42 サインはブイ!

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/02(土) 18:17
42 サインはブイ!
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/02(土) 18:19

◇◇◇◇

ネット越しに見る彼女の額は紅潮していた。
2つ縛りにした髪がゆっくりと左右に揺れている。
ほっそりしたその体で私達をここまで追いつめていたのだ。
だがあと一歩。ファイナルセット、もう一本取られたらゲームは終わる。
だがそれは相手にとっても同じ事。もう一本取ってもゲームが終わる。
──これほど苦しめられるとは…
ここまでの勝負は五分、しかし私の気持ちの中は屈辱感で満ちていた。
私は痛む膝を押さえながらギュっと唇を噛みしめる。
この試合中に酷使された唇は血の味がした。
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/02(土) 18:20


圧倒的な攻撃力でここまでストレートで各チームを撃破してきた私達。
決勝で当たることになったその学校名を聞いて私はとまどいを隠せなかった。
早くに勝負を決めた私達が観戦する中、そのチームは粘りに粘った末ようやく決勝進出を決めた。
新設校だということらしいが、特に有名選手を全国から集めたわけではない。
切れのよいスパイクを打つ高橋という娘がかろうじて目立つくらいであとは堅実な守りのチームという印象しか残らなかった。
「これは楽勝だな」酷使してきた右膝の不安があったが、この相手なら最後まで持つだろうと思いそれまでの緊張が緩む。
欠伸を噛み殺しながらチームメイトを見回す。
余裕の表情で雑談する仲間の中、一人厳しい表情で試合の終わったコートを見つめている矢口さんの横顔だけが、次が決勝なんだという事実を私に伝えていた。
4 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/02(土) 18:22
「矛盾」という言葉を知っているだろうか。
どんな物でも貫く矛とどんな物でも防ぐ盾を売っている商人にその矛でその盾を突いたらどうなるのか?と客が問いかける話だ。
どうやら私はその商人が扱っているような矛ではなかったようだ。
まともに勝負にいったスパイクはことごとく彼女に跳ね返されてしまっていた。
エースストライカーの私が完全に止められた私達がなんとかこの状況まで持ってこられたのは仲間たち。
正確無比の技術と圧倒的なスピードで相手を振り回す矢口さんのトスワーク。
そして…
5 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/02(土) 18:23
「よしざわせんぱ〜〜い、ふぁいとほぉ〜〜〜〜」」
気の抜けたかけ声をかけてくる対角の後輩。
「まことぉ!緊張感がなくなるから、そんな力の抜けるような声かけんじゃねーよ!」
「え〜そんなぁ〜」
時には私の分身となりながらコートを縦横無尽に駆け回りカミソリのようなスパイクを相手コートに打ち込んできた彼女は
そのプレースタイルにまるで合っていないコンニャクのようなポーズで苦情を漏らす。
ニヒルな笑みとウインクを彼女に返し私はもう一度自分に気合いを入れ直す、プレッシャーのせいで硬くなっていた肩の力がいい具合に抜けていた。
意識してやっていることではなかろうが、いつもながらありがたい後輩だ。
6 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/02(土) 18:25
「よっすぃー大丈夫か?」
鋭い人だから誰にも話していない膝のこともおそらく気づいているのだろう。
「大丈夫、もう一試合だっていけますよ」
私の軽口に矢口さんは黙って頷くと背中に回した手でサインを出してきた。
伸ばされた人差し指と中指。
──V攻撃
受け取った私も麻琴へサインを出す。
親指を1本。
──私が決める
「おっしゃー任せた先輩!」
コートに響く大声
頭を抱える間もなく打ち放たれた相手のサーブ。
ワンクッションでキレイに矢口さんの頭上へ飛び込む。
後ろから駆け込んでくる麻琴の足跡が聞こえる。
彼女のバックアタックに何度となく痛い目を食らっていたブロックはさっきの言葉はカモフラージュだと判断したのか一斉に反応する。
いや、それよりも私のアタックごとき後ろで構えている彼女一人で十分だと思っているのだろう。
7 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/02(土) 18:27
カッと頭に血が上るのが自分でわかった。
私の跳躍に備えてデコちゃんがわずかに腰を低くする。
その目は冷静で焦りの欠片も無い。
膝の痛みは消えていた。
思い切りジャンプした時に何かが切れる音がした。
時間がゆっくりと流れる。
最高点で時が完全に止まった。
右端に狙いを付けていた考えをやめる。
真っ正面へ目掛けて思い切り腕を振り抜く。
一気に戻ってくる時間の流れ。
地表へ引き戻されながら、私の視界にデコちゃんが片膝を付き腰を落とすのが入ってくる。
──それじゃダメだよ

ググッ

手元でのびるボール。
慌てて体勢を引き上げるデコちゃん

バシッ

体育館に響く鋭い音。

ピッ、ピー

私は審判の笛の音を遠くに聞きながら、満足感に浸っていた。
右膝の焼けるような痛みと引き替えに。
8 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/02(土) 18:28

「来年はきっと勝って見せます!」
「でもオイラはもう卒業だぜ?」
「ちっこい人には言ってません!」
興奮して暴れる矢口さんを麻琴が羽交い締めにする。
会場から出てきた私達をデコちゃんが待ちかまえていた。
私を真っ正面から見据えて宣戦布告する彼女は真っ赤な目をしていた。
「でもデコちゃん……」
「デコじゃないです!新垣里沙って言います」
「じゃあ里沙ちゃん」
「馴れ馴れしいですね」
「……ガキさん」
「なんですか?」
「この状況見えてる?」
チームメイトに肩を貸してもらってようやく立っている私。
「あなたが勝って私が負けたそうでしょ?」
「それはそうなんだけど…」
わざとらしく包帯で巻かれた右足を振ってみせる。
「来年は絶対に勝ちます」
そう言い切るとクルッと踵を返しスタスタと立ち去る。
「今勝負してやるぞ!ゴラァ」
矢口さんのわめき声をバックに揺れる2本のテールが遠ざかってゆく。
私の脳裏には彼女の言葉が深く刻み込まれていた。
丸く紅くボールの跡で彩られたおでこの映像ともに。
9 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/02(土) 18:31

◇◇◇◇

「今年も逃げたわね!」
「そんなこと言われても、もうとっくに卒業してるし…」
TV画面の向こうでインタビューを受けているおでこ…いや今は髪を下ろして美少女ぶりを全国に知らしめている彼女に呟く。
真っ直ぐ私を凝視する黒い瞳。
彼女の後ろで携帯を見ながらピースサインを送るキショい軍団に辟易してリモコンのボタンを押す。
「よっしー映画でも行かない?」
「せっかくの休みなのに、もったいないじゃん」
両脇の美女二人…と言うのには気性がじゃまをするけれど見た目は確かに美しい花。
いつもならこんなに天気のいい日に部屋でゴロゴロする趣味はないのだけれど空の青さと裏腹にどんより曇った胸の内。
両脇から流れてくるかぐわしい香りも今日ばかりは心ときめかない。
理由はわかっている。
2年連続でおでこちゃんのチームに決勝で負けた。
矢口さんが卒業した後、正セッターについた紺野はよくやった。
チームを引っぱるリーダーシップこそ及ばないもののこと技術に関しては互角。作戦面に関しては前任者を越える評価を受けていた。
エースに成長した小川も腰の故障を微塵も感じさせないほどの活躍だった。
決勝までは…
10 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/02(土) 18:32
彼女、新垣里沙は今では近代バレーを変えた選手と評価されている。
最高の盾はあらゆる矛を意味無くする。
高校生ながら全日本にも召還されその魔術を世界のアタッカー相手に振るっている。
それに比べ私は…
11 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/02(土) 18:33

あぁ〜

寝転がった私はギクッとする。
顔が
逆さまに映った人の顔が私を見つめている。
ビックリして起きあがり振り返ると、その少し下ぶくれな顔は真っ直ぐ私を指さしのたまった。
「怠惰です」
「……紺野」
「しかも不潔です」
私の両脇の二人をチラッ見て今度は両方の指で突き刺す。
「なによあんた!」
血の気が多いマイが立ち上がり威嚇する。
「どこから入ったんですか?」
言葉は穏やかながら棘のある視線を向けるアヤカ。
「……窓が開いたので」
──この部屋って地上何メートルだったっけ
彼女の後ろに広がる青空を見ながら言葉に詰まった私達を後目に言葉を続ける紺野
「あなたはこんな生活を送るような人ではありません」
12 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/02(土) 18:35

フッ

彼女の言いたいことを察して皮肉に歪む唇。
「知ってるでしょ?これ」
ポンッと膝を叩く。
あの試合からずっとリハビリに努めてきた。
科学的治療でも針でも胡散臭い飲み物でも効果があると聞いた事はすべて試してきた。
結局私はあの試合を最後に一回も試合に出ることなくバレーボール部員のまま卒業した。
今は気楽なプーだ。
私を気に入った奇麗なお姉さんの部屋に転がり込んでは日々を気ままに過ごしている。
「彼女のことはそのままにするんですか?」
バサッと前髪を掻き上げる。
「おー」
見事なデコっぷりに思わず3人の声が出る。
頬を紅く染めた紺野は慌てて髪を撫で下げると私の手を取った。
「私が勝負させてあげます」
勝負という言葉に胸の奥に沈めておいた熱い塊が浮き上がってくる。
さっき見た新垣の真っ直ぐな瞳が私の網膜に蘇る。
引っぱられるままに玄関へと向かう体。
13 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/02(土) 18:44
「何無視してるんだよ!」
元ヤンとの噂があるマイが間に割って入ろうとする。
「ローリングソバット!」
空中に飛び上がった紺野が水平に一回転した。
鳩尾にかかとをめり込ませたマイは先ほど食した焼きうどんをまき散らしながら悶絶する。
「ちょっと何を!」
残ったアヤカの後ろに回り込む紺野。
「……ほっそいウエストですね」
苛立ちを含んだ呟きが耳に入る。
「ジャーマン…」
後ろへ投げ出されるのに抵抗して重心を前に移して耐えようとするアヤカ。
「…プッシュ」
ドンと前に突き放されたアヤカがテーブルに顔面から落ちる。
ゴンッ鈍い音がして静かになった後、赤い液体がテーブルから絨毯へと染みを造っていく。
「さあ行きましょう」
部屋の惨状をそのままにして行くことに後ろめたさはあったし後で受ける非難の恐ろしさも考えた。
だけど紺野の背中を見ながらそのとき私の心の中を締めていたのは新垣と戦えるという喜びと一つの疑問。
──さっきの試合、生放送だったはずだけど
14 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/02(土) 18:46

◇◇◇◇

「ガキさん、これで決めるよ」
あの時と同じ向こう側に対面した彼女に宣言する。
アマチュアだったからあの頃と違い今はプロだ。多少の演出も必要だ。
自分の言葉に酔う自分がいる。
ここまでの戦いで私のアスリートとしての自信は完全に蘇っていた。
大勢の観客が私の言葉に反応して歓声を上げる。
最前列にはあの後さんざん責められたマイとアヤカが興奮して拳を振り上げている
二人の横で見ていた矢口さんが私の視線に気が付き、小さな体で飛び跳ねながらVサインを掲げた。
それに呼応して会場中にVの花が咲く。
15 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/02(土) 18:48
VはビクトリーのV
勝利のVサイン。
後ろの麻琴にサインを出す。
「行くぜ麻琴!」
「はいな、あんさん!」
足音が後ろから迫る。
アタックに備えてガキさんの体勢が低くなる。
思い切り床を蹴り空中へと体を放り出す。
ゆっくり流れ始める時間。
髪が汗で張り付きガキさんがデコちゃんへと帰っている。
──あの時と同じだ。
デジャビュに襲われた瞬間。
間近に迫ったデコちゃんの顔が視界から消えた。
衝撃と共に音も消えた。
16 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/02(土) 18:48

──ブラックアウト
17 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/02(土) 18:50


「だからなんで避けるんだよ!」
「ムリムリ絶対ムリだから!」
「受けるのがお約束だろ!」
「放送席真っ二つですよ!まだ死にたくないって」
「タメ口かよ!」
興奮した矢口さんの声に意識が現実へと引き戻される。
薄く開けた目から入ったのは矢口さんの攻撃をサラリと受け流し避けている新垣。
「第一まこっちゃんが一緒に飛んでくるなんて聞いてないから」
「いやーサインが出たからつい〜〜」
「バレーの試合と違うんだから勘弁してよー、それに今何キロあるの?」
「ほら、あたし腰痛めたっしょー、腰は冷やしちゃいけないからー」

──腹巻きかよ

「ゼエゼエ…」
無言のままいっこうに攻撃をやめようとしない矢口さん。息がかなり荒くなっている。
18 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/02(土) 18:52

ウワァー。キィーーン。

そのとき歓声と共にマイクのハウリングの音が控え室に聞こえてくる。
「てめえら、よわっちーんだよ!もっと肉食わせろー」
「たーん。格好いい〜」
どうやら、藤本松浦組のマイクパフォーマンスが始まったようだ。
「うーん、避けてしまったのは仕方ないとしても、決勝で招待選手に負けるのは困りますね」
プロモーターである紺野が冷静に指摘する。
「そっちもムリだって、アイツら狂犬だから。まともにやったら死ぬしぃ」
「ゼエゼエ…死ね…」
「だから愛ちゃんに生肉持たせて場外へと藤本さんを引きずり出したんじゃないですか」
隣のベッドには血まみれの高橋が息も絶え絶えで寝ていた。
その体のあちこちには並びの良い歯形がくっきりと付いている。
19 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/02(土) 18:54

「松浦さんて可愛い顔してながら筋肉質だしー、しかも反則王、凶器使いまくりなんだから」

バッタリ

ついに矢口さんはグッタリと床へ崩れ落ちた。
酸欠症状で舌を出しヒーヒー言っている矢口さんを後目に涼しい顔の新垣。
「矢口さんの攻撃をそれだけ避けられるのになんであんな大振りの一発を食らったんですか?」
不思議そうに紺野が聞く。
20 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/02(土) 18:56

「だって急に耳がでかくなるんだよ!ビックリするじゃん。それに」
「それに?」
「大阪では受けるのがお約束でしょ?」

前髪を掻き上げた新垣のおでこに横一文字に真っ赤なハリセンチョップの跡が残っているのが見えた。
21 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/02(土) 18:57

私はベッドの上で全身の痛みを感じながら、この場合お約束通りにベッドから落ちるべきかどうか悩んでいる。
22 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/02(土) 18:57

終了
23 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/02(土) 19:02
( ・e・)<クルシクッタテッテ〜♪
24 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/02(土) 19:03
( ・e・)<カナシクッタッテ〜♪
25 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/02(土) 19:05
川o・-・)<キョクガチガイマスヨー

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