乗る色気のある声はアヤカのものだ。
「ほら、アヤカ」
電話の向こうでゴソゴソ、その合間にマイクの硬いものにぶつかる耳障りな反響が一度あって、
「あ、よっすぃ?」
選手が交代した。

「アヤカ? あのさあ、あたし夕方から仕事入ってるのよ」
里田より物分りがいいだろうと思って吉澤は断る流れに持っていく。
「だからあんま時間ないじゃん?」
言いながら今日はよく晴れているなとガラス戸の外の空を見上げた。
鳥が一羽すうっと飛んでいくがそれに重なるようにアヤカも簡潔に答える。
「じゃあ、その時間までだね」
物分りはいいのかもしれないけど、吉澤は苦笑いする。
「いやでもそんなに時間ないよ」
既に無駄なやり取りだなと感じつつも言ってみるが即座に、
「お願い……ダメ?」
あまりカラオケ中とは思えない声に打ち消された。
12 名前:  投稿日:2004/10/02(土) 22:23

待ち合わせ場所に吉澤が着くと里田が、
「よしこ、おっそい」
ここだここだと手招きする。
「遅いだとこの野郎、あたしゃ空飛べるわけじゃないんだよっ」
「えー、空飛べないの? そんなのよしこじゃなーい」
里田は呼びつけたことをまったく意に介していないようで、
飛んでお空飛んで、九階からダイブしてよー、悪乗りした。
「ふざけんな、お前」
吉澤は思わず吹き出してしまい、結局周囲にバレないか気にするのも忘れじゃれ合いになった。

「ゴメンね、よっすぃ」
と二人のことを微笑みながら見守っていたアヤカが適当なところで言葉を挟む。
「大丈夫だった?」
聞かれるのだが吉澤はいや無理だと言ったと思うんだけどね、そうは言ったりせずに、
「ああ平気平気、て言っても少しだけになっちゃうけど。あたしもカラオケ久しぶりだったからさ」
彼女を安心させる。
「そお? 良かった」
微笑むが切ない声であるのはやはり変わらなかった。
まいもアヤカもいつもと同じ、変わらないねえと吉澤は変に安心する。

「じゃあ行こうよ。あたし時間ないぶんマイク独占しちゃうからね」
そう張り切って促したとき三人が立っているのは路上で、
「あれ、でも何で外出てるの? 場所言ってくれたら直接あたし行ったのに」
「何言ってるのよしこ」
「あん?」
吉澤は首を捻り、二人の顔を交互に見る。
残念なことに確信に近いものはこのときにもやって来た。

「もおカラオケお終いだっての、何時間歌ったと思ってるのさ」
「はあっ?」
三時間だよ三時間、彼女は自分の言っていることにおかしな点など感じないのだろう。
吉澤は普通じゃないよねこの人、歌い上げた曲目を列挙し始めた友人を指差しながら、
アヤカに苦笑いする。
「ゴメンね、次はお買い物したいの」
しかしこちらの友人もそう変わらないようだった。
13 名前:  投稿日:2004/10/02(土) 22:23


「いっぱい買ったねえアヤカ」
里田は手に軽そうな紙袋をぶら下げている。
「そうね、まいちゃんも可愛いのあってよかったよね」
アヤカの手にあるのはそれよりも小さな袋一つ。
「ちょっとおかしくないですかあ?」
吉澤は両手に溢れんばかりの荷物を抱えて後からついてきていた。

「よしこは男の子なんだから、もっと優しくなきゃダメだよ」
「いや女だから。しっかり女だからっ」
「ゴメンね、よっすぃ」
「うん謝ってくれるのはいいから、せめてもう一つさ……」
しかし二人はすでに今買った品のことをあれやこれ言うのに返っている。
吉澤がつまづいて荷物を落とすが気付かずに歩いていく。
悲しいかな、吉澤がそれでも汚さないよう懸命に手足を動かし、
荷物が無事音もなく着地していたというのもあるのだが。

「ちょっ、お前らいい加減にしろよ」
吉澤は気合を込めすべてを持ち上げると、先へと進んでしまった二人へと突進する。
すると考えていたよりもずっと早く追いついた。
吉澤が不思議に思って荷物の隙間から伺うと、二人は立ち止まってタクシーを停めていた。
それから駆け寄った吉澤に気付いて、
「ああ、よしこ。あたしたち疲れたからタクシーで帰るよ。あんたもそろそろ仕事行かなくていいの?」
「お仕事頑張ってね」
吉澤の手から荷物を一つずつ取って車内へ運ぶ。
あれここ汚れてない? そんな小言もしっかり込みで。

「あ、あんたたちって……」
手から重みが減っていくのと同時に吉澤の心からも何かが抜けていくようだった。
「ほら急がないと、集合まで二十分ないよ」
呆然と突っ立ったままの吉澤を里田が促す。
とアヤカは彼女をこっそり肘でつついた。

吉澤は驚いて時計を見る。確かにもう時間がなかった。
「うわ、やべえっ」
辺りを見渡す。すぐ脇に地下鉄への降り口がある。
さらに幸運なことに乗り換えなしで集合場所まで行ける路線のものだった。
14 名前:  投稿日:2004/10/02(土) 22:24

残っていた荷物を二人に手渡さず直接車内に押し込んで、
「あ、じゃあ、あたしもう行くからさ」
バイバイまたね、既に背を向けながら告げて地下への階段に足をかけようとする。

「おう、仕事頑張れよっ」
「頑張ってね、応援してるから」
騒がしい街中なのに二人の声は簡単に聞き分けられた。
吉澤は振り返る。
里田とアヤカがタクシーに乗り込みもせず、吉澤を見送っていた。
運転手が指でハンドルを叩いている。
吉澤がこちらを向いたのに気付くと、
アヤカはゆっくりと手を振り里田はしっしっ、笑いながら追い払った。
それから二人は頷きあうと吉澤に背を向けてタクシーに乗り込もうとする。
運転手はシートに座りなおした。

「ありがとね」
地下から風が吹き上げてきて、ついでに誰か通行人の口から言葉を引き出す。
すると二人は立ち止まり、お互いのことを見やりながら吉澤へと振り返った。

「何が?」
二人の声はとても耳に優しかった。
15 名前:  投稿日:2004/10/02(土) 22:25

 お わ り
16 名前:  投稿日:2004/10/02(土) 22:26

 困った友達
17 名前:  投稿日:2004/10/02(土) 22:27

 困った友達

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