38 traffic report

1 名前：38 traffic report 投稿日：2004/10/02(土) 05:53

38 traffic report

2 名前：38 traffic report 投稿日：2004/10/02(土) 05:55

―――３、２、１、はいっ！

お父さんがそう合図すると、赤だった信号の色が瞬時に青に変わった。

―――へーっ、スゴイ、なんで？
―――ふふーん、魔法だ、魔法
―――…あっそ

まぁ、結局それは魔法でもなんでもなくて、交差点の信号機が全部赤になる時間というものが約３秒だっただけのこと。
それも車線の多い道路や時差式の信号機なんかではその限りではないし。

雨上がりの暮れかけた空。
視界に聳え立つ信号機の色が赤から青に切り替わるのを見ながら。
濡れたアスファルトの冷たさを背中に感じながら。
とにかくあたしはそんなことをぼんやりと思い出していた。

3 名前：38 traffic report 投稿日：2004/10/02(土) 05:57

あたた…。
やっちゃったなー。

愛機が５ｍくらい先で死んだように横たわっているのが見えた。
車なんかほとんど来ない道路とはいえ交差点のど真ん中に寝転がっているのはさすがにマズイので、よろよろと立ち上がって愛機共々とりあえず歩道へ。

損傷確認。
とりあえず目につくダメージとしてはバックミラーが割れてる。
で、中の具合はといいますと。
エンジンがかからない。
キックでも無理だった。

すっかり沈黙してしまった愛機にもたれかかるようにして、あたしはがっくりと肩を落とした。

お昼までの土砂降りが嘘のように輝く西日で、濡れた路面がキラキラと光っている。（そのせいですっ転んだんだけど）
対角線上の歩道で誰かがこちらを見ていた。（いやいや、見せもんじゃないし）

…あっ、やべっ、バイト。

メットスペースを開けてバッグを取り出す。
携帯はなんとか無事だったみたいで。

「もしもしー、後藤ですけどぉ…」

4 名前：38 traffic report 投稿日：2004/10/02(土) 05:59

◇

「―――と、まあね、そんなこんなで昨日は大変だったわけっすよ」
「そりゃ災難。　で、いきなり店長に呼び出されたオイラも災難」
「だからねー、それはゴメンねって謝ってるじゃないですかぁ」
「でも、ケガとかは特になかったんだ？」
「うん、まぁ、擦り傷程度」
「丈夫な体してんね」
「代わりにあたしの愛機が全治２週間」
「あ、じゃあ今日は」
「自転車で来た。代車が今出払ってるとかなんとか」

ふーん、そりゃ大変だ、とやぐっつぁんはあまり大変そうじゃない声で言いながら、店内に一旦引っ込んだ。
何やらレジをかちゃかちゃといじってまた表へ。

「…ま、ごっつぁんが不注意で勝手に自爆したんだから仕方ないね」
「冷たいなー、やぐっつぁん」
「それに人にぶつかったー、とか車に当てちゃったー、とかそういうの無いぶんマシなんじゃない？」
「ああ、それはね」
「そーいうのって、なんか」
「メンドウっつーか」
「シビアなことになりそーだもんね」
「ね」
「あ、お客さん」

趣味の悪い青いスポーツカーがあたしたちの会話を意地悪く遮る。（スタンドなんだから当たり前だ）
ま、そんなに大した話、してないけど。

「「いらっしゃいませぇー！」」

5 名前：38 traffic report 投稿日：2004/10/02(土) 06:00

◇

自転車は遅い。
おかげで普段よりいろんなことを余計に感じたり考えたりしてしまった。

例えば誰か知らない他人の家の２階の灯りとか、すれ違うおばさんの生活とか、明日の天気とか。
角の家からは何かいい匂い。（カレーかな？）

自転車のカゴに入ったコンビニ袋は段差が来るたびガサガサと音を立てた。
ま、コンビニの弁当だって美味しいし。

それにしても自転車は遅い。

6 名前：38 traffic report 投稿日：2004/10/02(土) 06:02

『―――グッドイブニング！『ＡＹＡＫＡのスイートココナッツ』！はーい、こんばんはー、ＡＹＡＫＡでーす。
　今晩も素敵な音楽を皆さんの元へお届けしまーす。さっそくお便りを一通。
　「こんばんは、実は今度親友が結婚することになりました！
　 ずっと独身でいようねって誓いあった仲だったんですが、見事に裏切られました（笑）。
　 そんなわけで、裏切り者の彼女へベタすぎるこの曲をリクエストします」
　あはは、見事に裏切られちゃいましたねー。ではYu-Koさんからのリクエスト、Frank Sinatra 「My Way」―――』

ラジオを聴きながらお弁当を食べる。
ＴＶの画面を見ながらご飯を食べる事がなんとなく気持ち悪くなってからは、いつもこう。

昔、夕食の時にＴＶばかりに集中しすぎてお母さんに怒られたことを思い出した。（ちなみに見てたＴＶはセーラームーン）

あの時、お父さんはどんな顔してたっけ。

お父さんの記憶はあまりない。

お弁当のから揚げは衣がやけにふにゃふにゃしていた。

7 名前：38 traffic report 投稿日：2004/10/02(土) 06:04

◇

愛機ならばあっという間に着くバイト先も自転車だとなかなか遠い。
漕いだ分だけその距離となる自転車という乗り物はずいぶんと敬虔な乗り物だと思った。

事故現場の交差点に到着。
視界を塞ぐものは何もない、見通しのいい道路。
交通量も少ない。
まさかこんなところで転ぶなんてね。（事故なんてそんなもんかもしれないけど）

誰かがあたしの名前を呼んだ気がした。
キョロキョロと辺りを見回す。

誰もいない。

…ま、いいか。

あたし一人のために作動していた交差点の信号が全て赤色に変わった。

３、２、１。

ペダルを勢いよく、ぐっと踏み込んだ。

8 名前：38 traffic report 投稿日：2004/10/02(土) 06:05

◇

突然思い立って、髪の色を変えてみた。

真っ黒。

中学の時からずっと明るくしてたからなんだか自分が自分じゃないような気がした。
親とか先生とかにあんなに口うるさく言われても戻さなかったのに。
そういうのが嫌で、結局学校からも家からも逃げ出したくせに。（実家から１０ｋｍも離れてないけど）

鏡を覗き込んでは、一人で静かにアハッと笑った。

9 名前：38 traffic report 投稿日：2004/10/02(土) 06:06

◇

「う゛ー、動かねぇ」

やぐっつぁんと海に行った。
行き先はどこでもいい、なんていうとちょっと格好いいけど要はやぐっつあぁんが車を走らせたかっただけ。
海は何もなかった。（いや、海があった、そんだけ）
で、帰りに渋滞に巻き込まれた。

『―――はい、今日のテーマは「あなたのスペシャルな場所」ということでＦＡＸ頂いてるんですけどもー。
　ラジオネーム、えーと、伯爵夫人さんから。
　「こんばんは、ＡＹＡＫＡさん」　こんばんはー。
　「私のスペシャルな場所はズバリ山です！」　ほーほー。
　「大学でワンダーフォーゲル部に入ってるんですけど、山はいいですよ。
　 都市ではすっかり失われた自然を思いっきり満喫できちゃいます！
　 山の上からの爽快な景色、夜には満天の星空が広がって―――』

ラジオのスイッチを切ると車内は静寂に包まれた。

10 名前：38 traffic report 投稿日：2004/10/02(土) 06:07

「ちょっと何で消すのさー？」
「…寝ていい？」
「…もー、仕方ないなー」

車道に立ち並んだテールランプが瞳に揺れる。

車はやっぱりどこか違うな、と思って、愛機の早期回復を心から願った。

遠くで光る信号が赤から青になって行列はノロノロと進みだす。

交差点に差し掛かったとき、信号を待っていた人がこちらに手を振っているように見えた。

少し気になったけど、あたしはそれを無視して静かに目を閉じた。

11 名前：38 traffic report 投稿日：2004/10/02(土) 06:09

◇

中学の時の後輩に会った。

いつもつまらなそう、というかぼんやりとした顔を浮かべていた子。
ま、あたしもよくつまらなそうな顔してるって言われるけど。（自分ではまぁまぁ楽しいつもりなんだけどね）
いろいろと悩む所はあるようで、浮かない顔をしていた。
原チャリに乗ればいいのに、と思った。（あ、免許ないか）

でも彼女はきっとあたしとは違った人生を送る。
それがちょっと羨ましくて、あたしも高校行っとけばよかったかなって少し思った。

けれどそんなこと家に帰る間に忘れてしまった。

12 名前：38 traffic report 投稿日：2004/10/02(土) 06:10

◇

夜、よっすぃーから電話が来て長々とお喋りを続けた。
明日、月が落っこちてきたらどうする？とか、中学の時の話とか、最近すごく眠い事とか、まぁ、総じてどうでもいい話。

『例えば、だよ』
「うん？」
『幸せ度を数字で表すとするじゃん』
「幸せ度？」
『そう、で、例えば一生で１００の幸せを得るために８０の苦労がいるとしてさ』
「はぁ」
『それ、差し引き２０なわけ。で、それと比べて５０の幸せを手に入れて４０の苦労だったら、ごっちん、どっちがいい？』
「いや、どっちがいいっつわれても」
『８０の苦労はキツイっすよね』
「うん、まぁ、苦労は少ない方が…」
『でも、どーせならいっぱい幸せ欲しいっすよね』
「うん…ってか苦労した分、幸せになるとは限らないんじゃない？」
『あ、そうか』

よっすぃーの相変わらずのワケの分からない話はおいといて、とりあえず漫画を読んで、寝た。

13 名前：38 traffic report 投稿日：2004/10/02(土) 06:11

◇

天気が良かったので溜まっていた洗濯をした。
ついでに部屋の掃除も。

お昼頃に自転車でフラフラと出かけて、公園で少しぼーっとして、帰りに洗剤と歯磨き粉を買った。

別にどこか遠くへ行く必要はない、と思った。

あたしはこの街が好きだ。

部屋に着くとベランダでは洗濯物が風にたなびいていた。

今日はいい日だったなぁ。

14 名前：38 traffic report 投稿日：2004/10/02(土) 06:12

◇

なんとなく雨が降りそうだったけどいちかばちか傘を持たず自転車でバイトへ行った。
やはりというかなんというか、帰りにはぽつぽつと冷たい雨が。
ダッシュで自転車を漕いだ。（結局濡れた）

取り込むのを忘れていた洗濯物が濡れてしまっていて凹んだ。

ラジオを点けっぱなしにしてフテ寝。

『―――村田さん、ありがとうございましたー。雨のせいか事故が多くなってるみたいですね。
　ドライバーのみなさん、運転にはくれぐれもお気をつけください。次の交通情報は６時５５分頃にお伝えします』

15 名前：38 traffic report 投稿日：2004/10/02(土) 06:14

◇

愛機の修理が終わったとの連絡を受けてバイトに行く前にいそいそとバイク屋へ。
感動の対面にパンパカパーンというファンファーレを心の中で鳴らした。（修理代５万１２００円は痛かったけど）
これに乗って久々に実家に帰ろうと思った。（バイトは？）

体に浴びる風が気持ちよかった。
スルスルと流れる風景も、昼下がりの日差しも、ちょっとだけ五月蝿いエンジン音も。

昨日の雨でできた水溜りは青空を映している。

例の交差点の信号が赤であたしはブレーキを掛けた。
道路を隔てた向こう側ではやはり誰か手を振っている。

16 名前：38 traffic report 投稿日：2004/10/02(土) 06:15

静かな交差点。
風がそっと吹き抜けた。

ああ、そうか。

あたしはやっとで全部分かった。

手を振っているのはお父さんだった。

やがて交差点の信号が全部赤色になって、あたしは心の中で呟いた。

17 名前：38 traffic report 投稿日：2004/10/02(土) 06:16

３。

18 名前：38 traffic report 投稿日：2004/10/02(土) 06:16

２。

19 名前：38 traffic report 投稿日：2004/10/02(土) 06:17

１。

20 名前：38 traffic report 投稿日：2004/10/02(土) 06:20

『時刻は１時５０分を回りました。ここで首都圏の道路状況をお伝えします。道路交通情報センターの村田さん、お願いします』

21 名前：38 traffic report 投稿日：2004/10/02(土) 06:21

『はい、首都高速道路４号線の上り、外苑で事故のため新宿までの渋滞、その先は三宅坂で２ｋｍの渋滞です。
　中央道上り線、三鷹付近で普通トラックと乗用車の事故のため５ｋｍ、関越道、練馬インター出口で２ｋｍの渋滞。
　東名高速上り、東京料金所で１ｋｍ、東北自動車道―――』

22 名前：38 traffic report 投稿日：2004/10/02(土) 06:22

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―――――ブツッ。